1. 結果及び考察

    3.1 Ca−Alg−DCCのゲル強度

    Ca-Alg-DCC複合体ゲルビーズのゲル強度  Ca−Alg−DCC高分子複合体ゲルのAlgに対するDCCのカルボキシル基の比が0〜3でのゲル強度を図2に示す。
     カルボキシル基の比が0から2に増加するに従って、ゲル強度は増大し、それ以上では減少した。カルボキシル基の比が2の複合体ゲルのときに、ゲル強度は最大値を示し、DCCを添加していないCa−Algの場合(カルボキシル基の比が0)に比べて、ゲル強度は約1.3倍に増大した。
     Ca−Alg−DCCは、直線状の高分子であるDCCとAlgとが複合的にCa2+を架橋イオンとしてゲル形成をするため、網目構造の緻密性が増加し、カルボキシル基の比が2まではゲル強度が増大したものと考えられる。DCCのみのカルシウム塩はゲル化しないため、カルボキシル基の比が2以上に増加した場合には、ゲル強度が減少したものと推定される。

    3.2 Ca−Alg−DCCによる酵母の固定化

    Ca-Alg-DCC複合体ゲル内の酵母の増殖 Ca-Alg-DCCに包括固定した酵母の増殖に及ぼすゲル内カルボキシル基濃度の影響について検討した。その結果を図3に示す。DCC濃度を変えて調製した固定化酵母のゲル内パン酵母数は、いずれも1mlゲル当たり2.1×107個のものを用いた。合成栄養培地を用いて、30℃で24時間培養を行った結果、1mlゲル当たり5.6〜6.2×108個と増殖した。
     ゲル内酵母の増殖は、Ca−Alg−DCCの方がCa−Algに比較して、わずかに大きい傾向が見られたが、複合体ゲルのカルボキシル基濃度による増殖の差はほとんど認められず、同程度であった。

    3.3 固定化酵母の増殖曲線
    Algに対するDCCのカルボキシル基の比が2のCa-Alg-DCCに包括固定した酵母の増殖曲線について検討した。その結果を図4に示す。比較のために、Ca−Algに包括固定した場合の結果も示した。いずれもゲル内パン酵母数が1mlゲル当たり2.1×107個のものを用いた。合成栄養培地を用いて、30℃、120時間培養を行った。ゲル内酵母の増殖は、Ca−Alg−DCCの方がCa−Algに比較して、わずかに大きい傾向が見られたが、70時間を越えた時点で新しい培地と交換し、さらに増殖を続けた結果、いずれも1mlゲル当たり1.1×109個まで増殖して一定となり、ゲル内酵母数は同程度となった。
     液体培養の菌体数と比較して、10倍高い酵母密度が得られたことは、ゲル内では、ゲルの緩衝作用によって酵母が外界の環境の変化から保護され、増殖に最も適した環境を選ぶことができる3)ことによるものと考えられる。

    図4 固定化酵母の増殖曲線

    3.4 固定化酵母のpH依存性
     Algに対するDCCのカルボキシル基の比が2のCa-Alg-DCCに包括固定した酵母のpH依存性について検討した。その結果を図5に示す。
     比較のために、Ca−Algに包括固定した場合と非固定化酵母の場合の結果も示した。固定化酵母 20ml、非固定化酵母2g(湿重量)を用いて、pH2.3〜4.5の範囲で調製した10%グルコース含有の反応液50mlを基質として、30℃、2時間の糖資化反応を行い、各pHにおける糖資化率を測定した。pH4.5における糖資化率を100とした場合の相対活性で示した。
     pHが低くなるにつれて、非固定化酵母では活性が低下し、pH2.3では60%程度まで、Ca−Algにより固定化した場合でも80%程度まで相対活性は減少した。しかし、Ca−Alg−DCCを用いて固定化した場合では、pH3.0〜4.5の間でも活性はほとんど変化せず、pH2.3においても90%以上の相対活性を示し、pH−活性曲線の幅は広くなった。
     酵母は固定化することによって、液体培養の菌体と比べ、ゲルの緩衝作用によって環境の変化から保護されているものと考えられている3)ことから、カルボキシル基濃度を高めたポリアニオニックな高分子のCa−Alg−DCCでは、pHの変動によるゲル内酵母の活性の変化は小さいと考えられ、pH−活性曲線の幅が広くなったものと推定される。

    図5 固定化酵母のpH依存性

    3.5 固定化酵母による連続エタノール発酵
    Algに対するDCCのカルボキシル基の比が2のCa-Alg-DCCに包括固定した酵母を用いて、酸性領域(pH2.5)での連続エタノール発酵について検討を行った。その結果を図6に示す。
    180時間連続反応を行った結果、生成エタノール濃度、残存グルコース濃度、固定化担体から漏出した流出液中の酵母数はほぼ一定の値を示し、固定化酵母の活性が低pH領域で一定に保持された安定な発酵状態を示した。
     このことから、Ca−Alg−DCCによる固定化酵母は、pHの低い原料を用いた連続アルコール発酵への応用が可能であると推定される。バイオリアクターによる連続発酵において問題となるのは、雑菌による汚染であり、原料糖液のpHを低くすることやアルコール濃度、酵母密度を高めることが必要と考えられている10)ことから、低pH領域での本固定化酵母による連続発酵への応用は、有効な利用法の一つと推定される。

    図6 固定化酵母による連続エタノール発酵

  2. 結言

     Ca−Alg−DCC複合体ゲルは、Ca−Algゲルよりもゲル強度の向上が見られ、Algに対するDCCのカルボキシル基の比が2で最大値を示し、約1.3倍に増大した。Ca−Alg−DCCによる包括固定化酵母は、初発pH2〜3の酸性領域でも90%以上の相対活性を示し、pHによる活性の変動がわずかであり、活性領域が酸性側に広がった。さらに、連続エタノール発酵では、pH2.5の酸性領域で、180時間、安定に活性を保持した。

     
    参考文献

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    2. 福井三郎、千畑一郎、鈴木周一編:酵素工学、東 京化学同人(1981).
    3. 千畑一郎編:固定化生体触媒、講談社サイエンティフィク(1986).
    4. J. Klein, J. Stock and K. D. Vorlop : Eur. J. Microbiol. Biotechnol., 18,86(1983).
    5. 佐渡康夫、道畠俊英、松田 章:石川県工業試 験場研究報告、39,17(1991).
    6. B.T.Hofreiter, I. A. Wolff and C. L. Mehltretter : J. Amer. Chem. Soc., 79, 6457(1957).
    7. 飯塚広、後藤昭二:酵母の分類同定法、第2版、東京大学出版会(1973).
    8. D.D.ペリン、B.デンプシ−著、辻 啓一訳:緩衝液の選択と応用、講談社サイエンティフィク,p.152(1986).
    9. 今井誠一, 松本伊佐尾:味噌技術読本, p.184(1990).
    10. 広常正人:醸協、85、13(1990).

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