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 機械部品の破壊事故解析事例
 −工業試験場で行われるフラクトグラフィとその応用−
 機械金属部 ○藤井要 鷹合滋樹 粟津薫

 工業試験場の依頼試験業務の一つに走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた写真撮影及び成分分析試験がある。これらの多くは,機械部品等の破壊,腐食,摩耗の原因究明のためのSEM観察,及び材料への異物混入や付着物の分析に関わるクレーム処理や製品改良が目的である。その件数は年間120件を越える。加えて,SEM等の試験機器の利用には至らない事例(例えば肉眼による観察,写真や図面解釈のみによる口頭での技術相談)も含めると,機械部品の破壊事故処理に関する事例は多い。しかしながら,「解析の事例」は技術的には価値のあるものが多いにもかかわらず,内容が企業秘密に触れるものが多く非公開にせざるを得ないのが実情で,解析技術は一部の企業でしか知られていないのが現状である。本報告では,事故解析事例の一つとして工業試験場で行っているフラクトグラフィを用いた破壊事故解析の手順,手法について,実際の事例をもとに紹介する。
キーワード:破壊事故解析, フラクトグラフィ

Case of Failure Analysis of Machine Parts

Kaname FUJII, Shigeki TAKAGO and Kaoru AWAZU
   
The activities of the Industrial Research Institute of Ishikawa include examinations of photography and EDS or WDS analysis that use a scanning electron microscope. The purposes of these examinations are the settlement of claims and product improvement in connection with analysis of machine parts, conveyance parts, and structural parts which have broken down, corroded or worn out, and foreign substances which have become mixed into or adhered to the material. The number of such cases exceeds 120 every year. Although there are many examples of failure analysis of machine parts, which are valuable from a technical viewpoint, most of them have not been disclosed to the public, and are known only by certain companies, because they relate to trade secrets. In this report, we introduce a failure analysis method using fractography, which has been performed at the Industrial Research Institute of Ishikawa, with actual examples
Keywords:failure analysis , fractography

1.緒  言
稼働中の部材の破壊は,その部材に加わる負荷が静的な場合は降伏強度以上加わることによって生じ,動的な場合は降伏強度以下でも生じる。そのような破壊事故の原因は,図1に示した3つの要因に分類されるが,それぞれが主要因で生じる場合や相互に関係し合って生じる場合がある。破壊事故解析は,これらの要因を推測し,その再発を防止する方法を探ることが目的である。
破壊事故で生じた破断面は,破壊に関する直接的な証拠を秘めた唯一の情報源である。事故品の破断面観察によって破壊に至るまでの情報を探りだし,破壊原因を究明しようとする方法がフラクトグラフィである。フラクトグラフィに関する研究の歴史は古く,1950年代から行われ,技術的書籍も数多く発行されている1)〜4)。石川県工業試験場では県内企業とともに石川県破面解析研究会を発足させ,その集大成として平成3年に「破面解析事例集」5)を発行している。
このように,破面解析手法に関し,書籍等を通じて学習する環境は十分であるにもかかわらず,今なお工業試験場に,県内中小企業から多くの技術相談が寄せられるのは,その解析技術の修得には多様な事例を踏まえた経験が必要であることが上げられる。また,高倍率で破断面の観察を行う必要があるマイクロフラクトグラフィは,高価な走査型電子顕微鏡が必要であり,企業担当者が実用的な経験を積む機会に乏しいことに起因する。

(図1 破壊事故の要因)

本報告では,工業試験場で行っている走査型電子顕微鏡を用いた破壊事故解析の手順手法について,事例を参考に紹介する。

2.内  容
2.1 破壊解析の流れ
(1)事故現場での状況把握

(図2 破損したシャフトの外観)

 事故現場の使用環境や類似破壊事例の有無に関する情報は破壊原因を推察する上で,非常に重要である。これらの情報から,より信頼性の高い破面解析が可能となる。しかしながら,事故発生時の状況の詳細は,発生後ではわかりづらいのが現状である。
(2)破損品のマクロ観察
  複雑な構造物で破損箇所が複数に及ぶ場合,破損が最初に生じた箇所を特定し,その箇所が,使用環境下で最大応力が生じる箇所であることを確認する。次に,破面の状態から破壊の起点,き裂伸展方向を判断し,破壊形態が静的破壊,延性,脆性もしくは疲労破壊であるかを判断する。
(3)走査電子顕微鏡での観察や分析

(図3 シャフトの組み付け状況の模式図(片側のみ))

  破面を観察するとき,高倍率になるほどその視野が狭くなる。そのため,通常,破面全体の状況を肉眼もしくはルーペによって総合的に捉えて判断した後,電子顕微鏡観察を行っている。高倍率で焦点深度が深い像からは,破壊応力の推察に必要な情報が得られる。また,必要に応じて破面の付着物を分析し,腐食破壊に関する考察を行う。

2.2 破壊事故解析事例

(図4 A部の破断面 )

 破壊事故解析の一例として,図2と図3に破断したシャフトの外観写真と組み付け状況の模式図を示す。シャフトは2本一対で使用され,それぞれ対称な位置で本体部品と稼働部品をリンクするための部材として用いられていた。本体部品と稼働部品は,それぞれ独立したブッシュによってシャフトと連結している。ブッシュがシャフトに対して滑りながら回転することによって稼働部品は本体部品と相対的に一定角度まで繰り返し往復運動する機構である。
破壊したシャフトは稼働部品の稼働毎の慣性力により繰り返し荷重を受ける。破断箇所A, B,Cはいずれもブッシュの端部を起点として折損していた。

