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 磁器坏土の成形性改善研究
 九谷焼技術センター ○佐々木直哉

 本研究では,現在使用されているろくろ成形用坏土の原料である花坂陶石を化学的・鉱物学的に解析を行い,実際に坏土を試作することで花坂陶石の成形性の要因を考察した。
 花坂陶石に含まれている2μm以下の粒子は,形態が板状であり,ハロイサイト(10Å,7Å)やイライトといった粘土鉱物で構成されている。これらの粒子は,75μm以下の花坂陶石に35.4%含まれており,成形性に重要な役割を果たしていると考えられる。他の粘土鉱物と比較した結果,花坂陶石の成形性の要因は,形態が板状であることと,層間に水を含んだ粘土鉱物の存在が考えられる。また実際に坏土を試作した結果,それらの粘土鉱物が,坏土中に少なくとも25〜28%含まれていると成形性が良いことが分かった。

キーワード:成形性,粘土鉱物,花坂陶石,磁器坏土

Study of Improvement in Plasticity of Porcelain Clay

Naoya SASAKI

 The morphology of very fine particles (<2μm) contained in Hanasaka pottery-stone is board-like. These particles are recognized as clay minerals called halloysite (10Å, 7Å) and illite. Since these particles occupy about 35 mass% of soaked Hanasaka pottery-stone (<75μm), these particles could be important factors of controlling plasticity. By comparing other clays, it was found that the factors controlling plasticity are the existence of clay minerals with interlayer water and the board-like morphology of very fine particles (<2μm). As a result of actual making porcelain clay, at least 25〜28% of clay minerals contamination into porcelain clay made its plasticity improve.

Keywords:plasticity, clay minerals, Hanasaka pottery-stone, porcelain clay


1.緒  言
 九谷焼素地の成形は,ろくろ成形,鋳込み成形,ローラマシン成形等があり,それぞれの成形法によって特性の異なった坏土が使用されている。特に昔から用いられているろくろ成形法は,坏土の成形性が重要となる。そのため,19世紀初め頃に陶石が発見されて以来,現在に至るまで,ろくろ成形用坏土の原料には,花坂陶石が利用されている。花坂陶石に関する研究は,杉浦の報告1)による花坂陶石鉱床中に見られる加水ハロイサイトや,花坂陶石鉱床でボーリング調査を行い,化学組成や耐火度などを詳細にまとめた報告2)がある。また,花坂陶石の粒度別化学組成や形態観察などの報告3)もある。しかし5μm以下の細かい粒子の化学組成や形態について分析及び観察を行った報告や成形性の要因に関する報告はない。
 そこで本研究では,花坂陶石を粒度別に分級し,粒度分布,化学組成,鉱物組成,形態の変化を調べた。特に2μm以下の粒子の鉱物組成や形態については,一般的に陶磁器の粘土質原料として使用されている木節粘土,蛙目粘土,ニュージーランドカオリン(NZカオリン),朝鮮カオリンと比較を行った。また実際に坏土を試作して官能試験を行い,花坂陶石の成形性の要因について考察した。

2.実験方法
2.1 花坂陶石の分級
 試料は,スタンパーで粉砕した花坂陶石を用いた。まず,2kgの試料を水簸し,開き目が2mm,149μm,75μmの篩を用いて粗い粒子を取り除いた。次に75μmの篩を通った粒子については,粉体分級装置(昭和電工製,Shodex P S Model)を用いて,75〜32μm,32〜20μm,20〜10μm,10〜5μm,5μm以下に分級した。それぞれの篩に残った試料の重さを量り,粒度分布を計算した。さらに5μm以下の粒子については,ストークスの法則による沈降法と高速遠心機(コクサン製,H-200)を用いて,5〜2μm,2〜1μm,1μm以下に分級した。5〜2μmの粒子は,2μm以上の粒子が沈降濃縮するように,式(1)により回転数と時間を求め,高速遠心機を用いて採取した。また2〜1μmの粒子は,5μm以下の粒子を蒸留水中で十分に分散させ攪拌静置し,4時間後に5cmの深さから上の部分を採取した。それを高速遠心機により沈降濃縮させた。さらに1μm以下の粒子も同様に,15時間40分後に5cmの深さから上の部分を採取し,それを高速遠心機により沈降濃縮させた。

T:回転時間(分),h:水の粘度(g/cm・s),r:水の密度(g/cm3),s:粒子の密度(g/cm3),R:回転軸から沈降粒子表面までの距離(cm),S:回転軸から懸濁液表面までの距離(cm),N:回転数(rpm),D:粒子の直径(cm)。

