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 熱電変換磁性体セラミックスの開発
 化学食品部 ○豊田丈紫 北川賀津一 中村静夫

 高温大気中で安定な熱電変換材料の開発を目的として,p型およびn型セラミックス材料の合成を行いX線回折法で結晶構造を評価した。熱重量分析データを基に二段階の固相反応を経由して合成行った結果,NaxCoO2(x = 0.7,0.8)とCa0.9La0.1MnO3において単相試料が得られることがわかった。次に,Na0.75CoO2をp型,Ca0.9La0.1MnO3をn型の素子とした12対熱電モジュールを作製して発電効果を測定した結果,高温側の温度条件が364℃のとき7.29mWの出力が得られることがわかった。素子―基板間の剥離を防ぐには接合部の熱応力の緩和が重要であることが熱膨張測定からわかった。
キーワード:熱電変換材料,X線回折,リートベルト解析,電気抵抗率,熱膨張係数

Development of Thermoelectric Materials Using Magnetic Ceramics

Takeshi TOYODA, Kaduichi KITAGAWA and Shizuo NAKAMURA

For the purpose of developing thermoelectric material that is stable in a high temperature atmosphere, p-type and n-type ceramics were synthesized and their crystal structure was evaluated using X-ray diffraction method. After synthesizing the materials through two steps of solid state reaction based on the results of a thermal gravity analysis, polycrystalline samples of NaxCoO2(x = 0.7,0.8)and Ca0.9La0.1MnO3 with a single phase structure were obtained. A thermoelectric device was fabricated using 12 pairs of Na0.75CoO2 for p-type legs and Ca0.9La0.1MnO3 for n-type legs on an alumina substrate. The device generated an output of 7.29mW under the thermal condition of hot side temperature at 364℃. The thermal expansion measurement showed that it is important to reduce the heat stress at the junctions between the legs and the substrate for prevention of exfoliation.
Keywords:thermoelectric material, X-ray diffraction, rietveld analysis, electric resistivity, thermal expansion coefficient

1.緒  言
 現在,様々な産業分野で発生する熱エネルギーの多くは,未利用のまま廃熱として排出されている。近年,エネルギー・地球環境問題への関心の高まりとともに,産業分野からの廃熱の有効利用が検討されている。地方自治体によって管理されているごみ焼却施設に注目した場合,その排熱は製紙業,窯業よりも多い2.3万Tcal/y(全国の工場排熱の総量は約27万Tcal/y)である1)。しかしながら,電力・鉄鋼の投入エネルギーに対する排熱の割合が6%前後であるのに比べて焼却施設のそれは10%以上であり,小規模な焼却炉の排熱利用は進んでいない。その理由として,発電専用施設に比べて安定な熱源確保が困難なため既存の発電機では電気エネルギーを回収するまでに至っていないことが挙げられる。
近年,このような背景から熱電変換材料が注目されるようになってきている。熱電変換材料とは,ゼーベック効果やペルチェ効果を利用して熱エネルギーと電気エネルギーを直接変換することが可能な材料である2)。熱電変換の概念図を図1に示す。これを利用したエネルギー変換システムには以下のような特徴がある。
1)機械的稼動部を持たないために長寿命でメンテナンス性に優れる
2)システム作動のための外部電力を要せず,また無排出のためクリーンで低環境負荷である
3)スケール効果が無くシステム全体を小型・軽量化できる
 既存の熱電変換技術においては,二種類の金属や半導体を接合した材料が用いられている。これらは使用する元素が資源的に希少で,コスト増加の原因となっている。また,高温域での動作等にも問題点が残っている。そこで,毒性や希少元素を含まず,高温大気中で安定なセラミックス熱電変換材料の合成とその特性評価を行い,p-n接合によるモジュールを試作して発電性能評価とモジュール設計における問題点を検討した。

(図1 ゼーベック効果とペルチェ効果の概念図)

2.実  験
 本研究開発では,熱電変換磁性体セラミックスとして以下のp型およびn型材料に注目した。すなわち,NaxCoO2のp型材料とCaxLa(1-x)MnO3のn型材料である。
 2.1 NaxCoO2の合成
NaxCoO2の合成には標準的な乾式法を採用し,99.9%炭酸ナトリウム(Na2CO3)と99.9%四三酸化コバルト(Co3O4)を出発原料とした。これらの焼成条件を決定するために差動型示差熱天秤(リガク電機社製TG-DTA TG8120)にて熱重量分析を行った。

