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 電磁波遮蔽用新素材の開発
−電磁波遮蔽材の設計と評価技術の開発−
  豊田丈紫* 北川賀津一* 吉村慶之** 山名一男***
    *化学食品部 **機械電子部 ***石川県商工労働部

 炭素繊維織物を応用した多層型電磁波体の開発を目的とし,一連の吸収体を作製してギガ周波数帯の電波吸収を評価した。その結果,炭素繊維20重量%の交織織物をl/4型電波吸収体の抵抗皮膜に利用した場合,共鳴周波数において大きな吸収効果が得られた。さらに磁性体の吸収層を交織織物と100%炭素繊維織物で積層した多層型電波吸収体は単層のものに比べて優れた吸収特性を持つことが明らかとなった。Sパラメータ法から得られた材料定数を用いて伝送線路理論によるシミュレーション解析を行った結果,5.7mmの厚さで6.7GHz付近に吸収を持つ電波吸収体が設計可能であることがわかった。
キーワード:電波吸収体,フェライト,Sパラメータ,材料定数

Development of the Electromagnetic Absorption Materials

Takeshi TOYODA, Kaduichi KITAGAWA, Yoshiyuki YOSHIMURA and Kazuo YAMANA

For the purpose of developing multi-layered electromagnetic wave-absorber by using carbon fiber textile, a series of absorbers laminated by orthoblends textile was designed and evaluated in GHz frequency. A large Reflection Loss (R.L.) in the matching frequency was detected in the case of l/4-type wave absorber utilizing the orthoblends textile containing 20 mass% carbon fiber with the conducting property as a resistant film. It was revealed that the multi-layered wave-absorber consisting of magnetic material sandwiched between orthoblends textile and carbon fiber textile had absorption properties superior to those of the mono-layer absorber. The material design was performed by the transmission line theory using permittivity and permeability obtained by the S-parameter method. The simulation analysis suggested that the electromagnetic wave-absorber of 5.7 mm in thickness with matching frequency of 6.7GHz can be designed.
Keywords:the electromagnetic wave absorber, ferrite, S-parameter, material constant


1.緒  言
 近年における移動通信システムの発達により,携帯電話を中心とした無線通信システムの利用がここ数年間で急激に増加している。これに伴い,無線通信システムを利用する様々な電磁環境において,電磁波障害や情報漏えいといった懸念が高まっている。上記のような電磁環境の悪化に対する技術的対策として,EMC(電磁環境工学)の観点から「機器から放射する不要電波の遮蔽技術」として電磁波の遮蔽材料の開発が各方面で行われるようになってきた1)。我々は,特にオフィスルーム用の遮蔽素材の開発に注目し,導電性炭素繊維織物による反射素材の開発を行い,電磁波遮蔽性能について報告している2)。
一方,不要な電磁波そのものを低減する電波吸収体の利用が注目されるようになってきた。すでに,テレビゴースト発生の対策や,小型化する電子機器の誤動作対策として利用されるケースが増え,様々な分野で実用化されている。オフィスにおける電磁環境を考えた場合,無線LAN等を中心とした移動通信システムの利用が急速に進んでおり,電波障害の発生が懸念される。吸収体の主な構成要素であるフェライトはSnoekの理論3)による限界周波数が存在することから無線LANの利用環境(IEEE802.11b:2.4GHz,IEEE802.11a:5.2GHz)で良好な吸収特性を有する電波吸収体の開発は遅れている。また,一般的な電波吸収測定では電波無教室が利用されるために測定系が大型化し,製品の評価が煩雑になることも電波吸収体開発が敬遠される大きな原因となっている。
そこで本研究では,反射材として利用可能な炭素繊維織物を応用したオフィス用の電波吸収体開発を行った。フェライトと樹脂複合体を電波吸収素材とする材料設計を行い,炭素繊維との複合化による多層形電波吸収体を作製した。また,電波吸収量測定の評価法について検討を行い,誘電体レンズを用いた簡易型電波吸収測定システムの性能評価を行い,作製した電波吸収体の遮蔽性能(電波吸収量)について評価した。

2.実験方法
 2.1 炭素繊維交織織物とシールド性能評価
炭素繊維の交織織物はPAN系の炭素繊維とビニロン繊維を使用した平織物であり,それぞれ12000本(12k)のフィラメントから構成されている。本研究では,炭素繊維とビニロン繊維のフィラメント数の比で混合比を規定することとし,炭素繊維10%(炭素繊維:ビニロン=1:9)から50%(炭素繊維:ビニロン=5:5)までを10%刻みで作製した。これらの交織織物は活黹m宮織物で試作された。交織織物のシールド性能はアドバンテスト法(TR17302)による遠方界測定で評価した。また,炭素繊維交織織物を抵抗皮膜として利用した多層形電波吸収体(図1)を作製してその電波吸収性能の評価を行った。

