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油汚染環境を修復する微生物の探索と微生物製剤の開発

■化学食品部 ○井上智実

1.目 的
  微生物を用いた油汚染土壌の修復は,掘削除去や熱分離法などと比較し,安価で大規模な処理設備が不要であるため,近年,適用事例が増加している。しかし,修復には時間を要するため,より浄化能力の高い微生物が望まれている。また,土壌修復に使用される微生物は,一般的に製剤化されているが,製剤化後,徐々に死滅し分解活性が低下するため,生残性を高めることが必要とされる。本研究では,A重油分解能力の高い微生物を探索し,安全性評価,生残性を高めるための製剤化条件・保存方法等を検討した。

2.内 容
2.1 A重油分解微生物の探索
  A重油分解微生物は,A重油を単一炭素源に用い,L字型試験管中で土壌試料を6回繰り返し培養することで濃縮した。濃縮微生物は,栄養培地(LB培地)を1〜1/1,000に希釈した寒天培地,A重油を塗布またはろ紙に含浸させて添付した無機寒天培地上で培養した。培養微生物は,L字型試験管中でA重油(1,000ppm)の分解実験を行い,油膜の消滅状態を観察することにより分解活性を評価した。さらに詳細な分解活性は,A重油分解実験後の反応液を有機溶媒で抽出し,ガスクロマトグラフ分析で評価した。

2.2 A重油分解微生物の同定および安全性評価
  土壌中より分離したA重油分解微生物を簡易同定(16s-rDNA 750bp解析)し,簡易同定を行った株の中から重複していない株を選択して,詳細同定(16s-rDNA full解析および生理・生化学性状試験)を行った。また,詳細同定を行った株は,塩基配列データベース登録株と相同性を比較した。
 詳細同定を行った株は,製剤化(5×1010 cells/g)し,マウスを用いた急性毒性試験(限度試験)で安全性を評価した。限度試験は,マウスの体重1kgあたり2gの製剤を経口投与し,異常及び死亡の有無を調査した。また,製剤化した微生物は,簡易同定およびA重油分解試験を行い,雑菌汚染の有無および分解活性の維持を評価した。

2.3 A重油分解微生物の製剤化
  A重油分解微生物は,LB培地で大量培養し,遠心分離機で集菌した。集菌体は凍結乾燥保護剤を添加して所定の濃度に調製した後,10mLのバイアル瓶に一定量注入し,凍結乾燥を行った。ここでは,凍結乾燥前の予備凍結方法,凍結乾燥保護剤について検討し,生残性は40℃で加速試験(2ヶ月間で常温保存1年間に相当)後の生菌数で評価した。

2.4 保存温度が製剤化微生物に与える影響
  製剤化した微生物を室温(20℃),冷蔵(5℃),冷凍(-20℃)で保存し,保存温度が生残性に与える影響を評価した。

3.結 果
3.1 A重油分解微生物の探索
(1)A重油分解微生物の分離
  A重油分解微生物の分離培地,分離培地上に生育した菌数およびA重油の分解活性を示した株数(油膜を消滅させた株数/油膜消滅実験に用いた株数)を表1に示す。A重油の油膜の消滅状況を観察した結果,35株中11株において消滅が認められた。なお,A重油分解微生物は,LB培地を1/1000に希釈した寒天培地およびA重油を添加した無機培地からのみ分離された。

(表1 A重油分解微生物の分離状況)

(2)A重油中の分解成分および分解活性評価
  無機培地にA重油を塗布して分離した微生物を用い,A重油分解後の反応液を,ガスクロマトグラフで分析した結果,A重油中のアルカン成分が選択的に分解されていることが判明した(図1)。また,24時間後のA重油分解率(分解率(%)=(1-B/A)×100 A:コントロール中のA重油ピーク面積,B:微生物分解後のA重油ピーク面積)は35〜43%,アルカン成分の分解率(分解率(%)=(1-D/C)×100 C:コントロール中のアルカン成分ピーク面積,D:微生物分解後のアルカン成分ピーク面積)は62〜72%を示し,48時間後のA重油分解率は,40〜55%,アルカン類の分解率は72〜85%を示した(図2)。

(図1 A重油中の分解成分)
(図2 A重油の分解活性評価)

