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 医用マイクロマシンのための圧電素子の開発
  北川賀津一* 豊田丈紫* 松田章* 山名一男** 坂谷勝明***
    * 化学食品部 ** 石川県商工労働部 ***機械電子部

 近年,医用マイクロマシンに利用するために圧電セラミックスが注目されている。マイクロマシンの駆動源に圧電アクチュエータを使用する場合,素子は高周波数領域で使用される事が多く,その試料の大きさと厚みは小型で,薄型になっている。この場合には発熱による素子の温度上昇による電気的性能低下や,破壊が問題となる。
 本研究では,圧電セラミックスに高パルス電圧を印加して高励振駆動を行い,その疲労特性を調べた。その結果,機械的共振振動による発熱現象がみられた。圧電特性値は電気機械結合係数は低下しないが,機械的品質係数は低下が観測された。
キーワード:医用マイクロマシン,圧電アクチュエータ,発熱,機械的品質係数,破壊

Development of Piezoelectric Device for Medical Micro Machine

Kaduichi KITAGAWA, Takeshi TOYODA, Akira MATSUDA, Kazuo YAMANA, and Katsuaki SAKAYA
   
Recently, piezoelectric ceramics have been given attention to utilization in medical micromachine. When piezoelectric actuators are utilized for driver of micromachine, they are driven under high frequcy and their sizes and thickness become small and thin. Under such conditions, heat generation has been observed. Heat generation influences the piezoelectric properties and reliability and fracture.
In this study, degradation of piezoelectric ceramics after applying a large input pulse voltage is investigated. Large input power caused the heat generation, and the heat generation was the phenomenon under the resonant mode. All electro-mechanical coupling factor(k31) were almost constant. However, mechanical quality factor(Qm) values decreased.
Keywords : medical micromachine, piezoelectric actuator, heat generation, mechanical quality factor, fracture


1.緒  言
 近年,高度情報化社会や携帯電話に代表される電子機器は高周波数帯域で使用され,小型,薄型化が進んでいる。また工作機械における加工技術はミクロンオーダからサブミクロン領域に入りつつある。このようにますます高機能化が進むに伴い,より精密でかつ複雑になってきている。一方正確で高度な医療福祉分野ではマイクロマシンが必要とされている。
マイクロマシンとは,微細で複雑な作業を行うために大きさ数mm以下の高度な機能要素から構成された微小な機械を指す。国ではマイクロマシン技術の研究が1991年から2000年にかけて推進されてきた。マイクロマシン技術の一つにマイクロアクチュエータがある。マイクロアクチュエータは電磁モータ式,ゴム製空気式,静電式そして圧電方式に大別される。
圧電アクチュエータは高速応答,変位の高分解能,小型,剛性を有するので動力分野素子として注目されている。マイクロアクチュエータは機械・電子,医療分野での応用が期待される。
 マイクロアクチュエータの材料としては圧電セラミックスが多数使用されるが,セラミックスは脆性破壊を起こし,その信頼性に関しては不明な点が多い。
本研究では,圧電セラミックスの耐久性を把握することを目的に,圧電セラミックスに高パルス電圧を印加して圧電共振振動する高励振駆動を行い,その疲労特性を試料の発熱現象,圧電特性,および試料の破壊の観点から調べた。なお圧電特性値としては電気機械結合係数(以下k31と略す)と,機械的品質係数(以下Qmと略す)の2つを評価の指標として用いた。k31は電気的エネルギーの機械的エネルギーへの変換効率を表す。一方Qmは弾性的に蓄えられているエネルギーと1サイクルで失われる弾性的損失の比を表している。