2.2 蛍光X線分析
 分級した花坂陶石については,それぞれ乾燥させ粉末にし,ガラスビード法を用いてガラスビードを作製し,蛍光X線分析装置(理学電機(株)製,システム3270E,50kV, 50mA)で定量分析を行った。また試作した5種類の坏土についても同様に分析を行った。

2.3 粉末X線回折
 75〜32μm,32〜20μm,20〜10μm,10〜5μmに分級した花坂陶石については,乳鉢で粉砕し,アルミ枠に充填させて不定方位試料を作製し,X線回折装置(理学電機(株)製,RINT2100,40kV, 20mA, CuKa)で分析を行った。また5〜2μm,2〜1μm,1μm以下に分級した花坂陶石については,懸濁液をガラス板に塗布し,自然乾燥させた定方位試料を作製して分析を行った。木節粘土,蛙目粘土,NZカオリン,朝鮮カオリンについても,2μm以下の粒子を沈降法により採取し,同様に定方位試料を作製して分析を行った。

2.4 走査型電子顕微鏡
 5〜2μm,2〜1μm,1μm以下に分級した花坂陶石と2mm以下の木節粘土,蛙目粘土,NZカオリン,朝鮮カオリンについては,金蒸着を行い,簡易走査電子顕微鏡(日立製,S510)を用いて,微細形態の観察を行った。

2.5 官能試験
 花坂陶石を水簸し,開き目が1.41mmと75μmの篩を用いて1.41mm〜75μmと75μm以下に分級を行った。1.41mm〜75μmの粗粒子は,アルミナポットミルで10時間粉砕し,20μm以上の粒子が約5%になるように粒度調整を行った。そして75mm以下の粒子と粒度調整を行った1.41mm〜75μmの粒子を泥漿の状態で一晩攪拌し混合した。それをフィルタープレスで脱水し,NGK硬度8程度になるように水分を加えながら手で練って坏土を試作した。試作した5種類の坏土について官能試験を行った。

(表1 花坂陶石(75μm以下)の粒度分布)

(表2 分級した花坂陶石の化学組成)

(図1 分級した花坂陶石の粉末X線回折)

3.結  果
3.1 粒度分布
 スタンパーで粉砕した花坂陶石を水簸した結果,花坂陶石の原石には,75μm以下の粒子が約50%含まれていることが分かった。さらに75μm以下の粒度分布は,表1のようになり,5μm以下の粒子が65.0%を占め,さらに2μm以下の粒子が35.4%含まれていることが分かった。

3.2 化学組成
 表2より,Siは,粒度が細かくなるにつれて減少し,逆にAlは増加する傾向を示した。その他の元素については,粒度が細かくなるにつれてFeの増加が著しく,またCaやMgといった元素も増加する傾向を示した。これらの元素は,特に2μm以下の粒子に多く含まれていた。Kは,他の元素とは違う傾向を示し,10〜5μmの粒子で最大となり,その後は減少する傾向を示した。このような元素の挙動は,以下に記す鉱物組成の変化に影響すると考えられる。

(図2 分級した花坂陶石の走査型電子顕微鏡写真)

(図3 2μm以下の各種粘土質原料の粉末X線回折)

3.3 鉱物組成
 図1より,石英は粒度が細かくなるにつれて減少し,カリ長石は増加する傾向を示した。しかし,2μm以下の粒子にはこれらの鉱物は含まれておらず,代わりにハロイサイト(10Å, 7Å)やイライトといった粘土鉱物が含まれていることが分かった。つまり2μmを境にして鉱物組成が,著しく変化することが分かる。このような鉱物組成の変化は,先に述べた元素の挙動と一致している。つまり,粒度が細かくなるにつれて石英の主成分であるSiは減少し,カリ長石や粘土鉱物の主成分であるAlは増加する傾向を示した。またFe,Ca,Mgといった元素は,2μm以下の粒子に多く含まれていることから,粘土鉱物に吸着しているものと考えられる。カリ長石やイライトに含まれているKは,カリ長石の増加に伴い10〜5μmの粒子で最大となり,その後は,イライトが単独になるため,減少する傾向を示した。
 図3より,木節粘土と蛙目粘土には,カオリナイトのほか,微量のモンモリロナイトが含まれていた。またNZカオリンや朝鮮カオリンには,ハロイサイト(7Å)が含まれており,さらに朝鮮カオリンにはハロイサイト(10Å)が含まれていた。このように粘土質原料といっても含まれている粘土鉱物の種類が違うことが分かった。

(図4 2μm以下の木節粘土(A),蛙目粘土(B),NZカオリン(C),朝鮮カオリン(D)の走査型電子顕微鏡写真)

(表3 坏土の調合比と官能試験結果)

(表4 原料と試作坏土の化学組成)

