技術ふれあいミレニアム2000発表会要旨集
濃厚な米糖化物を用いるライトタイプ清酒
製造法の開発
客員研究員、石川県酒造組合連合会  佐無田隆
  化学食品部 ○松田章 松田喜洋 道畠俊英


1.目 的
 近年、清酒の消費は低迷している。そこで、品揃えを広げ、購買者の増加を図るため、アルコール濃度の低い清酒(以後ライトタイプ清酒)の開発が業界の急務となっている。通常の清酒製造法は、米粒の溶解とアルコール発酵とが同時に進行する並行複発酵で、清酒の一般成分値(アルコール分、日本酒度、酸度、アミノ酸度)を制御することは困難である。
 そこで本研究では、米粒の溶解と発酵を別個に制御できる糖化後発酵法に着目し、濃厚な米糖化物(以下醴[れい]という)の製造方法の開発と、醴を用いるライトタイプ清酒製造法の開発について検討を行った。醴についてはこれまでに、実験室レベルでの製造法について報告1)してきたが、今回は、汲水に清酒を使用せず、清酒製造場でも応用可能な醴の製造方法の開発を目的とした。さらに、アルコール濃度の低い清酒を開発する上において、味のバランス上酸味が重要となるので、酸度に影響を及ぼす要因についても検討を行った。

2.内 容
2.1 実験方法
図1 濃厚な米糖化物(醴)を用いる
ライトタイプ清酒の製造法
 濃厚な米糖化物(醴)を用いるライトタイプ清酒の製造方法を図1に示す。第1工程では少量の水を用いて醴を製造した。掛け米は五百万石で、精米歩合注1)は50〜100%(玄米)で、麹は乾燥麹(徳島精工製、ニシホマレ、精米歩合60%)、麹歩合注2)は5〜30%、麹歩合が低い場合には清酒用酵素剤(天野製薬(株)製グルク100)を併用した(最大で原料米の0.06%添加)。汲水歩合注3)は50〜60%で、麹に汲水全量を加え、55〜60℃で糖化後、蒸米を加えて糖化を行う二段階高温糖化法が有効と考え、糖化温度、糖化時間について検討した。第2工程で醴を水で希釈して発酵させ、清酒を製造した。総米は200〜800g、酵母は協会7号を用いた。希薄仕込は麹歩合30%、汲水歩合320%、発酵温度7、10及び15℃で行った。濃厚仕込は初添、仲、留の3段仕込で、各仕込直後のボーメがいずれも約15となるようにし、発酵温度を前半15〜18℃、後半10〜5℃で行い、10℃において水を加えた。

注1) 精米歩合=白米(kg)×100/玄米(kg)
注2) 麹歩合=麹用白米(kg)×100/総米(kg);総米=麹用白米+掛け米用白米
注3) 汲水歩合=汲水(L)×100/総米(kg)

2.2 分析
 麹中の液化酵素(α−アミラーゼ)及び、糖化酵素(グルコアミラーゼ)活性の測定は、それぞれα−アミラーゼ測定キット、糖化力分別定量キット(いずれもキッコーマン(株))、グルコースはグルコースBテストワコー、醴の円盤侵入応力測定はレオメーター(不動工業(株)製NRM-2002J)、アルコールはアルコメイト(理研計器(株))、日本酒度は密度比重計(京都電子工業(株))、有機酸は有機酸分析計ShodexOA(昭和電工(株))、ピルビン酸はデタミナーPA(協和メデック(株))、その他の項目は国税庁所定分析法によった。

3.結 果
3.1 麹の糖化
 麹中のα−アミラーゼ及びグルコアミラーゼについては、55〜60℃間では温度が高いほどいずれの活性も低下が大きかった。糖化温度は酵素活性の点からは低い方が望ましいが、微生物による汚染の危険性があるため55℃とした。糖化時間は長い方が液化は進むが、酵素活性の点から1hとした。

3.2 蒸米の糖化
図2 麹・蒸米混合物の軟化の経時変化
 55℃において、麹糖化液と蒸米を混合すると、数分後には水は蒸米に吸収され、櫂入れが困難な硬い塊となるが、時間の経過に従い蒸米は徐々に軟化し、3h経過後には櫂入れが可能となった。図2に示すように、この時点での混合物への円盤侵入応力(310g/cm2)は、蒸米混合直後(849g/cm2)の37%であった。その後30min毎に櫂入れしつつ、さらに3h、55℃に保つと混合物は粥状になった。蒸米の軟化は櫂入れによって、さらに酵素剤の併用によって促進された。したがって、55℃で1h麹を糖化した後蒸米を混合し、3h経過してから櫂入れを行いながら、さらに3h糖化を行なうことで、醴は清酒製造場で製造可能と推察された。