2.実験方法
 圧電セラミックスには,機械的品質係数Qm=1250のHigh-Qm材と,Qm=75のLow-Qm材である2種類のチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Ti,Zr)O3,以下PZTと略す)を使用した。PZT粉末はPVAバインダーを添加し,プレス成形機でφ20mmとφ55mmの円板状成形体を作成し,マグネシアと99.5%アルミナの二重坩堝中の鉛雰囲気の電気炉中で焼成した。PZT焼結体は研削,切断を行い所定の寸法に機械加工した。上記焼結体に銀ペーストを750℃で10分間焼き付け,120℃のシリコンオイル中で3kV/mmの直流電界を30分間印加して分極した。試料は150℃で4時間短絡した状態でエージングし,圧電特性をインピーダンスアナライザー(HP-4192A)で,共振・半共振ピークを検出した後測定した。
 High-Qm材とLow-Qm材の電気的疲労試験は図1に示す部品構成からなる装置を用いて行った。パルス発生器は50kHz(260μs),13波長を1パルスとしたパルス集合波を発生させ,このパルス集合波を可変抵抗器で電圧を60,120,150,270Vに調節した。パルス回数は1000,2000,4000回/分の条件で変化させた。PZTは試料長手寸法を50kHzで共振振動するように機械加工した(図2)。PZTにパルス電圧を印加すると試料は長手方向に電圧印加部分を節として共振振動を行った。試料の中心部分には熱電対を貼り付け試料温度上昇を測定した。
図1 電気的疲労試験装置

図2 試料の大きさと形状

3.結果と考察
 3.1 発生応力と変位
 High-Qm材とLow-Qm材にパルス電圧を印加すると,中央部分を節として試料長手方向にλ/2モードで共振振動を開始する。節である中央部分は最も応力が大きくなり変位は0となる。一方,腹の部分にあたる試料両端では変位は最も大きくなるが,発生応力は最も小さくなる。圧電基本式のd形式と運動方程式から応力と変位が計算できる。その結果を図3に示す。応力と変位は印加電圧に比例して増加する。試料材料定数の違いから,High-Qm材の方がLow-Qm材よりも応力と変位が2~3倍大きくなった。


図3 発生応力と変位

3.2 発熱による試料温度上昇
図4に印加電圧を150Vに固定して,パルス回数を1000,2000,4000回/分の条件で変えた時の試料温度上昇を示す。600分ではLow-Qm材は27℃,High-Qm材は12℃の温度上昇を示した。パルス回数に比例して,試料の温度上昇は大きくなった。High-Qm材の方が変位と発生応力はLow-Qm材と比較して大きいが,試料発熱はこれらの条件には依存しない。試料発熱はQmの大小によって大きく異なった。共振振動した時の振動エネルギーの損失分が熱エネルギーに変換されたとすると,弾性損失の大きいLow-Qm材の方が発熱による温度上昇が大きくなる。
パルス回数を4000回/分に固定して印加電圧を60,120,150,190Vで変えた時の発熱による試料温度上昇はLow-Qm材とHigh-Qm材では差異がみられたが,Low-Qm材での印加電圧による差と,High-Qm材での印加電圧による差は観測されなかった。これは振動による試料の伸びが飽和に達したためである。パルス回数4000回/分の場合でパルス電圧とパルス間隔の比は1:55である。この条件によって試料の温度上昇はパルス電圧よりもパルス回数に大きく依存する。

図4 パルス電圧と試料温度上昇
3.3 圧電特性の経時変化
 図5に270V,4000パルスの電圧を印加した後の圧電特性値(k31,Qm)の変化を示す。山本の報告によると交流電圧を印加した場合はk31とQmのいずれの値の低下が観測されるが,パルス電圧印加ではQm値の低下が観測されるがk 31値の低下が観測されないと報告されている。今回の結果もLow-Qm材とHigh-Qm材のk 31値は,パルス電圧を長時間印加しても低下しない。一方,Qm値はLow-Qm材の場合17%,High-Qm材の場合37%の低下が観測された。
 Qm値の大小によって発熱による試料温度上昇量が異なっていた。よってパルス電圧印加によるQm値の変化も試料温度の上昇と考えられる。Qm値の低下は,PZTへのアクセプターの添加によって生じた欠陥双極子による自発分極のピント止めが不安定化されたためで,この要因として上記発熱による温度上昇と,繰り返しパルス電圧印加による疲労が考えられる。
 一方,k 31値の減少は分極処理によって一方向にそろえられたドメイン(分域)が,試料温度の上昇およびドメインの移動により一方向にそろわなくなることであり,これは分極の逆現象,即ち脱分極が生じ