3.4 形態観察
 鉱物組成の変化が著しかった5〜2μm,2〜1μm,1μm以下の粒子について形態観察を行った。図2のように5〜2μmの粒子は,塊状であるが,2〜1μm,1μm以下の粒子は,板状であった。このように2μmを境として形態が大きく異なることが分かる。これは,先に述べた鉱物組成の違いと一致している。つまり5〜2μmで観察された塊状の粒子は石英やカリ長石であり,また2〜1μm,1μm以下で観察された板状の粒子はイライトやハロイサイト(10Å, 7Å)であることが分かった。
 図4より,蛙目粘土,木節粘土では,大きさ2μm前後の板状の粒子が重なるように凝集していた。しかしNZカオリンでは,板状の粒子は観察されず,大きさ1μm以下の管状や塊状の粒子が多数観察された。また朝鮮カオリンでは,所々に板状の粒子は観察されたが,大きさ1μm以下の塊状の粒子が多数観察された。

3.5 官能試験
 表3より,5種類の坏土を試作し官能試験を行った。90-10調合,80-20調合は,ろくろ成形,かんな加工とも従来の坏土と変わらない結果を得た。しかし70-30調合になると,ろくろ成形は可能であるが,かんな加工をすると削り表面がささくれたようになった。さらに60-40調合では,保形性が小さいためろくろ成形もしにくくなり,かんな加工による削り表面もぼろぼろになった。50-50調合においては,もちろん保形性が小さいためろくろ成形はしにくく,かんな加工をするための自然乾燥の段階で割れてしまい,かんな加工ができなかった。

4.考  察
 花坂陶石に含まれている2μm以下の粒子は,形態が板状であり,ハロイサイト(10Å, 7Å)やイライトといった粘土鉱物である。これらの粒子は,75μm以下に分級した花坂陶石に35.4%含まれていることから,これらの粒子が成形性に重要な役割を果たしていると考えられる。そこで2μm以下の粒子について成形性の良い木節粘土,蛙目粘土と比較すると,形態は板状で一致しているが,粘土鉱物の種類は違う。しかしこれらの粘土鉱物にはある共通点がある。それは,花坂陶石に含まれているハロイサイト(10Å)と木節粘土,蛙目粘土に含まれているモンモリロナイトが,層間に水を含んでいることである。つまり層間に水を含んでいる粘土鉱物が存在することで,保水性や膨潤性などの特性が発生し,成形性が良くなると考えられる。一方,朝鮮カオリンにもハロイサイト(10Å)は含まれているが,一般的に成形性に乏しいと言われている。これは,形態が板状でないことが考えられる。さらに成形性に乏しいNZカオリンは,ハロイサイト(10Å)も含まれていないし,形態も管状である。つまり,成形性の要因としては,2μm以下の粒子形態が板状であることと,層間に水を含んだ粘土鉱物が存在することが考えられる。
 また,実際に坏土を試作して官能試験を行い,成形性に必要な花坂陶石に含まれている粘土鉱物の量を調べた。調合は,粘土鉱物を含んだ75μm以下の粒子と粒度調整を行った石英と長石から成る1.41mm〜75μmの粒子の調合比を変えることで坏土に含まれている粘土鉱物の量を変化させた。その結果,粘土鉱物の量が少ない坏土ほど,成形性は悪いことが分かった。これは,2μm以下の粘土鉱物が成形性に重要な役割を果たしていることを示している。また80-20調合までは,ろくろ成形,かんな加工とも問題なくできるが,70-30調合になるとかんな加工しにくくなることから,花坂陶石の成形性に必要最小限の粘土鉱物の量は,25〜28%であると考えられる。70-30調合のようにろくろ成形は可能であるが,かんな加工しにくかったことは,ろくろ成形とかんな加工では,必要な粘土鉱物の量が若干違うと考えられる。これは,ろくろ成形では,粘土鉱物の量が少なくても水分がある程度含まれているため,それが粒子間を埋めることで成形性を補っていると考えられる。しかし,かんな加工の段階では,自然乾燥して半乾きの状態で作業するため,粘土鉱物の量が少ないと石英や長石の粗い粒子が顔を出して,削り表面がささくれたようになると考えられる。

5.結  言
(1)花坂陶石(75μm以下)に含まれている粘土鉱物(ハロイサイト(10Å, 7Å),イライト)の量は35.4%である。
(2)花坂陶石の成形性の要因は,粒子が細かく板状であり,層間に水を含んだ粘土鉱物が存在することであると考えられる。
(3)花坂陶石の成形性に必要最小限の粘土鉱物の量は,25〜28%である。

参考文献
1)杉浦精治.地質学雑誌.61巻,721号,1955.
2)石川県工業試験場編.花坂陶石調査研究報告書.1974.
3)里見良二.石川県九谷焼試験場報告.平成2年度,p.23-27.






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