 2.2 CaxLa(1-x)MnO3の合成

(図2 熱電発電モジュールの評価回路)

CaxLa(1-x)MnO3は99.9%炭酸カルシウム(CaCO3)と99.9%酸化ランタン(La2O3)および99.9%酸化マンガン(MnO2)を出発原料とした。これらの焼成条件を決定するために熱重量分析を行った。

 2.3 物性評価

得られた試料は,粉末X線回折装置(マックサイエンス社製MXP−18)により強度プロファイルを測定した。次に,電子線マイクロプローブアナライザ(EPMA:日本電子社製JXA-8100)にて電子顕微鏡(SEM)観察を行った。また,試料の電気抵抗率と熱膨張をそれぞれ四端子法および熱機械測定装置(理学電機社製:TMA8310)にて測定した。

 2.4 熱電素子の試作と評価
モジュール試作用の素子はNa0.75CoO2をp型素子として,またCa0.9La0.1MnO3をn型素子として用いた。得られたそれぞれの焼結体を機械加工にて4×4×8mmのペレットにし,両端を銀ペーストにて電極作成した。これらの素子はアルミナ基板上にp型およびn型を銀ペーストを接着材として交互に配置して白金線にて結線することで発電モジュールを作製した。熱電素子の発電効果を測定するために,モジュールをホットプレートにて加熱した場合(ケース1)と電熱コンロで加熱した場合(ケース2)について外部抵抗の両端における電圧を測定して出力を求めた。図2にモジュール評価回路を示す。このときの外部抵抗は1Ωとした。モジュールの温度差は,アルミナ基板上と素子の上部の温度をデジタル温度計(カスタム社製CT-2310)にて測定して求めた。

3.結果と考察
 3.1 熱重量測定
図3にNaxCoO2(x = 0.5)の混合粉末の熱重量測定結果を示す。混合粉末は600℃付近より重量減少を伴って固相反応が進み,849℃および900℃付近で吸熱反応が現れた。これは炭酸ナトリウムと酸化コバルトの分解温度に一致している。また,1025℃付近で大きな吸熱とともに重量の減少が観察された。これはNaxCoO2が分解したためと考えられる。以上の熱分析結果を基に二段階の固相反応による合成条件を採用した。すなわち,所定の組成NaxCoO2(x = 0.35,0.40,0.50,0.70,0.80)となる様に秤量し,混合・プレス成形後,炭酸ナトリウムの分解温度以下の830℃で1時間仮焼成した。粉砕・混合した後,プレス成形して,NaxCoO2の分解温度以下の850℃で10時間本焼成した。

(図3 NaxCoO2(x = 0.5)の熱重量曲線)

(図4 CaxLa(1-x)MnO3(x = 0.9)の熱重量曲線)

図4にCaxLa(1-x)MnO3(x = 0.9)の混合粉末の熱重量測定結果を示す。混合粉末は550℃および800℃付近で吸熱反応を示した。これは二酸化マンガンおよび炭酸カルシウムの分解温度に一致する。また,550℃付近から重量減少が進み,800℃付近でこの減少は終了した。また,941℃付近にも微小な吸熱反応と重量減少が観察された。以上の熱分析結果より試料合成は二段階の固相反応にて行った。すなわち,所定の組成Ca0.9La0.1MnO3となるように秤量し,混合・プレス成形後,炭酸カルシウムの分解温度以下の800℃で1時間仮焼成した。粉砕・混合した後,プレス成形して,反応が終了する1200℃で10時間本焼成した。

 3.2 NaxCoO2の結晶構造解析

(図5 NaxCoO2の粉末X線回折パターン)

(図6 Na0.5CoO2のリートベルト解析結果)

(上段の+は観測値,実線は計算値,縦線はNa0.5CoO2[上]とCo3O4[下]のブラッグ点であり,最下段は観測値と計算値の差をプロットしたもの)

