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漆塗膜中硬化剤の分析技術
■繊維生活部 ○藤島夕喜代,梶井紀孝,江頭俊郎
1.目 的
漆器に合成塗料や硬化剤等が添加されている事例が見受けられ,県内漆器企業から判別の依頼が増えてきた。従来から有機物の判別に用いてきたフーリエ変換型赤外分光光度法(FT-IR)では定量精度が不十分で,これらのニーズに応えることが困難な状況になってきた。そこで,プラスチックやゴムなどの混合物の分析に有効な熱分解ガスクロマトグラフ質量分析法(Py-GC/MS)を用いて,漆への合成塗料の配合率と塗膜中硬化剤含有量の分析技術について研究した。今回,Py-GC/MSによる塗膜分析法の検討をFT-IRと対比する形で進めたので,それらの結果をあわせて報告する。
2.内 容
2.1 試料塗膜
硬化剤含有漆塗膜試料は,中国産精製漆((有)能作うるし店製,朱合漆)にトリレンジイソシアネート(TDI)(和光純薬工業(株)製,95%以上)またはヘキサメチレンジイソシアネート(HMDI)(東京化成工業(株)製,98%以上)を適量添加し,攪拌混合したものをガラス板に塗布し,20℃,70%RHの恒温室で乾燥硬化させて作成し,そのまま1ヶ月以上経過したものを試験に用いた。漆との混合塗装試料は,新漆(寿化工(株)製),カシュー塗料(カシュー(株)製),2液性ウレタン(川上塗料(株)製)を漆と任意の割合で混合後,ガラス板に塗布し,同様の条件で乾燥硬化,養生させた。
2.2 分析装置
本研究で用いたPy-GC/MSは,加熱炉型熱分解装置(フロンティア・ラボ(株)製,PY-2020iD),ガスクロマトグラフ(アジレント・テクノロジー(株)製,7890A GC),飛行時間型質量分析装置(日本電子(株)製,JMS-T100GCV)を組み合わせたものである。分離用分析カラムは金属キャピラリーカラム(フロンティア・ラボ(株)製,Ultra ALLOY+-5,30m×0.25mm,膜厚0.25μm)を用いた。また,FT-IRはフーリエ変換型赤外分光光度計(バリアン・テクノロジーズ・ジャパン・リミテッド製,3100FT-IR)を使用した。熱分解条件は400℃,30秒間であり,ガスクロマトグラフの測定条件はオーブン温度40℃〜300℃(昇温速度10℃/分),スプリット比50:1である。
2.3 塗膜主成分の分析
塗膜成分が単一物質の場合,塗膜成分の同定はFT-IRによっても可能である。ただし,油入りの漆塗膜の場合,カシュー塗料と酷似するため,FT-IRではそれらの識別が難しい(図1)。Py-GC/MSでは,マススペクトルの解析により油入り漆塗膜からは乾性油由来成分を,カシュー塗膜からはクレゾール核(m/z=108)を検出し,これらの識別が可能であった。
漆にウレタン系合成塗料が混合されている塗膜をPy-GC/MSで分析した場合,ウレタンの種類によりトータルイオンクロマトグラムのパターンは異なるが,ウレタンで使用する硬化剤の影響により漆由来ピークを同一時間に検出した。漆由来ピーク面積と試料重量から混合塗膜中の漆含有量を見積もることができた。
(図1 油入り漆塗膜とカシュー塗膜の赤外スペクトル)
2.4 塗膜添加剤の分析
FT-IRによる硬化剤含有量分析を試みた。TDI添加量が0,5,10%のときの赤外スペクトルを図2に示す。TDI含有量の増加に伴って1720および1540cm-1のピーク強度が増加することより,FT-IRにおいても硬化剤含有量を見積もることが可能であった。しかし,FT-IRのみでは硬化剤の特定までは困難であった。
一方,Py-GC/MSを用いると硬化剤添加漆塗膜は,熱分解温度400℃,分解時間30秒のとき,トータルイオンクロマトグラムにおいて硬化剤由来ピークと漆由来ピークとに分離可能である。それらのピーク面積比と硬化剤含有量との関係を図3に示す。硬化剤含有量3〜10%で強い相関を示し,相関係数(r=0.93-0.96)を得た。また,硬化剤含有量1%の試料においても硬化剤由来ピークを検出した。硬化剤の種類により検量線の傾きが若干異なるが,マススペクトルの解析により硬化剤の同定ができ,Py-GC/MSによる漆塗膜中硬化剤含有量の定量が可能となった。
しかし,漆塗膜には艶出しや粘度調整を目的として乾性油が添加されることがある。乾性油が添加されている場合,油無添加の場合とは異なる熱分解挙動を示し,分離した漆由来ピークと硬化剤由来ピークを得ることができなかったため,油入り漆塗膜中の硬化剤含有量の定量には至らず,今後の検討を要する。
(図2 漆塗膜(TDI 0%, 5%, 10%)の赤外スペクトル)
(図3 硬化剤含有量とPy-GC/MSにおけるピーク面積比との関係)
3.結 果
漆への合成塗料の配合率,漆に添加されている硬化剤の特定とその含有量分析を目的に,Py-GC/MSによる漆塗膜分析を検討した。その結果,以下のことが明らかになった。
(1) 漆-ウレタン混合塗膜の場合,漆由来のピーク面積から混合塗膜中における漆含有量の見積りを可能とした。
(2) 漆塗膜に硬化剤が添加されている場合,添加されている硬化剤の種類が特定できる。さらに,3〜10%で硬化剤含有量の定量が可能になった。また,硬化剤含有量が1%においても硬化剤由来ピークを検出できた。
(3) 漆塗膜に乾性油が添加されて場合の硬化剤含有量の定量における課題を明確にした。
今後,得られた知見を県内の漆器業者の支援に活用していきたい。