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半導体レーザによる微細溶接システムの開発

■機械金属部 ○舟田義則 廣崎憲一 中島明哉

1.目 的
  電気電子産業や精密機械産業には,電子銃や圧力センサ,金属ベルト,ベローズ等の薄板溶接製品や部品が多く見られる。近年,それらに使用される部材に対して微細化,薄肉化の要求が著しいことから,微細かつ極薄な素材に対する高速で低コストな溶接技術の開発が望まれている.
 薄板溶接においては,素材が薄くなる程溶け落ちなどの欠陥が生じやすく,そのため,溶接部への入熱の量や範囲を高精度に制御する必要がある。このことから,薄板溶接にはレーザ溶接が適しているとされているが,CO2レーザやYAGレーザに代表される従来のレーザ溶接では,装置代やランニングコストの高さのため,広く普及するまでに至っていない。一方,電子複写機やレーザポインタ等に使用されている半導体レーザは比較的安価であり,また,電力効率が高く,取り扱いが容易なレーザ機器である。これまで,出力が小さいことから材料加工での利用は不向きであるとされてきたが,近年,素子の改良と集積化によって数百Wを超える高出力半導体レーザが開発され,材料加工の分野で研究が活発化している。
 そこで本研究では,高出力半導体レーザの超薄板溶接への適用性を検討するため,厚さ100μm以下の超薄板に対する「突き合わせ溶接」や「重ね溶接」,「エッジ溶接」試験を実施したので,以下にその結果を報告する。

2.内 容
2.1 半導体レーザの楕円ビーム集光を利用した溶接技術の提案
  高出力半導体レーザの発するレーザ光は発散角が大きく,また,その大きさは方向によって異なるため,レーザ光を円形に細く絞ることは難しい。反面,楕円または線上に幅狭く集光することは比較的容易であり,複雑な光学系を必要としない。そこで,焦点位置におけるレーザ光のビーム形状が楕円と円形とで異なる場合,超薄板溶接特性に如何なる影響を与えるかを検討するため,溶接中の温度分布を熱伝導解析(計算力学(株)製クイックウェルダー)により求めた。
 解析には図1に示すような2×10×0.1mm サイズの1/2対称モデルを用い,直径0.9mmの円形ビームと,面積がそれと同じになる長径2mmおよび短径0.4mmの楕円ビームを照射しながら図中矢印方向に移動させた際に生じる温度分布を解析した。なお,材質には厚さ100μmの超薄ステンレス板を想定するとともに,レーザ出力300W(パワー密度:47kW/cm2)の下,吸収率を35%と仮定して解析した。
 図2は,レーザ光を照射しながら種々の速度で移動させた際に,解析モデル中央断面での最高温度がステンレスの融点(1673K)を超える領域をグレーで示した結果である。円形ビームに比べて楕円ビームの方がより速い移動条件下でも融点を超える部分が裏面まで到達しており,その幅も楕円ビームの方が狭い。この結果は,レーザ光を楕円状に集光し,照射することで溶接の高速化と溶け込み幅の狭化が可能であることを示しており,半導体レーザの楕円ビーム照射が超薄板溶接に対して有効であることがわかる。

(図1 熱伝導解析モデル)
(図2 レーザ照射に伴う温度分布解析結果)

2.2 半導体レーザによる超薄板の突き合わせ溶接
  図3に示すように,厚さ100μmの超薄ステンレス板を突き合わせて治具で固定し,合わせ目にレーザ光を照射しながら試料台をリニアモータで移動させて溶接試験を行った。このとき,図4に示すように,0.4mm×1.8mmの楕円ビームを直接照射するタイプと,直径0.9mmの円形ビームを光ファイバーを通して照射するタイプの2種類の半導体レーザを用いた。その結果,図5に示すような溶接ビードが途切れることなく貫通溶接可能な溶接条件範囲が明らかになった。これによると,レーザ照射面積が等しくパワー密度が同じであるにも関わらず,ビーム形状に依存して溶接可能範囲が異なる。例えば,溶接可能な最高速度は楕円状ビームの直接照射の方が速く,300Wのレーザ出力では300mm/secに達する。この傾向は,前述の熱伝導解析結果と一致し,半導体レーザの楕円ビームを直接照射することで溶接速度が増加することがわかった。
 今回用いた楕円状ビームの長径は円形ビームの直径の2倍であることから,任意の溶接点における照射時間(ビーム通過時間)は2倍となる。それ故,高速溶接に対して有利に作用したものと考えられる。

