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 地域環境浄化システム開発
−有機廃棄物の高温高圧水による分解技術の研究−
  笠森正人* 山本孝* 井上智実** 中村靜夫** 宮本正規**
  宮川修*** 北田敬宇*** 岡秀雄**** 牛島茂****
    *繊維部 **化学食品部 ***農業総合研究センター
    ****保健環境センター

 県内公設試の連携により各々の得意とする専門領域を組み合わせ,地域完結型の環境浄化システムを確立することを目的とし,工業試験場は工場からの廃液及び農業総合研究センターが設置した浄化プラントに発生する余剰汚泥について高温高圧水処理による分解技術について検討を行った。廃液は機械加工冷却液と染色液について行ったが,高温高圧水の処理温度が高くなるほど,また酸化剤として過酸化水素水を添加するほど分解率が向上することが分かった。さらに塩素分が含まれている機械加工冷却液では,超臨界水処理によりダイオキシンが発生しないことを確認した。一方,余剰汚泥も高温高圧水で分解できるとともに,余剰汚泥中に含まれていた有機系塩素化合物も分解することができた。
キーワード:機械加工冷却排液,染色排液,余剰汚泥,高温高圧水,分解

A Regional Approach to the Waste Water Purification
- A Study on the Decomposition of the Organic Liquid Waste by the High Temperature and High Pressure Water -

Masato KASAMORI, Takashi YAMAMOTO, Tomomi INOUE, Shizuo NAKAMURA, Masanori MIYAMOTO
Osamu MIYAKAWA, Keiu KITADA, Hideo OKA and Shigeru USHIJIMA

The joint research on the waste water purification was performed by Ishikawa Agricultural Research Center, Ishikawa Prefectural Institute of Public Health and Environmental Science, and Industrial Research Institute of Ishikawa. Industrial Research Institute examined for decomposition of cutting fluid waste of machining, dyeing liquid waste and surplus sludge. The decomposition of the cutting fluid waste of machining and dyeing liquid waste were conducted at high temperature and pressure water, and the decomposition rate improved as much as temperature rose, and hydrogen peroxide added. Furthermore, though the cooling liquid waste of machining for chlorine was contained, it confirmed that dioxin was not occurred by high temperature and pressure water treatment. The surplus sludge and organic chlorine compound contained with the sludge could be decomposed by high temperature and pressure water treatment.
Keywords:cutting fluid waste, dyeing liquid waste, surplus sludge, high temperature and pressure water, decomposition


1.緒  言
平成11年から13年の3年間,農業総合研究センター,保健環境センター及び工業試験場が連携して,各々の得意とする専門領域により,地域完結型の環境浄化システムを確立することを目指して研究を行った。
 農業総合研究センターでは,農業排水浄化のために,河北潟東部承水路の隣に流路型水質浄化施設を設置した。この浄化施設には生物膜を担持させるために各種資材を充填し,承水路から取水した河川水を通して,充填材による水質の浄化,特に窒素とリンの除去について検討を行った。保健環境センターでは,河川水に溶け込んだ環境ホルモンなどの微量有機物除去のために光触媒による分解の検討を行った。工業試験場では,工場からの廃液と農業総合研究センターが設置した農業廃水の浄化プラントで発生する余剰汚泥を,高温高圧水を用いて分解する技術について検討を行った。微量な有機系塩素化合物については鞄津テクノリサーチ(平成11年度),椛蝌a環境分析センター(平成12年度)及び保健環境センター(平成13年度)にて分析を行った。
また,工場からの廃液は,金属加工に使用される機械加工冷却液1)と繊維・織物の染色工程で排出される染色廃液について検討を行った。なお,農業総合研究センターへは,水質浄化の充填材の支援を,保健環境センターへは,光触媒の担持材料作製の支援を行った。


表1 水溶性切削剤の組成

成分 エマルジョン形 ソリューブル形 ソリューション形
オレイン酸 10%
リシノール酸 18%
オクタン酸 4%
ドデカン2酸 15%
トリエタノールアミン 5% 36% 40%
Naスルフォネート 5% 4%
POEアルキルエーテル 2% 9%
50%塩素化パラフィン 5% 4%
鉱油 73%
水 25% 45%


