1. 弾性波信号解析とアモルファスカーボン膜の密着性評価

    4.1 弾性波信号の解析法
     アモルファスカーボン膜の剥離に対応して発生する弾性波信号を図5に示す。これは,図2(b)中,斜線を施した時間幅でAEセンサ1およびAEセンサ2で検出した検出波形である。波形の立ち上がりは,AEセンサ1では負,AEセンサ2では正になっている。これは,圧子進行によって試料に蓄積される圧子進行方向の弾性力が,膜の剥離によって急激に解放される8)ことが原因で生じたためと考えられる。AEセンサで検出した信号d(t)から,膜が剥離する際に解放される弾性力を求めれば,膜の剥離の力学的挙動を評価できると考えられる。

    図5 スクラッチ試験中にAEセンサ1(a)およびAEセンサ2(b)で検出される弾性波信号の代表例

     膜が剥離する際の弾性波の原波形f(t)は,材料内を伝播し,AEセンサによって検出されるまでに,材料の形状や物性,センサの特性によって変化するので,検出波形d(t)と原波形f(t)との間に,次式が成り立つ。

      d (t) = g (t) * f (t)  ・・・(1)

    ここで,g(t)は,センサの周波数特性や試料の弾性波伝播特性に関係する応答関数g(t)である。そこで,g(t)を求めるため,図6に示すシャープペンシルの芯の圧折実験を行った。芯の圧折による原波形f0(t)は,立ち上がり時間が約1msecのステップ関数で近似できる9)。よって,圧折実験で検出した検出波形d0(t)から,次式によりg(t)を求めた。

      g (t) = f0−1(t) * d0(t)  ・・・(2)

    図7は,図6中のa,bがそれぞれ12.5mm,12.5mmとなるPosition1および17.0mm,8.0mmとなるPosition2でシャープペンシルの芯の圧折実験を行い,応答関数g(t)を求めた結果である。応答関数には,センサ間での違いは見れられるものの,実験位置による差はほとんどない。よって,スクラッチ試験時の圧子移動による弾性波信号発生源の位置の変化の影響は無視できる。

    図6 シャープペンシルの芯の圧折試験概略
    図7 圧折試験から求めたAEセンサ1の応答関数(a)とAEセンサ2の応答関数(b)

     圧折実験で求めた応答関数g(t)を用いて,AEセンサ1およびAEセンサ2で検出した波形から原波形を求めた。その結果,図8に示すように,得られる原波形は,使用するセンサに関係なく同一の波形を示し,波形がパルス状であることから,膜の剥離は,微小時間Dtでの弾性力Dfの解放現象10)として考えることができる。

    図8 AEセンサ1およびAEセンサ2で検出した信号から求めたそれぞれの原波形(a),(b)

    4.2 アモルファスカーボン膜の密着性評価

     図9 膜の剥離面積と解放力Dfとの関係
    [図9 膜の剥離面積と解放力Dfとの関係]  アモルファスカーボン膜の剥離によって発生する弾性波信号を解析し,剥離の際に解放される弾性力Dfを求め,スクラッチ試験の直接観察から得られる膜の剥離面積との関係を求めた。図9は,下地形成時のイオンビーム照射条件の異なるアモルファスカーボン膜をスクラッチ試験したきの結果である。剥離面積は,イオン電流密度が増加するほど,すなわち,膜の密着性が高くなるほど減少するが,Dfはほとんど変化しない。これに対して試験荷重を増加した場合,Dfは,膜の密着性に関係なく剥離面積とともに増加する。膜を剥離させる力は,試験荷重が大きいほど増大すると考えられるから,Dfは膜を剥離させる力と見なすことができる。すなわち,試験荷重が一定ならば,Dfは一定であり,膜の剥離面積は,膜の密着強度が大きいほど減少する。一方,密着強度が一定ならば,試験荷重が大きいほど,Dfは増大し,剥離面積は増加することになる。
    [図10]  そこで,Dfを膜の剥離面積で除した単位面積当たりのDfを膜の密着強度として考え,下地を形成したアモルファスカーボン膜の単位面積当たりのDfの変化を調べた。図10(a)は,下地形成時のイオン電流密度を変化させた場合である。単位面積当たりのDfは,下地形成によって3倍に増加し,そのときのイオン電流密度を10倍にすると,下地形成前の10倍に増加する。同図(b)は,イオンビームの照射時間を変えて下地形成を行った場合である。イオンビーム照射時間による変化はほとんどみられない。したがって,単位面積当たりのDfは,臨界剥離荷重により評価した膜の密着性評価結果と同様の傾向を示す。また,両図からわかるように単位面積当たりのDfは,試験条件に依存しないことから,アモルファスカーボン膜の密着強度そのものを表していると考えられる。
     以上のことから,スクラッチ試験の可視化と弾性波信号の解析から,アモルファスカーボン膜の密着強度を定量的に評価する手法を提案した。そして,イオンビームアシスト蒸着法で下地を形成したアモルファスカーボン膜の密着性におけるイオン電流密度依存性を定量的に示した。

  2. 結言

     本研究で得られた結果を以下に総括して述べる。

    1. スクラッチ試験によるアモルファスカーボン膜の剥離挙動は,膜の密着性や試験条件によって異なる。そして,膜の密着性が低いほど,試験荷重や圧子の先端曲率半径が大きいほど,膜の剥離規模は増大する。
    2. 膜の剥離に対応して弾性波信号が発生する。その信号を解析することによって膜の動的な剥離挙動評価が可能となる。
    3. スクラッチ試験中の直接観察および弾性波信号の解析から,試験条件に依存しないアモルファスカーボン膜の密着強度を評価することができる。

       

    参考文献
    1. P. Couderc and Y. Catherine : Structure and physical properties of plasma-grown amorphous hydrogenated carbon films, Thin Solid Films, 146(1987)93.
    2. 黒川英雄:硬質膜の電子・電気機器への応用,59, 3(1993).
    3. 熊谷 泰:ダイヤモンドライクカーボン膜のトライボロジー特性と応用例−金型を中心として−,トライボロジスト,41, 9(1996).
    4. Y. Funada, K. Awazu, K. Shimamura, H. Watanabe and M. Iwaki : Diamond Like-Carbon Thin Film Formation by Ion Beam Assisted Deposition, Surf. Coat. Tech., 66(1994)514.
    5. P. Benjamin and C. Weaver : Measurement of Adhesion of Thin Films, Proc. R. Soc. London, A(1960)163.
    6. P. A. Steinmann, Y. Tardy and H. E. Hintermann : Adhesion Testing by The Scratch Test Method - The influence of Intrinsic and Extrinsic Parameters on The Critical Load - , Thin Solid Films, 154(1987)333.
    7. 舟田義則,粟津 薫,杉田忠彰,西 誠,加藤 昌:イオンビームによるDLC膜の創製と改質(第3報),先端加工,14(1995)59.
    8. 大津政康:アコースティック・エミッション波動の放射形式に関する考察,材料,32, 356(1983)577.
    9. 林 康久,竹本幹男:逆演算手法による高速水ジェット水撃圧の計測法の開発とその評価,材料科学,27(1990)231.
    10. 大平貴規,岸 輝雄:AE原波形解析による破壊の動的素過程に関する研究,金属学会誌,46,5(1982)518.

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