技術ふれあいミレニアム2000発表会要旨集
ニーズ分析のための感性評価支援システム開発
情報指導部 ○加藤 直孝 上田 芳弘
北陸先端科学技術大学院大学 國藤 進


1 目 的
 消費者の価値観の多様化に伴い,消費者の潜在的なニーズを掘り起こし,その分析結果を製品コンセプトに的確に反映させながら,他社製品に負けない魅力ある製品を企画することが企業において重要な課題となっている1)。しかし,消費者のニーズは,各個人が持つ価値観,嗜好,あるいは感性によって百人百様であるうえ,製品から受ける消費者の印象もまた千差万別である。
 一方,近年の情報技術の進展は著しく,製品開発プロセスの合理化を目的とした導入が進んでいる。情報技術の導入は製品開発プロセス全般に及び,プロセス自体にも変革を与えつつあるが,製品企画段階への導入は確立していないのが現状である。
 そこで本研究では,消費者ニーズの分析に情報技術を活用し,消費者ニーズに基づく製品デザイン案の評価およびデザインプレゼンテーションを支援する感性評価支援システムを開発した。本システムの特徴は,人間の感性に基づく評価を数値情報に変換して画面上に視覚化し,システムとの対話操作により,デザイン評価シミュレーションに基づいたニーズ分析が行えることである。実際の応用例として,建具デザインのニーズ分析を対象とした利用実験を行い,本システムの有効性を確認した。

2 内 容
2.1 ニーズ分析方法
図1  製品開発におけるニーズ分析
 最近,消費者ニーズの多様化と個人差の拡大が進み,「ユーザが見えなくなった」という声が聞かれるようになり,従来通りの方法ではニーズの把握が難しくなってきている2)
 そこで,的確なニーズ分析を行うためには,製品開発におけるニーズ分析(図1)において,(1)ユーザの視点,(2)ニーズの個人差,(3)ニーズの階層性,(4)ニーズの可視化3)の4点に着目した定量的な分析が重要と考えられる。
 本研究では,これらの要件を満たすための一つの試みとして,主観的評価とシステムズ・アプローチを組み合わせた手法であるAHP(Analytic Hierarchy Process)4)を利用した。AHPは,定量的な分析では扱いきれない類の意思決定問題においてユーザの主観や直感に基づいて評価項目あるいは代替案の重要度を数量化する感性評価の一手法である。具体的には,まず代替案選択のための評価項目を階層化した評価構造を作り,次にユーザが2個ずつの評価項目の組み合わについて一対比較により重要性を判断していくことで,最終的にはそのユーザ個人のニーズを評価項目と代替案の重要度として推定する。
 このAHPの利用により上述のニーズ分析の要件を満たすことが可能と考える。またニーズの可視化ついては,AHPによる感性評価をコンピュータ画面上に階層的にグラフ表示させ,画面上に視覚化された評価結果を客観的に見ながら,ニーズを分析できるようにした。

2.2 システムの概要
 本システムは,UNIX環境上で開発したグループ意思決定支援システム3)を個人利用向けにWindows環境上に移植5)したシステム(Choice Navigator)を,建具デザイン評価の支援を目的に改良を加えたもので,以下の特長を持つ。
(1) 評価構造データの作成,一対比較,代替案評価までマウス操作を基本に行える。
(2) マルチウインドウ画面表示により,任意の階層レベルの任意の評価項目から見た評価結果をグラフ表示し,多面的に代替案評価の分析が行える。
(3) 評価結果が自分の直感あるいは予想と食い違う場合,重要度の修正支援機能により,速やかに納得のいく重要度に修正できる6)。また意図的に重要度を操作し,問題を様々な異なる視点から分析し,より深く理解することに役立てられる。
(4) 情報不足で一対比較の判断ができない場合や,評価項目の数が多い場合に,ユーザの代わりに整合の取れた一対比較値を計算により求めることで,ユーザの一対比較判断の作業負担を軽減できる。
(5) 代替案の評価には,統計値などの客観的な数値データを使用できるほか,代替案の画像を登録,表示させて一対比較を行える。

