技術ふれあいミレニアム2000発表会要旨集
PET樹脂による学校給食用食器の開発
製品科学部 ○志甫雅人 梶井紀孝


1.目 的
 山中漆器産地では,伝統的な木製漆器のほかに,過去30数年間にわたり,近代漆器と呼ばれるプラスチック素材の漆器を,主力商品として生産してきた。これまでユリア樹脂,フェノール樹脂,ABS樹脂を素材として使用してきたが,新素材及び新分野商品の開発を目指して,環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)を一切含まず,電子レンジや食器洗浄機でも使えるPET(ポリエチレンテレフタレート)樹脂に注目してきた。
 一方,学校給食用食器の安全性に関する社会的な関心が高まる中で,これまでのポリプロピレン,メラミン,ポリカーボネート製食器の安全性が問題となっており,安全な食器を望む声が大きくなっている。
 このような背景の中で,山中漆器連合協同組合では,平成11年にPET樹脂による学校給食用食器開発プロジェクトを設置し,約半年間で製品開発を行った。これに対して工業試験場では,三次元CGシステムや光造形機など最新の設計支援設備を利用して,デザイン開発指導を行い,産地の製品開発を支援した。

2.内 容
2.1 開発プロジェクトの体制
 今回は,産地企業を中心に,県外企業,工業試験場が一体となり,製品開発を行った。図1に開発プロジェクトの体制を示す。プロジェクトでの役割分担は次のとおりである。
産地企業 製品試作及び評価,商品化
県外材料
メーカー
PET樹脂材料の開発及び評価
県外塗料
メーカー
PET樹脂用塗料の開発及び評価
県外インク
メーカー
スクリーン印刷蒔絵用
インクの開発及び評価
工業試験場 デザイン開発指導

 工業試験場が担当したデザイン開発指導では,次の項目について技術支援を行った。
(1) 学校給食の現場調査
(2) 開発の方向性の検討
(3) 三次元CGシステムによるデザイン開発
(4) 光造形機による試作加工
(5) 色彩,文様の展開
(6) 自動食器洗浄機対応型汁碗の開発

図1 開発プロジェクトの体制

2.2 学校給食の現場調査
 デザイン開発の前提として,金沢市及び山中町の共同調理場で,学校給食の現状に関して現場調査を行った。その結果は,金沢市,山中町ともほぼ共通で,次のとおりであった。
(1) 現状の使用食器について
飯椀,汁椀,平皿,深皿の4種類の食器を使用。
食器の色はすべて白系であり,文様は野菜や花,動物のイラスト調のものが多かった。
(2) 食器の組み合わせについて
ご飯給食の場合:飯椀,汁椀,深皿
パン給食の場合:平皿,汁椀,深皿
(3) 汁分量の目安について
低学年:180ml,
中学年:200ml,
高学年:220ml
(4) 学校給食の流れについて
図2のとおり。

図2 学校給食の流れ

 共同調理場では,何校もの学校給食を担当しており,数千人分の食器を取り扱っている。そのため食器の収納性が重視されており,現在使われているものもスタッキング性が良く (積み重ねた時に,かさ高くならない。), 1クラス分の食器が,うまく食器カゴに収納されていた。また食器洗浄は,洗浄機を使った流れ作業で,作業者の取り扱いは決して丁寧とは言い難く,食器自体の強度が必要と考えられた。さらに洗浄後,食器を濡れた状態で食器カゴに収納し,消毒保管庫で殺菌,乾燥させるため,水切れを良くする工夫が必要で,現状食器も糸底部分に溝が切ってあった。このように今回の調査では,学校給食用食器の場合,一般家庭用食器以上にスタッキング性,強度,水切れの良さが重視されることが明らかになった。

2.3 開発の方向性の検討
 共同調理場での調査を踏まえて,産地企業と工業試験場で,開発の方向性について検討を行い,次のような方向性と製品の種類を決定した。
(1) 現状型食器の開発
現状食器の種類及び寸法を参考に,伝統的な漆器や和食器の形状を取り入れたデザインとする。
(2) 提案型食器の開発
  1) 持ちやすい椀の開発
    現状の椀が子供の手に対して大きく持ちにくいため,持ちやすい椀を開発する。
  2) 成型品形状の食器開発
    成型品だから作れる楕円,小判,絞りなどの形状デザインを取り入れる。

