生分解性高分子材料の加工技術に関する研究
生分解性繊維の物性に与える構造の影響
繊維部 山本孝・木水貢

 近年の環境保全に対する意識の高まりとともに,合成繊維廃棄物は,他のプラスチック廃棄物と同様,大きな環境問題となっている。その解決策として,廃棄後には自然界の微生物によって速やかに分解される生分解性高分子材料を原料とした繊維が注目されている。本研究では,力学的特性の優れた生分解性繊維を製造する技術を確立するため,繊維の物性と構造との関係を検討した。その結果,当場作製の繊維はc軸が繊維軸に配向した結晶に加えてc軸が繊維軸と垂直に配向した結晶も存在するという特異な構造を持っていること,c軸が繊維軸と垂直に配向した結晶の量が繊維の高強度化に大きく寄与していることなどが明らかとなった。
キーワード:生分解性,繊維,微生物,ポリエステル,結晶構造,力学的性質

  1. 緒言

     我々人類が古くから関わってきたのは,綿,麻,毛,絹といった天然のままで繊維として産出されるいわゆる天然繊維であり,化学的手段によって人工的に生産される合成繊維が開発されたのは約半世紀前にすぎない。それにもかかわらず急速に我々の生活に浸透していったのは,合成繊維が天然繊維には求められないような優れた性能と耐久性を持っていたからである。
     しかしながら,耐久性に優れているということは逆に廃棄後も形状を維持して自然の生態系にも影響を与えかねないことを意味しており,この問題は近年の環境保全に対する意識の高まりとともに,他のプラスチック製品と同様,合成繊維にとって大きな課題となっている。特に,流失漁網や釣り糸による海洋生物への悪影響やそれによる漁場の荒廃は代表的な例である1)。したがって,これからの繊維材料には,使用中は従来の合成繊維同様の優れた性能を発揮するが,用済みになって廃棄された後は天然繊維のように分解されるという,両者の性質を併せ持つことが求められはじめている。このニーズに応える手段として,近年注目を浴びつつある生分解性(自然環境下に存在する微生物によって分解される性質)を有する高分子材料2〜4)を繊維化する方法が考えられており,我々も検討の結果,力学的特性の優れた繊維を作製する技術を開発することができた。ここでは,開発した繊維が優れた力学的特性を示す原因を明確にするために,繊維の構造を検討した結果を報告する。

    表1 生分解性ポリマーの分類
    微生物産生型PHB(ポリヒドロキシブチレート)とその共重合体,セルロースなど
    天然高分子型セルロース,キチンなど
    合成高分子型ポリ乳酸,ポリカプロラクトン,ポリビニルアルコール,ポリブチレンサクシネートど
    天然−合成複合型デンプン+ポリビニルアルコールなど

  2. 原料ポリマーの種類と繊維の性質

    2.1 生分解性ポリマーの種類
     原料となりうる生分解性ポリマーは,表1に示すようにセルロースやポリ乳酸など,数種類のものがあげられる。これを分解機構の点から分類すると,酵素によって分解するタイプと非酵素的な加水分解によるタイプに分けることができる。酵素による分解は,まず微生物が菌体外に酵素を分泌し,これによって低分子量の化合物に分解する一次分解と,低分子量化合物を体内に取り込み,代謝によって二酸化炭素と水に分解する完全分解の2つの段階によってなりたっている。望月は,上述の分解機構をもとに,酵素分解型を生活資材用途に適した環境分解性繊維,非酵素分解型を手術用縫合糸などの用途に適した生体吸収性繊維として分類している5)
     一方,高分子材料は熱特性の点から熱可塑性と非熱可塑性に分類される。熱可塑性型は,従来の合成繊維と同様の性能(疎水性,強度(特に湿潤下),寸法安定性)を有するうえ,加工性の面(溶融紡糸・熱接着が可能)からも優れている。
     以上の観点から考えると繊維化の対象となる高分子材料は酵素分解型で熱可塑性を有するタイプが望ましく,このうち微生物産生ポリエステルP(3HB−co−3HV)(ポリ3−ヒドロキシブチレート/3−ヒドロキシバリレート;商品名「BIOPOL」ゼネカ社)7)を原料ポリマーとすることにした。微生物産生ポリエステルは,微生物が栄養源として体内に蓄えるポリエステルであり,微生物がこのような性質を持つことは,1925年にフランスのパスツール研究所で発見された。このポリエステルは,3HB(3−ヒドロキシブチレート)成分が100%のホモポリマーは堅くてもろく,1980年にICI社(現ゼネカ社)が,3HV(3−ヒドロキシバリレート)との共重合ポリエステルを生合成することに成功して以来,企業化が始まった。3HV(3−ヒドロキシバリレート)分率を増やすととももにしなやかさとタフさが得られ,多くの用途に対応できるようになったからである。
    図1にP(3HB−co−3HV)の化学構造を示す。