 2.2 測定手法の評価と電波吸収量測定

図1 多層形電波吸収体の概念図
        図2 電波吸収測定装置の放射パターン測定
電磁波の吸収量を評価する手法は,大きく分けて(1)導波管内で測定する方法,(2)自由空間で測定する方法に分類できる4)。前者は周波数によって測定寸法に制限があり,また試料の加工精度によって測定値に大きな誤差が含まれる。一方,自由空間で行う方法は測定における制限が少ないという利点が挙げられる。しかし,電波吸収体以外の壁面等からの反射波が誤差の要因となるため,一般に電波暗室内や野外の空間を利用して測定を行う。自由空間法では測定系が大型化することで信号強度が低下する。そのため,測定精度の向上を図るためには効率的な信号強度の検出が重要となってくる。そこで,誘電体レンズを設置した電波吸収測定装置の電磁波放射パターンを測定し,レンズ前面の電界強度分布から測定効率について評価した(図2)。

 2.3 フェライト材料と材料定数測定
 本研究ではオフィス環境で使用される周波数領域での電波吸収材料の作製を目的として,ウレタン樹脂材とフェライトとの複合型電波吸収シートの成型を試みた。これは材料定数(比誘電率er, 比透磁率mr)と厚さが必要条件を満たすと波長に比べて極めて薄い吸収体を作製することが可能となり,オフィスにおける間仕切り等への応用に適するという特徴を有する。そのため後述する計算シミュレーションプログラム解析により材料設計を行った。材料定数はインピーダンス・マテリアルアナライザー(アジレントテクノロジー,HP-4291B)にて1MHz〜1.8GHzの周波数範囲を,またそれ以上の周波数帯(〜13.5GHz)ではベクトルネットワークアナライザー(ウィルトロン37225A)で測定した。

3.結果と考察
 3.1 炭素繊維交織織物のシールド性能
 ビニロン繊維100%織物および各種炭素繊維交織織物と炭素繊維100%織物のシールド性能を図3に示す。得られたシールド性能曲線の特徴をまとめると以下のようになる。
(1) ビニロン繊維100%織物を除くすべての織物で周波数と共にシールド性能が向上する。


図3 炭素繊維交織織物のシールド性能

(2) ビニロン繊維100%織物は測定範囲においてシールド効果はなく電磁波に対して透明である。
(3) 全体的なシールド性能は炭素繊維の含有量にともなって高くなる。
つまり,織り方が一定である場合そのシールド性能は炭素繊維の含有量に比例する。一般にシールド性能はシールド素材の面抵抗に比例している4)。よって,今回の測定結果は炭素繊維の含有量により面抵抗値が変化することを示しており,その密度を変化させることでシールド性能も制御可能であることが推察される。これは炭素繊維の含有量を調整することで後述するl/4型吸収体の抵抗皮膜と等しい面抵抗値を持つ交織織物が作製可能であることを示す。

 3.2 電波吸収測定手法の評価
アンテナ前面に集光レンズを利用した場合を考える。アンテナから放射される電磁波はレンズを通過することで試料前面に集光される。また,試料からの反射波はレンズにより再度アンテナに集めることが可能となり,信号強度の検出効率は向上する。今回,両凸型の誘電体レンズを設置した電波吸収測定システムを構築し,その放射パターンの測定を行った。水平偏波における測定結果を図4に示す。0度の方向がアンテナ正面となり,誘電体レンズの挿入により0度において電界強度が約2×3-3(mV/m)増加し,dB変換で約4dBの効率化が得られた。次に5〜7GHzにおける電界強度分布から電力半値角を求めた結果を図5に示す。レンズ挿入により集光度が向上することがわかった。この傾向は垂直偏波も同様の結果が得られた。実際,誘電体レンズを挿入しない測定系で,完全反射(R.L.= 0dB)とした場合に比べてレンズ挿入により全体的に約6dBの測定効率の向上が観察された。すなわち,誘電体レンズの導入により本測定系のダイナミックレンジが約6dB広がることを示す。実際の測定における有効性については,電波暗室内における自由空間法での測定結果と比較検討することで信頼性を確保した。

 3.3 材料定数測定


図4 簡易型電波吸収測定装置の電界強度分布
図5 電界強度の半値角
図5にインピーダンス・マテリアルアナライザーによるスピネル型フェライト粉末焼結体の透磁率の測定結果を示す。スピネル型フェライト単体の場合では10MHz付近で磁性損失を示す透磁率の分散特性が得られた。一般に,磁性体を用いた電波吸収体は磁気損失を示す複素比透磁率の虚部m"が高く実部m'が低い周波数域で用いられる5)。このことからスピネル型フェライト単体での電波吸収体は無線LAN等が使用される周波数(GHz)帯での利用に限界が存在することがわかる。


