平成10年度研究報告 VOL.48
漆塗膜の変色防止技術応用製品の開発
製品科学部 市川太刀雄 江頭俊郎
デザイン開発室 志甫雅人 梶井紀孝


 黒漆塗膜は,熱水や酒類等で表面が灰褐色に変色するため,産地では,緊急にその対策が求められている。そこで,当工業試験場が開発した変色防止技術とそれを製品に応用するデザイン技術とを使い,輪島の企業と共同で試作研究を行い,次の成果を得た。(1)変色防止技術を実証する製漆実験は,輪島産地内の大型製漆機で行った。(漆液20s,カーボンブラック600g)(2)カーボンブラックを加えた漆塗膜は,熱水による変色が少なかった。(3)8種 85点の試作を行った。(4)試作のデザインは,コンピュータグラフィックス(CG)を用いた。(5)展示会に出品し,成果の普及を図った。
キ−ワ−ド:漆,熱水,変色,漆器,カーボンブラック,デザイン,CG

Development of the product to which applied preventive technology of urushi film discoloration

Tachio ICHIKAWA, Masato SHIHO, Toshiro EGASHIRA and Noritaka KAJII

 Because a surface of a black lacquer film changes color into grayish brown caused by hot water and alcoholic drinks, the
countermeasure is requested urgently in places of lacquerware production. Then using the technology of refining lacquer and design
technology developed at IRII(Industrial Research Institute of Ishikawa), we researched and made trial products which showed a little
discoloration collaborated with several enterprises in Wajima . We could obtain the following results.
(1)A refining lacquer experiment was carried out with a large-size machine set up in Wajima district. ( urushi 20 s, carbon black 600 g )
(2)There is a little discoloration on the lacquer film including carbon black by hot water.
(3)The 8 kinds of 85 lacquerware products were manufactured as an experiment.
(4)We utilized computer graphics ( CG ) technology for a design of the trial products .
(5) Those products were exhibited in some exhibitions and we attempted to diffuse the result.
Key Words:urushi, hot water, discoloration, lacquerware, carbonblack, design, computer graphics(CG)

1.緒言
 漆器業界では,近年,黒漆塗り製品の熱水による塗膜の変色が問題となっているが,これまで産地内では,長年に渡り漆塗膜は変色するものとして認識されており、十分な対応が行われていなかった。しかし,今日,漆器を使う側の知識不足や食器洗浄機の普及に伴う変色クレームが急増しており,この問題は未だに解決されていない。そこで,これまで蓄積してきた研究開発の成果1)2)を利用し,変色防止効果の大きいカーボンブラックを添加した漆を活用し,産地内の企業と共同で製品の試作開発を行った。

2.内容
2.1 漆器製品の変色事例
(1)黒塗り椀は,霞がかかったような灰緑色に変色していたが,つやの減少は無かった。塗膜表面を刃物で極僅か掻き取ると黒い塗膜が露出した。これは使用回数の少ない段階で塗膜表面の極薄い層のゴム質が熱水で溶出したと考えられる。
(2)黒塗りの茶托は,図1に示すように塗膜表面が大きく割れ,ゴム質が溶出した穴が数多く見られ,つやの減少や変色が激しかった。これは,長年にわたり使用したので塗膜表面が荒れ,ゴム質の溶出が奥深くまで進行したと考えられる。

表面

───

断面
図1 変色した黒塗り茶托のSEM


2.2 実験項目
 下記の項目について検討した。
(1)大型製漆機による製漆
(2)カーボンブラック添加漆の耐熱水性、耐光性の評価
(3)カーボンブラック添加漆を使った漆器製品の試作

2.3 供試材
2.3.1 使用漆
(1)生漆:1996年中国安康産,1996年中国嵐コウ産,1997年中国城口産,1997年日本産
 表1に物性および化学組成を示す。
(2)黒ろいろ漆:市販品
(3)ウルシオール:市販品(中華人民共和国から輸入)

2.3.2 つや剤
荏の油

2.3.3 着色剤(黒色)
(1)鉄黒:硫酸第一鉄水溶液に水酸化ナトリウム水溶液を反応させ水洗した水酸化第一鉄の沈殿物。
(2)カーボンブラック:市販品

2.4 製漆
2.4.1 製漆機
 輪島漆器商工業協同組合が所有する精漆工場の大型製漆機(処理能力:20s)を使い,黒つや漆,黒ろいろ漆を製漆した。

2.4.2 製漆条件
(1)黒つや漆:大型製漆機に生漆14s(安康7sと嵐コウ7s)とウルシオール6s,油脂2sを入れ,着色剤として適量の鉄黒とカーボンブラック600g(予めカーボンブラックにアルコール3リットルを入れ混練)を加え,くろめ(撹拌と水分除去操作)を行った。また,水分調整のため,くろめ返し(水分除去や光沢の増加を目的に再度製漆する)を行った。
(2)黒ろいろ漆:大型製漆機に生漆20s(城口産14sと日本産6s)を入れ,着色剤として適量の鉄黒とカーボンブラック600g(予めカーボンブラックにアルコール3リットルを入れ混練)を加え,くろめ(撹拌と水分除去操作)を行った。

2.5 漆液,塗膜の組成と物性の測定方法
2.5.1 組成分析
 漆液の組成分析は,加熱減量,ゴム質,含窒素物の定量分析5)を行った。また,ウルシオールの定量は,自動滴定装置(京都電子工業製:AT-118型)を使い, N/4 Ba(OH)2溶液で測定した。

表1 漆液の化学組成と物性(*:推定値)