図5にNaxCoO2の粉末X線回折パターンを示す。すべての試料において16°付近に最強強度を持つγ-NaxCoO2のピークが観察された。NaxCoO2はxの値や焼成条件により4種類の結晶系を有し,γ-NaxCoO2が最も高い熱電性能を示すことが知られている3)。一方,xが0.5以下の組成域においては19°や31°付近に現れる不純物ピークが観察された。
これらのピークを出発原料であるNa2CO3およびCo3O4で指数付けを試みたところ,Co3O4の回折ピークと良く一致することがわかった。次に混合相の解析をリードベルト解析ソフトRIETAN-20004)を用いて行った。図6にNa0.5CoO2のリートベルト解析結果を示す。本解析からNa0.5CoO2はγ-NaxCoO2とCo3O4の二相により構成され,その混合比はγ-NaxCoO2:Co3O4 = 93:7であった。一方,xが0.7以上の場合,回折ピークはすべてγ-NaxCoO2にて精密化できた。よって本合成条件にて単相試料が得られる範囲はNaxCoO2(x = 0.7〜0.8)であることがわかった。

(図7 Ca0.9La0.1MnO3の粉末X線回折パターン)

 3.3 Ca0.9La0.1MnO3の結晶構造解析
図7にCa0.9La0.1MnO3の粉末X線回折パターンを示す。Mn酸化物はペロフスカイト型の結晶構造を有しており。すべての回折ピークはCa0.9La0.1MnO3によって指数付けできることから,本合成条件にて単相試料が得られることがわかった。

 3.4 電子顕微鏡(SEM)観察
 図8にNa0.5CoO2とCa0.9La0.1MnO3のSEM像を示す。Na0.5CoO2では10μmから50μmの大きさの板状結晶がランダムに成長していた。γ-NaxCoO2は空間群P63/mmcの六方晶系の結晶構造であり,六角板状の結晶成長をすることが知られている1)。よってSEM 像の板状結晶はγ-NaxCoO2であると思われる。また,空隙が試料中全域にわたって観察されており,結晶成長時にこれらの空隙が形成されたものと思われる。一方,Ca0.9La0.1MnO3は10μmの粒径の焼結体からなる緻密な組織が観察されており空隙も試料内にわずかに存在する程度であった。以上の結果から,今回作製したp型n型双方ともに熱電特性を発揮する上でのキャリアーの導通が確保されるのに十分な焼結密度を有し,モジュール作製のための素子として利用可能であることがわかった。

 3.5 モジュールの評価

(図8 a)Na0.5CoO2とb)Ca0.9La0.1MnO3のSEM写真)

今回試作した熱電発電モジュールの概観図を図9に示す。モジュールは12対で構成されており,アルミナ基板側は銀ペーストにて導通と接着を行い,低温側電極は白金線にて結線した。発電効果の測定ではアルミナ基板側を加熱し,低温側には特別な冷却機構は設けずに空冷とした。測定条件と熱起電力の測定結果を表1に示す。200℃以下の温度域から発電が観察され,アルミナ基板の温度TH = 364℃(温度差TΔ = 140℃)で電圧および出力はそれぞれ29.8mV,7.29mWであった。既存の金属性の熱電モジュールでは200℃付近が使用限界温度域であり,通常は冷却機構をモジュールに設計して運転する必要がある。モジュール全体のコスト低下を考慮した場合,オールセラミックスによる熱電発電は実用化の観点からも重要である。今回,高温域においてもセラミックス材料によるモジュールの出力は安定しており,セラミックス熱電材料が高温大気中での発電素子として有効であることが確認された。一方で,室温からの繰返し加熱により素子と基板の接合部において剥離が観察された。

(図9 熱電発電モジュールの概観図)

 3.6 熱電素子の評価
図10にp型素子Na0.75CoO2とn型素子Ca0.9La0.1MnO3の電気抵抗率の測定結果を示す。Na0.75CoO2では500℃および700℃でそれぞれ6.53と7.56(mΩcm)であった。これは試料内の空隙を考慮した場合,バルク体の値としては既存の報告値5)と同等と考えられる。 一方,Ca0.9La0.1MnO3の抵抗率は500℃でおよび700℃でそれぞれ25.2と27.5(mΩcm)で,既存の報告6)に比べて一桁高い値を示した。これはキャリアーを生成するMnの価数の制御が不十分であったためと考えられる。

(表1 熱電素子の起電力と測定条件)

ケース1 ケース2
基板温度(℃) 192 364
温度差(℃) 103 140
起電力(mV) 2.5 29.8
発電能(mW) 0.06 7.29

(図10 Na0.75CoO2とCa0.9La0.1MnO3の電気抵抗率)

(表2 Na0.75CoO2とCa0.9La0.1MnO3の熱膨張係数)
×10-6(1/K)
測定温度 Na0.75CoO2 Ca0.9La0.1MnO3
500℃700℃ 9.710.8 10.812.6

