|
高硬度で摩擦係数が低く,耐摩耗性に優れたアモルファスカーボン膜は,工業的に有用であり1),機械加工や半導体製造,宇宙産業などの様々な分野で大いに期待されている2)。しかし,被コーティング部材との密着性が低く,十分な実用化が図られていないのが現状である3)。我々は,アモルファスカーボン膜の密着性を改善するため,膜の創製中にイオンビームを照射するイオンビームアシスト蒸着法によりアモルファスカーボン膜を創製し,スクラッチ試験によって膜の密着性が改善することを確認している4)。
通常のスクラッチ試験では,試験後のスクラッチ痕の観察などから,膜が剥離し始める荷重,すなわち臨界剥離荷重を求め5),その比較によって膜の密着性を評価する。しかし,臨界剥離荷重それ自身は,膜の密着力を示す値ではなく,圧子形状や下地母材の硬さ等の影響を受けることや,スクラッチ試験による膜の剥離現象が十分把握されていない等の問題6)が存在する。
本研究では,スクラッチ試験中に膜の剥離を直接観察できる試験装置を製作し,密着性の異なるアモルファスカーボン膜の剥離過程を観察することによって試験中の膜の剥離挙動を調べた。そして,膜の剥離との対応を図りながら試験中に発生する弾性波信号を検出し,解析することによって試験条件に依存しない膜の密着強度の評価法を提案するとともに,アモルファスカーボン膜の密着性を定量的に評価した。
2.1 スクラッチ試験機と試験条件
図1は,スクラッチ試験中の膜の剥離の様子を直接観察するために製作したスクラッチ試験機である。
CCDカメラを透明なガラス基板に対して圧子の反対側に設置し,試験中の膜の剥離過程を直接観察した。スクラッチ試験は,圧子およびCCDカメラを固定し,試料を移動させて行った。また,試験荷重や摩擦力は,圧子ホルダーに組み込まれたロードセルによって測定した。試験条件を表1に示す。
試験荷重 N | 1.96, 5.88,9.80,19.6 |
---|---|
送り速度 mm/min | 10.0 |
圧子 | 頂角120゚円錐型ダイヤモンド |
圧子曲率半径 mm | 0.2, 0.5, 1.0 |
2.2 試料作製
アモルファスカーボン膜の創製は,透明なガラス板(15mm×25mm×12mm)を基板材料として用い,有機溶剤による基板材料の超音波洗浄の後,下地形成と膜の積層の2段階で行った。前段の下地形成は,イオンビームアシスト蒸着法で行い,表2に示すようにイオン電流密度やイオンビーム照射時間,すなわち下地形成時間を変化させた。その後,イオンビームの照射を止め,電子ビーム蒸着法で膜厚が0.9mmになるまでアモルファスカーボン膜を創製した。
基板材料 | ソーダガラス |
---|---|
膜原料ターゲット | 黒鉛 |
下地形成条件 | |
照射イオン種 | アルゴンイオン |
イオンビーム加速電圧 kV | 30 |
イオンビーム電流密度 mA/cm2 | 2.1, 21.0 |
イオンビーム照射時間 sec | 60, 300 |
電子ビーム加速電圧 kV | 3.65 |
電子ビーム電流 mA | 280 |
アモルファスカーボン膜創製条件 | |
電子ビーム加速電圧 kV | 3.65 |
電子ビーム電流 mA | 280 |
膜厚 mm | 0.9 |
創製した膜の密着性を把握するため,別のマイクロスクラッチ試験機(CSEM社製)によってスクラッチ試験した。試験速度は10mm/minで一定とし,圧子に先端曲率半径0.2mmの円錐型ダイヤモンド圧子を用いて試験を行い,臨界剥離荷重を求めた。その結果を表3に示す。臨界剥離荷重は,イオン電流が大きいほど増大するが,イオンビーム照射時間による変化はほとんどない。すなわち,創製したアモルファスカーボン膜の密着性は,イオンビーム照射による下地の形成によって向上し,イオン電流密度が大きいほど密着性は高くなるが,イオン照射時間は,膜の密着性にほとんど影響しないことがわかった。
下地形成条件 | 臨界剥離荷重 N | |
---|---|---|
イオン電流密度 mA/cm2 | 照射時間 sec | |
0.0 | 0.0 | 1.67 |
2.1 | 60.0 | 6.27 |
2.1 | 60.0 | 6.74 |
21.0 | 300.0 | > 30.00 |
3.1 アモルファスカーボン膜の剥離過程
アモルファスカーボン膜をスクラッチ試験し,膜の剥離過程の観察と試験中に発生する弾性波信号の計測や摩擦力の変化を測定した。図2は,下地を形成せずに創製したアモルファスカーボン膜を試験荷重5.88N,圧子先端曲率半径0.2mmの条件でスクラッチ試験したときの結果であり,同図(a)は,膜の剥離過程を観察したものである。試験開始4.47秒後に圧子進行方向前方で膜が剥離し,その領域は,圧子の進行にともなって拡大する。そして,試験開始4.60秒後には,剥離部の周辺に亀裂が発生して剥離片が形成される。
同図(b)は,スクラッチ試験中の摩擦力の変化と検出した弾性波信号の最大振幅を示したものである。摩擦力は,0.4N〜0.7Nの緩やかな変化の中で突発的に変動する。同図(a)の剥離過程は,図中斜線を施した時間幅で発生したものであり,摩擦力の急激な増減は膜の剥離に対応している。摩擦力の急激な低下は,圧子の進行によって試料に作用する弾性力が,膜の剥離によって解放されるためと考えられ7),これに対応して弾性波信号が発生したことがわかる。
図2 下地なしアモルファスカーボン膜のスクラッチ試験結果
(試験荷重5.88N,圧子先端曲率半0.2mm)
3.2 アモルファスカーボン膜の剥離挙動
アモルファスカーボン膜の剥離挙動を調べるため,剥離過程の観察から,圧子接触部先端から剥離部先端までの距離を剥離長さ(L)として測定した。
図3は,下地形成時のイオンビーム照射条件を変えて創製したアモルファスカーボン膜をスクラッチ試験したときの膜の剥離長さを求めた結果である。同図(a)は,イオン電流密度を変化させた場合の結果を示している。剥離長さは,イオン電流密度の増加によって減少する。これに対して,同図(b)に示すようにイオン電流密度一定の下,照射時間を変化させてイオンビームを照射した場合,剥離長さはほとんど変化しない。これらの傾向は,臨界剥離荷重による膜の密着性評価結果と一致しており,膜の剥離長さは,膜の密着性が高いほど小さくなることがわかる。
図4は,先端曲率半径の異なる圧子でスクラッチ試験したときの剥離長さと試験荷重との関係を求めた結果である。
剥離長さは,試験荷重を増加すると長くなり,また,先端曲率半径の増大によって増加することがわかる。スクラッチ試験による膜の剥離は,圧子先端と膜の接触によって生じ,試験荷重や圧子先端曲率半径が増加すると圧子先端の接触部半径が増加するため,剥離長さが増加したと考えられる。
以上のことから,スクラッチ試験によるアモルファスカーボン膜の剥離挙動は,膜の密着性に関係し,膜の密着性が高いほど剥離長さは減少することがわかった。また,剥離挙動は,試験条件によって異なり,試験荷重や圧子先端曲率半径が大きいほど膜の剥離長さは増大することが明らかになった。
‖前のページへ戻る‖ | ‖次のページへ‖ |