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 官公庁向け電子文書決裁システムの開発と評価
  製品科学部 ○上田芳弘 加藤直孝 林克明
  NTT西日本金沢支店 魚棚鉄志
  金沢大学 木村春彦

1.目 的
官公庁における文書決裁業務は,まず意思決定の基となる文書を業務担当者(以下,起案者)が作成し,その直属の上司から順次,承認を受け,最終的に組織長の決裁を受ける。この承認中に文書は複数の承認者に回覧され,様々な検討が行われた後に公文書として発送・開示されたり,保存されたりする。
上記のように複数人が連携して行う業務を支援するシステムはワークフローシステムと呼ばれ,最近,伝票や報告書などの処理のための定型業務支援用システムの研究が進められ,普及が進んでいる。しかし,官公庁における文書決裁業務は個々の文書の重要性など,その性質により業務手順が異なる非定型業務に分類され,これを支援する研究,特に運用評価についてはこれまで十分には行われていない。そこで,この文書決裁業務を支援するワークフローシステムに必要な機能を検討し,電子文書決裁システムを構築した。さらに,本システムを実際業務で運用評価して,業務を効率化するためのシステムの運用方法を明らかにすることを目指す。
本報では,システムに必要な機能のうち,特にすべての文書を電子化することが困難であることに着目し,承認者が電子文書をクライアントパソコンで参照し電子的に承認する電子回覧とともに,従来どおり帳票を利用し紙文書を承認者に回覧して承認を受ける紙回覧のための機能を実装した。以下,このような電子回覧と紙回覧の処理方法の説明と実際業務で運用評価した結果について述べる。

2.内 容
2.1 紙回覧機能の概要
紙回覧の機能が必要とされる理由は,外部機関から送付された冊子などスキャナーで電子化することが困難な多量の紙資料を添付するための他,重要案件などでは起案者が紙文書を承認者のもとに持参し,口頭説明することが組織内でのルールとなっているためである。本システムでは,起案用の帳票に文書IDを印字して,これを承認者にキーボードあるいはバーコードリーダで入力してもらうことで,電子文書と同様に紙文書を識別できるようにした。これにより,電子文書と紙文書のいずれを承認する場合も,押印の代わりに電子的に承認することができ,承認情報を電子文書と紙文書で同様に処理できるようになった。例えば,承認中は起案者が承認の進捗状況を把握でき,また決裁後の業務監査においてこの承認情報が重要な情報とされるが,電子文書と紙文書について同一の方法で参照できる。これにより,本システムが管理すべき文書情報(起案者名,起案年月日,件名,文書内容など),上記の承認情報(承認者名,決裁年月日など),施行情報(文書の発送・開示年月日,公印使用状況など)をすべての文書について処理できるようになった。

(図1 文書IDを付与した起案帳票)

2.2 電子回覧と紙回覧の実装方法
前述のように紙文書を電子的に承認するために図1に示したように10桁の文書IDを帳票のヘッダーに印字して,これを承認者にキーボードあるいはバーコードリーダで入力してもらう方式とした。これにより,電子文書で承認を受ける場合は承認者のクライアントパソコンに文書が自動で到着し(電子回覧),紙文書の場合は机上に実際に回覧された紙文書の文書IDを入力することで(紙回覧),承認者はいずれの場合も承認,差し戻しなど必要な操作を同様にできるようになった。つまり,電子回覧と紙回覧のいずれでも電子的に承認,決裁ができ,本システムで承認情報を管理できる。
以下,電子回覧と紙回覧,それぞれについて起案者が設定した承認ルート上での承認順序の決定方法,すなわち文書のフロー制御について述べる。
(1)電子回覧のフロー
 組織内で決められた部署や役職の承認順序に従って,起案者が設定した承認ルート中の承認者の順序を決定する。システムはこの承認順序に従って,一人一人の承認者に順次,承認要求を送信する。さらに,差し戻し後の制御や承認中のルート変更に対応できるように処理する。また,承認の開始時や特定の承認者の承認時をトリガーとして複数の承認者に一斉に承認要求を送信することを可能とした。
(2)紙回覧のフロー
 当初は上記(1)の電子回覧の場合と同様にして紙回覧のフローを制御した。このとき,各承認者にはシステムが提示する承認順序に適合するように紙文書を次の承認者へ渡すように徹底した。しかし,人間は単純ミスを犯したり,あるいは不在の承認者への対応において人間とシステムとで些細な違いが生じたりと,システムの承認要求と人間が行う紙回覧が同期せずに承認要求を受けた承認者とは別の承認者に紙文書が回覧されることがあり,問題が生じた。そこで,システムは承認要求を送信せず,人間が紙文書を回覧し,承認者が文書IDを入力した時点で当該承認者が承認ルートに含まれているかをチェックする。このとき,承認ルートに含まれない承認者だった場合には,文書内容の参照や承認を拒否することもできるが,本システムではシステム構築前からこのような承認を受け付けていたので,承認ルートに追加しながら承認情報を更新するように柔軟性を持たせた。なお,システムは最終決裁者などの重要な承認者の承認を受けたかをチェックし,決裁が完了したかを判断する。
2.3 運用と評価
本システムを実際業務で12カ月間運用し,業務の効率化について検証した。評価対象は,(1)電子回覧と紙回覧の使用比率,(2)承認の速さ,及び(3)情報の周知効果とした。特に(2)と(3)についてはシステム構築前,すなわち帳票への押印により承認を受けていたときと,電子回覧及び文書IDを導入した紙回覧を用いたときの比較評価を行った。これらの評価により,電子回覧と紙回覧の特質を明らかにし,本システムの効率的な運用方法を示す。
(1)電子回覧と紙回覧の使用比率

