酵母の固定化に関する研究
アルギン酸−ジカルボキシセルロース複合体カルシウムゲルによる酵母の固定化
食品加工技術研究室 松田章・道畠俊英・佐渡康夫

 アルギン酸とジカルボキシセルロースの複合体カルシウムゲルによる酵母の包括固定化について検討し、以下の結果を得た。
(1)アルギン酸−ジカルボキシセルロース複合体カルシウムゲルのゲル強度は、アルギン酸に対するジカルボキシセルロースのカルボキシル基の比が2で最大値を示し、アルギン酸カルシウムゲルの約1.3倍となった。
(2)この複合体ゲルを用いて固定化した酵母のpH依存性は、pH4.5のときの糖資化率を100とした場 合、pH2.3においても90%以上の相対活性を示し、pH−活性曲線の幅は広くなった。
(3)連続エタノール発酵では、180時間、pH2.5の酸性領域において一定の活性を保持した。
キーワード:固定化酵母、ジカルボキシセルロース、アルギン酸カルシウム、複合体カルシウムゲル

  1. 緒言

     酵素や微生物など、生体触媒の固定化は、安定性や反応効率の向上、反応終了後の触媒の回収、再利用を図る上で多くの利点を有し、注目を集めている。固定化微生物は、微生物そのままを固定化するため、微生物菌体から酵素を取り出すことなく、菌体内の複数の酵素を利用できることから、アルコール発酵や有機酸、アミノ酸などの有用物質を製造する多段階酵素反応へ応用できる有用な触媒であり、その研究は1970年代から盛んに行われるようになった。微生物の固定化法は、酵素の場合と同様に、(1)微生物菌体を物理的あるいはイオン的に吸着させるか、共有結合させる担体結合法(2)水不溶性の担体を用いず、官能基を2個以上有する試薬によって、菌体の細胞壁あるいは細胞膜を強固にし、菌体間を架橋して固定化する架橋法、(3)微生物菌体をそのまま高分子素材を用いて包み込む包括法の3種類に大別される。包括法は多くの研究が行われており、固定化担体として、海藻から抽出される粘性多糖類のアルギン酸ナトリウム(Na−Alg)が、カルシウムなどの多価金属イオンと容易にゲル形成を行い、温和な条件下で簡便な操作により調製できることから、広く用いられている1〜3)

     著者らは、先にアルギン酸カルシウム(Ca-Alg)のゲル構造が巨大網目構造のため、酵素の固定化担体としては不適当とされている4)ことから、網目構造の改良を目的として、アルギン酸とジカルボキシセルロースの複合体カルシウムゲル(Ca−Alg−DCC)による酵素の包括固定化について報告した5)
     本報では、Ca−Alg−DCCの担体の特性と酵母を包括固定化した場合の固定化触媒としての特性について報告する。

  2. 実験方法

    2.1 供試菌体及び試料
     酵母は、市販の圧搾パン酵母(三共(株)製)を用いた。連続エタノール発酵は、清酒用協会酵母7号(K−7)を用いた。
     ジカルボキシセルロースナトリウム塩(Na−DCC)は、下式に示すように市販ろ紙を常法6)により、過ヨウ素酸酸化でジアルデヒドセルロースとし、さらに亜塩素酸酸化して調製(Naの分析値からCOO−含有量86.0%)したものを用いた。

    [式]

     Na−Algは、和光純薬工業(株)試薬を用いた。その他の試薬類は市販品をそのまま用いた。

    2.2 Ca−Alg−DCCによる酵母の固定化

    図1 固定化酵母の調製  2%のNa−Alg水溶液に所定のNa−DCCを加え、カルボキシル基濃度を変化させて、 混合溶液100ml当たり酵母を2g(湿重量)加えて均一にした。注射針(内径1.5mm)から押し出して、4%CaCl2水溶液中に滴下し、Ca−Alg−DCCゲルビーズ(直径約3mm)とした。CaCl2水溶液中、冷蔵庫内で一晩静置し、Ca置換を十分進行させた後、蒸留水で洗浄して用いた(図1)。

    2.3 Ca−Alg−DCCのゲル強度測定
     酵母を含まないCa−Alg−DCCゲルビーズを調製後、CaCl2 水溶液中で一昼夜撹拌し、Ca置換を十分進行させ、蒸留水で洗浄してゲル強度の測定に供した。ゲル強度は、レオメーター(不動工業(株)製)でピアノ線による切断により測定した。

    2.4 固定化酵母のゲル内増殖
     固定化酵母を、合成栄養培地7)(表1)を用いて増殖させた。ゲル内酵母数の測定はゲルビーズ10個を2%過ヨウ素酸ナトリウム水溶液で溶解させた後、一定容量に希釈して、Thomaの血球計数法により行い、1mlゲル当たりに換算した。

    表1 合成栄養培地組成

    (NH4)2SO40.5%
    KH2PO40.1%
    MgSO4・7H2O0.05%
    CaCl2・2H2O0.01%
    NaCl0.01%
    グルコース12.5%
    ビタミン(μg/1)
     ビオチン2 
     パントテン酸カルシウム400 
     イノシトール2000 
     チアノン塩酸塩400 
     ピリドキシン塩酸塩400 
     ニコチン酸400 
     p−アミノ安息香酸400 
     チアノン塩酸塩200 
     リボフラビン200 
    pH  4.5 


    2.5 固定化酵母による糖資化
     固定化酵母は、合成栄養培地を用いて30℃、3日間培養して用いた。糖資化反応は、2時間、バッチ法で行い、糖資化率を測定して固定化酵母の活性とした。反応には、10%のグルコースを含む表2の組成の反応液を用た。pHの調整は、McIlvaineの緩衝液8)で行った。グルコースの定量は、Somogyi変法9)により行った。

    表2 反応液(バッチ反応)

     (NH4)2SO40.5% 
     KH2PO40.1% 
     MgSO4・7H2O0.05% 
     CaCl2・2H2O0.01% 
     NaCl0.01% 

    2.6 固定化酵母による連続エタノール発酵
     固定化酵母200mlを用いて、内容量500mlの流動層型バイオリアクター(東京理化器械製)で行った。固定化酵母は、表3に示す反応液中で30℃、31時間培養,増殖を行って、連続反応に用いた。反応は、30℃、流量100ml/hrで反応液を連続供給して行った。エタノールの定量は、ガスクロマトグラフ法(カラム:PEG−1000、3mmφ×2m、カラム温度:85℃、注入口温度:110℃、キャリアーガス:N2 40ml/min、検出器:FID)により行った。

    表3 反応液(連続反応)

     酵母エキス0.15% 
     NH4Cl0.25% 
     MgSO4・7H2O0.025% 
     NaCl0.1% 
     クエン酸1.2% 
     Na2HPO40.1% 
     グルコース10% 
    pH  2.5 


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