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 多段蒸留方式による有機汚泥ゼロエミッション処理技術の確立
 −下水汚泥の化学分析−
 化学食品部 ○藤島夕喜代 北川賀津一 中村静夫
 金沢大学 木津良一

 溶融処理と高温集塵技術を組み合わせた下水汚泥のゼロエミッション処理技術を確立するためには,プラントの運転条件設定の指針となるデータ,溶融炉および集塵装置において物質収支をとるための基本的なデータを得ることが必要となる。そこで本研究では,石川県内の下水処理場(11ヶ所)から下水汚泥(脱水ケーキ)を採取し,その基本物性や含有成分を調査した。下水汚泥中の固形分に占める有機物質の割合は70〜80%と高く,無機元素ではSi, P, Ca, Al, Fe, Sの6元素で約10%を占めていた。また,下水汚泥の発熱量および含有成分について,地域間の差異,季節変動はほとんど認められなかった。
キーワード:下水汚泥,化学分析,含有成分

Establishment of Zero-emission Processing Technology for Organic Sludge
by Multistage Distillation −Chemical Analysis of Sewage Sludge−

Yukiyo FUJISHIMA, Kaduiti KITAGAWA, Shizuo NAKAMURA and Ryouichi KIZU

In order to establish a zero-emission processing technology for sewage sludge by combining melting treatment and high-temperature dust-collecting technology, it is necessary to obtain guideline data for setting the operating conditions of the plant and basic data for calculating material balance in the melting furnace and dust-collecting equipment. In this study, we analyzed the basic physical properties and components of sewage sludge (dehydration cake) collected from 11 sewage works in Ishikawa Prefecture. In the solid component of the sewage sludge, the ratio of organic matter was as high as 70 to 80% and the ratio of inorganic matter containing six elements such as Si, P, Ca, Al, Fe and S was about 10%. The heating values and components of the sewage sludge samples showed neither regional nor seasonal variation.
Keywords:sewage sludge, chemical analysis, components

1.緒  言
下水道の整備により,生活環境の改善や,川や海などの公共用水域の水質が改善されてきた。しかし,下水処理の過程で発生する大量の余剰汚泥の処理が問題となっている。石川県においても,その一部が焼却やコンポスト化され,建設資材や肥料等に再利用されているものの,大部分は埋立処理に委ねられている。最終処分場が逼迫している中,廃棄物の発生量を削減していく一方,減量化や資源化をより一層推進し,最終処分量を削減していくことが緊急の課題である1)。
*化学食品部 **金沢大学
石川県工業試験場では,平成13年度採択地域産学官連携豊かさ創造研究開発プロジェクト「多段蒸留方式による有機汚泥ゼロエミッション処理技術の確立(平成13〜15年度)」(プロジェクトリーダー 金沢大学教授 金岡千嘉男)に参加した。このプロジェクトでは,溶融処理システムと高温集塵技術を組み合わせ,下水汚泥から重金属等を効率良く回収する一方で,利用可能な溶融スラグを製造するシステムの開発を目指した。本報告では,下水汚泥の物性を把握する目的で,石川県内の全地区から汚泥試料を採取し,27元素について含有量分析した結果を中心に記載する。

2.試験方法
 2.1 試料調製
 下水汚泥試料(脱水ケーキ)は,石川県内の下水処理場A〜K(計11ヶ所)から採取し,80℃で1〜3日間乾燥後,乳鉢で粉砕し,均一化した粉末試料とした。得られた粉末試料は,図1に示す分析項目毎に各分析に供した。また,下水処理場Kから発生する下水汚泥については,定期的(1ヶ月毎)に試料を採取した。

 2.2 発熱量,Ig.Loss,C, H, N含有量
 乾燥,粉砕後の汚泥試料の発熱量を燃研式自動ボンベ熱量計((株)島津製作所製 CA-4PJ)を用いて「JIS M 8814 石炭類およびコークス類の発熱量測定方法」に準拠し,測定した。
また,乾燥,粉砕後の汚泥試料について,Ig.Lossは600℃の電気炉中で3時間加熱前後の重量減少率として算出し,C, H, N含有量は元素分析装置(柳本(株)製 CHN coder MT-5)により測定した。

(図1 試料の前処理および分析操作の概略)

