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 超高圧処理を用いた防縮性付与技術の開発
 繊維生活部 ○木水貢 守田啓輔 神谷淳 笠森正人 山本孝
 加越産業(株) 安部俊和
 平松産業(株) 平松伸康
 福井大学工学部 堀照夫

 近年の環境汚染等の諸問題より,染色・仕上げ加工工程後に発生する廃棄物処理の対応が迫られている。本研究では,使用する染料や化学薬品の低減可能な方法として,100MPaを超える高い圧力を用いてセルロース系織物に防縮性を付与する技術について検討した。その結果,収縮率については高圧処理により収縮が抑制され,さらに添加剤として尿素及びチオ尿素を用いることで収縮率が処理なしと比較して半減することがわかった。快適性と風合いに関する評価では,高圧処理が熱水分移動特性に及ぼす効果は比較的小さく,むしろ曲げ・せん断特性とそれに関連する影響の方が大きいことが確認できた。

キーワード:高圧処理,防縮性,セルロース系繊維,尿素,チオ尿素

Development of Shrink Proof Finishing Technique using Ultra High Pressure

Mitsugu KIMIZU, Keisuke MORITA, Jun KAMITANI, Masato KASAMORI, Takashi YAMAMOTO, Toshikazu ABE, Nobuyasu HIRAMATSU and Teruo HORI

 Following the various problems of the environmental pollution, new techniques were examined as the method to decrease of the dyestuff and chemical agent in the dyeing and finishing processes. In this study, the technique of shrink proof finishing to the cellulosic fiber was investigated using high pressure over 100MPa. The shrink of cellulosic fiber was controlled by high pressure treatment. Furthermore, owing to adding a urea and a thiourea, the ratio of shrink was reduced to half values. The results of evaluation concerning to comfortableness property and handling property of fabric showed that the water vapor permeability of fabric was little affected by the high pressure treatment and the handling properties based on pure bending and shearing stresses was affected by the high pressure treatment.

Keywords:high pressure treatment, shrink proof, cellulosic fibers, urea, thiourea


1.緒  言
  21世紀に入り,廃棄物,環境汚染等の諸問題に対する警戒感から人体や環境に対して優しいものづくりが叫ばれている中で,繊維産業においても環境と調和した物質循環型の社会に適応した生産システムづくりが必要となっている。さらに,安価な海外の繊維製品の輸入量増大により大量生産型から企画提案型で各種先端技術の導入による新産業の再構築が必要であり,その支援体制が重要となっている。しかし,一機関で繊維全般を総合的に支援することは困難であり,多機関の協力により新産業のための技術プラットフォームともいうべき総合技術の基盤を整備することが必要不可欠である。このため,各機関が関心の強い課題を持ち寄り,共通する新産業創成に向けた取り組みを行った。
 本事業では,国内の各繊維産地(石川,愛媛,京都,群馬,和歌山)の公設試験研究機関が連携し,産学官による研究開発と相互に研究交流することを目標にして環境調和型新繊維産業技術を開発し,新繊維産業技術のプラットフォームの構築を目指した。
 石川県工業試験場では,染色仕上げ加工工程で従来技術と比較して極めて高い圧力場を利用し,工程での廃棄物問題や人体への影響を配慮した新しい加工法を検討した。
 染色や仕上げ加工は,染料や機能剤を表面及び繊維内部で反応させ,固定化させることにより色や機能性を付与している。この作業を高圧下で行う場合,100MPa{約1000気圧}を越えた高い圧力による分子間相互作用,分子配列,立体配列,極性などの変化により,図1に示すように化学的促進効果や物理的促進効果が期待できる。これにより,加工時の処理時間短縮,処理温度の低温化,処理液中での未反応物の低減化等が予想され,廃棄物処理に対応できるものと考えられる。
 その対象として,セルロース系繊維の防縮加工がある。この加工はセルロース系繊維製品の洗濯による縮みを抑制する加工で,その加工では樹脂加工やホルマリンが使用されており,製品の風合いが硬くなり,人体に有害な物質を用いることが問題となっている。また,その加工によって発生する廃液には多量の化学物質が含まれており,廃液処理に苦慮している。
 本研究では,これらの問題を解決する方法として, 100MPaを超える高圧処理技術について検討し,さらに本方法を用いたときの加工性,物性及び快適性について評価した結果を報告する。