3.2 A重油分解微生物の同定および安全性評価
(1)A重油分解微生物の同定結果
  油膜消滅が認められた11株から高い分解活性を示した9株を選択し,簡易同定を行った結果,Acinetobacter calcoaceticus の近縁種が7株3種(それぞれ任意にA. calcoaceticus -1,-2,-3と記す)Acinetobacter baumanniiの近縁種が2株1種(A. baumannii -1と記す)であることが判明した。さらに,これら4種の微生物のうち,A重油を塗布した無機培地上で生育のよかったA. calcoaceticus -2,-3とA. baumannii -1を選択し,16s-rDNA fullの相同性を比較した結果,16s-rDNAが一致した株は塩基配列データベース上には存在していなかった。さらに,生理・生化学性状試験において,A. calcoaceticus -2.-3は,41℃で生育したため,既知株との相違が認められた(表2)。

(表2 分離微生物と既知株の比較)

(2)A重油分解微生物の安全性評価
  分離微生物の近縁種であると判明したA. calcoaceticus および A. baumanniiは,バイオセイフティーレベルが1 (日本細菌学会のバイオセイフティー指針)であり,ヒトに疾病を起こし,あるいは動物に獣医学的に重要な疾病を起こす可能性のないものであった(日和見感染を含む)。
  また,A. calcoaceticus -2,-3およびA. baumannii -1を製剤化(5×1010 cells/g)し,マウスを用いた急性毒性試験(限度試験)に供した結果,全てにおいてマウスの異常及び死亡例は認められず,LD50値(マウスやラットに餌に混ぜて与え,実験動物の半数が死ぬのに必要な量)は,2,000mg/kg以上であった。以上の結果より,これらの微生物は,病原性が低いものと考えられた。

(3)製剤化微生物の評価
  製剤化微生物を簡易同定(16s-rDNA 750bp解析)した結果,全ての株において,たね菌(製剤化前の菌)と一致したため,培養時に雑菌汚染されていないことが確認された。また,A重油分解試験を行った結果,A重油の分解率は47〜55%,アルカン成分の分解率は86〜95%を示し,製剤化後も分解活性を維持していることが確認された。

3.3 A重油分解微生物の製剤化
  凍結条件の検討および凍結乾燥保護剤の検討に用いた微生物は,A重油の油膜消滅実験で,油膜消滅速度が最も早かったA. calcoaceticus -2を使用した。

(1)凍結条件の検討
  凍結方法が生残率に与える影響を図3に示す。凍結温度は徐冷から急冷になるにしたがい,生残率が低下する傾向を示した。なお,製剤化物を40℃で8週間加速試験を行った結果,-30℃で凍結した場合,-80℃で凍結(一般的な凍結温度)した場合に比べ,生残率が約6倍増大した。

(図3 凍結方法が生残率に与える影響)

(2)凍結乾燥保護剤の検討
  凍結乾燥保護剤の組成および凍結乾燥保護剤が生残率に及ぼす影響をそれぞれ表3,図4に示す。製剤化微生物を40℃で加速試験を行った結果,凍結乾燥保護剤を添加しなかったAは2週間後に生残率が大幅に低下した。また,8週間後におけるB,C,D(基本成分系)の生残率は,基本組成サンプル(スキムミルク5%,グルタミン酸Na1%)が最も高い値を示した。なお,基本組成にソルビトールを添加した系では,4週間経過後までは基本組成系より高い生残率を示したが,8週間後は基本組成サンプルより生残率が低下した。これはソルビトールが熱変性をおこし,菌体に悪影響を与えたものと考えられた。一方,基本組成にトレハロースのみを添加した場合,8週間経過後において基本組成サンプルよりも生残率が約30倍増大し,顕著な添加効果が認められた。

(表3 凍結乾燥保護剤の組成)
(図4 凍結乾燥保護剤が生残率に及ぼす影響)

3.4 保存温度の検討結果
  保存温度が生残率に与える影響を図5に示す。微生物製剤を冷蔵(5℃),冷凍(-20℃)で8週間保存した結果,室温(20℃)保存に比べ,生残率がそれぞれ5倍,40倍増大した。

(図5 保存温度が生残率に及ぼす影響)

4.まとめ
  本研究において分離した微生物は,A重油中のアルカン成分に高い分解活性を示した。また,詳細同定(16s-rDNA full解析および生理・生化学性状試験)結果からは,既知株との相違が認められた。さらに,マウスを用いた急性毒性試験では,病原性が認められず,安全性が確認された。
  微生物の製剤化実験では,凍結温度を-30℃で凍結することや凍結乾燥保護剤の基本組成(スキムミルク5%,グルタミン酸Na1%)にトレハロースを5%添加することで,保存性が高まることを見いだした。また,保存方法を室温保存から冷凍保存に変えることで,生残性が大幅に向上することが判明した。

謝辞:本研究の一部は,独立行政法人科学技術振興機構「平成20年度シーズ発掘試験(発掘型)」により実施した。ここに記して謝意を示します。