 2.3 無機成分
 金属16元素(Na,K,Mg,Ca,Al,Ti,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Cd,Pb,H),非金属元素8元素(B,P,As,S,F,Cl,Br,Si)を以下の方法で分析した。乾燥,粉砕後の汚泥試料の一部は硝酸/過塩素酸/フッ化水素酸を用いてマイクロウエーブ分解した。粉末試料約0.2 gを所定のテフロン分解容器に精密に量りとり,硝酸5 mLを加え第一段のマイクロウエーブ分解を行った。放冷後,過塩素酸1 mLとフッ化水素酸1 mLを加え,第2段のマイクロウエーブ分解を行った。分解溶液をテフロンビーカーに移して蒸発乾固させた後,残渣を0.2 M 硝酸溶液に溶解し,分析用試料とした。Al,Ti,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Cd,Pb,Mg,Ca,B,P,Sは誘導結合プラズマ−発光分光法(ICP-AES),Asはグラファイトファーネス−原子吸光光度法(GF-AAS),Hgは還元気化−AAS法,NaおよびKは炎光分析法によりそれぞれ分析した。ICP−発光分光分析装置は,日本ジャーレル・アッシュ(株)製 IRIS Advantage/SSEAを,原子吸光光度計は(株)パーキンエルマージャパン製 AAnalyst 800を使用した。Siは蛍光X線分析装置 理学電機工業(株)製 サイマルティックス12を用いてガラスビード−蛍光X線分析法により定量した。また,F,Cl,Br,Sは,試料を酸素燃焼フラスコ分解した後,イオンクロマトグラフィー(IC,(株)島津製作所製 LC-10ADシステム)に供して分析した。また,操作ブランク値は,マイクロウエーブを用いた一連の分解操作後の溶液中各元素濃度を定量し,試料(0.2 g)中濃度に換算して求めた。定量限界は操作ブランク値の標準偏差の3倍に相当する濃度とした。

3.試験結果
 3.1 発熱量,Ig.Loss,C, H, N含有量

(表1-1 下水汚泥(乾燥脱水ケーキ)の発熱量,Ig.Loss,CHN含有量
(表1-2 処理場Kから発生した乾燥汚泥の発熱量,Ig.Loss,含水率)

発熱量およびIg.Loss測定結果を表1−1,1−2に示す。消化済みケーキ試料の発熱量は14.7〜15.7 kJ/g,未消化ケーキ試料の発熱量は18.8〜20.7 kJ/gであり,消化済みケーキ試料に比べて未消化ケーキ試料で高い発熱量が得られた。ここでの消化済みケーキとは,濃縮汚泥を嫌気性下のタンク内で約1ヶ月間醗酵させ,有機物を分解させた後の残査を脱水し,ケーキ状にしたものである。
一方,溶融処理する際の発熱量の基となる有機成分の含有量を把握する目的でC,H,N含有量を分析した。未消化ケーキ試料ではH含有量が6.15〜6.63 % (w/w),C含有量が39.49〜41.36 % (w/w)であったのに対し,消化済みケーキ試料ではH含有量が4.91〜5.40 % (w/w),C含有量が31.55〜35.20 % (w/w)であった。消化済みケーキ試料に比べて未消化ケーキ試料の方が有機物の含有量が高く,消化処理により有機物が分解されていることを確認した。
以上の結果から,消化済みケーキ試料に比べて未消化ケーキ試料では有機物の含有量が高く,発熱量も高い。また,地域間の差異はほとんど認められず,汚泥の発熱量は消化処理の有無に依存することがわかった。
下水処理場Kから発生する汚泥について,定期的に試料を採取し,季節変動の有無を確認した。表2−2から明らかなように,発熱量は平成14年7〜9月に採取した試料で若干低い値を示したが,一年を通して約18〜21 kJ/gと安定していた。同様に,Ig.Lossについても,夏場に採取した試料で5%程度低めの値であったが,総じて80%前後であった。夏場に発熱量とIg.Lossが低下した理由については,採取から,乾燥,試験までの過程で試料中の有機物成分が分解した可能性も懸念される。夏場に発生する汚泥が,実際に有機物含有量が低いかは検証する必要がある。今回,Ig.Lossの測定は,有機成分を燃焼させ,かつ低沸点金属化合物のガス化を抑える目的で,通常の温度(1000℃)より低い600℃で行った。

3.2 無機成分
 分析に先立って,ICP-AESの検出限界を求めたところ,検討した16元素全てについて0.1 mg/L未満の検出限界を得た。また,10 mg/Lまでの濃度範囲で検量線の直線性を確認した。一方,「認証標準物質NMIJ CRM 7302-a 海底質(有害金属分析用)」をマイクロウェーブ分解−ICP-AESにより分析した結果は,認証値(参考値)の与えられた9元素(Al,Cd,Co,Fe,Mg,Mn,P,Ti,Zn)について,ほぼ一致した。
 県内の下水処理場より採取した下水汚泥(計11カ所)について,いくつかの元素の含有量(乾燥重量基準)を図2に示した。金属元素の含有量は,Zn,Fe,Ca,Alがもっとも高く10000 ~ 40000 mg/kgであった。以下,Mg,Na,Mn,K,Tiが700 ~ 2000 mg/kg,Ni,Pb,Cr,Cuが20 ~ 200 mg/kg,Cd,Hg,Coは10 mg/kg以下であった。また,非金属元素ではSi,P が 20000 ~ 60000 mg/kgで最も高く,Sが2000 ~ 10000 mg/kg,Clが 1000 ~ 4000 mg/kg,B,Asが5 ~ 100mg/kgであった。Zn,Fe,Alなどは含有量が高いことが明らかになり,汚泥の溶融処理の後,回収・再利用が期待される。汚染金属では,Ni,Pb,Cr,Cdの含有量が比較的高く,処理プラント外への排出と生成するスラグにおける含有量に注意を払う必要がある。Hgは検出されたが含有量は十分低いものであった。Coは検出されなかった。非金属元素では,P,Sの含有量が高く,処理プラントの設計にあたり,これら元素の酸化物の生成に注意を払う必要があると考えられた。

