技術ふれあいミレニアム2000発表会要旨集
超精密YAGレーザ加工技術のデータベース化
機械電子部 ○舟田義則 舟木克之


1.目 的

 近年,レーザ加工機は重要な生産機械として認識され,県内でも保有する企業は多い。そのほとんどは炭酸ガスレーザ加工機であるが,最近,波長がそれの1/10と短いYAGレーザ加工機の研究開発が進み,炭酸ガスレーザでは困難な精密加工分野での利用が大いに期待されている。そこで,工業試験場では県内企業のモノづくり技術支援の目的で,超精密YAGレーザ加工機を導入した。そして,同加工機を利用するためのデータベースを構築するため,精密レーザ切断における加工特性を調べたので,ここに報告する。


2.内 容
2.1 超精密YAGレーザ加工機の特徴
 超精密YAGレーザ加工機(コマツエンジニリング(株)製)の特徴は以下に示すとおりである。
1) スラブ(角柱)型YAG結晶を使用しているため,結晶内部の熱歪みに起因するビーム品質の劣化が抑制され,f80レンズにてスポット径約40μmまで集光できる。その結果,極細孔ノズルを使用して超音速のアシストガス下で加工面に再凝固層(白層)が残らないドロスフリーの加工ができ,切断部に傾斜をほとんど生じない。1)
  2) レーザ発振をパルス化することで,パルスoffによる適度な冷却効果と被加工物への入熱過多防止により,加工部周辺への熱影響を低減できる 2)
これらの特徴から,次世代の精密切断分野向けのレーザ加工機であるといえる。

表1 レーザ切断条件
被加工物 材質 工具鋼(SK5)
板厚 1.0mm
発振条件 ピーク出力 0.8〜5.4kw
パルス周波数 100〜450Hz
パルス幅 0.2ms
切断速度 50〜500mm/min
アシストガス 高圧Air(0.9MPa)
加工ノズル口径 1.8mm

2.2 超精密YAGレーザ加工機の切断特性
2.2.1 切断加工面性状

図1 レーザ切断部断面(SK5)
 同加工機の切断特性を調べるため,厚さ1mmの工具綱(SK5)を試料として表1に示す条件で切断実験を行った。図1は,切断部の断面を観察した例である。同図(a)に示す条件では,切断最表部に白層が存在し,その直下に10μm程度の熱影響層が形成される。一方,レーザのピーク出力やパルス周波数を高め,低速で切断した場合,同図(b)に示すように白層が消失し,わずかな熱影響層のみが存在している。
 一方,熱影響層は焼き入れ温度以上に加熱された部分を示すものであり,切断部近傍の温度分布に依存し,その厚さは切断条件の影響を受けずに,ほぼ10μm程度の値を示した。これは,微小スポットレーザの短パルス照射では,入熱量がわずかであることや,照射時間が短いために熱伝導範囲が狭いこと,超音速アシストガスで瞬時に溶融部を吹き飛ばすことによって切断部が冷却されるためと考えられ,その結果,熱影響の小さいレーザ切断が可能であったと思われる。

2.2.2 切断幅に及ぼす切断条件の影響
 切断部の断面観察から白層を含んだ溶融幅を切断幅とし,切断条件による変化を測定した結果を図2に示す。図2(a)から判るように,切断幅はパルス周波数や切断速度の影響をほとんど受けていない。これは,微小スポット径と超音速アシストガスによる高い溶融部除去効果とパルスoff時の冷却効果によって,溶融範囲を広げるほどの周囲の温度上昇を生じないためと考えられる。
 一方,図2(b)に示したピーク出力の影響では,出力が高いほど高速切断は可能になるものの,切断幅は広くなった。これは,高出力ほどレーザ照射部が高温になるため溶融範囲が広がり,見かけ上のスポット径が大きくなったからと推察される。そして,表1に示した切断条件において最小切断幅60μmの精密切断が可能であった。

(a) パルス周波数の影響 (b) ピーク出力の影響
図2 切断幅に及ぼす切断条件の影響

2.2.3 レーザ切断部の白層厚さ
 切断面に形成された白層の厚さを測定した結果を図3に示す。図3(a)より,白層は切断速度が小さいほど,また,パルス周波数が高いほど減少することが判る。このとき,同じ場所にレーザが照射される回数が多くなるため白層部がシェービングされ,超音速アシストガスにより効率良く除去できたと考えられる。特に切断速度100mm/min以下の条件では,白層の厚さが2〜3μm程度ののドロスフリー切断が可能であった。