表2に500℃および700℃におけるNa0.75CoO2とCa0.9La0.1MnO3の熱膨張係数を示す。熱膨張では,p型材とn型材の熱膨張係数はアルミナ基板の7.8×10-6(1/K) (700℃)に比べて大きく,高温域での素子−基板間の剥離の原因であると考えられる。動作温度の高温化は素子間の温度勾配を大きく取れるために回収エネルギーの大きさに直接結びつく。よってセラミックスによる熱電発電の高効率化は500℃以上の高温域での動作が必要不可欠である。現在,金属間化合物やセラミックスの接合技術として拡散接合を基本とする傾斜機能材料化が進んでおり,界面での積層化についても検討する必要があるものと考える。今後,モジュール設計においては素子と基板の選択や熱応力の緩和対策が剥離防止に重要であるといえる。

4.結  言
セラミックス熱電変換材料の合成を検討し,合成試料の結晶構造解析を行い,熱電発電もジュールの作製と特性評価から以下の結果が得られた。
1)熱重量測定の結果, NaxCoO2(0.35 ? x ? 0.8)およびCaxLa(1-x)MnO3(x = 0.9)の合成には二段階の固相反応にて合成することが適当であることがわかった。
2)NaxCoO2の結晶構造解析の結果,NaxCoO2(0.35 ? x ? 0.5)においてはγ-NaxCoO2とCo3O4の二相により構成されていることがわかった。リートベルト解析の結果,NaxCoO2(x = 0.5)の場合その混合比はγ-NaxCoO2:Co3O4 = 93:7であることがわかった。また,NaxCoO2(x = 0.7〜0.8)にてγ-NaxCoO2の単相試料が得られることがわかった。
3)Ca0.9La0.1MnO3の構造解析の結果,粉末X線回折パターンはペロフスカイト型の結晶構造で指数づけでき,単相試料であることがわかった。
4)SEM観察により結晶組織の観察を行った結果,Na0.5CoO2では板状結晶がランダムに成長し,空隙が試料中全域にわたって観察された。一方,Ca0.9La0.1MnO3は緻密な焼結体組織が観察された。
5)Na0.75CoO2をp型,Ca0.9La0.1MnO3をn型とした素子を作製し,12対のp-n接合による熱電発電モジュールを試作し発電効果を確認した。その結果,364℃で7.29mWの出力が得られた。
6)素子と基板間で繰り返し加熱−冷却による剥離が観察され,熱膨張率測定の結果,素子−基板間に熱膨張係数の大きな差が認められた。モジュールの実用化を考慮した場合,p-n接合における異種セラミックスの接合において熱応力の緩和が重要であり,界面における積層化や傾斜機能化を図る必要性があることがわかった。

謝  辞
 本研究の遂行に当たり,電気抵抗率測定のご協力を頂いた産業技術総合研究所主任研究員舟橋良次氏に感謝します。

参考文献
1) 工場群の排熱実態調査研究要約(平成12年度データ),(財)省エネルギーセンター,2001
2) 機能性酸化物グループ2002年研究報告書,産業技術総合研究所 生活環境系特別研究体 界面機能制御研究グループ,2003.
3) C.Fouassier, G.Matejka, J-M.Reau and P.Hagenmuller. Sur de Nouveaux Bronzes Oxygenes de Formule NaxCoO2(x?1). Journal of the Solid State Physics, Vol.6, 1971, 532-537.
4)F.Izumi and T.Ikeda. Multi-purpose pattern-fitting system RIETAN-2000 and its applications to microporous materials. Journal of the Crystallographic. Society of Japan, Vol.42, 2000, 516-521.
5)Y.Ono, N.Kato, Y.Ishii, Y.Miyazaki and T.Kjitani. Crystal structure and Transport properties ofγ-NaxCoO2 (x = 0.67〜0.75). Journal of the Japan Society of Powder and Powder Metallurgy. Vol.50, 2003, 469-474
6)I.Matsubara, R.Funahashi, T.Tomonari, T.Shimizu, S.Sodeoka, Y.Zhou and K.Ueno. Preparation of Ca3Co4O9 based polycrystalline bulk materials and their application to thermoelectric power generator, Oxide Thermoelectrics, K.Koumoto, I.Terasaki and N.Murayama ed.: Research Signpost, India, 2002, 101-120.




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