図1 水溶性切削液のH2O2比による分解率の変化
2.機械加工冷却液の分解2)
2.1 供試材料
金属を加工する際に使用される切削油剤には,不水溶性切削剤と水溶性切削剤がある。不水溶性切削剤廃液は,燃料としての再利用の可能性もあるが,水溶性切削剤廃液は,有機物濃度が高いと焼却炉に噴霧して焼却処理される場合もある。しかし,水分濃度が高いと凝集処理や生物処理,膜処理が行われ,除去された成分は大部分が埋め立てや焼却処理されている1,3)。
ここでは,水分の多い水溶性切削剤として日石三菱鰍ゥら提供されたエマルジョン形,ソリューブル形及びソリューション形の3種類について検討した。それぞれの組成を表1に示す。なお,日本工業規格JISが改訂され,塩素系極圧添加剤は使用されなくなったが1),ここでは古い水溶性切削油剤も残っていることを想定して行った。各試料は成分が約2%になるように水で希釈し,成分中の炭素分がすべて分解するのに要する化学量論量の過酸化水素水を,過酸化水素水(H2O2)比1とした。
 
2.2 実験方法
試験はステンレス製円筒型反応管2、4-6)に,試料と酸化剤として過酸化水素水を所定量仕込み,アルゴンガスで空気を置換した。次に,予め所定温度に加熱した溶融塩恒温槽(KNO3:KNO2=55:45)に反応管を10分間浸せき後,反応管を取出して水で急冷した。
分解液は全有機体炭素計(TOC-5000A,鞄津製作所製)で全有機体炭素TOCの測定を,イオンクロマトグラフ(HLC-601,東洋曹達工業叶サ)でカラムTSK gel IC-Anion-PWを用いてアニオンを分析した。

2.3 結果と考察

図2 水溶性切削液の処理温度による分解率の変化
高温高圧水処理として温度を400℃,圧力を25MPaと一定にした場合の水溶性切削液のTOCから求めた分解率とH2O2比との関係を図1に示す。ソリューション形,ソリューブル形ともH2O2比1.4以上で分解率が95%以上になった。エマルジョン形はH2O2比の上昇とともに分解率は向上しているものの,分解率はH2O2比1.8でも90%程度に留まっている。しかし,エマルジョン形、ソリューブル形ともに塩素化パラフィンに含まれる塩素とNaスルフォネ−トに含まれる硫酸基はほぼ全量が塩素イオンや硫酸イオンとして測定されことより,この処理で塩素や硫酸基が分子から外れたことを示している。トリエタノールアミンに含まれる窒素は亜硝酸イオンとしては殆ど測定されず,硝酸イオンとしても極僅かしか測定されなかったことより,N2となって気散したものと考えられる7)。この温度領域では,エマルジョン形の分解率が低いのは,他の水溶性切削液に含まれていない鉱油の分解が困難ではないかと推測される。
圧力25MPa,H2O2比1.2とした場合の分解率と処理温度との関係を図2に示す。なお,処理温度350℃における圧力は水の飽和圧力の16.5MPaであり,550℃と600℃での処理は所定温度にした電気炉に30分間入れて行った。処理温度が350℃から450℃へと上昇すると,各水溶性切削液とも分解率が70,80%から95%以上に向上し,分解液からは塩素や硫酸基がほぼ全量イオンとして測定され,硝酸イオンは極僅かしか測定されなかった


図3 水溶性切削液の処理圧力による分解率の変化
処理温度400及び450℃,H2O2比1.2のときの分解率と圧力の関係を図3に示す。処理温度400℃の場合は,各試料とも圧力の上昇とともに分解率が若干低下する傾向がみられるが,圧力による分解率の変化は少ない。処理温度450℃の場合は,25MPaで分解率が最大となり,35,45MPaでは15MPaよりも分解率が低くなっている。これらのことより水溶性切削液の高温高圧水による分解には,温度のほかに水のイオン積も影響していることがうかがえる7-9)。また,塩素はいずれの条件でもイオンとしてほぼ全量が測定された。硫酸イオンは高圧になるにつれて測定量が増大する圧力依存性の傾向を示している。全体としては,ソリューション形の分解率が高い傾向にあり,ソリューション形には塩素化パラフィンを含まず,組成も単純なためではないかと考えられる。
なお,この分解液中の有機系塩素化合物(ダイオキシン)の分析では,ダイオキシンは検出されなかった。よって,このような塩素を含んだ有機化合物を高温高圧水処理してもダイオキシンが生成しないことが判明した。

3.染色液の分解
3.1 供試材料
本県は合成繊維産業を中心とした繊維産業が盛んであり,多くの染色企業が存在しているために染色排液も多い。現在,この染色排液は活性汚泥法により処理されているが,この処理法では,広い処理施設を要し,発生する余剰汚泥の処理も必要となっている。
そこで,表2に示すポリエステル用分散染料(Sumikaron polyester series,住友化学工業叶サ)を使用した。各染料を予め0.1%に希釈し,高温高圧水による分解を行った。

表2  分散染料と分散剤

分散染料 アゾ系 Yellow Brown S-2RL
Rubine SE-GL extra conc.
Blue SE-2RF(A)
非アゾ系 Yellow SE-3GL(A)
Red E-FBL
Blue S-BG 200%
分散剤 タモール系アニオン活性剤
リグニンスルホン酸系アニオン活性剤