(図1 高圧処理の概要)

2.実験方法
2.1 高圧処理試験
 高圧処理による試験方法については,予備試験として試料(織物)を自由端または固定端の状態で処理することで高圧処理による挙動を確認した。その上で,織物をロールに巻つけた状態で超高圧処理を行い,防縮性を検討した。
 試料には綿織物及びレーヨン織物の2種類を用意し、それぞれを水に浸漬し,荷重を掛けた状態で両端に固定針のあるロールに巻き付け固定した。固定した試料をポリ袋に密閉し,超高圧処理装置中で所定の温度,圧力,時間で処理した。さらに,より良い防縮性を得るために、所定量の尿素,チオ尿素を含む水に浸漬した場合についても、同様の試験を行った。防縮性の評価は洗濯収縮試験(JIS L 1042E法)により収縮率を算出するが,高圧処理においても収縮が発生しており,本報では総合的収縮率として,高圧処理により発生する収縮率と洗濯収縮試験による収縮率を足し合わせて算出した。

2.2 高圧処理試料の評価
 高圧処理を行った試料については,物性,構造解析及び快適性等を評価した。
2.2.1 物性測定及び構造解析
 高圧処理した織物の物性,構造について確認するため,引張試験(AG-5kNI,島津製作所梶j,X線回折測定(M18XCE,マックサイエンス梶j及び動的粘弾性測定(DDV-U-EP,潟Iリエンテック)を行った。

2.2.2 風合い測定及び快適性評価
 力学特性測定装置(KES-FB,カトーテック梶jを用いて織物の力学特性を測定し,その結果より風合いを評価した。
 また,衣服内外環境測定装置(TIMS-1,鞄圏m精機製作所)を用いて,織物生地の熱水分移動特性を測定した。さらに,熱水分移動に対する織物組織の影響を調べる目的で,生地の空隙率(一定面積内における空隙部分の割合)と通気度を測定した。

2.2.3 染色試験
 高圧処理した織物の染色性を確認するために,浸染試験と捺染試験を行った。染色性については,測色機(Color-Eye 7000A,マクベス)を用いて標準試料とのdLabで評価した。また,捺染試料は,各種堅ろう度試験(水浸,洗濯,乾・湿摩擦)をグレースケールで評価した。

3.結果と考察
3.1 高圧処理試験
3.1.1 高圧処理法の検討
 高圧処理を行った際に収縮が発生することが実験で確認され,収縮としては高圧処理による収縮と洗濯収縮を合計した総合的収縮率を計測した。
綿織物の場合,図2に示すように処理温度,処理圧力が増すことで収縮が抑制され,またそれに伴い総合的収縮率も小さく,良好な値となった。特に100℃以上の温度で処理したときは,収縮率の抑制効果は大きく向上した。
レーヨン織物の場合,図3に示すように,高圧処理収縮率と洗濯収縮率がほぼ一定の値であり,圧力や温度による影響は小さかった。綿織物の様に十分な収縮抑制は確認できなかった。

3.1.2 尿素添加による高圧処理
 前項で検討した方法より良い防縮性を得るため,尿素を加えその効果を検討した。表1には,尿素添加量における収縮率を示す。
 綿織物の場合,尿素を添加することで総合的収縮率が減少し,防縮性が向上した。また,尿素添加量による影響は尿素を増すことにより収縮率がわずかに抑制された。
 レーヨン織物の場合,処理温度により洗濯収縮率が増加するものの高圧収縮率は抑制され,総合的収縮率は小さくなった。また,処理圧力による高圧収縮率の影響は小さかった。さらに,尿素添加量による収縮率は,添加量2%の収縮値が極大となる凸型の傾向を示した。

3.1.3 チオ尿素添加による高圧処理
 前項で検討した方法より良い防縮性を得るため,チオ尿素を加えその効果を検討した。表2には,チオ尿素添加量における収縮率を示す。
 綿織物の場合,チオ尿素添加により洗濯収縮率が小さく総合的収縮率も小さくなり,尿素添加処理のものと同様に防縮性が向上した。また,処理圧力及び処理温度によってわずかに収縮率が増加した。
 レーヨン織物の場合,チオ尿素添加し高圧処理することで,尿素添加した場合よりはわずかに大きな値となったものの,尿素処理とほぼ同様の傾向を示し防縮性が向上した。また,総合の収縮率は,処理圧力による収縮率の影響は小さいものの,処理温度によって収縮率が抑制されることが確認された。

