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人工股関節ステムのオーダーメイド設計手法の開発

■機械金属部 ○廣崎憲一 中島明哉 舟田義則
■金沢工業大学 新谷一博
■金沢医科大学 兼氏 歩

1.目 的
 人工股関節は変形性股関節症等により関節機能を著しく損なった患部を置換するものであり,人工骨頭を取りつけたステムが大腿骨の内部(髄腔)に挿入される。ステムは,一般に数種類の特定な形状・寸法が既製品として提供されるが,患者の患部は固有の形態を有しており,必ずしも既製品の形状・寸法が最適とは限らない。ステムと髄腔の形状適合度を表す指標には,ステムの髄腔占拠率(ステムの髄腔に占める体積割合)が臨床的に用いられており,これを高めることにより,ステムの大腿骨近位部での固定性が良くなることが示されている。そこで,本研究では,ステムの髄腔占拠率の向上を目的に,X線CT画像から得られる大腿骨の形態情報を基にして患者個々の髄腔形状にフィットするオーダーメイドステムの設計手法について検討した。

(図1 人工股関節ステム)

2.内 容
2.1 X線CT画像データによる骨形状のCAD化
 図2に示すように,医療用CT装置で撮影された大腿骨は,CT画像解析ソフトを用いて,CT断層像毎に皮質骨の内縁及び外縁輪郭線の抽出が行われる。次に,これらの輪郭線からCADで利用できるように皮質骨内面についてスプライン面を作成する。さらに,CADにより骨形状の座標系を作成し,実際の手術で行われるような大腿骨頭部の切断を行う。この手順により,ステムを挿入する髄腔形態を得る。
2.2 人工股関節ステムの設計
 ステム設計は,髄腔内に挿入可能であり,かつ,皮質骨内面に極力フィットさせるために行われる。ステムの姿勢を挿入方向に対して一定とする場合,挿入可能となるステムの断面形状は,図3に示すように髄腔の挿入方向に直交するスライス断面形状における輪郭線抽出を行い,下位の断面が上位の断面形状より大きくならない形状に順次修正することで求めることができる。これまでに図3に示すような骨軸方向へ挿入軸を設定する方法が開発されているが,大腿骨髄腔のような湾曲した形態では,直線的な挿入軸では必ずしも髄腔占拠率が高くなるとは限らない。そこで,髄空占拠率をより高める手法として,ステムの挿入経路を直線的なものではなく,図4に示すように髄空形態の特徴を反映させた円形挿入軸を用いることを考案した。つまり,円形挿入軸の中心点を回転軸とする軸回りにスライス断面形状を抽出し,回転軸回りに各スライス断面を回転移動することにより,直線投影の場合と同様の演算処理が行える。演算処理後の修正輪郭線はスライス時の座標系に移動変換し,その曲線群に基づいて面貼り等を行い,3次元CADモデルを作成することができる。
2.3 髄腔占拠率の評価
 図2(a)に示した左脚に高度の変形性股関節症の障害を有する患者に対し,湾曲形態の異なる患部の左脚と健常部の右脚の両方について,(A)骨軸に沿った直線挿入軸による設計,及び(B)本研究で考案した円形挿入軸による設計を行い,両者の髄腔占拠率について比較した。
 図5に,演算処理で得られたステム近位の設計形状を大腿骨髄腔と併せて示す。いずれの脚についても,直線挿入軸で作成されたモデルの場合は骨切り面の切り口が最も大きな輪郭形状であり,先端へ進むに従ってステムが痩せていく形状となる。一方,円形挿入軸を用いて作成したモデルでは,双方の脚ともに占拠が高くなっている。健常な右脚では,内側から円形挿入軸を設定することで,直線軸のものと比較して外側への占拠が高まった。また,変形症の左脚では,前方から円形挿入軸を設定することで,後方の占拠を向上できた。大腿骨髄腔及び設計したステムの体積及び髄腔占拠率を図6に示す。湾曲形態の異なる両脚において,これまでの直線挿入軸のステムに比べて円形挿入軸でステム設計することにより,髄腔占拠率を大幅に向上できた。

(図2 X線CT画像からCADデータへの変換)
(図3 スライス断面の修正)
(図4 円形挿入軸とモデル作成手順)
(図5 作成モデルの比較)
(図6 髄腔占拠率の比較)

3.結 果
(1)X線CT画像データに基づく人工股関節ステムの設計において,円形挿入軸の導入とスライス断面の輪郭線演算処理によりフィット性の高いステム形状設計手法を確立した。
(2)円形挿入軸によるステム設計は,骨軸を用いる直線挿入軸設計に比べて,大腿骨髄腔におけるステムの髄腔占拠率が大幅に向上した。