図5 スピネル型フェライト焼結体の複素透磁率      図8 ウレタン樹脂複合体の複素透磁率

 次にフェライト+ウレタン樹脂複合材の材料定数測定結果について示す。ネットワークアナライザーを用いたSパラメータ法による複素透磁率および複素誘電率の測定結果を図7および図8に示す。誘電率は周波数に依存することなく一定値であるのに比べ,透磁率は測定範囲において絶対値は減少しているものの特徴的な分散特性を示した。この結果より,ウレタン樹脂との複合化により分散特性が高周波数側へシフトする「透磁率の緩和現象」が生じているものと考えられ,スピネル型フェライトを主原料としても6〜7GHz付近で磁性損失を利用した電波吸収体が設計可能であると考えられる。

 3.4 電波吸収量測定
 3.4.1 l/4型電波吸収体の吸収性能評価


図7 ウレタン樹脂複合体の複素誘電率
図9 l/4型電波吸収体の電波吸収特性
電波吸収体の一般的な組み合わせはショート板と吸収体層からなる単層であるが,抵抗皮膜とショート板および吸収周波数の1/4の厚さを持つ無損失誘電体層(スペーサ)をそれらの間に配することで構成されるl/4形電波吸収体が存在する。ここで用いる抵抗皮膜は,自由空間のインピーダンス377Ωに等しい面抵抗値である場合に最大の効率で電波吸収することが知られている6)。炭素繊維交織織物は前述のようにビニロンと炭素繊維の混合条件を変えることでシールド性能が制御可能であり,抵抗皮膜としての利用の可能性がある。そこで,炭素繊維の重量比が10,20,30%であるビニロンとの交織織物を抵抗皮膜としたl/4形電波吸収体を作製し,その電波吸収特性を評価した。図9にl/4形電波吸収体の吸収量の測定結果を示す。炭素繊維含有量10,20%の交織織物を抵抗皮膜として利用した場合,それ以外の場合に比べて顕著な違いが観察された。特に20%の交織織物はl/4形電波吸収体の特徴的な吸収曲線が得られた。この結果から炭素繊維含有量20%の交織織物は,GHz帯域での自由空間インピーダンス値がl/4形電波吸収体として適した面抵抗値を持つと考えられる。
今回使用した交織織物は,炭素繊維の含有量を変化させることでシールド性能を制御可能でありその面抵抗も制御出来ることが分かった。一般に帯状抵抗皮膜格子における等価的な面抵抗値RS[Ω/□](□は正方形の意味)は,
RS=(a/p)RS0     (1)
と書き表せる6)。ただし,a:帯状抵抗皮膜の幅,p:導電性繊維(炭素繊維)の周期,RS0:帯状抵抗皮膜の面抵抗値[Ω/m2]である。そこで,炭素含有量20%の交織織物を帯状抵抗皮膜格子と仮定して考察すると,炭素含有量20%の交織織物はa=0.2cm,p=0.5(1/cm)であり,RSを本測定結果より377[Ω/□]として炭素繊維フィラメント(12K)の抵抗値を算出すると, 943[Ω/□]が得られる。これらの結果から12000本のフィラメントを用いた場合の面抵抗値は炭素繊維の周期pにより一意に求まり,要求されるシールド性能の織物を設計することが可能となることがわかる。

