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天然物由来抗菌性コーティング材の開発

■繊維生活部 ○ 吉村 治
■金沢工業大学 大澤 敏
■根上工業株式会社 吉本克彦

1.目 的
  カニ等の甲殻類から抽出される天然高分子であるキチン・キトサンは,優れた特長を有する素材として種々の分野で工業的利用も進んでいるが,溶解性や高コスト等の問題もあり,現状では汎用性が低い材料である。また近年,揮発性有機化合物(VOC)等による環境汚染が問題視され,コーティング材料分野においても脱有機溶剤化が進んでいる。そこで本研究では,特にキトサンの抗菌性に着目し,高コストでも応用可能な材料への展開を目的に,有機溶剤を用いない水系の新規機能性コーティング材の開発を検討した。

2.内 容
2.1 抗菌性コーティング材料の調製方法
  コーティング材料として広範な適用性を求めるには,均一溶液系として取り扱えることが重要である。そこでキトサン(図1)が酸に可溶であり,ポリカチオンであることに着目し,ポリイオンコンプレックス(高分子電解質の複合体)による調製方法について検討した。
 一般的にポリカチオンとポリアニオンを混合すると,直ちにポリイオンコンプレックスを生じゲ ル化するため,溶液粘度が急速に高くなりコーティング材料として利用することが難しい。この問題を解決するため,対イオンとなるポリアニオンを重合により得る方法を用いた。即ち最初にアニオンモノマーとして溶液中に共存させ,固化する際にポリマー化し複合体を調製する方法を採用した。これによりキトサン溶液にアニオンモノマーを添加してもゲル化は起こらず,ポリイオンコンプレックスによる方法で良好なコーティング材料を合成できることが分かった。また耐水性を向上させる架橋剤,柔軟性を付与する可塑剤を添加したが,他の添加剤等を加えても問題なく用途に応じた工夫が可能である。

(図1 キトサンの構造)

2.2 物性・抗菌性評価
 調製材料の評価と,キトサンや添加剤等の成分の影響を調べるため,材料をキャスト法によりフィルム化した。耐水性試験についてはJIS K 7114(25℃の恒温乾燥機中60時間蒸留水に浸漬),抗菌性評価はJIS Z 2801(フィルム密着法)にそれぞれ準拠し試験した。
(1)耐水性試験
  過剰量の可塑剤を添加した材料以外は,耐水性試験における残存率が全て70〜90%であった。これは材料の構成成分が全て水溶性の化合物からなるポリイオンコンプレックスであるということを考えると非常に良好な結果である。同じ組成比でアニオンモノマーの量だけを徐々に増やしていくと少しずつ残存率が上がったことから,イオン結合の増加でより強固なポリイオンコンプレックスが形成され,その結果,耐水性が向上すると推察される。また架橋剤の添加量を増やせば,三次元構造が密になり溶媒への耐性を高めることも可能である。
(2)抗菌性評価
  成分比率が異なる6種類の材料について黄色ブドウ球菌及び大腸菌(病原性)に対する抗菌性試験(石川県予防医学協会へ委託)を実施したが,いずれの材料も24時間後には両方の菌が死滅していることを確認した。ブランクの24時間培養後菌数をサンプルの24時間培養後菌数で除した数の対数値(抗菌活性値2.0以上;抗菌効果あり)が2以上大きいことから,試験した全ての材料が優れた抗菌能を有することが分かった。

2.3 重合開始剤及び脱泡処理等の影響
 アニオンモノマーをポリマー化するために必要な重合開始剤には,代表的な水溶性アゾ系化合物であるV-50(2,2’-azobis(2-amidinopropane)dihydrochloride)及び過硫酸カリウムを検討した。その結果,過硫酸カリウムを用いると白化現象が現れた(図2左)が,これは相溶性が悪くなることや過硫酸化合物添加によるキトサン分子量の減少等が固形化に影響したと推定された。V-50を重合開始剤として使用すると,開始剤自身による小泡(窒素ガス;6μm程度)が現れたが,脱泡操作も併せて行うことにより表面的には均一なフィルム(図2右)が得られた。しかし引張試験等の物性評価は発生した小泡のため詳細には検討できなかった。また調製材料はポリイオンコンプレックス及び主材であるキトサンに起因し,非常に硬く,乾燥処理後に割れを生じたが,可塑剤等を添加することで良好な柔軟性の付与が可能であった。

(図2 重合開始剤及び脱泡処理の影響)

2.4 実施例
 本研究で開発されたコーティング材料は,食品・衛生関連施設用壁装材や床材,衣料,電化製品等の表面コート材に応用可能と思われる。実施例として繊維に塗布したものを図3に示す。繊維との密着性を測定していないことやコーティングした場合の色(キトサンの持つ黄褐色)等まだ解決すべき課題は多いが,簡単な方法により表面に塗布することができるため汎用性が高いものと考えている。今後内容物,添加割合等を変え,諸物性の解明,機能性の評価によりコスト低減に取り組むことでその重要性が高まるものと期待される。

(図3 実施例)

3.結 果
 天然物であるキトサンを用いたポリイオンコンプレックスにより耐水性の良好なコーティング材料を開発した。調製材料の抗菌性については,試験した全ての材料で24時間後に病原性菌が死滅したことより高い抗菌能を有することが認められた。また,コート材としても優れた性質を持つ材料であると考えられ,今後応用に向けた展開を図っていきたい。
  本研究の一部は(独)科学技術振興機構 研究成果活用プラザ石川の委託研究(可能性試験)として実施した。