測定項目

種類
加熱
減量
(wt%)
ウルシオール
(wt%)
ゴム質
(wt%)
含窒
素物
(wt%)
粘度
(mPa・s)
乾燥
時間
(min)
油脂
(wt%)
カーボン
ブラック
(wt%)
中国城口産 26.65 63.22 7.33 1.94 2021 83 - -
中国安康産 31.24 57.73 6.07 1.77 2468 71 - -
中国嵐コウ産 34.52 55.58 6.53 2.01 3277 240 - -
日本産 12.24 71.58 7.19 1.97 1221 191 - -
ウルシオール 2.76 95.84 0 0 906 - - -
黒つや漆 3.76 *73.84 *4.74 *1.43 7987 275 *10.79 *3.23
黒ろいろ漆 5.22 *77.29 *8.57 *1.40 3934 128 - *3.53


2.5.2 物性測定
(1)粘度測定は,E型粘度計(東京計器製:EMD型円錐円盤型回転式)を使い,温度20±0.1℃で測定した。
(2)塗膜乾燥時間測定は,フラット・ブレイド型フィルム・アプリケータ(塗布幅:20mm,間隙:38μm)を使い,ガラス板(L350×W25×t2mm)に塗布した後,直ちに温度20℃,湿度80%RHに保持した恒温恒湿器に入れ,塗膜乾燥時間測定機(理研光学製:RC型)で測定した。

2.5.3 試験塗膜の作製
(1)塗布基板の材質,形状
材質:フェノール樹脂積層板
形状:100×100×8mm
(2)塗布方法
フェノール樹脂積層板に黒中塗り漆を1回塗布し,研磨後に漆刷毛で試験漆を1回塗布した。
(3)ろいろ加工は,上記の塗布方法で塗布乾燥し、塗膜表面を研磨とすり漆でろいろ加工した。
(4)塗膜の乾燥方法
 自動漆乾燥装置を使い,温度25℃,湿度65%RHで4時間保持した後,温度25℃,湿度80%RHの条件下で20時間乾燥した。
 室内放置20日後に促進熱水試験を行った。
 室内放置6ヶ月後に促進耐光性試験を行った。
 
2.6 変色試験方法
2.6.1 熱水試験
 促進熱水試験機(田中科学機器製特注)を使い,熱水面(φ60mm)に漆塗りしたフェノール樹脂積層板を当て,温度86〜90℃で150〜170時間熱水試験を行った。

2.6.2 耐光性試験
 サンシャインウェザーメーター6)を使い,160時間(積算放射照度:144.7MJ/m2)漆塗膜に照射した。
(1)試験条件:水噴霧無し,ガラスフィルターAを使用,ブラックパネル温度63±3℃
(2)使用試験機:サンシャインロングライフウェザーメーター(スガ試験機製:WEL-SUN-HC-B・EM型)

2.7 塗膜の物性測定方法及び表面観察
2.7.1 光沢度測定
 光沢計を使い,60度鏡面反射率を測定し光沢度7),光沢残存率で表した。
2.7.2 色味、色差測定
 スペクトロ・カラーメータを使い,L*a*b*表示系8)で反射光の測定を行い,色の変色をマンセル表示系,等ヒュー,等クロマ曲線8)と色差9)で表した。
(1)使用試験機:スペクトロ・カラーメータ (日本電色工業製:SZ-80型)
(2)色差の評価法

色差の感覚的な表現
NBS単位(ΔE)  感覚的な表現
0 〜 0.5  かすかに
0.5 〜 1.5  わずかに
1.5 〜 3.0  感知できる
3.0 〜 6.0  目立つ
6.0 〜12.0  大いに目立つ
12.0以上  非常に目立つ

2.7.3 塗膜の表面観察
簡易型走査電子顕微鏡(日立製作所製:S-510型)を使い,塗膜表面と断面を観察した。

2.8 製品試作
 平成9年度,10年度に下記のとおり試作を行った。
(1)品種及び寸法,点数
平成9年度
・座卓 A:W908×L 908×H330mm  1台
・座卓 B:W908×L1210×H330mm  1台
・吸い物椀:φ120×H103mm  10客
・汁椀:φ120×H70mm  30客
・丸盆 A:φ157×H18mm  15枚
・丸盆 B:φ303×H18mm  15枚
平成10年度
・テーブル:φ900×H720mm  1台
・多用椀 A:φ140×H105mm  6客
・多用椀 B:φ140×H105mm  6客
(2)漆器製品試作の経過
 平成9年度,10年度に各1回の試作を行った。
 その経過は両年度とも次のとおりである。
8月上旬 大型製漆機による製漆
8月下旬 漆器試作品目,形状デザイン決定
9月中旬 企業へ製作委託
12月上旬 加飾デザイン決定
2月中旬 製品仕上がり
(3)塗装方法
 輪島漆器製造工程の下塗り,中塗りを行い,上塗り漆は,上記2.4.2(1)(2)の方法で製漆した漆を塗布した。また,平成9年度では塗立て仕上げの試作を行い,平成10年度ではろいろ仕上げで試作した。
(4)デザイン手法
 三次元CG/CADシステムを使い,試作品の形状デザインを行った。また,加飾のデザインには,当工業試験場で編纂した「CGを利用した伝統工芸文様事例集3)」の中から文様を選定し,試作品用にCGで編集を行った。
(5)加飾方法
 平成9年度では能登ヒバ文様を沈金加工によって加飾し,平成10年度では黒百合文様を漆絵技法により加飾した。


* トップページ
* 研究報告もくじ
 
* 次のページ