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 微生物を活用した廃油処理技術の開発
 化学食品部 ○井上智実 中村静夫
 株式会社ゲイト 坪内直樹

 本研究では,生物的油処理装置(バイオリアクター)を2種類考案し,市販油3種類と廃油の微生物分解を試みた。その結果,微生物は曝気した装置内において27℃,72時間でオリーブオイル3000ppmを92%分解した。エンジンオイル3000ppmでは,同一条件で97%分解した。また,めっき工場から排出された廃油は約65%分解された。しかし,ラードはほとんど分解されなかった。
 次に,土壌中より油分解細菌の単離を試みた。その結果,オリーブ油を高い割合で分解する細菌を単離することができた。その細菌はアシネトバクター属に属し,遺伝子解析より新種であることが判明した。また,単離微生物は4500ppmのオリーブ油を28℃,48時間で92%分解した。

キーワード:バイオリアクター,微生物分解,廃油処理

Development for the Treatment of Waste Oil with the Microorganisms

Tomomi INOUE, Shizuo NAKAMURA and Naoki TSUBOUCHI

 In this study, two types of efficient apparatus (bioreactor) for the biological treatment of oil were developed, and the microbial decomposition of three types of commercial oils and waste oil were tried. Consequently, the microorganisms decomposed 3000ppm olive oil to 92% for 72hours at 27℃in the apparatus with aeration. On the same conditions, 3000ppm engine oil was decomposed to 97%, the waste oil discharged from a plating factory was decomposed to about 65%. However, lard was hardly decomposed by them.
 On the other hand, a try to isolate bacteria of decomposing oil from soil was conducted. Consequently, a bacteria which decomposed 4500ppm olive oil to 92% for 48hours at 28℃ was isolated. It became clear that the bacteria belonged to the Acinetobacter sp. and that it was a new species by genetic analysis.

Keywords:bioreactor, microbial decomposition, treatment of waste oil


1 緒  言
 近年,工場や飲食店から排出される油が土壌や水質を汚染し社会的な問題となっている。例えば,工場やガソリンスタンドから漏洩した油が地下へ浸透し,その土地が再利用できないことや,飲食店の排水口に設けられている油取り槽より流出した油分が下水道に流れ込み,下水処理施設に負荷をかけるといった問題が発生している。さらに,タンカーの座礁事故のように,一度に大量の油が自然界へ放出されると,その処理が困難となる。
 このような中,環境に優しい油処理技術が求められており,物理的,化学的な知見から様々な検討がなされているが,コスト・処理場などの問題により実際に取り組まれている数は少ない。近年では,生物的な見知1)−7)からの検討がなされているが,未だ有効な処理技術は確立していない。
  一方,油分解に有効な微生物を単離し,油処理に応用する研究も取り組まれているが,単離されている微生物が少なく,有用微生物の探索もまた必要な課題となっている。
 本研究では,効率よく油処理を行うバイオリアクターを考案し,微生物を用いた生物的油処理技術を開発するとともに,油分解に有効な微生物の探索を行った。

2 廃油処理技術の開発
2.1 バイオリアクターの仕様
 効率的な廃油処理技術を開発するため,2種類のバイオリアクターを考案した。一つはヒーター及び散気管を備えた処理容量350Lのものであり(図1),その大きさは,1300mm(幅)×500mm(奥行き)×1200mm(高さ)である。内部は3槽に仕切られており,浮上油は浮上油返送ユニットにより循環される。
 もう一つのリアクターは,可搬式の処理容量160Lのもので,大きさは880mm(幅)×440mm(奥行き)×740mm(高さ)であり,内部は3槽に仕切られている(図2)。

(図1 バイオリアクター(350L))

(図2 バイオリアクター(160L))

2.2 リアクター内の油循環経路

(図3 処理容量350Lのリアクター構造)

(図4 処理容量160Lのリアクター構造)