(図2 電子回議と紙回議の使用比率)

(図3 承認の速さ)

(図4 情報の周知)

 図2に本システムによる月ごとの電子回覧と紙回覧で処理された文書数を示す。この12カ月間の総計では全文書2041件のうち電子回覧で処理された件数は30.5%であり,紙回覧で処理された件数は69.5%であった。このように紙回覧の使用比率が大きい理由は,本運用実験中はユーザにどちらの方式で処理するかの明確な判断基準を与えず,個々のユーザの判断に任せたためと考えられる。多くのユーザは,紙回覧でも電子的な承認を受けられる利便性を実感し,従来の帳票への押印により承認,決裁を受けていたスタイルに近い紙回覧を使用したためである。よって,本来なら電子回覧で処理すべき文書を紙回覧としたものも多かったと考えられる。今後は,以下の承認の速さと周知効果のそれぞれの特性をユーザに示し,電子回覧と紙回覧が適切に使用されるように運用しなければならない。
(2)承認の速さ
 承認の速さについては,1件の文書の決裁が完了するまでに,1日に何人が承認したかという,1日当たりの平均承認者数を用いた。その結果,図3に示したように,電子回覧では平均4.33人/日,紙回覧では平均2.67人/日であり,承認の速さは電子回覧の方が1.62倍速いことが分かった。なお,システム構築前と比較して有意差の検定を行ったところ,システム構築前(平均3.02人/日)と電子回覧の間には有意水準1%以下で有意差が認められたが,システム構築前と紙回覧の間には有意差が認められなかった。すなわち,承認の速さはシステム構築前と比較して,電子回覧では速くなっているが,紙回覧では変化がないものと考えられる。なお,図3と図4中の誤差棒は標準偏差を表している。
(3)情報の周知効果
 情報の周知については,1文書当たりの承認者数を用いた。本来,文書の回覧は上司の承認と決裁を受けるために行うものであるが,文書中の情報を関連部署に周知するために回覧を行うことも多いので,承認者数が多ければ周知効果も大きいものと仮定した。このような周知を目的とした回覧では,電子回覧の一斉承認方式を用いた方が決裁を遅らせずに多くに周知できるので効率的と考えられる。実際,図4に示したように1文書当たりの承認者数は,電子回覧では平均19.3人,紙回覧では平均10.6人であり,電子回覧の方が1.83倍周知効果は大きいものと考えられる。なお,システム構築前(平均14.3人)と電子回覧の間には有意水準1%以下で有意差が認められ,紙回覧との間にも同様に有意差が認められた。このことから,システム構築前と比較して,ユーザは周知を目的とする場合は電子回覧を用いることが多いために電子回覧では承認者数が増加したが,その分周知を目的としないものが紙回覧で多く処理され,紙回覧では承認者数が減少したものと推測できる。
以上,構築したシステムを実際の業務で運用し,システム構築前と電子回覧及び紙回覧を比較した結果,電子回覧の方が承認の速さは速く効率的に決裁が受けられ,また情報の周知効果が大きいといえる。ただし,電子化することにかえって工数が掛かる紙資料を添付する場合は,業務全体としての効率化を図るために紙回覧を用いた方が有利である。よって,電子化率を向上させるなど更なる業務の効率化を目指すためには,組織内の作業環境を的確に改善し,かつ紙の枚数やサイズなど紙回覧を用いる場合の基準を明確にしなければならない。ここで,この12カ月間の運用実験における部署別の紙回覧の使用比率を見ると,76.3%が1部署に集中していることが分かった。これは,当該部署が外部機関からの多くの文書を受付け,その処理を行っているためである。そこで,この部署に高速イメージスキャナーを設置し,外部からの紙文書を容易に電子化できるようにした。その結果,本スキャナー設置後5カ月間で,電子回覧の使用比率が78.3%に,つまり従来の2.57倍に向上した。また,運用実験中の電子回覧で承認・決裁を受けた文書に添付されたファイルを集計した結果,全文書の99.8%が4枚以内の文書であり,そのサイズはA4版以内であった。このことから,紙回覧を用いる基準は,文書が5枚以上,またはB4版以上のサイズの文書を添付するときと規定することが妥当と考えられる。
さらに,重要案件などで承認者に口頭説明を行うことが必要な場合は,紙回覧を用いることが多い。口頭説明を要するか否かは一般に明確な基準を設けることは難しく,起案者のみの判断では誤ることがある。このため,本運用実験では起案者は安全を見込み,紙回覧を必要以上に多く用いているものと思われる。そこで,迷いが生じたときは,最初は電子回覧を用い,承認中に口頭説明を必要とされたときは,電子回覧を紙回覧に切り替えて使用できる機能を実装した。すなわち,電子回覧と紙回覧を承認中に相互に切り替えて使用できるようにすることで,本運用実験の結果以上に文書決裁業務の効率化が達成できるものと考える。

3.結 果
 本報では,ワークフローシステムで電子文書を決裁するとともに,紙文書を回覧して電子的に決裁を受けるための機能を開発した。本システムを実際業務で運用評価することにより,以下が明らかになった。
(1)電子回覧と紙回覧を比較すると,電子回覧の方が承認の速さでは1.62倍速く,情報の周知では1.83倍効果が認められた
(2)紙回覧の使用比率が高い部署に高速イメージスキャナーを設置することにより,電子回覧の使用比率は2.57倍に向上した
現在,本研究成果を活用して新県庁舎で稼働する電子決裁システムの設計・開発を進めている。平成16年4月にすべての県機関が利用を開始する計画である。


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