2.3 適用事例
 本システムの応用事例として,建具デザインのニーズ分析を紹介する。近年の和洋折衷に代表される住宅様式の多様化に加え,顧客の価値観や志向も変化に富み,建具業界では顧客ニーズを的確に反映した提案型の建具デザインが望まれている。また既製品ではなく受注による顧客参加型の建具デザインの需要も徐々ではあるが拡大している。そのため,建具デザインに対する顧客のニーズ分析が課題となっている。
 そこで,建具サンプルとしてリビングドアに分類されるそれぞれ特徴のあるサンプルを10点取り出した。まず予備調査として,男性13名,女性8名の計21名の被験者に対し,これらのサンプルから受ける印象語をヒアリングにより聞き出し,30の印象語を抽出した。さらにこれらの類似関係を参考にして,リビングドアの選択基準として6個の印象語に絞り込んだ。具体的には,「おおらかさ」,「粋さ」,「落ち着き感」,「モダンさ」,「ソフトさ」,「手作り感」である。次にこれらの印象語それぞれから見た各サンプルの評価を20代から60代の男女47名に対して行った。たとえば「粋な」印象を強く受ける順番に各サンプルの建具を順位付けし,その順位に従った配点を施したうえで加重平均を求め,これを評価得点とした。各サンプルの総合得点は,各印象語に与える重みと,上記の各印象語ごとの各サンプルの評価得点の掛け合わせの総和として求められる。
図2 建具デザインにおけるニーズ分析画面例
 図2は,これらのデータを本システムに入力した状態の画面例である。AHPの階層図は,視覚的に分かりやすいように木構造の形で表示される(ウインドウA)。リビングドアの選択基準(例えば,おおらかさ,落ち着き感など)は木構造の節点(ノード)部分に配置され,AHPにより算出された評価項目の重要度がノードの下部に表示される。また重要度の大きさに応じて評価項目を結ぶリンク線の太さが変わる。したがって,階層図全体において,現在どの部分の評価項目を重視しているかが一見してわかるようになっている。すなわち,ユーザの視点および個人差は,この画面を通して可視化される。
 画面左下のウインドウは,ユーザの視点としてAHP階層図のトップに位置する「リビングドアの選択」から見た場合の6つの選択基準に与えた重要度と,その時の各ドアの総合評価得点をグラフ表示している(ウインドウB)。図2の例では,「落ち着き感」,「粋さ」,「モダンさ」の順に重視した場合の結果が表示されている。このように自己の価値判断を画面上に可視化させることで客観的な分析が行える。
 また,画面右下には,各ドアの画像が総合評価得点の高い順に左から並び替えられて表示されている(ウインドウD)。これはドアの選択基準とした印象語とドアのデザイン要素との対応を把握しやすくするための工夫である。
 この画面から「落ち着き感」,「粋さ」,「モダンさ」を望むユーザには,ドアサンプルの中ではNo.4,No.6,No.9等が適合することがわかる。またドアの上半分にガラス窓があり,窓の形状は天上部に丸みがあること,そしてドア下部には彫りがあることが,上述した印象をユーザに与えていることが推測できる。
 なお「一対比較」ボタン(ウインドウB内)をクリックすることで一対比較ウインドウが表示される(ウインドウC)。ここではマウスでスクロールボタンを左右に動かして一対比較値を決定する。図2では「リビングドアの選択において,モダンさよりも落ち着き感がやや重要です」と判断している。ここで一対比較値とは,両者が同等に重要であれば1,一方が他方に比べてやや重要であれば3,極めて重要であれば9という数字を与える。
 本システムをプレゼンテーションツールとして利用した時の期待効果は,顧客の潜在的なニーズをその場で収集,視覚化し,ニーズに適合した建具デザイン案の提示が行えることである。また様々な顧客ニーズの視点に切り替えた建具デザインの提案も容易となる。とくにユーザのニーズを個別に取り扱えるため,デザイン分野などニーズの個人差が大きい場合に効果が期待できる。
 さらに画面上で各建具サンプルの総合評価得点に寄与する印象語が絞り込めることから,ユーザの感性により解釈が異なる印象語のイメージを具体的なドアのデザイン要素として推測できる。したがって個々のユーザの印象語のイメージに対応した的確なデザイン方針の決定に役立てることができる。
 しかしながら,デザイン評価への適用における本システムの改善点も明らかになった。本事例では,AHP階層構造の評価項目とした印象語は統一したが,ユーザによって印象語の組合せを選べるような自由度が求められる。また代替案として10点の建具サンプルを用いたが,さらに代替案の数が多い場合の評価方法などの課題も残されている。

3 結 果
 製品開発プロセスにおける消費者ニーズの分析を目的に,消費者ニーズの視覚化による製品デザイン案の評価およびデザインプレゼンテーションを支援する感性評価支援システムの開発について述べた。実際の応用例として,建具デザインを対象としたニーズ分析およびデザイン案の評価について報告した。今後の展開としては,インターネット対応モバイルパソコンを用いた客先での感性評価データの収集支援ツールとしての応用,あるいはデザイン部門のスタッフ間におけるコンセンサスを得るための協調デザイン意思決定支援ツールなどへの応用が考えられる。

謝  辞
 建具サンプルの提供とアドバイスを頂いた金沢建具協同組合の皆様に感謝いたします。

参考文献
1) 神田範明:ヒットを生む商品企画七つ道具,日科技連出版社 (2000).
2) 讃井純一郎:ユーザニーズの可視化技術,企業診断,pp.31-38(1995).
3) 加藤直孝,中條雅庸,國藤進:合意形成プロセスを重視したグループ意思決定支援システムの開発,情報処理学会論文誌,Vol.38,No.12,pp.2629-2639(1997).
4) 刀根薫,真鍋龍太郎:AHP事例集,日科技連出版(1990).
5) 加藤直孝,中條雅庸,國藤進:AHP支援ソフトウェアAHP-aid for Windows,日本OR学会春季研究発表会アブストラクト集,pp.96-97(1997).
6) 加藤直孝,平石邦彦,國藤進:グループ意思決定における重要度の感度係数を用いたトレードオフ分析支援について,日本OR学会春季研究発表会アブストラクト集,pp.94-95(1997).


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