2.2.1 破断面のマクロ観察
 図4に破断箇所Aの破断面を示す。破断面のマクロ的観察からは,種々の条痕,凹凸や色彩の違い,あるいは破断面の傾きなどから破壊に関する情報(破壊形態,破壊起点,亀裂進展方向や負荷の大小など)を読みとることができる1)。

(図5 マクロ破面の比較)

(図6 破壊起点部近傍のSEM写真)

(図7 疲労破壊域のSEM写真)

(図8 最終破断域のSEM写真)

この場合,破断面の傾斜は軸芯に対して直角でビーチマークが確認できることから,引張りや片振りの曲げ負荷による疲労破壊(組み付け状況から引張り負荷は考えづらい)であること,亀裂進展方向は曲がり気味に進んでいることから,軸に対して垂直方向の負荷荷重が,円周方向に回転変動していることが推定できる。また,疲労破壊域の面積に対して最終破断域の面積が小さいことから,製品の限界許容応力に対して比較的小さい負荷荷重の高サイクル疲労破壊であることが推察できる。

これら観察による推定結果は,シャフトに受ける慣性力が,周期的に増減し,かつ,その方向がシャフトの円周方向に部品の回転角度により変動するという組み付けに関する情報に整合する。また,破壊に至るまで10〜100万回稼働したという持ち込み時の証言とも一致する。
図5に破断箇所A, B, Cのそれぞれを破断面に対して垂直に見た場合のマクロ写真を示す。A, B部の破断面と比較し,C部は疲労破壊域の面が粗く,かつ最終破断域の領域が広い。したがって,C部はA, B部と比較して亀裂進展が速く,大きい負荷が働いたと考えられる。さらに言い換えれば,C部位の破壊は,A, B部位の亀裂が先に進行したことにより,構造体としての系が乱れ,C部が応力過多となったことによる二次的破壊であることが推察できる。

2.2.2 破断面のミクロ観察
 マクロ観察から破損が最初に生じた箇所をA部及びB部と推察した。また,それぞれは対称位置関係に組み込まれ,マクロ破面形態も酷似し,負荷荷重も同等と推察される点から,A部破面をミクロ観察対象とし,走査型電子顕微鏡を用いて高倍率での観察を行った。
 図6に破壊起点部近傍のSEM写真を示す。破面には,破面同士,もしくは,破壊後に別部材にぶつかった時に生じる破面のつぶれ(黒色部)が見られる。また,外周部には高周波焼入れ硬化層があり,その部分の脆性破壊により生じた領域が確認できる。また,亀裂進展方向に広がるビーチマークが観察され,起点探索の目安になる。この場合,破壊起点が表面下にあり,浸炭処理や肌焼き処理材などの表面硬化材で,事例が多く確認されているフィッシュアイと呼ばれる円形紋様が観察できる6)。破壊起点が表面でなく内部に存在することから,今回の破壊は,ブッシュの擦れ摩耗による凹みやサビなどの腐食孔のような外表面の切り欠きに起因していないことが確認できた。
 図7,図8に疲労破壊領域と最終破断領域のSEM写真を示す。疲労破壊領域には高倍率観察によって疲労破壊の特徴であるストライエーションが確認できる。最終破断領域には急速延性破壊の特徴であるディンプルが見られる。ディンプルは疲労亀裂進展によって断面積が減少したことによる過荷重破壊により生じる破面パターンの一種である。
 これら走査型電子顕微鏡を用いたマイクロフラクトグラフィによる考察結果は,マクロ観察で得た考察結果と一致した。

2.2.3 破面からの負荷応力の算出
破面から破壊を引き起こした応力の算出については,いくつかの方法が提案されている4)。いずれも,応力拡大係数 を求め,次式により負荷応力を算出するものである。

一般的な焼き入れ焼き戻し鋼において,ストライエーション間隔 と と次式で示される6)。

図7の破面写真からストライエーション間隔 を読みとり,ストライエーション観察位置を亀裂長さ とし,

(図9 S/N曲線による推定負荷応力の活用)

  = 0.0004〜0.0005 mm
  mm

それぞれの値を代入して
  =203〜227 N/mm2
が得られる。

3.まとめ
 製品の低コスト化や複雑化等から,設計思想は「安全裕度のある設計」から限界設計更には「損傷を許容するがメンテナンスによって安全性を確保する損傷許容設計」に移行している。すなわち,部品の寿命を有限と見なし,交換により機能を保証するという考え方である。その際,事故発生時の負荷応力を破面解析により推察し,設計に取り入れることは有効と考えられる(図9参照)。
破壊事故解析を通じ,材料強度を含めた様々な見地から検討を加え,再発を防止し,かつ高寿命化を試みることが理想である。

参考文献
1)吉田亨. 金属破断面の見方. 日刊工業新聞社. 1994
2)藤木榮. 機械部品の疲労破壊・破断面の見方. 日刊工業新聞社. 2002
3)加納誠, 菊池正紀, 町田賢司. 金属の疲労と破壊. 内田老鶴圓
4)フラクトグラフィーと破面写真集. 総合技術センター.2002
5)石川トライアルセンター. 破面解析事例集. 1992
6)小寺沢良一. フラクトグラフィーとその応用. 日刊工業新聞社 p.30, p132
7)日本材料学会. 材料強度学. 1988




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