図5 圧電特性値の変化
た結果である。パルス駆動の場合は,振動レベル的にはk 31値の低下領域に入っているが,k 31値は低下しなかった。

3.4 パルス電圧印加時の試料の破壊
 前述のパルス電圧を印加している時に,破壊した試料について調べた。試料の破壊はHigh-Qm材で発生し,Low-Qm材ではほとんど破壊しなかった。試料の破壊位置は印加するパルス電圧が低い場合には中央付近での破壊が多く,電圧が増大するに従い,破壊位置は分散する傾向を示した。破壊位置は応力分布の計算結果と同様の傾向を示しており,試料の破壊は電圧印加により試料にかかる応力が原因と考えられる。High-Qm材とLow-Qm材の4点曲げ強度測定と破断面観察を行った。4点曲げ強度は,High-Qm材が101N/mm2で,Low-Qm材が78N/mm2で機械的強度はHigh-Qm材の方が大きくなった。3.1で述べたように,High-Qm材の方がLow-Qm材よりも発生応力が2~3倍大きいが,その値は4点曲げ強度の約1/4である。High-Qm材は繰り返し応力によって破壊した可能性がある。
 図6はHigh-Qm材の破断面である。電子顕微鏡から粒界破壊が主に観測された。破壊源を起点にパルス電圧を印加している間に,粒界を通じてクラックが進行し,クラックがある臨界長に達すると瞬時に破壊したと考える。Low-Qm材はHigh-Qm材よりも材料的には柔らかい。Low-Qm材はパルス電圧によって繰り返し応力が印加された際に,応力を緩和するメカニズムが働くので,クラックが進行しづらく破壊がまぬがれる。


図6 High-Qm材の破断面
5.結  言
 PZT圧電セラミックスにパルス電圧を印加して圧電共振振動を行い,発熱,圧電特性および試料破壊について調べた結果,以下のことがわかった。
(1) 発熱はLow-Qm材で最大27℃High-Qm材は12℃であった。高パルスであるほど発熱が大きくなった。
(2) 120V以上の電圧では発熱は飽和に達して一定となった。これは印加電圧を大きくしても共振振動による試料の伸びが飽和に達したためと思われる。
(3) k 31値は,パルス電圧を長時間印加しても低下しない。一方,Qm値はLow-Qm材の場合17%,High-Qm材の場合37%の低下が観測された。
(4) 試料の破壊はHigh-Qm材で発生し,Low-Qm材ではほとんど破壊しなかった。中央付近での破壊が多く,試料の破壊は電圧印加により試料にかかる応力が原因と考えられる。電子顕微鏡から粒界破壊が主に観測された。粒界を通じてクラックが進行し,クラックがある臨界長に達すると瞬時に破壊したと考える。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,貴重な御助言をいただいた防衛大学校山本孝教授、圧電素子の応用に関して御支援をいただいた独立行政法人産業技術総合研究所谷川民生主任研究員および試料を提供していただいたニッコー株式会社に感謝します。

参考文献
1) T.Yamamoto and F.Mizuno:Degradation of Piezoel-ectric Properties at Resonant Operational Mode bya Large Input Power,Jpn.J.Appl. Phys.,Vol.34,p.2627-2631(1995)
2) 北川賀津一,山名一男,中村静夫,北川和夫,山本孝:微量アクセプターを添加したPZT圧電セラミックスの圧電特性と構造特性,粉体および粉末冶金, Vol.47,No.9,p.935-940(2000)
3) 北川賀津一,豊田丈紫,山名一男,北川和夫,山本孝:PZT圧電セラミックスの高パルス電圧印加時における疲労特性,粉体および粉末冶金, Vol.48,No.9,p.796-800(2001)



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