3.1.4 100MPa未満の圧力での検討
 より低い圧力での処理条件を確認するため,尿素を添加して処理温度373.16℃で100MPa未満の圧力(10MPa,50MPa)による処理方法を検討した。
 表3に示すように,綿織物,レーヨン織物ともに,上記の100MPa圧以上の処理による収縮率よりは大きくなった。綿織物では尿素添加量を増やすことで,収縮率が3.0%以下に抑制された。レーヨンの尿素添加量1%では比較的収縮率が小さくなるが,尿素添加量を増やすことで収縮率が増加した。

(図2 ロール固定端法での綿織物収縮率 )

(図3 ロール固定端法でのレーヨン織物収縮率)

(表1 尿素添加の高圧処理による収縮率)

(表2 チオ尿素添加の高圧処理による収縮率)

(表3 高圧処理による収縮率)

3.2 高圧処理試料の評価
3.2.1 引張試験
 綿織物の場合,処理圧力が増すことで,破断荷重は増したが,逆に伸度は低下した。また,温度による引張特性の変化は,100MPaの場合はほとんど変わらないものの,392MPaの場合に392.16Kで荷重,伸度ともに低下した。
 レーヨン織物の場合,図4に示すように352.16,372.16Kの条件において処理圧力が増すことで,破断荷重,伸度ともにわずかに増加した。また,392.16Kの場合では,392MPaで処理することにより破断荷重,伸度がともに2〜3割低下した。

3.2.2 X線回折測定
 高圧処理試料のX線回折(広角,小角)で構造解析を行い,高圧処理による影響を確認した。
 その結果,綿繊維及びレーヨン繊維の赤道方向の広角X線プロファイルを比較したところ,温度や圧力による変化は確認されなかった。また,小角X線回折測定した結果,綿繊維,レーヨン繊維の未処理及び高圧処理試料で,これまでのセルロース繊維の試料1)と同様に小角領域の明確なX線回折像は確認できなかった。

3.2.3 動的粘弾性測定
 高圧処理したレーヨン繊維について,動的粘弾性を測定した。
 その結果,図5に示すように,損失正接tanδ値において高圧処理により,セルロースのα2分散2)にあたる523K付近ピークで変化が確認され,圧力と温度によりピーク値や半価幅が変化することが分かった。このことから,高い圧力によりセルロースの非晶部分で形態変化したものと考えられる。

3.2.4 熱水分移動特性測定
 綿織物の場合,図6に示すように空隙率と通気度は高圧処理に伴う生地の収縮により処理前と比べて大きく減少したが,透過水蒸気量は処理前後であまり差がなかった。この場合の水蒸気透過性は織物の空隙率に依存せず,繊維の吸放湿性が主に関与していると推察される。また,処理剤と共に加工した生地について同様に比較したところ,空隙率と透過水蒸気量は,処理剤の有無による違いは特にみられず,透過熱量は処理後の方が小さくなる傾向にあった。
 レーヨン織物の場合,図7に示すように空隙率は綿織物とは逆に処理後の方が僅かに大きくなった。これは,高圧処理により糸自体が処理前より少し細くなり,そのため,糸同士の間隔は広くなったものと考えられる。また,透過熱量と水蒸気量は処理前に比べて全体的に減少している。
 処理剤の有無で比較した場合,生地の空隙率はほぼ同程度であるが,透過水蒸気量はやや増加する傾向があった。

(図4 レーヨン織物の処理温度による強度変化)

(図5 レーヨン織物のtanδ変化)

(図6 綿織物の圧力による空隙率変化)

(図7 レーヨン織物の圧力による空隙率変化)