(図3 超薄板突き合わせ溶接実験方法)
(図4 ビーム形状の異なる半導体レーザ)
(図5 スポット形状による溶接可能条件範囲の違い)

2.3 半導体レーザによるステンレス箔の重ね溶接
  図6に示すような方法で,楕円状ビームの直接照射により,20μmのステンレス箔を厚さ2mmのステンレス板上に重ね溶接試験した。ここでは,石英ガラスを使用してステンレス板上にステンレス箔を固定するとともに,予熱による溶け込み深さの助長を期待して試料下にヒータを設置した。
 図7は,そのときの下に敷いたステンレス板への溶け込み深さに及ぼす予熱の影響を調べた結果である。レーザ出力350Wの場合,予熱なしでは下板が溶け込まずに接合できなかった。これは,使用した半導体レーザのパワー密度が47kW/cm2と従来のレーザ溶接に比べて遙かに低いためと考えられる。一方,適度な予熱を実施することで下板への溶け込みが助長され,その温度が高い程,溶け込みは大きくなることが分かる。レーザ出力400Wの場合,予熱なしでも下板の溶け込みは得られるが,予熱により溶け込み深さを制御できる。このことから下板が厚い場合の重ね溶接に対して予熱は効果的であり,半導体レーザなど低パワー密度熱源における溶け込み不足を解決する有効な手段であることがわかった。

(図6 ステンレス箔の重ね溶接実験方法)
(図7 予熱温度による下板への溶け込み深さの変化)

2.4 半導体レーザによる超薄板のエッジ溶接
 超薄板をエッジ溶接するためには,レーザ光を重ねた超薄板の端面より細く集光し,かつ高精度に位置決めする必要がある。そこで,図8に示すような0.11mm×2.1mmサイズの直線ビームを照射可能な半導体レーザを製作し,光路中にダイクロイックミラーを挿入することでレーザ光の照射位置を同軸で観察できる機能を付与した。これを用いて厚さ100μmのNi基耐熱合金超薄板(インコネル718)に対するエッジ溶接を行った。実験では,図9に示すように,2枚の超薄板の端面を揃え重ねして治具で固定し,端面重ね線に線状ビームを照射しながら試料を移動させた。
  レーザ出力や溶接速度を変化させながらエッジ溶接試験を行った結果,十分な溶け込みが得られる条件範囲中に,溶け込み部中央付近で大きな割れを生じる領域が存在した。これは,溶接部の凝固収縮時の熱応力に起因する割れと考えられ,強度低下を招く原因となる.そこで,図10に示すように,溶け込み内部に生じる割れの長さに及ぼす溶接条件の影響を調べた。溶接速度が80mm/secを下回る場合,溶接速度が遅くなるにつれて割れは長くなる傾向にあることが分かる。逆に,溶接速度が80mm/sec以上になると,割れは短くなり,その長さは20μm以下に抑えることができることが分かった。

(図8 同軸モニタ付き半導体レーザ)
(図9 超薄板エッジ溶接実験方法)
(図10 割れに長さに及ぼす溶接条件の影響)

3.結 果
 超薄板溶接に対する半導体レーザの適用性を検討するため,厚さ100μm以下の超薄板を対象に突き合わせ溶接,重ね溶接,エッジ溶接試験を行った。得られた結果を以下にまとめる。
(1) 半導体レーザ特有の楕円ビームは,溶接の高速化と溶け込み幅の狭小化に寄与し,超薄板溶接に有効である。
(2) 半導体レーザのパワー密度は低いが,予熱や溶接条件の最適化によって超薄板の重ね溶接やエッジ溶接にも十分適用可能である。

謝 辞
 本研究を遂行するにあたり,適切なる指導や機器の貸与を頂きました大阪大学接合科学研究所阿部信行助教授に感謝します。