4.結  言
 透きろいろ,透きつや,黒ろいろ,黒つや漆塗膜の表面に,水素イオンを注入し,促進耐光性試験を行って,耐光性に及ぼす水素イオンの加速電圧の影響を検討した。最大紫外線照射量は,屋外で1年間に照射される量(400MJ/m2)である。得られた結果を以下に示す。
(1)水素イオンの注入では,注入量が1×1015ions/cm2程度であれば,注入による光沢度の上昇を極力抑えることが可能である。
(2) 光沢残存率に及ぼす加速電圧の影響は,加速電圧が高くなるほど大きくなる。60kV以上の加速電圧では,光沢残存率は50%以上を示し,色差は,紫外線照射前の小さい値を保ち,水素イオン注入による耐光性改善効果が明確に現れる。また,レーザ顕微鏡による注入/未注入境界層の観察から40kV程度の加速電圧でも水素イオン注入の効果が認められた。
(3) TRIM97によるシミュレーション解析から,イオン注入量が1×1015ions/cm2程度であればアモルファス化は2%程度であり、イオンの通過した領域でのウルシオールのラジカル化やイオン化により,ウルシオールの重合が促進するものと推察した。この領域が紫外線に対するバリア層になり,漆塗膜の耐光性が向上したものと考えられる。

 最後に,漆塗膜への水素イオン注入技術についてご指導頂いた理化学研究所岩木正哉室長に感謝致します。また,本研究はスガウェザリング技術振興財団より研究助成を受けて実施したものであり、関係各位に深く感謝致します。

参考文献
1) 永瀬:漆の本, 研究社,1986
2) 熊野谿:輪島定期技術指導テキスト(1990.4)
3) 見城:色材, Vol.46,p.420-428(1973)
4) 作道:アイオニクス, Vol.10,p.4-16(1984)
5) K.Awazu, Y.Nishimura, T.Ichikawa, M.Sakamoto, H.Watanabe and M.Iwaki:Nucl.Instr.and Meth. in Phys.Res.,B80/81, p.1332-1335(1993)
6) 粟津:アイオニクス,Vol.20,p.27-34(1994)
7) M.Iwaki, Y.Suzuki, A.Nakao and H.Watanabe: Nucl.Instr.and Meth.in Phys.Res.,B127/128, p.208-211(1997)
8) 粟津,舟田,笠森,坂本,市川:アイオニクス, Vol.21,p.47-56(1995);第1回京都市山本文二郎 漆科学研究助成成果報告書(1995)


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