3.2.5 風合い測定
 綿織物の場合,未処理の生地と比較して,処理後の曲げ特性とせん断特性が増加し,風合いでは“こし”“はり”が増大して,図8に示すように“しなやかさ”が減少した。これは前項に記述したように,収縮によって糸同士の空隙率が減少し間隔が密になることで,繊維の摩擦効果の寄与が増加したためと考えられる。
 処理剤を添加した試料は,処理剤なしの試料に比べて曲げ特性が若干低いことを除くと,全体的に顕著な差は見られなかった。
 レーヨン織物の場合,綿とは逆に処理前に比べて曲げ・せん断特性は低下し,風合いの“はり”が減少し,図9に示すように“しなやかさ”がやや増大した。これは,高圧処理により織密度は増加したものの,糸自体が細くなったことによる影響の方が大きく,結果的に織物の柔らかさが増したためと考えられる。処理剤を用いた場合,“こし”,“はり”が増加して“しなやかさ”は減少しており,全体の風合いは低下する傾向であった。
 以上の結果から,高圧処理後の空隙率と風合いは,綿織物とレーヨン織物ではおおむね逆の傾向を示すことが分かった。また,生地の収縮による空隙率の変化が熱水分移動特性に及ぼす効果は比較的小さく,むしろ曲げ・せん断特性とそれに関連する風合いへの影響が大きいことが確認できた。

3.2.6 浸染試験
 綿織物の場合,表4に示すように高圧処理の温度により色相がわずかに青みを帯び,処理圧力により濃度が濃くなることが確認された。また尿素,チオ尿素を添加し高圧処理することで色相差が青みを帯び,濃度差では特にチオ尿素処理で薄くなることが確認された。この理由は,綿繊維内に残留しているチオ尿素の還元力が染色性に影響したものと考えられる。
 レーヨン織物の場合も,綿織物と同様の傾向を示すことを確認した(表5)。

(図8 綿織物の圧力によるしなやかさ)

(図9 レーヨン織物の圧力によるしなやかさ)

(表4 綿織物の色測定の結果)

(表5 レーヨン織物の色測定の結果)

3.2.7 捺染試験
 綿織物の場合,染色性は標準布と比較して同等の染色性を示し,処理条件による捺染の染色性に大きな差は確認されなかった。また,各処理剤を添加した場合でも,高圧処理条件による大きな差は見られず,チオ尿素では若干染色濃度が低下する傾向となった。
 堅ろう度は,標準布と比較して水浸,洗濯,乾・湿摩擦の各堅ろう度において同等の等級を示し,処理条件による捺染堅ろう度に大きな差は確認されなかった。また,各処理剤を添加した場合,摩擦堅ろう度において染色性による試験布の濃淡によって若干の堅ろう度の差が見られなかった(表6)。
 レーヨン織物の場合,染色性は処理条件による捺染の染色性に大きな差は確認されなかった。また,各処理剤を添加した場合でも,高圧処理条件及び薬品処理条件による染色性の大きな差は確認されなかった。堅ろう度は,綿織物と同様の傾向にあった(表7)。

(表6 綿織物の各種堅ろう度試験結果)

(表7 レーヨン織物の各種堅ろう度試験結果)

4.結  言
 セルロース系繊維における高圧処理を用いた防縮加工について検討し、以下の結果を得た。
(1)高圧処理によって防縮性が得られ,さらに添加剤を加えることで収縮がより抑制でき,良好な値となることが確認された。また,高圧処理した試料の物性,風合い特性,熱特性等を確認し,未処理の試料と比較して,遜色のない特性を示すことが確認された。
(2)高圧下で染色・仕上げ加工することにより,従来の処方より低濃度の染料や処理剤でこれまでの染色性や加工性と同等,あるいはそれ以上の効果が確認できた。このことから,染料や処理剤,処理剤の浴比,助剤等の量を低減することが可能になり,廃液低減にも有効であると考える。


謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始ご協力頂いた加越産業株式会社久保田正道氏及び平松産業株式会社板井仁志氏に感謝します。
 本研究は平成12,13,14年度経済産業省中小企業技術開発産学官連携促進事業の一環として実施されたものです。

参考文献
1)Hearle, J.W.S. Journal of Polymer Science, A Fringed Fibril Theory of Structure in Crystalline Polymers, vol.28, 1958, 432.
2)Mamabe, S.; Iwata M.; Kamide K. Polymer Journal, Dynamic Mechanical Absorption Observed for Regenerated Cellulose Solid in the Temperature Range from 280 to 600K, vol.18, 1986, 1.






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