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伝統工芸素材の忠実な質感を表現するデザイン支援システムの開発

■繊維生活部 ○餘久保優子 高橋哲郎 梶井紀孝 松山治彰
■電子情報部  加藤直孝

1.目 的
  伝統工芸品産地の生産現場は分業制で成り立つことが多く,材料の加工から表面の加飾・仕上げまでの各作業工程に複数の職種が関与するため,関係者間の意思疎通が重要となっている。しかし,近年のライフスタイルの多様化に伴い,消費者ニーズや流通形態が複雑化しているため,作り手・売り手・買い手(使い手)の間で,市場が求める製品イメージを共有しにくい現状がある。また,産地企業の多くは,商品企画力やデザイン力を向上し,新たな市場を開拓することが課題となっているが,提案型の商品開発を行うには,試作費用や在庫のリスクが生じやすく,継続的な取り組みを難しくさせている。
 そこで本研究では,新製品開発の工程にコンピュータグラフィックス(以下,CG)技術を用い,仮想的かつリアルな画像によって視覚的に情報を共有することで,関係者間の相互理解や共感を深めつつ,試作工程の合理化が図れるデザイン支援システム(以下,システム)を開発した。

2.内 容
2.1 システムの概要と支援範囲
 現在,国内に広く普及している3次元CGソフトとしては,比較的安価で操作が容易なe-frontier社のShade(以下,シェード)があり,当場でも約10年前から講習会による技術普及を行ってきた。現在では九谷焼,輪島塗,山中漆器の各産地にシェードのユーザが存在する。
 そこで本研究では,産地企業が形状データを作成する場合にシェードを用いることを前提に,その形状データをシステムに読み込むためのプログラムを開発した。そして,システムの3次元CG描画機能によって顧客ニーズを反映した複数のデザイン案を提示,評価し,最適案を選択するときのプレゼンテーションを支援することとした(図1)。特に伝統工芸品の開発では,漆や金箔など様々な素材の精緻な質感表現がデザイン要素として重要となることから,高品位な質感表現力を持つ3次元CG描画ソフトをベースに,質感や文様を自在に貼り替えられるデザインシミュレーション機能を搭載した(図2)。

(図1 システムの支援範囲(右端 太枠内))
(図2 デザイン支援システム画面)

2.2 産地で共有できる質感,文様,基本形状データベースの構築
  産地で共有できる質感データベースを構築するため,九谷焼,輪島塗,山中漆器,金沢箔の各組合の協力を得て,182点の実物サンプルの収集を行った。それらを参考に本システムで質感生成を行い,データベース化した。文様は高解像度スキャナでデジタルデータ化し,さらに画像処理を加えた。また,シェードで形状データを作成することが困難なユーザにも,このシステムを活用できるように,各産地の定番商品の形状データベースを作成した(図3)。

(図3 形状データベース)

2.3 システムの試用評価
 産地企業の協力を得て,実際の商談会場(百貨店/東京)にて試用評価を行った。その結果, 以下のとおり本システムの活用が実際の商談に有効なことが確認できた。
・多くの商品(特に類似品)を搬送,展示する必要がない
・顧客の好みにあわせて質感や文様を提示,推奨できる
・商談会後もメールで商品や設置環境のCG画像がやりとりできる
 また,バイヤーや個人客などに1対1で商談する場合は,持ち運びが容易なノートパソコンが適していたが,改善点として,格調高い伝統工芸品の展示会場では,展示品の横にノートパソコンを設置すると商品イメージを損なうので,シンプルなディスプレイ表示が良いことがわかった。なお,ディスプレイの性能によって表示される色調が異なるため,素材の実物サンプルを必ず持参し,作り手と使い手がCG画像と実物を見比べながら,より正確な商品の仕上がりイメージを共感できるようにシステムを活用することが重要であることが把握できた。

3.結果
 本研究では,伝統工芸素材による試作品を高品位な3次元CGによって可視化し,作り手・売り手・買い手(使い手)の意志疎通を図りながら商品の開発,商談ができるデザイン支援システムを試作した。
 今後は,システムのさらなる操作性の向上を図り,形状データの作成が困難なユーザのために,CG制作会社やデザイン事務所などと連携しながら県内産地企業のサポート体制を強化していく予定である。そして,産地企業が本システムを活用することで,新商品開発の試作費用や在庫のリスクを最小限に抑えながら,多様化する消費者ニーズに対応した積極的な新商品提案ができるよう,システムの普及に努めていきたい。
 本研究開発は,文部科学省の都市エリア産学官連携促進事業「温新知故産業創出プロジェクト(H17〜19)」の一環として実施中のものである。