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酸味に特徴を有する酵母の選抜と試験醸造

■化学食品部 松田章 有手友嗣 中村静夫
■農業総合研究センター 山田幸信
■石川県立大学 矢野俊博

緒  言
 近年,食の多様化や嗜好の変化に伴い,洋食に合うワインなどの消費が増加し,清酒の売り上げが伸び悩んでいる。それゆえ,石川県内酒造企業からも清酒の多様化と需要拡大を図るために,若年層や女性をターゲットとして,清酒の旨味を残しつつ洋風料理とも相性の良いワインのような酸味を付与した清酒の開発が求められている。清酒には酸味を示す有機酸が約40種類も含まれていると報告されているが,乳酸,リンゴ酸,コハク酸の3種類で80%以上を占める。このうちリンゴ酸は「さわやかな」味で官能的にも評価が高い。これまでにもリンゴ酸を多く生成する酵母が開発され,生成機構等の報告がなされている。しかし,多くは酵母の発酵力に課題があり,甘口の清酒や低アルコール清酒となる傾向があった。
 本研究では,アルコール発酵力の低下がなく,リンゴ酸生成能の高い酵母の取得を目的に,変異株や清酒もろみからの分離株,細胞融合株から選抜を行い,清酒の試験醸造を行った。

リンゴ酸高生産酵母の選抜
 選抜対象とした酵母は以下のA,B,C群である。A群:清酒用きょうかい酵母(K-7,K-701,K-9,K-901,K-1401,K-15,K-1501)を対象に吉田らの方法に準じて1ppmのシクロヘキシミド(CH)寒天培地上に自然誘発により生育した34株,B群:平成12,16,17酒造年度に石川県内の清酒製造企業から採取した清酒もろみ85種類(泡あり,泡なしの各酵母を含むいずれのもろみからも)を滅菌水により適宜希釈した後YMプレートに塗布し,30℃,3日間培養を行って得られた1700株,C群:平成5年度に石川県工業試験場で行ったK-901とワイン酵母(OC-2)との細胞融合の37保存株を用いた。酵母は5mlの麹エキス培地(ボーメ7,pH5.1)を加えたL字管で前培養し,この培養液から菌数1×106cells/mlとなるように30mlの同培地(100ml容三角フラスコ)に接種して,15℃,14日間静置培養した。この中から,最終的にリンゴ酸生成量が多く,香味の良好な株をA,B,Cの各群よりそれぞれ1株ずつ選抜し,A,B,C株とした。

(Table1 Proportion of raw materials for Japanese sake brewing)

小仕込試験
 これらの株を用いて,Table1に示す仕込配合により総米500gの小仕込試験及びこれをスケールアップした総米3kgの試験醸造を行った。その結果,3株を用いた試醸酒の生成アルコールはいずれも対照のK-9とほぼ同等であり,リンゴ酸含有量はK-9の1.5〜2倍の高い値を示した。さらに,総米3kgの場合は汲水歩合を130%に加えて120%の場合も追加した。その結果,いずれもアルコール発酵能の低下はなく,汲水歩合130%の場合,3株とも対照のK-9と比較してリンゴ酸を1.7〜2倍,また,汲水歩合120%の場合では1.2〜2倍多く生成した(Table2)。
 A株を用いた場合,清酒中のリンゴ酸量は汲水歩合130%,120%でK-9のそれぞれ約2倍,約1.4倍高い値を示した。A株の発酵力はいずれの汲水歩合でもK-9と同等以上(Fig.1,2)で,同株で日本酒度プラスの清酒を製造することができた。B株及びC株の発酵力は,K-9に比較してもろみ後半に弱く,もろみ日数が長くなったが,最終的に約18%のアルコールを生成した(Fig.1,2)。汲水歩合120%でB株,C株を用いた試醸酒の日本酒度はマイナスで,いずれもK-9に比較して酸度が高く濃醇な味わいとなった。清酒はFig.3に示すように,酸度と日本酒度との組み合わせで淡麗辛口,淡麗甘口,濃醇辛口,濃醇甘口の4つのタイプに分類できるとされている。今回試験醸造した8種類はすべて濃醇辛口のタイプとなったが,汲水歩合120%でB株,C株を用いた場合,濃醇辛口の中でも濃醇甘口に近い味わいとなり,味の幅を広げることができたと考えられる。

(Table2 Concentration of organic acid in fermented sake)
(Fig.1 Time course of ethanol production in moromi mash by Strain A, Strain B, and Strain C with Kyokai No.9(K-9) at a water ratio of 130%)
(Fig.2 Time course of ethanol production in moromi mash by Strain A, Strain B, and Strain C with Kyokai No.9(K-9) at a water ratio of 120%)
(Fig.3 Types of Fermented sake)

結  言
(1)リンゴ酸含量を特異的に増大させる酵母を選抜できたことで,従来の清酒がもつ旨味に,リンゴ酸のもつ後味のすっきりとしたさわやかな酸味を付与することができた。
(2)発酵経過の異なる3タイプの酵母を選抜したことで,清酒の多様化にも貢献できるものと考えられる。

論文投稿
日本醸造協会誌 2010,vol. 105,no.1,p. 39-48.