能登珪藻土の吸放湿特性
化学食品部
金沢大学工学部
金沢大学理学部
宮本正規
高橋光信
広瀬幸雄
 最近の一般住宅は気密化・断熱化が進んだ結果、その弊害として発生した表面結露が黒黴やダニの温床となっている。その対策として、能登珪藻土の多孔質な特性を活かした吸放湿特性について基礎的に検討した。その結果、能登珪藻土は吸放湿性に優れた素材であることを確認したので、その要旨を以下に示す。
  1. 能登珪藻土の優れた吸放湿特性は、2μm以下の粘土鉱物に起因している。
  2. RH 100%、20℃の環境下における珪藻土の吸湿能は、約240mg/gである。
  3. 吸湿された水分は珪藻土表面に強く束縛を受けている。
  4. 珪藻土の平均細孔直径はマクロポア領域(50nm以上)に入る。

キーワード:珪藻土、珪藻殻、粘土、分級、吸放湿、吸着、細孔、結露

  1. 緒言

     昭和50年以降、一般住宅において気密化・高断熱化が急速に進み、より経済的に夏は涼しく冬は暖かい居住環境が得られるようになった。しかしながら、その弊害として特に冬場の気密空間では、多湿化によって内装建材に表面結露が発生する。この環境が黒カビやダニの温床となって衛生上の問題点が指摘されている。1)2)とりわけ高温多湿な我が国において住空間の湿度調節は大きな課題であり、昭和30年代まで一般住宅に多用されていた土壁の湿度調節機能が再認識されるに至った。 
     能登半島に多く分布する珪藻土は、単細胞藻類である
     珪藻の遺殻を多く含んでおり、極めて多孔質な含珪藻泥岩で断熱性と成型性に優れている。その特性を活かした用途としてこれまで耐火断熱レンガ、コンロ、土壌改良材などに用いられてきた。その中で耐火断熱レンガは我が国高度経済成長時に鉄鋼業、アルミ精錬業に支えられてきた。しかし、近年の素材産業の不況によって耐火断熱レンガの出荷額の低迷が続いていた。
     石川県が発表した21世紀を見据えた県産業高度化10ヵ年戦略3)の中に、「能登・新産業先導地域構想」が盛り込まれている。能登地域の活性化を図るには、全国一の埋蔵量を有する能登珪藻土の特性を利用した原料立地型産業の振興をより積極的に進めることが極めて重要である。その対策として、産学官交流による能登地域未利用資源活用事業(平成8〜10年度)を発足させて、多孔質な特性を活かし、かつ大量消費が期待される吸放湿建材の開発に着手することになった。そこで、基礎研究として多孔質な表面性質と吸放湿特性との関係について検討した結果、能登珪藻土が吸放湿特性に優れていることを確認したので、その概要を報告する。

  2. 実験方法

    2.1 珪藻土の精製と加熱処理
     能登珪藻土は主要成分である珪藻殻の他に、モンモリロナイトを主とする粘土鉱物、石英、長石等からなる非粘土鉱物を夾雑している。このため珪藻土の表面性質を正確に把握するために分級精製を行った。能登珪藻土の中で最大の珪藻泥岩層4)でかつこれまで窯業原料として利用してきた飯塚層(石川県珠洲市)珪藻土を実験に用いた。
     精製方法は風乾した試料20gと0.2%ヘキサメタリン酸ソーダ溶液1,000mlをビーカに入れて、超音波処理を施して珪藻殻に付着している微細な粘土粒子を分離させた。次に、Stokesの式5)によって水簸分級を行い、珪藻殻が最も多く分布している8〜50μmと粘土粒子からなる2μm以下を分離濃縮した。この操作を4〜5回繰り返し行った後、分級した8〜50μmの水簸分級試料に10%HClを加えて、湯煎中で加熱して脱鉄処理を行った。その後、ろ過水洗して100℃で乾燥した。なお、2μm以下の雑粘土はろ過洗浄してから100℃で乾燥した。
     1,000℃で焼成したB-2耐火断熱レンガ(JIS R 2611)の仕上げ工程で多量の焼成粉末が排出される。この焼成粉末の再利用を図るために風乾した珪藻土を電気炉で1,000℃×1hの条件で焼成した。一方、精製した珪藻殻は500、750、1,000、1,200℃等の各温度で1h保持して焼成した。

    2.2 水分吸放湿実験

    2.2.1 吸湿実験
     吸湿実験は前処理した粉末試料1gを入れた秤量ビンを相対湿度(RH)を調整したデシケータ内に静置して行った。このデシケータの底に表1の飽和塩類溶液6)を入れることによって、種々の相対湿度(RH 26〜 100%)の環境を設定した。これらのデシケータを20又は30℃に調整した恒温槽にセットして水分吸着量が平衡に達するまで秤量した。

    表1 各種飽和塩類溶液の相対湿度(%)
    試 薬20℃30℃
    H2O   100   100
    KNO39594
    Na2CO3   8687
    NaCl7575
    NaBr5957
    K2CO34445
    CaCl23226

    2.2.2 連続吸放湿実験
     吸着平衡に達した試料を室温20℃におけるRH59%と100%のデシケータ中に入れて、一日毎に交互に入れ替えて各試料における吸放湿量を毎日測定した。

