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 シミュレーション技術を用いたデザイン手法の研究
 ―VR・コンピュータマネキン技術の実証化について―
 繊維生活部  ○梶井紀孝 餘久保優子

1.目 的
 製造業では,迅速な製品開発を行うため,三次元CGやCAD等のコンピュータの利用が進んでいる。また,新製品開発における設計評価や試作を合理化するため,コンピュータを用いた多くのシミュレーション技術や試作加工技術が利用されている。そこで,今後,県内企業のデザイン開発での利用が有効と考えられるバーチャルリアリティ(VR)技術やコンピュータマネキン技術に関して,具体的な製品開発での活用を試みたので,その事例を報告する。

2.内 容
2.1 VR技術の実証化研究
 工業試験場では,三次元CGやCADデータから実物モデルを作製する光造形システムや切削加工装置等の試作加工設備を導入し,試作開発の迅速化を支援してきた。今後の課題として,これらの装置では作製できない大型製品への対応と試作の迅速化が上げられる。
  大型製品の試作開発を合理化する手法として,実物の大きさでデザインの検証をするために,三次元CGで作成された製品や空間等の画像を,大型スクリーン上で立体視するVRシステムが注目されている。また,パーソナルコンピュータの低価格化や高性能化により,低価格のVRシステムが実現してきており,企業での活用が今後進むと考えられる。

2.1.1 デザイン開発での応用
 平成15年度から県内企業,北陸先端科学技術大学院大学と連携して「バーチャルリアリティ技術を利用したデザイン開発研究会」を工業試験場が事務局となり,開催してきた。この研究会では,工作機械,健康機器,建具,パーティションメーカや建築設計事務所の設計担当者とVR技術の研究者,技術者が,北陸先端科学技術大学院大学に設置されている,4面にCG画像を投影するVRシステム「CAVE」(図1)を用い,企業現場での具体的な活用方法を検討した。
 研究会に参加した企業から提供された製品の三次元CADデータを基に,VRシステムで実物と同じ寸法で見えるシミュレーションデータを作成し,各社の製品や空間のシミュレーションを行った(図2)。その結果に基づき,具体的な製品開発でのVR技術の活用方法について検討を行った。

(図1 北陸先端科学技術大学院大学のVRシステム「CAVE」)
(図2 建築物のCADデータ(左)と設計空間のシミュレーション(右))

2.1.2 技術利用の検討と課題
  研究会での意見交換の中で,各分野での活用方法や課題毎にまとめた意見を表1に示す。
  全体的な意見としては,分野を問わず,VR技術による製品試作の短縮化やプレゼンテーションの高度化が図られ,製品開発の迅速化に繋がることが分かった。各分野での利用方法を以下に示す。

〈工作機械・健康機器の開発〉
  ・設計者グループでの基本設計の確認
  ・取引先と仕様の打ち合わせ
〈建築物の設計〉
  ・建築デザインのプレゼンテーション
〈パーティション・建具の開発〉
  ・製品ショールームとしての利用

  これらの結果から,設計担当者は,共同開発者や製品のユーザ等との間でデザインや設計の確認を行えることが実証化できた。また,建築物やパーティション,建具等を用いた空間デザインのプレゼンテーションツールとして,VRシステムが有効であった。一方で,パーティション,建具等のインテリア製品の開発では,製品に使用する布地,塗装,木材等の素材感がデザイン開発の重要なポイントとなるため,実物素材の質感をリアルにシミュレーションする技術の開発が今後の課題として上げられる。

(表1 VRシミュレーションに関する意見)

2.2 コンピュータマネキン技術の実証化研究
 今日の高齢社会において,安全で快適な生活の重要性がますます高まっており,生活者の視点に立った使いやすい製品を求める声が大きくなっている。また,デザイン開発においては,設計者がCAD等のコンピュータを利用することが一般的となっていることから,本研究では,人間中心の製品・生活環境づくりに必要な設計支援技術の普及を目的として,三次元CAD上に仮想的に生成したマネキン(仮想人間モデル)を用いて設計支援を行う「コンピュータマネキン」技術の実証化研究を行った。