 3.4.2 多層形電波吸収体の吸収性能評価

<図10 多層形電波吸収体の電波吸収特性
炭素繊維交織織物がl/4形電波吸収体として機能することから,抵抗皮膜としての応用が可能であることがわかった。しかしながら,一般にl/4形電波吸収体は周波数に依存したスペーサ厚を持つことから,垂直入射成分にのみ吸収特性が有効であり,また目的の吸収周波数が高周波数帯になるにつれて本体の厚さが極端に薄くなり設計が著しく困難となる。そこでスペーサ部をフェライト・樹脂複合シートに置き換えることで誘電損失と磁性損失を組み合わせた多層形電波吸収体を作製し,その電波吸収性能を評価した。図10にフェライト粉末と樹脂との複合シート吸収体,および炭素繊維交織織物との多層形電波吸収体の吸収量測定結果を示す。単層材の場合,6.7GHz付近で約-23dBの極小を持つ吸収カーブが得られた。Sパラメータ測定結果からも指示されるように,樹脂との複合化によって無線LAN使用周波数帯でも効果的に誘電損失と磁性損失が生じたものと考えられる。さらに,炭素含有10%交織織物との組み合わせの場合において顕著な吸収性能の向上が見られ,炭素含有20%交織織物の場合では10%のものに比べて広い範囲で単層のデータよりも良い吸収性能を示した。一方,交織織物30%の場合は単層の吸収性能より低い値を示した。これは交織織物の表皮抵抗が変化して反射性能が向上したため,入射波が電波吸収層まで到達せずに交織織物表面で反射したと考えられる。以上の結果より,安価に入手可能なフェライト樹脂複合体と炭素繊維交織織物との多層材がオフィス環境における低コストな電波吸収材料として利用可能であることが示された。
一般に,電磁波は損失媒質中における複素比誘電率er,複素比透磁率mrの効果により減衰し,そのエネルギは熱に変換される。そのため,目的とする物質の材料定数を測定することで,これらの値をパラメータとしてインピーダンス整合型電波吸収体の設計が可能となる。インピーダンス整合型電波吸収体とは,背面にシールド材を設けて吸収層内部にて多重反射を生じさせ,反射波の振幅および位相をコントロールして入射波を減衰する仕組みの吸収体を指す4)。複素比透磁率mr,複素比誘電率er,厚さdの電波吸収体に平面波が垂直に入射する場合を考える。伝送線路理論を応用すると,シールド材を裏打ちした単層の電波吸収体は分布定数回路に置き換えることができ,吸収体前面でのインピーダンスZinは複素比透磁率mr,複素比誘電率er,厚さdを用いると式(2)のようになる7)。
(2)
ここでfは電磁波の周波数,cは光速である。このとき,吸収体の電波吸収率を表す反射損失(R.L.)は次式で表せる。
(3)

図11 フェライト+ウレタン樹脂複合体のシミュレーション解析結果

吸収体が入射した電磁波をすべて吸収する(すなわち吸収体からの反射がゼロ)条件はR.L.=−∞となる。このZin=1となる無反射条件を用いて吸収量の周波数特性を計算するプログラムを作成した。
Sパラメータ法によって得られた材料定数を用いて,フェライトと樹脂の複合体での単層型電波吸収体の計算シミュレーションを行った結果を図12に示す。本解析結果より吸収体厚さd=5.7mmのときに,6.7GHzで約-46dBの電波吸収量を示す電波吸収体を設計可能であることがわかった。また,吸収体厚を厚くすることで最も強い吸収を示すピーク位置が低周波数側へシフトしていることがわかった。以上のことから,吸収量を示す反射係数は,各種パラメータを用いて計算可能であることから電波吸収体の設計時において材料設計は大変有効な手段であることがわかる。しかしながら,厚みdは電波吸収体内部での経路長と等しいことから,吸収特性は入射角に依存して変化することがわかる。このことからも,設計に際しては周波数や材料定数ばかりでなく,電波の種類(偏波)や入射角度といった条件や使用目的を考慮して材料設計を行う必要があると思われる。

4.結  言
 本研究では,電磁波遮蔽用新素材の開発として炭素繊維交織織物の電波吸収体への適用を検討した。材料設計と電波吸収体評価技術の開発を行い,多層形電波吸収体の作製とその電波吸収特性評価から以下の結果が得られた。
(1) 炭素繊維交織織物のシールド性能は炭素繊維の含有量に比例しており,炭素繊維含有量によるシールド性能の制御が可能であることが分かった。
(2) 交織織物を抵抗皮膜として作製したl/4型電波吸収体の共鳴周波数での吸収量は炭素繊維含有量が20%のとき最大であった。
(3) l/4型電波吸収体と電波吸収量測定を組み合わせることで交織織物の面抵抗値の算出が可能であることが分かった。
(4) 炭素繊維交織織物を抵抗皮膜として利用した多層形電波吸収体は単相形に比べて高い吸収性能を示すことがわかった。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,ご助言を頂いた防衛大学校教授山本孝氏,金沢工業大学教授大橋憲太郎氏に感謝します。また,サンプルを提供いただいた活黹m宮織物,小松精練鰍ノ感謝します。
なお,本研究の一部は文部科学省の科学技術振興調整費による地域先導研究の一環として行われました。本事業の地域中核オーガナイザーである金沢大学教授長野勇氏ならびに支援をいただいた石川県産業創出支援機構(ISICO)の関係各位に感謝します。

参考文献
1) 杉本諭,大田博康:セラミックス, Vol.34,638-642(1999).
2) 山名一男,北川賀津一,吉村慶之,大橋憲太郎:石川県工業試験場研究報告, Vol.49,67-72(2000).
3) J. L. Snoek: Physica, Vol.14, 207-217(1948).
4) 清水康敬ほか:電磁波の吸収と遮蔽, 東京, 日経技術図書, 1989.
5) 平賀貞太郎ほか:フェライト, 東京, 丸善, 1986.
6) 赤尾保男:環境電磁工学の基礎,東京,電子情報通信学会,1991.
7) 橋本修:電波吸収体入門, 東京, 森北出版, 1997.



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