1. 結果と考察

    4.1 繊維の構造
     図3に,当場が開発した方法で試作した繊維と比較繊維の広角X線回折写真(WAXS)および小角X線散乱像(SAXS)を示す。比較繊維のWAXSには,結晶が高度に配向していることを示すスポット状の回折ピークが観察される。また,SAXSには構造が繊維軸方向に規則性を持つことを示す子午線上の2点像がみられる。これに対して,当場が開発した方法で試作した繊維のWAXSには,スポット状の回折ピークとともに明確なリング状の回折がみられる。さらに,SAXSは比較繊維と明らかに異なり,赤道付近の交差状のストリーク(線)がみられる。
     PHB/HVコポリマーの結晶構造はHVの共重合分率が約40%まではPHBホモポリマーと同じ結晶構造(斜方晶系:a軸=5.76Å,b軸=13.20Å,c軸(繊維周期)=5.96Å)を示すことが報告されている9)。この結晶構造をもとに,結晶のc軸が繊維軸方向に配向し,aおよびb軸が繊維軸まわりに円筒対称に分布した場合(c//Z)の回折パターンを計算によって求めた(図4)。同図と比較繊維のWAXSの比較から,比較繊維が結晶のc軸がc軸方向に高度に配向した内部構造になっていることがわかる。

    図3-1 X線回折法(広角X線写真:WAXS)による繊維の内部構造の比較
    図3-2 X線回折法(小角X線散乱像:SAXS)による繊維の内部構造の比較
    図4 計算によって求めた回折図(c//Zの場合)

     これにたいして,当場作製の繊維のWAXSの場合,スポット状の回折ピークについては結晶のc軸が繊維軸方向に高度に配向していることを示すことがわかるが,リング状の回折についてはまったく別の構造に起因すると考えられる。また,詳細に観察すると,一部の回折はリング状になっているが,その他は完全なリングではなく円弧状であることがわかる。そこで,前述のように結晶構造因子をもとに種々のケースについて計算を行い,回折パターンを検討した結果,結晶のc軸が繊維軸と垂直で繊維軸まわりに円筒対称に分布し,同時にaおよびb軸がc軸まわりに円筒対称に分布した場合(c⊥Z)の回折パターンが最も一致した(図5)。つまり,当場作製の繊維はc軸が繊維軸に配向した結晶に加えてc軸が繊維軸と垂直に配向した結晶も存在するという特異な構造を持っていると考えられる。
     さらに,c軸が繊維軸に配向した(c//Z)結晶とc軸が繊維軸と垂直に配向した(c⊥Z)結晶について定量的な検討をするため,回折パターンのうち(002)面の反射強度に着目した。つまり,図4からわかるようにc//Zの場合は(002)反射は子午線上(垂直方向)にあり,c⊥Zの場合は図5のように赤道上(水平方向)になる。繊維試料台を用い,試料を回転させることによって(002)反射について円周上の広角X線回折強度分布を測定し,それぞれ子午線付近と赤道付近の強度分布を求めてその比率を得た。図6に,(002)面について測定した広角X線回折強度曲線の例を示す。同図において,0度と180度が子午線上に,また,90度が赤道上に相当する。
     図7に,異なった条件で試作した繊維について強伸度試験を行い,その強度を結晶比率にたいしてプロットした結果を示す。同図より,垂直結晶の量が力学的特性に影響を及ぼしていることがわかる10〜12)。

    図5 計算によって求めた回折図(c⊥Zの場合)
    図6 (002)面の広角X線回折強度曲線
    図7 強度と結晶比率との関係

     試作した繊維のうち,(c⊥Z)結晶が多い繊維と少ない繊維について測定したSAXSを図8に示す。(c⊥Z)結晶が少なく,(c//Z)結晶が多い場合は比較繊維と同じく子午線上の2点像であることから,結晶領域が繊維軸方向に一定の規則的な間隔で分布していることがわかる。一方,(c⊥Z)結晶が多く,(c//Z)結晶が少なくなるほど,赤道付近の交差状のストリークがみられ,子午線上の2点像が不明確になっている。このことから,赤道付近の交差状のストリークが(c⊥Z)結晶と関連していることが推測される。交差状のストリークが現れる原因として,(c⊥Z)結晶領域が繊維軸と垂直方向に対し,特定の傾斜をもって幅広く分布していることが考えられる。


    図8 試作繊維の小角X線散乱像(SAXS)

  2. 結言

     力学的特性の優れた生分解性繊維を製造する技術を確立するため,微生物産生ポリエステルを原料とした生分解性繊維の物性と構造との関係を検討し,以下のような結論を得た。

    1. 当場が開発した方法で試作した繊維は,c軸が繊維軸に配向した結晶(c//Z)に加えてc軸が繊維軸と垂直に配向した結晶(c⊥Z)も存在するという特異な構造を持っている。
    2. 当場が開発した方法で試作した繊維の小角X線散乱像には,赤道付近の交差状のストリークがみられ,この交差状のストリークが(c⊥Z)結晶の量と関連していることが推測された。
    3. c軸が繊維軸と垂直に配向した結晶の量が繊維の高強度化に大きく寄与しており,(c⊥Z)結晶の量が多い繊維ほど強度が高い。

       

    謝辞
     本研究は石川ハイテクサテライトセンター事業により,アクロン大学チャクマック教授と実施したものである。同教授および研究の遂行に当たって適切なご助言を頂いた東京工業大学鞠谷雄士助教授に感謝します。また,生分解性繊維の高性能化に関する基本技術は中興化成工業(株)との受託研究によって開発されたものであり,発表の機会を与えていただいた同社および試料作製にご協力頂いた同社の新川武雄氏,前川義博氏に深く感謝します。

    参考文献

    1. 諸貫秀樹:工業材料,38,26(1990)
    2. 土肥義治:「生分解性高分子材料」,工業調査会(19 90)
    3. 工業技術会:「プラスチック処理問題とバイオプラスチック」(19 90)
    4. 筏英之:「ごみ処理問題と分解性プラスチック」,アグネ承 風社(1990)
    5. 望月正嗣:日本繊維機械学会,生活環境と繊維の研 究会講演会テキスト,11 (1992)
    6. 望月正嗣:「生分解性ポリマーのはなし」日刊工業 新聞社 (1995)
    7. 山下信:繊維学会誌,47,P-532 (1991)
    8. European Patent 0,104,731(1983)
    9. M.Kunioka,et al:Macromolecules,22,694(1989)
    10. T.Yamamoto,et al:Polymer Processing Society Annual Meeting 99 (1994)
    11. 山本孝ら:繊維学会年次大会予稿集 S-53(1993)
    12. 山本孝ら:繊維学会年次大会予稿集 G-232(1995)

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