簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:54KB、2ページ)

屋外用漆塗膜に関する研究

■繊維生活部 ○江頭俊郎 梶井紀孝

1.目 的
  漆は再生可能な植物から採取でき,石油資源には依存しない。近年問題となっているVOC(揮発性有機化合物)も発生せず,有機溶剤も含まない。また,塗膜を形成するのに熱エネルギーを必要とせず,室温で酵素によって硬化する環境に易しいエコ塗料である。しかし,漆塗膜の欠点の一つに耐候性が悪いことがあげられる。そのために漆は主に屋内で使用されてきた。しかし,一部ではあるが御輿や山車,あるいは寺社仏閣などの建築用にも使用されてきた。漆塗膜の耐候性を向上できれば,エクステリアや屋外パネル,一般住宅など屋外用途にも利用されることが期待される。そこで本研究では,屋外でも使用可能な漆塗膜を開発することによって,漆の用途拡大を図る。

2.内 容
2.1 漆塗膜の劣化機構
  漆塗膜を屋外で使用する場合,塗膜を劣化させる外的要因は紫外線,酸素,水分などがある。漆などの高分子材料を劣化させるのは主に波長400nm以下の紫外線である。塗膜の分子は紫外線を吸収すると活性化され,酸化分解などの化学変化を起こし,塗膜が劣化する原因となる。水分の有無も塗膜の劣化に影響を及ぼす。塗膜は吸・脱水による膨張・収縮を繰り返すうちに被塗物との付着が侵され,剥離やふくれを生じる。また,水分は塗膜を膨潤させて紫外線による劣化を容易にし,塗膜内部へ酸素が移動しやすくすることで酸化を促進する。
  漆の主成分であるウルシオールはベンゼン環や複数の2重結合を持つため,紫外線が当たるとα水素が励起され,酸化を受けやすい。漆塗膜中のウルシオール成分は紫外線を受けると次第に分解して低分子化し,炭酸ガス,低分子有機酸などに変化して大気中に揮散する。漆のその他の成分はビヒクル成分だったウルシオールがなくなると,雨などによって流されるので,屋外の漆塗膜は表面から劣化していき,だんだん膜厚が薄くなっていく。

2.2 耐候性の改善法           
  屋外で漆塗膜を使用するためには,耐候性の向上が不可欠である。その方法として(1)紫外線吸収剤,(2)光安定剤(HALS:ヒンダードアミン系光安定剤),(3)ガラス保護膜 などが考えられる(図1)。紫外線吸収剤3種類,光安定剤3種類,ガラス保護膜1種類について検討した。

(図1 漆塗膜の耐候性改善法)  

2.3 漆塗膜の耐候性試験
  塗膜の劣化は,まず光沢の低下という現象が現れ,ついで白亜化(チョーキング)が起こる。塗膜の光沢保持性は白亜化とも相関があり,耐候性の指標となる。光沢は物体表面の性質であり,つやという感覚的な尺度を物理的に表現したものである。塗膜中の顔料または樹脂の変化によって,塗膜の色調が変化する。これも耐候性の指標の一つとなる。塗膜の耐候性については長期に渡って屋外暴露するのが最良の方法であるが,短期間で一定の条件下で評価する必要のある場合には促進耐候試験を行う。本研究ではサンシャインウェザーメーター(スガ試験機)を使用した。

3.結 果
3.1 紫外線吸収剤の効果
  生漆,黒漆,透漆にそれぞれ3種(CGL,TINUVIN,LIGNOSTAB)の紫外線吸収剤を1〜2%添加して塗膜を作成した。塗膜を作成して3ヶ月後から耐候性試験を実施した。288時間経過時点で,漆の種類では透漆が最も光沢残存率が高かった。紫外線吸収剤の効果はTINUVIN>CGL>LIGNOSTABの順に良かった。しかし,最も良いもので光沢残存率が54%しかなく,紫外線吸収剤による漆塗膜の耐候性向上はあまり期待できない。

3.2 光安定剤の効果
  黒漆に光安定剤3種(765,770,2626)を0.5〜2.0%添加して塗膜を作成した。塗膜を作成して3ヶ月後から耐候性試験を実施した。128時間経過時点で,光沢保持に関しては効果がなく(図2),変色を防止する効果は770が最も良かった。しかし,無添加と比較してその効果はあまり大きくなく,大幅な耐候性の向上は望めない。 (図2 光安定剤添加漆塗膜の光沢残存率)

3.3 ガラス保護膜の効果           
  ガラスは高温でないとできないのが普通であるが,ペルヒドロポリシラザン(PHPS)とある特殊な触媒を用いると,空気中の水分と反応してガラスが生じる(式1)。ガラス板上に漆塗膜を作成し,その上にスピンコーターでガラス膜を付けた。赤外吸収スペクトルのSi-Oの吸収が出現したことから,ガラス膜が生成していることが確認された。ガラス膜の厚さは約1μmで,塗膜表面の光沢はやや増加したが,色差は3.5以下であった。ガラス膜は紫外線によって劣化しないし,酸素も遮蔽するので,漆塗膜の酸化を防ぎ耐候性が向上すると推定されるが,ガラス膜保護漆塗膜の耐候性試験については,今後の検討課題である。ガラス膜と紫外線吸収剤や光安定剤を組み合わせると,さらに耐候性の向上が期待できる。