平成10年度研究報告 VOL.48
漆塗膜の変色防止技術応用製品の開発


3.結果
3.1 大型製漆機による製漆
3.1.1 輪島産地に適した製漆技術
 これまで積み重ねた黒漆変色技術を基に,輪島産地に適した方法で製漆を行った。
 原料選定は,生漆データーバンク4)を参考に輸入量の多い品種や,ゴム質の少ない中国産生漆を選定した。
 また,一般的に精製漆の品質を高めるとされる日本産生漆とウルシオ−ルを加えた。

3.1.2 生漆と精製漆の漆液評価
 表1の生漆を精製漆にするとゴム質の量は,推定約7.5〜10wt%含まれることになる。今回,製漆した黒つや漆は,ウルシオールを30wt%加えたことで,ゴム質の量を4.74wt%と少なくすることができた。また,つや剤の添加量は,10.79wt%と少ないため,ウルシオール分が多くJIS規格3)1級品(62.8wt%以上)であった。
 乾燥性は,嵐コウ産生漆の乾燥時間が240分と非常に乾燥が悪いことに加えて不乾燥のウルシオールを加えたことで,精製漆の乾燥が275分と悪くなった。
 輪島産地で好まれる塗膜のつやは,底つやと言った光沢の少ない漆で,製漆時に光沢を付与するなやし工程は行わなかった。また,産地ではつや剤を加えることを嫌うので,つや剤の添加を極力少なくした。
 黒ろいろ漆は,城口産生漆にゴム質が少ないとされる日本産生漆を加え製漆したが,日本産生漆のゴム質の量が7.19wt%と予想以上に多かったため,精製漆のゴム質を少なくすることができなかった。
 精製漆の粘度は,作業性の仕上がりに大きな影響を及ぼすため,適正な粘性(3000〜6000mPa・s)が必要になる。今回,くろめ返しをした黒つや漆の粘度が7987mPa・sと高く,黒ろいろ漆は3934mPa・sと良好であった。
 カーボンブラックを加えると,塗布後の刷毛直りや作業性が問題になると考えられたが,製品には刷毛筋が無く,塗膜表面の仕上がりも良好で,作業性の聞き取り調査においても,何ら問題が無いことを確認した。

3.2 カーボンブラック添加漆塗膜の耐熱水性,耐光性の評価
3.2.1 熱水試験による変色について
 図2にカーボンブラック添加漆塗膜の促進熱水試験による色差の測定結果を示す。
 カーボンブラック添加黒つや漆塗膜の色差変化は、170時間で色差ΔE5.16と最大の変色を示したが,その変色は,無添加2)(なやし時間無し、油脂5部添加)より少なく,長時間熱水試験を行っても変色の進行を押さえることができた。また,カーボンブラック添加黒ろいろ漆塗膜は,150時間後で色差ΔE1.74と無添加塗膜の1/5以下で,変色防止効果が確認できた。

図2 カーボンブラック添加漆塗膜の熱水試験による色差変化 図3 カーボンブラック添加漆塗膜の熱水試験による色味変化

 図3にカーボンブラック添加漆塗膜の熱水試験による色味の測定結果を示す。
 カーボンブラック無添加の黒つや漆は,熱水試験160時間後の色相(a*b*)の変化は少ないが明度(L*)の変化が大きく,塗膜が灰色に変色した。しかし,カーボンブラック添加黒つや漆塗膜の熱水試験170時間後の色味は,緑みの黒色に変化したが,明度の変化が小さいので,視覚的な変化は少なかった。
 市販のカーボンブラック無添加黒ろいろ漆塗膜は,熱水試験が進むにつれ赤色,赤橙色,黄褐色に色相が変化し,色味が大きく変化した。しかし,カーボンブラック添加黒ろいろ漆塗膜の色相の変化は非常に小さく,黒褐色を保持することができた。

3.2.2 耐光性試験による光沢について
 図4にカーボンブラック添加漆塗膜の耐光性試験による光沢残存率を示す。
 カーボンブラック添加黒つや漆塗膜の試験前の光沢度は50.5%で,漆塗膜の光沢としては少ないが,輪島産地に求められる底つやが有り良好であった。しかし,紫外線に対する強さは,製漆でなやしを行わなかったため,光沢が急激に低下し,積算放射量144.7MJ/m2(照射時間160時間)で,光沢残存率が64.3%と塗膜表面が白くなった。また,黒ろいろ塗膜は塗膜を研磨するため,カーボンブラックが塗膜表面近くに露出しているので,少ない積算放射量78.53MJ/m2で漆が分解され,急激に光沢(光沢残存率:21.1%)が失われた。

図4 カーボンブラック添加漆塗膜の耐光性試験による光沢変化


図5 能登ヒバ文様吸物椀


3.3 試作品について
 図5,図6に試作した漆器と開発に用いたCG画像を示す。
 図5は平成9年度試作した吸物椀である。塗立て塗装面に,能登ヒバ文様を沈金加工で加飾し,従来の輪島塗らしさを椀,盆,座卓で示すことができた。
 図6は平成10年度試作した多用椀である。モダンな椀形状に合わせて,よりモダンさを強調するため,ろいろ仕上げ(鏡面)と漆絵による半艶のコントラストによる微妙な黒百合文様を施した。また,三次元CG画像で仕上がりの検討をすることによって,微妙な文様の表情を捉えることが可能となり,文様のデザイン検討時間が短縮できた。

図6 試作多用椀(左)と三次元CG画像(右)
3.5 成果の普及
 成果の普及を図るため,次の展示会に試作品を出品した。
(1)第32回全国漆器展
 平成10年2月21日〜2月23日 東京ドーム
(2)漆器の新製品展
 平成10年3月27日〜5月20日 石川県伝統産業工芸館
(3)第33回全国漆器展
 平成11年2月20日〜2月22日 東京ドーム
図7 第33回全国漆器展での展示


4.結言
(1)大型製漆機によるカーボンブラック添加精製漆の製造技術を漆器業界へ技術移転することができた。
(2)大型製漆機で精製した漆の熱水変色防止効果が実証された。
(3)椀,盆,座卓など,多種の試作を漆器産地と共同で試作したことにより,産地内企業へ効果的に変色防止技術が普及できた。
(4)三次元CGを用いることによって,合理的に漆器のデザイン開発が行えた。
(5)第32,33回全国漆器展,石川県伝統工芸館に出展し,好評価を得た。

参考文献
1)坂本誠,市川太刀雄,江頭俊郎:黒漆の変色防止に関する研究,石川県工業試験場研究報告,41,P.23-31(1993)
2)市川太刀雄, 坂本誠, 江頭俊郎:漆器椀の変色防止技術の実用化, 石川県工業試験場研究報告,46,P.19-28(1997)
3)志甫雅人,梶井紀孝,高野千之:コンピュータグラフィックスを利用した伝統工芸文様事例集第1集,第2集,石川県工業試験場,(1996〜1997)
4)生漆データーバンク,(1984〜1998),未発表
5)日本工業規格,JIS K5950
6)日本工業規格,JIS B7753
7)日本工業規格,JIS K5400 7.6
8)日本工業規格,JIS Z8729
9)日本工業規格,JIS Z8730 6.1


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