(a) パルス周波数の影響 (b) ピーク出力の影響
図3 白層の厚さに及ぼす切断条件の影響

 一方,図3(b)から判るように,ピーク出力を高くしても白層の厚さに明瞭な変化は見られない。このことから,ピーク出力を増大させ,レーザ照射部の温度上昇によって溶融部を完全除去しようとしても,切断部での再凝固は避けられないことが分かる。

2.2.4 バリ高さに及ぼす切断条件の影響
 レーザ照射裏面の切断部縁に形成されるバリの高さを計測した結果を図4に示す。図4(a)より,パルス周波数300Hz以下では,パルス周波数が高いほど,切断速度が遅いほどバリが高くなることが判る。これは,切断部表面の白層がシェービングされた際に,超音速アシストガスにより引き延ばされ,それがバリとなって裏面で再凝固・成長するためと考えられる。また,パルス周波数が300Hz以上では,バリ高さの増加は飽和し,切断速度50mm/minでは逆に減少している。このとき,レーザ照射部は溶融よりも蒸発が優先的に生じていると考えられる。切断速度500mm/minの場合,全体的にバリ高さは低い。これは,溶融部の温度が低いために裏面に到達せず,切断面でそのまま再凝固するためと考えられる。なお,本実験条件での最小バリ高さは,パルス周波数100Hz,切断速度100mm/minのときの80μmであった。

(a) パルス周波数の影響 (b) ピーク出力の影響
図4 バリ高さに及ぼす切断条件の影響

 一方,図4(b)から判るように,ピーク出力によるバリ高さの変化はあまり見られない。これは,2.2.3項で述べたように,ピーク出力を高めても,溶融部を効率的に除去できないためと考えられる。しかし,いずれの場合においてもバリ高さは350μm以下であり,容易に除去できる。

2.2.5 切断条件と切断面粗さ
 図5は,レーザ切断面の粗さを触針式表面粗さ計で測定した結果である。図5(a)から判るように切断面粗さは,切断速度が遅いほどパルス周波数が高いほど小い。

(a) パルス周波数の影響 (b) ピーク出力の影響
図5 バリ高さに及ぼす切断条件の影響

 一方,図5(b)では,ピーク出力による明瞭な変化を示していない。これは,2.2.3項で述べた白層の厚さに及ぼす影響と同様の傾向である。そこで,白層厚さと切断面粗さの関係を図6にプロットすると,切断面粗さは白層が薄くなる条件で切断するほど小さいことが判る。このことから,切断面粗さは,溶融部が白層となって切断面に残留した際の不均一さを反映しているもと考えられ,白層の制御が精密レーザ切断の大きな要因であることが分かる。なお,表1に示す加工条件での最小の加工面粗さは,Ra=1.4μm程度が可能であり,切削加工の精密仕上げと同程度の面性状が得られた。



図6 白層の厚さと切断面粗さの関係
 

2.3 加工条件と切断特性
 以上の結果から,レーザのピーク出力を低く抑えながら,パルス周波数を高く,切断速度を極めて遅くすることで,切断幅が狭く,そして白層やバリが少なく,切断面粗さが小さい高品位な超精密切断が可能であることが分かった。しかしながら,パルスの高周波化や切断速度の低速化は,レーザ発振器に使用されている励起ランプの早期劣化や加工効率の低下を招くことになる。よって,実際の加工では,品質とコストによって定まる最適加工条件をそれぞれの製品において選定しなければならないが,ワイヤ放電加工機に比べて数十倍の加工速度を持つため,精密プレスやエッチング品の高速試作技術として有効であろう。

3.結 果
 板厚1.0mmの工具鋼(SK5)に対する超精密YAGレーザ加工機の切断特性を調べ,以下に示す結果を得た。
(1) レーザ切断最表面には,白層が残留し,その直下に熱影響層が存在する。また,熱影響層の厚さは,いずれの切断条件でもほぼ10μmと薄く,熱影響範囲の狭い切断が可能である。
  (2) 切断幅は,レーザのピーク出力にのみ依存して変化し,出力が低いほど狭くなる。そして,最小60μm幅での切断が可能である。
  (3) 送りが遅く,パルス周波数が高いほど白層は薄くなり,バリ高さも減少する。そして,白層が数μm以下のドロスフリー切断や,最小バリ高さ80μmの切断が可能である。
  (4) 切断面粗さは,送りが遅く,パルス周波数が高いほど小さくなる。最適加工条件の選定により,Ra=1.4μmが得られた。

参考文献
1) 家久信行:大出力スラブ型YAGレーザの開発と適用,溶接技術, 47 (1999) 102.
2) 工作機械技術研究会編:工作機械シリーズレーザ加工, 大河出版 (1990) 63.


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