3.2 実験方法
実験は機械加工冷却液と同様に行ったが,分散剤については全有機体炭素TOCを測定して,過酸化水素水(H2O2)比を決定した。高温高圧水処理による分解液はUV-可視分光光度計(Ubest-55,日本分光)による測色と,液体クロマトグラフ(SCL-10,鞄津製作所製)による分解生成物の分析をカラムとしてShim-pack IC-A3,IC-C3,CLC-ODS(M),TSK-GEL G400PWを用いて行った。

3.3 結果と考察
最初に6種類の染料で酸化剤に過酸化水素水を添加しないH2O2比0について,温度を300℃(8.6MPa)〜400℃(40MPa)に変えて実験を行ったところ,いずれの染料も温度の上昇とともに色が薄くなる傾向がみられたが,一部,温度が350℃(16.5MPa)から400℃に上がると濃くなってしまうのもみられた。この色の変化はUV-可視分光光度測定からも確認された。


図4  Red E-FBLの構造式
次に,図4に示す非アゾ系のRed E-FBLについて詳細に検討を行った。UV-可視分光光測定の結果を図5示すが,可視光域での吸収が温度の上昇につれて小さくなっているとともに吸収波長ピークの位置も変化している。また,紫外領域にある共役系の吸収波長ピークが温度の上昇により減少していることから,高温高圧水処理で染料が分解していることが推測できる。この紫外領域での吸収ピークの温度による減少は,いずれの染料でも測定された。
図6に処理温度250℃におけるRed E-FBL のH2O2比によるUV-可視分光測定の結果を示す。可視光域では,H2O2比1以上で完全に無色となっている。紫外領域においてもH2O2比の上昇とともに吸収ピークは減少し,H2O2比1以上で吸収ピークは殆どなくなっていることから,250℃では酸化剤を入れることにより染料を分解できることが分かる。処理温度400℃においては,H2O2比0.5以上で吸収ピークは殆どなくなり,温度が高いと少ない酸化剤でも分解することが分かった。
図4の構造式から,この染料はアミノ基を持つことから,アニオンとカチオンについて分析を行ったところ硝酸イオンが検出されたが,亜硝酸イオンとアンモニウムイオンは殆ど検出されなかった。また,分解の仕方によってはフタル酸が生成することが考えられるので,フタル酸の変化についても検討を行った。硝酸イオンは処理温度250,300,400℃で僅かしか測定されなかったが,350℃では理論量の約1/2が測定され,低温ではアミノ基の切断があまり生じず,高温ではN2まで変化したのではないかと考えられる7)。酸化剤を添加すると,250℃ではH2O2比1以下で硝酸イオンが理論量の1/4程度であったが,H2O2比1以上では測定されなくなった。400℃では,H2O2比0.25以下で僅かに測定されたが,H2O2比0.25以上では測定されなくなった。このことより,酸化剤の添加によりアミノ基も分解していることが推測できる。
図7に処理温度によるフタル酸の変化を示す。250℃においもフタル酸は生じており,300℃で最大を示した後,350及び400℃では減少していることから,この染料は300℃でフタル酸までに分解が進行し,それ以上の温度ではフタル酸も分解されると考えられる。250及び400℃におけるH2O2比によるフタル酸の変化を図8に示すが,250℃ではH2O2比0.25においてフタル酸の生成量は最大を示し,H2O2比0.5以上ではフタル酸は減る傾向を示している。一方,400℃ではH2O2比0.25以上でフタル酸の検出量は僅かになっている。よって,この染料は250℃では少しの酸化剤でフタル酸までの分解が促進されるが,酸化剤が増えるとフタル酸自体も分解されるものの,完全には分解されないと考えられる。しかし,温度が400℃になると酸化剤の添加によりフタル酸までも分解されていることが分かる。

図7 フタル酸の処理温度による変化
さらに,2種類の分散剤についても高温高圧処理を行い,酸化剤の添加によって紫外領域の吸収が小さくなることを確認した。また,実際の染色排液を想定して,染料6種類を同量混合した混合染料と分散剤2種類を2:1:1に混ぜた液についても同様に処理を行い,酸化剤添加による無色化と紫外領域の吸収ピークの減少を確認した。

4.余剰汚泥の分解
4.1 供試材料
農業総合研究センターが設置した農業廃水の浄化プラントで採取した余剰汚泥と,浄化プラントへ取水した河川水及び浄化プラント後の処理水も併せて採取し,試料とした。