    図1 P(3HB−co−3HV)の化学構造
    [図1]

    2.2 PHB/HVコポリマー繊維の性質
    微生物産生ポリエステルは,結晶化速度が遅く,加熱冷却後,室温においても結晶化が進行する。また,結晶化が低い状態では粘性が低く充分な分子配向を達成することができず,作業性の面でも粘着性を示すた
    め取り扱いが困難である。逆に,結晶化度が高い場合は脆くなって延伸ができないという特徴がある。このため,ゼネカ社の特許8)では,延伸に最適な結晶化状態を得るために,紡糸と延伸を連続的に行い,各工程の滞在時間を厳密に管理する必要があるとされていた。しかし,このようにしてつくられた繊維もその強度が低く,用途拡大のためには物性向上が大きな課題であった。

     図2 繊維の強伸度曲線
    [図2]  この問題を解決するため,我々は紡糸と延伸の各工程を検討し,独自の方法でより高強度な繊維を試作できることを見出した。図2に従来の方法で製造された繊維と当場が開発した方法による繊維の強伸度曲線を示す。しかし,条件の検討によって優れた性質を持つ繊維が得られても,その原因が明らかにされていなければ技術が確立されたとはいえない。そのため,当場で開発した方法で作製された繊維について,その物性と構造との関係を検討した。

  3. 実験方法

    3.1 繊維の作製
     実験には3HV共重合分率 8.4mol%のP(3HB−co−3HV)(ゼネカ社製:BIOPOL)樹脂を用いた。可塑剤10wt%と造核剤0.5wt%を含有している。供給されたペレットについてDSCにより測定した融点は157.9℃であった。このポリマーを溶融紡糸装置((株)ムサシノキカイ製)を用い,溶融温度170℃,吐出量12cm3/minで直径3mmのノズルから吐出した。吐出された未延伸糸は水浴を通過した後,35m/minの速度で巻き取った。この未延伸糸を加熱ローラと加熱プレートからなる連続延伸装置を用いて延伸・熱セットし,延伸糸を作製した。比較のための繊維試料として原料メーカより入手した繊維を用いた。この繊維はゼネカ社の特許に準じた製造方法で作製されたことが推測される。

    3.2 X線測定
     材料は基本的に原子によって成り立っており,その原子が3次元的に繰り返し配列したものを結晶,規則的に配列していない状態を非晶と呼んでいる。つまり,材料は結晶や非晶と呼ばれる原子の配列状態の複合からなり,材料の性質はこの内部構造によって決まる。この内部構造(結晶の量や配向など)は熱や応力によって変化するため,成形加工条件と内部構造変化の関係を明確にすることは製品開発のうえで重要である。
     結晶の状態を調べる際に用いられるのがX線測定である。具体的には一定波長のX線を試料に照射し,各原子の散乱X線の干渉によって特定の方向に生ずる回折X線の強度や回折の角度を測定する。広角度に回折したX線からは,結晶の形,大きさ,配向といった性質を知ることができ,小さな角度で回折したX線からはそれより大きなスケール,例えば結晶領域(結晶の集まった部分)と非晶の部分との間隔(長周期)や試料内部の空隙の大きさといった内部の密度差のよる周期を知ることができる。
     本実験には,繊維試料台の付属するX線回折装置(理学電機(株)製:RAD-1A)を用い,電圧40kV,電流20mAで発生させたCuKα線を繊維試料に照射して広角X線回折強度曲線を得た。また,ラウエカメラを用い,露光時間3時間で広角X線回折写真を撮影した。
     また,小角測定用X線回折装置(理学電機(株)製:RINT-1100)を用い,電圧40kV,電流40mAで発生させたCuKα線を繊維試料に照射して露光時間35時間で小角X線散乱像を撮影した。


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