 処理容量350Lのリアクターの構造を図3に示した。油投入口から投入された油は,第一槽でエアブロウにより懸濁・エマルジョン化される。第二槽では,懸濁・エマルジョン化が促進されるとともに微生物分解され,槽内に汚泥が蓄積される。第三槽へは,汚泥,懸濁油,エマルジョン化された油が送られ,浮上油は返送ユニットによって第一槽に返送される。返送された油分は,再度,第二槽へと送られ,リアクター中で循環されていく。
 処理容量160Lのリアクターの構造を図4に示した。本リアクターはエアブロウの撹拌効率を高めるため第一槽と第二槽の散気管の上に仕切り板を設けた。なお,油の循環経路は処理容量350Lのリアクターと同様である。

2.3 油分解実験
2.3.1 実験方法
 市販油の分解実験を処理容量350Lのリアクターを用いて行い,また現場排出油の分解実験を処理容量160Lのリアクターを用いて行い,それぞれの性能を評価した。
 市販油の分解実験は,リアクターに水道水350L,微生物製剤100g,栄養塩70g,油350g(1000ppm)を加え,ポンプでエアレーションし27℃で油処理を行った。対照実験は,同一のリアクターに同量の水道水,油を加えて同時運転した。サンプリングは,微生物製剤投入時,投入後4時間,8時間,24時間,48時間,72時間,144時間後にリアクターの下部に設けた採水口より500mL採水した。
 現場排出油の分解実験は,リアクターに水道水160L,微生物製剤120g,栄養塩100g,浮上油500mLを加え,ポンプでエアレーションし室温で油処理を行った。対照実験は,同一タイプのリアクターに同量の水道水,脱脂液の浮上油を加えて運転した。サンプリングは,微生物をリアクター内で3日間培養した後,浮上油を投入し,浮上油投入時,投入後4時間,8時間,24時間,48時間,72時間,144時間後にリアクターの下部に設けた採水口より500mL採水した。
リアクター中に含まれる油分重量は,採水した水100mLをn-ヘキサンで抽出し,JIS K 0101に準じて定量を行った。なお,油分解率は次式により算出した。
油分解率(%)=(A−B)×100/A
A:対照実験水中に含まれるn-ヘキサン抽出重量(g)
B:微生物処理水中に含まれるn-ヘキサン抽出重量(g)

2.3.2 分解対象油と微生物製剤
 植物油はオリーブオイル(BOSCO 100% Pure Olive Oil),動物油はラード,鉱物油はエンジンオイル(MOBILE OIL)を分解対象として市販品を使用した。
 現場の排出油は,石川県金沢市内にあるめっき工場の脱脂工程より排出された浮上油を用いた。
なお,微生物製剤は市販製剤を使用した。

2.4 結果と考察
2.4.1 オリーブオイルの分解実験
 オリーブオイルの分解実験におけるリアクター中に含まれる油分濃度の推移を図5に示す。
対照実験では,リアクター中に含まれる油分濃度が48時間後に684ppmに達した後,ほとんど変化することなく144時間後までほぼ同濃度で推移した。
 一方,微生物処理槽においては,24時間後までは対照槽に含まれる油分濃度の約1/2で推移し,285ppmを示した後,減少に転じ72時間後には31ppmを示した。

(図5 リアクター中に含まれるオリーブオイル濃度)

(図6 リアクター中に含まれるラード濃度)

 微生物処理槽の油分濃度が24時間後まで対照槽の1/2で推移したのは,リアクター内で油分の分散とともに微生物が増殖し油を分解したためと思われる。さらに,24時間以後は微生物の油分解速度が油分散速度を上回ったため,飽和状態に達する前に油分が分解されたものと予測された。なお,72時間後の油分解率は92%であった。これらの結果より,オリーブオイルは微生物により分解することが可能であった。

2.4.2 ラードの分解実験
 ラードの分解実験におけるリアクター中に含まれる油分濃度の推移を図6に示す。
対照実験では,リアクター中に含まれる油分濃度が48時間後に48ppmに達した後,ほとんど変化することなく144時間後まで推移した。リアクター中に含まれる油分濃度が低いのは,ラードが水中で固体であるため,油分が水中に分散されなかったためと思われる。
 一方,微生物を投入した槽においては,対照槽に含まれる油分濃度の2倍以上で推移した。これはラードが微生物により低分子に分解された成分が水中に溶出したため,微生物処理槽の油分濃度が増大したものと予測された。これらの結果より,ラードを分解するためには,分散剤や油脂分解酵素を添加し,微生物分解を補助することが必要であった。

