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 風味を改善したイシル(魚醤油)の開発
  石川県工業試験場 食品加工技術研究室 ○道畠俊英 松田喜洋

1.目 的
 石川県の伝統食品に,イカやイワシを原料とした「イシル」がある。これは秋田県の「しょっつる」や香川県の「いかなご醤油」とともに,日本の3大魚醤油として知られている。近年,エスニック料理への関心が高まり、魚醤の需要は高まる傾向があるが,イシルについては,長い熟成期間(1〜2年)が必要なため需要に素早く対応できない。また,魚を原料とした調味料であるため,独特の魚臭さと高い塩分(約25%)とで,一般に広く受け入れられないのが現状である(濃口醤油の場合は,約15%)。
 そこで,イシル特有の臭気の抑制と高塩分問題を解決するため,臭気の除去や低塩化に関する検討を行い,風味を改善したイシルの開発を行った。
2.内 容
2.1 イシル臭気成分抑制の検討
 市販イシルの臭気成分についてTCT-GC/MS法により分析を行った結果,多数のピークが検出され,そのうち約60の成分について同定した。これらの臭気成分の中で刺激臭である揮発性アルデヒド類,不快臭であるジメチルジスルファイド(DMDS)がイシルの臭気成分の中心であると判断された。
 そこで8種類の風味改善剤(グルコン酸塩,トレハロース,シクロデキストリン,リンゴ酸塩,プルラン等)を市販イシルに添加することにより,イシルの臭気成分抑制効果について検討を行った。その結果,これらの風味改善剤のうち5%程度グルコン酸塩(Na,K)またはトレハロースを市販イシルに添加し臭気成分を分析したところ,無添加のイシルに比較して揮発性アルデヒド類,DMDSを約40〜50%程度に抑制する効果が見られた。即ち,これらグルコン酸塩,トレハロースの添加によりイシルの持つ特有な臭気の抑制に効果があるものと考えられる。
2.2 イシルの低塩化の検討
従来法によるイシルの仕込みは,原料であるイカの内臓やイワシに対し重量比で20%の食塩を加えて行われている。また最近では,グルコン酸塩は食塩の代替物として味噌やパンなどに利用されている。そこで原料の重量と塩(食塩+グルコン酸塩)量を統一し,イカとイワシそれぞれについて従来法の仕込み比で試醸したものを対照区(イカをG1,イワシをI1)とし,食塩量の一部をグルコン酸塩(グルコン酸Na,グルコン酸K)で25%,50%,75%と代替した区分を設定し,それぞれの代替率に対しグルコン酸Na代替区はイカGNa2〜GNa4,イワシINa2〜INa4とし,グルコン酸K代替区はイカGK2〜GK4,イワシIK2〜IK4として,8カ月間,30℃で試醸を行った。更に得られた試醸品についてパネラー30名による官能検査を実施した。
(1)グルコン酸塩代替による低塩化イシルの試醸
 試醸期間中イカイシルでは総遊離アミノ酸量,乳酸量ともに対照区とほぼ同じ挙動を示した。一方イワシイシルでは,グルコン酸塩の代替率が高くなるに伴い総遊離アミノ酸量,乳酸量とも増加する傾向が見られた。8カ月経過の試醸品の成分を表1に示す。食塩濃度は
グルコン酸塩代替率の増加に伴い減少し,最も低い濃度でイカイシルが約7g/100ml,イワシイシルで約6g/100mlとそれぞれの対照区の約1/4程度と低い値であった。イカイシルの試醸品では総遊離アミノ酸量,乳酸量とも対照区とほぼ同程度の値を示し,グルコン酸は仕込み量がほぼそのまま存在した。一方イワシイシルでは,仕込みのグルコン酸量によらず試醸ではいずれもほぼ同程度のグルコン酸濃度を示し,総遊離アミノ酸量,乳酸量は代替率が高くなるに伴い増加の傾向が見られ,最も高いIK4で10794mg/100mlの総遊離アミノ酸量,9827mg/100mlの乳酸が得られた。
このように,グルコン酸塩代替によるイシルの試醸品では,食塩濃度は代替率に応じ低塩化が図られた。また,イカイシルは仕込みのグルコン酸量以外は対照区とほぼ同じ成分量であったのに対し,イワシイシルでは代替率に伴い総遊離アミノ酸量,乳酸量が増加し,グルコン酸が仕込み量より急激に減少したことから乳酸菌などの微生物による発酵が行われ,対照区とは成分組成の異なる試醸品が得られたものと考えられる。
(2) グルコン酸代替低塩化イシルの官能検査
30名のパネラーにより,試醸したイシルの対照区と代替区との比較による官能検査を実施した結果,グルコン酸代替区の試醸品は臭い,塩味の項目で比較的高い評価が得られた。特に総合評価では、GK4,INa3,INa4,IK4で非常に高い評価が得られた。
表1 グルコン酸塩代替試験区の試醸イシル成分表
イカイシル イワシイシル
試験区 G1 GNa2 GNa3 GNa4 GK2 GK3 GK4 I1 INa2 INa3 INa4 IK2 IK3 IK4
対照区 グルコン酸Na代替区 グルコン酸K代替区 対照区 グルコン酸Na代替区 グルコン酸K代替区
代替率 0% 25%カット 50%カット 75%カット 25%カット 50%カット 75%カット 0% 25%カット 50%カット 75%カット 25%カット 50%カット 75%カット
食 塩 24.1 20.0 14.1 7.2 20.1 14.3 7.7 23.1 17.8 12.0 6.1 21.5 12.0 6.4
(g/100ml)
総遊離アミノ酸 12082 10203 10269 11598 13925 12418 12689 7020 8719 9466 8658 8203 8932 10794
(mg/100ml)
乳 酸 118 153 133 423 128 159 136 2689 4064 7800 7016 2300 6604 9827
(mg/100ml)
グルコン 酸 ND 7396 14447 20764 7568 15442 19932 ND 4970 6547 6983 5560 6277 6188
(mg/100ml)
ND:検出されず
3.結 果
 イシルにグルコン酸塩(Na,K)またはトレハロースを添加することにより,イシル特有の臭気成分である揮発性アルデヒド類(刺激臭),DMDS(不快臭)について約40〜50%の抑制効果が見られた。
また,食塩をグルコン酸塩により代替して試醸した低塩化イシルでは,イカイシルは通常の食塩濃度で試醸したものとアミノ酸量,有機酸量ともほぼ同等で食塩濃度の低い試醸品が得られた。一方イワシイシルでは,試醸期間中に乳酸菌などの微生物の作用が見られ,通常の食塩濃度で得られるイワシイシルよりもアミノ酸量,有機酸量ともに多く,その組成も異なった新しいタイプの低塩化イワシイシルが得られ,官能検査でも非常に高い評価が得られた。
(本研究は,平成12年度科学技術振興事業団のRSP事業(可能性試験)により実施した。)


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