2.4 三次元CGシステムによるデザイン開発
 決定した形状デザインの方向性及び製品の種類について,具体的なデザイン開発を行った。今回は,三次元CGソフトの Alias/wavefront 社製 Alias STUDIO を用いた。図3はCGでデザインした飯椀,汁椀,深皿,お盆を組み合わせて,給食時の状況をシミュレーションし,個々の形状デザインについて検討を行っているところである。
 またCGを用いることによって,デザインした食器の容積,重量を数値化して求めることが可能なため,その数値を参考にしながら寸法や肉厚の修正を行い,デザイン案を決定していった。特に飯椀,汁椀の容積や,食器の強度(肉厚)と重さの関係について,計算値を参考にして合理的にデザイン開発を行うことができた(図4)。
 さらに食器のスタッキング性についても,CGで確認を行った。食器を積み重ねた時の,食器間の干渉や,1クラス分の食器の総高さ寸法を確認しながら,デザイン開発を進めた。
 このようにCGを用いることによって,食器の使用状況,容積,重量,スタッキング性について確認しながらデザインを進めることができ,14点のデザイン案を作成した。

図3 CGでの開発画面

図4 CGでの容積・重量計算

2.5 光造形機による試作加工

図5 モデルによる持ちやすさの検討
 実物モデルでの形状デザインの検討を目的に,三次元CGシステムの形状データを利用して,光造形機(NTTデータシーメット叶サ SOUPU 600GS)でモデルの試作加工を行った。そして作製したモデルを用いて,次の項目について検討した。
(1) 糸底部分の水切り用溝の形状について
(2) 食器の持ちやすさについて(図5)
(3) スタッキング性について
(4) 食器の肉厚について
(5) 給食汁量に対する汁椀の余裕について

 検討の結果,修正部分については,CGデータを修正し,再度モデルを作製し検討を重ねた。また作製したモデルは,半透明の樹脂モデルで形が見づらいため,モデルに塗装を施して,産地企業とデザインの打ち合わせを行った。
 このような検討の結果,最終的に,椀L,椀M,椀S,平皿,深皿,丼の6種類の食器を製品化することになり,産地成型企業で金型を作製し製品試作を行った。

2.6 色彩・文様の展開

図6 試作製品
 形状デザインの決定を受けて,食器の色彩・文様について検討を行った。工業試験場からCGによるデザイン案を提案する一方で,外部専門家(グラフィックデザイナー)がプロジェクトに参加し,商品カタログも含めた,全体の色彩・文様計画を立案した。
 またこの計画に基づき,産地企業で塗装,スクリーン印刷蒔絵加工を施した試作製品(図6)を作製し,デザインの検討を行った。


2.7 自動食器洗浄機対応型汁椀の開発
 金沢などの都市では,共同調理場が大規模化しており,大型の自動食器洗浄機が導入されはじめている。このような最新の洗浄機では,自動的に食器が送られ,食器枚数もカウントされるようになっている。ところがこの機械に対応する食器形状には,次のような条件が必要とされる。
(1) ねじ型の回転ローラーで食器を一枚づつ上げ下げするため,食器上部が玉縁形状をしていること。
(2) 食器を積み重ねた時の高さに制限があること。
 そこで,主力商品である汁椀に関して,この最新の大型自動食器洗浄機に対応するタイプの製品を開発し,製品の種類を増やした。開発の過程はこれまでと同様であるが,非常に短期間で製品開発を行い,自動食器洗浄機対応の小学校用汁椀と中学校用汁椀の2種類を追加した。この2種類の汁椀は,平成12年6月に金沢市で採用され,9月より金沢市の全小中学校で使用されている。

2.8 商品化
 開発製品の製造販売を目的に,産地企業6社が出資し,新しく新会社を設立した。この新会社では,商品カタログを作成し,学校給食用食器採用を行う全国地方自治体の教育委員会に配布し,販路拡大を図った。カタログには,開発した8種類の形状デザインの食器が,色彩・文様の展開も含めて紹介されている。また自治体の要望に応じて,オリジナルの色彩・文様も受注できるシステムになっている。カタログで謳われている商品の代表的なセールスポイントとしては,安全性(環境ホルモンを含まず),耐久性(電子レンジ,食器洗浄機に対応),使いやすさ(熱くならず,持ちやすい),リサイクル性(非食品分野製品)などが上げられる。

3.結 果
 今回のデザイン開発の指導成果をまとめると次のとおりである。
(1) CGの利用により,食器の使用状況,容積,重量,スタッキング性を考慮した形状デザインが行えた。
(2) 光造形機の利用により試作加工が迅速に行え,実物モデルでの形状デザインの検討が可能となった。
(3) 開発期間が大幅に短縮され,最終的に8種類の給食用食器が山中漆器産地のオリジナル製品として商品化された。


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