(図2 下水汚泥中の無機成分含有量(乾燥重量基準))

 今回分析した24元素の中で,下水処理場Kの汚泥における含有量が他の浄水場の汚泥に比べて特徴的なものが幾つか見られた。下水処理場Kの汚泥では,Zn,Mn,As,Clが顕著に高く,Fe,Na,Sが高い傾向を示した。Asに代表されるように,これらの特徴の一部は下水処理場Kに流入する温泉水によるものと考えられた。また,K,Mg,Niが低い傾向を示した。
 Siの含有量は,汚泥の溶融処理で生成するスラグの量や性質に影響を及ぼす重要なポイントである。Siは先ずマイクロウエーブ分解−ICP-AESで分析したが,極めて低い値しか得られなかったため,ここでは蛍光X線法による分析値を示した。下水処理場Kの汚泥を含めて幾つかの汚泥試料の含有量は20000 mg/kg前後であったが,下水処理場E, F, Jでは50000 ~ 80000 mg/kgと高い含有量であった。下水処理場E, F, Jには消化タンクが設置されており,消化課程により汚泥中に含まれる約80 %の有機成分が半減される。そのため,相対的に無機成分の比率が高まったためと推定できる。
下水汚泥における各元素の含有量を27元素について分析した結果,その総量で試料重量の約7割であった。測定できない元素にO(酸素)があるが,Oの含有量はC,Hに並んで多いと考えられるのでので,今回分析した元素の含有量で汚泥試料成分の大部分を把握できたと考えられる。
 下水処理場Kより定期的に採取した下水汚泥を乾燥,粉砕後の試料中無機成分の含有量分析結果を図3に示す。汚泥採取期間は平成13年10月〜平成15年12月,採取間隔は約1ヶ月,分析対象元素は19元素である。乾燥汚泥中に含有する無機成分はFeが最も高く20000〜30000 mg/kgであった。次いで,P,Si,Ca,Al,Sが10000〜20000 mg/kgであった。Na,Cl,Mg,Mnの含有量は1000〜2500 mg/kg,Ti,Cuの含有量は150〜600 mg/kgであった。As,B,Cd,Co,Cr,Ni,Pbの含有量は,それぞれ100 mg/kg未満であった。各元素の含有量は採取月によって若干の変動が認められるが,Zn以外の元素については各元素の含有量の傾向に特筆すべき差異はみられない。しかし,平成13年10月〜平成15年3月までの期間のZn含有量の結果をみると,夏場は冬場に比べて3倍以上高い値であった。下水汚泥中元素の含有量は,流入水の成分や投入される薬剤の成分にも強く依存する。Zn含有量の変動は水処理過程の各段階で投入される薬剤の影響である可能性が懸念されたため,下水処理場Kで投入されている薬剤を調査したところ,消臭剤として塩化亜鉛が使用されていることがわかった。塩化亜鉛は水に可溶な塩類であるが,硫化水素と結びついて水に不溶な硫化亜鉛を生成する。そのため,投入された塩化亜鉛は汚泥側に移行し,乾燥汚泥中の含有量に影響を与えている。消臭剤投入量の増加する夏場にZn含有量が増加しており,Zn含有量の多くは,消臭剤由来と考えられる。下水処理場Kでは,平成15年4月より消臭剤を塩化亜鉛から亜硝酸系に変更している。平成15年4月以降のZn含有量は400 mg/kgと平成15年4月以前と比べて激減している。一方,平成15年4月前後にZn以外の元素含有量に顕著な差が見られないものの,平成15年12月にNa含有量の増加が見られ,消臭剤成分である亜硝酸ナトリウムの影響を受けていると考えられる。

4.まとめ
(1)下水汚泥(乾燥汚泥)の発熱量および有機成分の含有量について,地域間差異,季節変動はほとんど認められず,消化処理の有無により特徴づけられた。未消化ケーキ試料は消化済みケーキ試料に比べて有機化合物の含有量が高く,発熱量も高かった。
(2)下水汚泥(乾燥汚泥)を分析した結果,27元素で試料重量の約7割となり,多量成分として酸素の含有量を考慮に入れれば,汚泥試料成分の大部分を把握できたと考えられた。

(図3 下水処理場Kから発生した乾燥汚泥中無機成分含有量の季節変動)

(3)下水処理場Kの下水汚泥(乾燥汚泥)中無機成分の含有量について,汚泥由来の成分については,ほぼ季節変動は無いと考えられる。しかし,微量成分については,元々の含有量が少ない分,流入水や投入される薬剤の影響を受けやすく,元素の含有量に変動が見られた。

参考文献
1) 石川県ゼロエミッション行動計画.石川県.平成14年3月.




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