2.4.3 エンジンオイルの分解実験
 エンジンオイルの分解実験におけるリアクター中に含まれる油分濃度の推移を図7に示す。
 対照実験では,リアクター中に含まれる油分濃度が24時間後に684ppmに達した後,微増しながら144時間後には847ppmに達した。一方,微生物を投入した槽においては,24時間後まで対照槽に含まれる油分濃度の約1/2で推移し,316ppmを示した後,減少し72時間後に20ppmを示した。
 微生物処理槽の油分量が24時間後まで対照槽の1/2で推移したのは,オリーブオイルの分解実験と同様にリアクター内での油分の分散とともに微生物が増殖し油を分解したためと思われる。さらに,24時間以後は微生物の油分解速度が油分散速度を上回ったため,飽和状態に達する前に油分が分解されたものと予測された。なお,72時間後の油分解率は97%であった。これらの結果より,エンジンオイルは微生物により分解することが可能であった。

2.4.4 現場排出油の分解実験
 浮上油の分解実験におけるリアクター中に含まれる油分濃度の推移を図8に示す。
 微生物を投入した槽では,24時間後に油分濃度が478ppmを示した後,徐々に減少し144時間後には168ppmを示した。一方,微生物を添加していない槽では,油分濃度が24時間後に349ppmを示した後,ほとんど変化することなく144時間後に377ppmを示した。微生物を添加した結果,油分濃度は最高値のほぼ3分の1に減少し,浮上油の分解が認められた。

3 油分解微生物の探索
3.1 実験方法
 新潟県には油田があり,油分解微生物を単離できる可能性が高い。そこで,新種の油分解微生物を探索するため,新潟県内で採取した土壌から油分解微生物のスクリーニング及び単離を行い,油分解実験による評価を行った。

3.1.1 試薬

(図7 リアクター中に含まれるエンジンオイル濃度)

(図8 リアクター中に含まれる工場排出油濃度)

  本実験には,植物油として市販のオリーブオイル(BOSCO 100% Pure Olive Oil)を用いた。その他,試薬は市販の特級試薬を用いた。

3.1.2 培地
 油分解微生物のスクリーニングには,無機塩培地(リン酸2アンモニウム,リン酸2カリウム,リン酸1ナトリウム,硫酸マグネシウム)を用いた。
 また,前培養および分解実験には,栄養培地A(ペプトン,肉エキス,塩化ナトリウム,pH7),および培地B(リン酸2アンモニウム,リン酸2カリウム,リン酸1ナトリウム,リン酸マグネシウム,酵母エキス,pH7)を用いた。実験に使用した培地は,すべて使用前にオートクレーブにて滅菌(121℃,15分)を行った。

3.1.3 集積培養
 集積培養には,採取した土壌を蒸留水に加え振とうした後,その上澄み液を分取した。次に,水道水1Lを入れたビーカーに上澄み液,オリーブオイルを加え水中ポンプで3日間撹拌した。次いで,無機塩培地10mLを加えたL字管に撹拌液100mL,オリーブオイル100 mL加え培養液が懸濁するまで振とう培養した。

(表1 生化学試験)

(表2 16SrDNA塩基配列)

 培養液の懸濁が認められた後,無機塩培地10mLを入れたL字管に懸濁液100 mL,オリーブオイル100 mL加え,再度培養液が懸濁するまで振とう培養した。培養液の懸濁が認められた後,同様の操作を5回繰り返した。

3.1.4 培養方法
 前培養は,L字管に培地A10mL,単離微生物を加え25℃,40rpmで一晩振とう培養を行った。次いで,分解実験は500mL坂口フラスコに培地B140mL,前培養液10mLおよびオリーブオイルを添加し所定の温度,pHで,120rpm,48時間振とうを行った。実験はすべて滅菌した器具を使用した。なお,油分解率は第2.3.1項に示した方法で算出した。