3.3 希薄仕込について
 希薄仕込を用いて、発酵温度がもろみ中のアルコール及び酸度に及ぼす影響について検討した。希薄仕込の清酒の酸度は、7℃の場合は約2.0であるのに対し、15℃では約2.7となり、酸度は温度の高い方が高くなった。しかし、15℃の場合のピルビン酸濃度は発酵時間が短いため376ppmとなり、7℃の14ppm、10℃の23ppmよりはるかに高くなった。

3.4 濃厚仕込について
 秋田ら2)は糖化後発酵において、もろみ初期にアミノ酸度が減少し、酸度が急激に増加したと報告している。そこで、1日当たりのアミノ酸度と酸度の各変化量との関係及び発酵温度との関連について検討を行った。その結果を図3に示す。

図3 1日当たりのアミノ酸度と酸度の各変化量との関係

いずれの温度においても、1日当たりのアミノ酸度の変化量と酸度の変化量とが良好な相関関係を示している。しかも、温度が高くなるにつれ直線の傾きは大きくなっている。すなわち、温度が高い方が一定のアミノ酸度の変化量に対する酸度の変化量は大きいことがいえる。以上のことより、もろみの酸度を高めるためには、アミノ酸濃度を高くして、発酵温度も高くした方が良いと考えられる。そこで、アミノ酸濃度を高めた濃厚3段仕込により、温度18℃で発酵を行った。その結果、留後4日目には酸度4.6と高い値を示した。しかし、この状態ではアルコール濃度が高くなりすぎるので、希薄仕込のアルコール分と同程度となるまで水を加えた。最終的に得られた希薄3段仕込と濃厚3段仕込の各清酒の一般成分分析値及び酢酸含量を表1に示す。その結果、濃厚3段仕込の清酒の酸度は希薄仕込の場合に比べて高くなったが、酢酸濃度も高い値となった。

表1 各仕込みの清酒の分析値
仕込方法 アルコール分 酸度 日本酒度 アミノ酸度 酢度
希薄3段仕込 8.25% 2.21 -14.1 1.07 371 ppm
濃厚3段仕込 8.15% 3.00 -19.5 1.72 554 ppm

3.5 アミノ酸度に及ぼす影響について
 清酒のアミノ酸度には原料米の品種や精米歩合、麹歩合、米粒の溶解率等多くの要因が関与する。醴仕込の場合、他の製造条件は一定として、麹歩合のみ変更することは容易である。そこで、麹歩合がアミノ酸度に及ぼす影響について検討を行った。その結果を表2に示す。麹歩合30%区分(希薄仕込)のアミノ酸度が1.33であるのに対し、麹歩合5%区分のアミノ酸度は0.65と低い値となった。したがって、原料米の品種、精米歩合等を勘案して、麹歩合を設定することにより、アミノ酸度は0.6〜1.3程度の範囲内では調節できるものと推察される。

表2 各種仕込方法による製成酒の分析結果
仕込区分 麹歩合5% 麹歩合30% 希薄仕込 濃厚仕込
麹歩合 (%)
汲水歩合 (%)
酒母歩合 (%)
醪温度 (℃)
5.0
242
34.7
10
30.0
243
35.3
10
30.0
320
12.5
10
30.0
257
7.7
15
アルコール分(%)
日本酒度
酸度
アミノ酸度
8.75
-39.7
3.03
0.65
9.20
-34.1
3.47
1.30
8.1
-18.6
2.40
1.33
8.35
-14.6
2.44
1.50
備考 留時ボーメ8.9
1段掛
留時ボーメ9.0
1段掛
留時ボーメ8.0
3段掛
添、仲、留
ボーメ15

(注1) 鞠は乾燥鞠(精米歩合60%)、掛け米は五百万石(精米歩合70%)
(注2) 鞠歩合5%区分については清酒もろみ用酵素剤(天野製薬(株)グルク100)を原材料の0.06%

3.6 精米歩合の異なる原料米を用いたライトタイプ清酒の製造
 ライトタイプ清酒の製造に当たっては、多様な品質の清酒を製造するため、広い精米歩合の米が使用できることが望ましい。醴仕込では米の糖化を別に行うことから、多様な原料米の使用が可能である。麹(徳島精工製乾燥麹、ニシホマレ、精米歩合60%)は一定とし、掛け米の五百万石の精米歩合を50%〜玄米(100%)と変化させて検討を行なった結果、玄米の溶解はやや良くなかったが、各精米区分ともそれぞれライトタイプ清酒が製造できた。玄米区分ではアミノ酸度が0.1と極端に低くなったが、これは北本ら3)が胚芽添加仕込みで報告しているように、アミノ酸が酵母に取りこまれた結果と推察される。

 なお、本研究の一部は平成10、11年度科学技術振興事業団のRSP事業の一環として実施された。

文 献
1) 佐無田隆、片桐康雄、伊藤伸一、荒巻 功:醸協、93,567-574(1998).
2) 秋田 修、大場俊輝、中村欽一:醸協、81,537-543(1986).
3) 北本勝ひこ、三宅 優、渡辺誠衛、中村欽一:醸協、80,53-58(1985).


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