2.2.1 衣服での応用
 衣服設計におけるデザインプロセスとプレゼンテーションの合理化を図るため,デジタルファッション(株)と共同で,仮想現実空間上でのデジタルファッションショーの作成を行った (図3) 。
 これは,衣服設計支援ソフト「Dressing Sim」と三次元CGソフト「Maya」を利用して,二次元のパターン(図4)を三次元の人体モデルに着用シミュレーションしたものである。服の生地には曲げ剛性や光の反射角度による光学特性など,素材ごとの風合いを再現する物理特性が入力されており,実物に近い質感が再現されている。
 これらの技術により,設計者はデザインや素材の違いによる完成イメージを,画面で確認しながら効率的にパターン設計していくことができ,ステージやモデルの人員配置などに多大な経費を必要とするファッションショーの合理化も可能となる。
 しかし,今回のデザインコンセプトであった「スカーフを結ぶ」,「ギャザーを寄せる」といった表現を再現する為には,高度なプログラミング技術と膨大な作業時間を必要とする為,完全なCG表現の実現までには至らなかった。また,衣服を着用する人間モデルは,実際の人間の身体寸法とは整合性が低く,より現実的な衣服設計のための人体モデルの導入が今後の課題である。
 そこで,ここでは日本人3万4千人の178箇所の身体寸法データを蓄積している(社)人間生活工学研究センターのデータをもとに,(株)システムアンサーで開発されたコンピュータマネキン「QUETE」を用いて,30代から80代までの女性の身体寸法を参考にして仮想人間モデルの設計を行った。
 図5で示すとおり,年代別の体型の差は明らかであり,特に身長,ウエスト,ヒップなどに顕著な差があることがわかる。しかし,既製品の衣服においては7号から11号サイズを中心に大別して規格化されており,特に中高年齢者においては,身体に適合する衣服が少ないのが現状である。 
 また,本研究会に参加した県内企業17社を対象に,コンピュータマネキン技術についてのアンケート調査を実施した結果,約半数の企業では三次元CADが導入されていないことが分かった。
 そこで本研究では,より実践的な衣料開発支援の実現を目指し,年代別のマネキンデータをDXF形式(世界標準のCADデータフォーマット)に変換し,衣服設計用のトルソー(人台マネキン)の開発を試みた (図6) 。今後はこれらのデータを基に,中高年齢者を対象にした衣服設計用の実物トルソーを開発する予定である。

(図3 デジタルファッションショー)
(図4 パターン図)
(図5 年代別の人体マネキン)
(図6 衣服設計用トルソー)

2.2.2 福祉機器での応用
 次に,工業製品の開発において,(株)日本クリンエンジン研究所と開発中の歩行器 (図7)にコンピュータマネキンを活用し、製品各部の寸法設定と姿勢の変化における適合性のシミュレーションを行った。
 従来の設計は,書籍等の寸法資料を参考に,設計者の知識と経験をもとに行っていたが,三次元CAD上に仮想人間モデルを配置することで,歩行器の各パーツの長さや幅,高さ調節の必要性の有無などを容易に検討することができた。また,65歳以上の高齢者を「痩せていて背が高い」などの体型別に,6項目に大別して,立位姿勢(図8)と座位姿勢(図9)における歩行器の互換性を確認することが可能となり,より短時間で人間の身体寸法に適合する設計を行うことが可能となった。
 しかし,従来のマネキンは健常者を対象としており,歩行器が必要な対象者の身体障害には対応していない。県内企業を対象にしたコンピュータマネキンの実用化に対する聞取り調査で最も多かった要望が,障害者や高齢者を対象とした建築や製品への設計支援であったが,これらを実現するためには,人体の筋肉や腱,神経などの機能障害をデータとして集積し,アルゴリズム化する必要がある。現在のコンピュータマネキンでは,身体の複雑な機能障害を再現することは困難なことから,特に福祉機器のデザイン開発においては,実際の被験者テストをもとに評価と改善を行うことが必要である。
 今回,コンピュータマネキン技術を活用することで,衣服の設計とプレゼンテーションに利用し,歩行器の設計においては合理化を図ることができた。しかし,人間の複雑な身体特性を仮想人体モデルで正確に再現することは困難であり,今後は,人間の自然な身体動作を再現する為のモーションキャプチャーデータや,身体機能障害データ等の基礎データを構築した仮想人体モデルの開発が課題である。

(図7 開発中の歩行器)
(図8 座位での検証)
(図9 立位での検証)

3.結 果
 本研究では,VR技術を県内企業のデザイン開発に利用したことで,試作の合理化とプレゼンテーションを強力に支援することが可能となった。また,コンピュータマネキン技術を衣服,福祉用具開発に活用することで,設計の合理化とプレゼンテーションへの有効性が実証された。
今後は,本研究で得られたVR,コンピュータマネキン技術の適応分野と活用方法の知見を深めるとともに,特にVR技術で課題となった,素材の質感を高精細に表現するシミュレーション方法について研究を進め,県内企業の新製品開発を支援していく予定である。
 謝辞:本研究を遂行するにあたり,御協力を頂きましたVR研究会,コンピュータマネキン研究会,I.Uファッション研究会の皆様に感謝します。


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