4.2 実験方法
余剰汚泥はろ過後,保健環境センターにて凍結乾燥器に接続したデシケータ内にて乾燥した試料から0.5gを採取して,前と同様な高温高圧水処理を30分間行った。河川水についても同様な高温高圧水処理を合せて行った。なお,過酸化水素水(H2O2)比は余剰汚泥及び河川水の全有機体炭素TOCを測定して決定した。
余剰汚泥の分解液はTOCと塩素イオンの測定を全有機体炭素計TOC-5000Aと液体クロマトグラフSCL-10を用い,採取試料及び処理試料中の有機系塩素化合物(ダイオキシン)の分析も行った。

4.3 結果と考察

 余剰汚泥の分解の前に,浄化プラント前後の河川水と処理水におけるダイオキシンは,測定年度と時期は異なるが,河川水では2.0及び0.64pg-TEQ/lであった。処理水の濃度は0.46〜0.48pg-TEQ/lとほぼ一定の値となり,浄化プラントを通ることによりダイオキシンが減少することが判明した。しかし,浄化プラント内の充填材に付着した活性汚泥を含めて採取したものの濃度は河川水の濃度よりも高く検出されたことより,活性汚泥や泥にダイオキシンが蓄積しているものと考えられる。
 そこで,この余剰汚泥と河川水の高温高圧水処理を検討した。先ず,河川水を処理温度400℃,H2O2比0,0.6及び1.1で行ったところ,ダイオキシンはいずれも検出されなくなり,この程度の濃度ならば酸化剤がなくても分解できる可能性があることが分かった。次に,余剰汚泥を処理温度350,400及び450℃,H2O2比0と1にて分解を行った。TOCによる分解率の結果を図9に示すが,酸化剤を添加すると分解率は高くなるが,350℃と400℃では分解率の差は小さい。しかし,450℃になると酸化剤がなくても分解率は向上している。また,塩素イオン濃度の変化を図10に示すが,酸化剤を添加すると塩素イオン濃度は高くなり,温度の上昇によっても濃度が増加し,塩素を含む有機物の分解が進んでいることが推測できる。ダイオキシンについても処理温度の上昇により濃度は急激に減少し,350℃から450℃において分解率は約95%と高いものであったが,酸化剤添加による効果はみられなかった。なお,余剰汚泥中のダイオキシン濃度は0.037ng-TEQ/gであった。以上のことから,余剰汚泥は温度が高いほど分解され易く,酸化剤の添加により分解が促進されるが,余剰汚泥中のダイオキシンは温度の上昇により余剰汚泥以上に分解され易いが,この程度の濃度では酸化剤の添加の効果は認められないことが分かった。

5.結  言
工場からの廃液として水溶性切削液と染料液及び農業廃水の浄化プラントに生じる余剰汚泥の高温高圧水処理の結果,以下のことが明らかになった。
(1) 水溶性切削液は高温高圧水処理の温度が高く,酸化剤量が多いほど分解率は高くなるが,圧力には最適条件が存在する。
(2) 染色液は酸化剤がなくても,高温高圧水処理の温度が上昇すると色が消える傾向を示し,分解も進む。酸化剤の添加によって,より低温から分解が生じる。
(3) 余剰汚泥は高温高圧水処理の温度が高いほど,また酸化剤の添加により分解は促進される。余剰汚泥または河川水に含まれるダイオキシンも高温高圧水処理により分解されるが,この程度のダイオキシン濃度では酸化剤の影響はみられなかった。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,適切なご助言を頂いた静岡大学教授佐古猛氏ならびに金沢工業大学宮野靖教授,機械加工冷却液試料の作製及び提供頂いた日石三菱鰹♀竃研究所の横田秀雄氏,分散染料を提供頂いた住化ケムテックス鰍フ今田邦彦氏に感謝します。

参考文献
1) JIS K2241 切削油剤(2000)
2) 笠森正人,井上智実,森純人,宮野靖,中田正之,佐古猛:化学工学会第34回秋季大会研究発表講演要旨集, p.761 (2001)
3) 金属加工における廃棄物削減に関する調査・研究検討会資料,(財)科学技術センター,1999
4) 佐古猛,菅田孟,大竹勝人,依田智,竹林良浩,神澤千代志,上松隆洋,加藤昌弘:化学工学会第32回秋季大会研究発表講演要旨集, p.563 (1999)
5) 笠森正人,松井宏純,井上智実,宮野靖,中田正之,佐古猛:化学工学会福井大会講演要旨集, p.246 (2001)
6) 笠森正人,森純人,宮野靖,中田正之,佐古猛:46th FRP CON-EX 2001講演要旨集, p.246 (2001)
7) 超臨界流体の環境利用技術,東京,エヌ・ティー・エス,1999
8) 蒔田薫,西原正夫:高圧流体技術,東京,丸善,1992
9) 水熱科学ハンドブック,東京,技報堂,1997



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