3.2 結果と考察
3.2.1 油分解微生物のスクリーニング
 土壌サンプルは新潟県内の5カ所より採取した。微生物のスクリーニングは,まず,採取した土壌に水を加え,振とう後,上清を用いた。次に,オリーブオイルを単一炭素源とし,無機塩培地を用い集積培養を行った後,培養液100 mLを1000倍希釈し,栄養寒天培地上(培地Aに2%の寒天を添加)に滴下しコンラージ棒で均一にのばし一晩培養した。寒天培地上に生育したコロニーを分離し,オリーブオイルの分解実験を行った結果,高い分解率を示す微生物が単離された。本微生物は,生化学試験(Bergey’s manual)により(表1),Acinetobacter sp.であることが示された。また,16SrDNAの塩基配列より(表2),Acinetobacter genomospecies 3に対して最も高い相同性を示す新種であることが判明し,GKN-4と命名した。この微生物について実施した詳細な油分解実験の結果を以下に示す。

3.2.2 温度が油分解に与える影響
 温度が油分解に与える影響を図9に示した。温度を15−40℃に設定し,初期pH7でオリーブオイルを3000ppm添加した結果,28℃で最も分解率が高く80%を示した。GKN-4は微生物の増殖に最も適した温度域で,最高分解率を示した。

3.2.3 pHが油分解に与える影響
 pHが油分解に与える影響を図10に示した。初期pHを5−9に設定し,28℃でオリーブオイルを3000ppm添加した結果,pH8で最も分解率が高く94%を示した。GKN-4は微生物の増殖に最も適したpH域で,最高分解率を示した。

3.2.4 油脂添加量が油分解に与える影響
 油脂添加量が油分解に与える影響を図11に示した。添加濃度を1500−6000ppmに設定し,28℃,初期pHを8でオリーブオイルを分解した結果,添加濃度4500ppmで最も分解率が高く92%を示した。

 なお,添加濃度が4500ppm以下の場合,未分解油濃度は,約300ppmと一定であったため,GKN-4は油含有濃度が300ppm以下になると,油分解能力が低下することが予測された。

(図9 温度が油分解に与える影響)

(図10 pHが油分解に与える影響)

(図11 油脂添加量が油分解に与える影響)

4.結  言
 廃油処理技術の開発及び油分解微生物の探索について検討した結果,以下の結論を得た。
(1)バイオリアクターを用いたオリーブオイルおよびエンジンオイルの分解率は,72時間後にそれぞれ92%,97%に達し,微生物処理が可能であった。一方,ラードの分解は微生物処理が困難であった。また,めっき工場から排出された浮上油は,約65%分解した。これらの結果より,水中で分散される油分は,バイオリアクターを用いた微生物処理が有効であった。
(2)新潟県の土壌より単離された微生物は,生化学試験,16SrDNAの塩基配列よりAcinetobacter genomospecies 3に対し,最も高い相同性を示す新種であることが判明し,GKN-4と命名した。GKN-4は,高負荷状態の植物油脂を分解することが可能であり,28℃,pH8で添加濃度4500ppmのオリーブオイルを92%分解した。

謝  辞
 本研究の遂行に当たり,ご助言を頂いた北陸先端科学技術大学院大学教授民谷栄一氏に感謝します。

参考文献
1)Okuda, S.; ITO, K.; Ozawa, H.; Izaki, K. J. ferment. Bioeng. 71, 1991, 424.

2)Kato, A.; Koseki, M.; Ito, Kaneko, J.; Izaki, K.; Okuda, S. Mizu Kankyohgakukaishi. 16, 1993, 59.
3)Kato, A.; Okaniwa, Y.; Okuda, S.; Yohsui to haisui. 37, 1995, 303.
4)Chigusa, K.; Yaguchi, J.; Yamamoto, N.; Yohsui to haisui. 37, 1995, 320.
5)Imai, H.; Suzuki, A.; Kurihara, K.; Matsushima, T. PPM. 6, 1996, 31.
6)Watanabe, A. Kankyohgijyutsu. 26, 1997, 36.
7)Mihara, Y.; Sugimori, D. Sekiyu Gakkaishi. 43, 2000, 6.






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