    2.2.3 示差走査熱量測定及び細孔分布
     吸湿した2μm以下の試料における水分脱着挙動を示差走査熱量測定装置(理学電機製 DSC-8240D)を用いて検討した。なお、DSC測定は試料約10mgをアルミパンに入れ、昇温速度2℃/minの条件で-30℃から120℃まで走査した。
     吸放湿特性と細孔分布との関係を把握するために、吸放湿特性の評価に供した代表的な試料について水銀圧入法による細孔分布測定装置(島津製作所製 ポアサイザー9320形)を用いて検討した。なお、測定は前処理として試料を50μmHgまで装置内を真空排気した後、0.0060〜90μmの範囲で行った。

  3. 結果と考察

    3.1 珪藻土の粒径と鉱物組成との範囲
     純粋な珪藻殻はSiO2 94%、H2O 6%からなる7)のに対して、吸放湿実験に用いた分級前後の能登珪藻土の化学組成を表2に示す。

    表2 珪藻土の化学組成(Wt%)
    成 分未処理品8〜50μm2μm以下焼成品
    Ig.Loss10.86.2813.10.2
    SiO272.085.768.380.8
    Al2O310.54.5211.311.8
    TiO20.240.240.440.27
    Fe2O32.900.263.073.25
    CaO0.520.560.330.58
    MgO1.050.061.361.18
    K2O1.020.891.361.14
    Na2O0.611.191.030.68

    図1 分級した珪藻殻のSEM写真  表2より珪藻土の化学組成から、ノルム計算によって2μm以下の雑粘土の鉱物組成を求めたところ、珪藻殻 48%、粘土32%そして長石7%となり、未処理品と比較して粘土分が約2倍濃縮されていることがわかった。逆に精製品はほとんどMgOがなくなっているので、モンモリロナイト質粘土が大部分除去されている。図1に示すSEM写真からも多孔質な珪藻殻に粘土粒子が付着していないことがわかる。

     珪藻土の物性は、平均粒径及び比表面積について評価し、その結果を表3に示す。

    表3 珪藻土の物性
    試料平均粒径 比表面積
    (μm)(m2・g−1)
    未処理品13.124.5
    精 製 品26.7 22.0
    2μm以下0.460.8
    焼 成 品20.5 3.7

     精製品は8〜50μmの範囲で水簸分級したので、平均粒径は4試料の中で最も大きく約27μmに達する。その比表面積は27μmの単純な球とした表面積に比べて3桁以上大きく、多孔質な素材である。一方、2μm以下の雑粘土の比表面積は、この中で最も大きく焼成品に比べて15倍以上に達する。

    3.2 吸放湿のメカニズム
     住環境における最適な湿度とは50〜70%の範囲であるとされている。したがって、この範囲で水蒸気吸着平衡曲線を急激に立ち上げることができれば、吸放湿性に優れた素材となる。
     湿度と細孔との関係に関する基礎的な理論としては、水分吸着が毛細管状の細孔への凝縮によって起きると仮定すれば比蒸気圧と細孔径との間には、Kelvinの式7)が成立する。
     (1)式によって2.5〜5.0nmの細孔直径を多く有する素材が吸放湿性に優れていることになる。

    (1)式
    ここに、γ:表面張力 VL:分子容
    θ:接触角 r:細孔半径
    R:気体定数 T:絶対温度

    3.3 各相対湿度における吸湿性能
     室温20及び30℃におけるRH26〜100%の条件下で吸湿実験を行い、図2に室温30℃、RH100%における吸着速度曲線を示す。図2より吸湿能が小さい精製品及び焼成品ほど早く飽和に達し、平衡に至るまでに要する日数は5日間であった。
    逆に吸湿能の高い未処理品は最初の5日間で急激に吸湿し、その後は緩慢となり平衡になるまで20日間を要した。
     その吸湿量は228mg/gに達しており、このように吸湿性に優れているのは、粘土の介在が大きく関与していると考えられる。
     そこで、精製品、未処理品及び2μm以下の試料を用いて各分圧下での飽和水分吸着量を求め、図3に等温吸着曲線を示す。

    図2 珪藻土による水分の吸着速度曲線
    図3 珪藻土による水分の吸着等温曲線

     能登珪藻土はRH75%以上から急激に吸湿しやすくなり、RH100%における2μm以下の吸湿量は370mg/gに達する。
     一方、分級した珪藻殻はわずか70mg/gに過ぎないことから未処理品の吸湿能は、2μm以下の雑粘土に支配されていることが確認された。
     耐火断熱レンガ(B-2)の生産工程から発生する1,000℃焼成粉末は一般的に微細な細孔が相当失われているが、カルシウム系硬化剤X-1(日本ダイヤコム工業(株)製)と混合して得られた成形体の吸湿能は350mg/m2に達していることが岩佐ら9)によって報告されている。これは天然檜の約2倍、石膏ボードの約3倍も吸湿性に優れている。精製品の比表面積当たりの吸湿能は、1,200℃を除いて3.4〜4.8mg/m2を有している。珪藻土の吸湿能は焼成温度に関わらずほぼ一定で、比表面積に強く依存していることがわかった。

    表4 精製品の20℃における吸湿能と比表面積
    項目0℃500℃750℃1,000℃1,200℃
    吸湿量(mg/g)57.052.045.019.00
    比表面積(m2/g)16.712.69.583.980.9

     全く吸湿能を失った1,200℃で焼成した精製品の非晶質シリカが、ほとんどクリストバライトに変化している。

      2三Si-OH → 三Si-O-Si三 +H2O (2)

     更に(2)式に示す脱水縮合も行われ、親水性のシラノール基が一部疎水性のシロキサン構造に変化し始める温度帯であることが熱分析(DTA-TG)から判明している。
     したがって今後、吸湿性とシラノール基の数/比表面積との関係を詳細に検討する予定である。


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