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 ジェットルームのよこ入れ性予測技術の研究
  新谷隆二* 森大介*
    *繊維部

 ジェットルームを使用した織物の多品種少量生産では,品種変更に伴う段取り換えを迅速に行うことが必要である。商品開発に用いられるよこ糸は,必ずしもジェットルームでよこ入れしやすい糸ではなく,その糸のよこ入れ条件は実際に試織して決定するため,未だ経験と勘によるところが大きい。そこで本研究では,よこ糸の挿入に空気噴流を用いるエアジェットルームを対象として,ポリエステル加工糸のよこ入れ性を評価する方法とそのよこ入れ条件との関連性について調べた。その結果,糸の空気抗力係数を求めることによりよこ入れ性を評価可能であることを明らかにした。また,メインノズル圧力がよこ糸挿入速度の増加に寄与することを明らかにした。さらには,よこ入れ条件からよこ糸の挿入速度を計算可能であることを明らかにした。
キーワード:エアジェットルーム,よこ入れ条件,空気抗力係数,よこ糸挿入速度

A Study on the Prediction Technology of Weft Insertion for Jet Looms

Ryuji SHINTANI and Daisuke MORI

In the large variety and small production of textiles used jet looms, it is required that the setting condition is quickly changed to the next production. A weft yarn used for new development is not necessarily the suitable yarn for the weft insertion in jet looms. The condition of weft insertion for the yarn is determined by experience and intuition from trial weaving. In this paper, it investigated about the estimation method of the weft insertion performance and the relationship with weft insertion condition for polyester textured yarn in air jet looms. Consequently, we observed that the weft insertion performance can be evaluated by the air-drag coefficient of yarns. It is clear that the main nozzle pressure contributes to the increase in weft insertion speed. Furthermore, it shows that the weft insertion speed is able to calculate from weft insertion conditions.
Keywords:air jet loom, weft insertion condition, air-drag coefficient, weft insertion speed


1.緒  言
織物製造業は消費者ニーズに対応して,強撚糸や異原糸,複合糸などを用いた高付加価値製品の開発が必要となっており,多品種少量生産への移行が余儀なくされている。またジェットルームを使用した多品種少量生産では,品種変更に伴う段取り換えを迅速に行うことが必要であり,たて糸準備の効率化と製織条件(エアジェットルームでは空気圧力と空気噴射タイミング)の決定が重要な課題として挙げられる。製織条件に注目すると商品開発に用いられるよこ糸は,必ずしもジェットルームでよこ入れしやすい糸ではなく,その糸の製織条件の決定は実際に試織を行い,よこ糸の飛走状態を確認しながら行なわれるため,未だ経験と勘によるところが大きい。そのため,よこ糸のよこ入れ性を評価し,その糸に対する製織条件を適確に予測する手法を確立することは,迅速な新製品開発が促進されると考える。
本報では,ジェットルームの中で空気噴流をよこ糸の挿入に用いるエアジェットルームを対象として,ポリエステル加工糸のよこ入れ性を評価する方法とその製織条件との関連性について調べたので報告する。

2.理  論
2.1 よこ糸の運動
エアジェットルームのよこ糸挿入時の糸運動について考える。図1は変形おさ補助ノズル方式のエアジェットルームでドラム方式のよこ糸貯留装置が採用されている場合のよこ入れ機構概略とよこ糸の運動モデルである。よこ糸の運動方程式は,よこ糸に作用する力として,メインノズル加速管内で噴流から受ける力F1,おさ内でのメインノズルと補助ノズルの噴流から受ける力F2,および貯留ドラムからよこ糸が引き出される時の力F3を考慮すると,
(1)
で与えられる。ここで,mはよこ糸の質量,Vはよこ糸速度である。また,図1に示したようにL1はメインノズル加速管内よこ糸長,L2はよこ糸貯留装置からメインノズル加速管入り口までのよこ糸長である。

L1 :メインノズル加速管内のよこ糸長
L2 :よこ糸貯留装置からメインノズル加速管入り口までのよこ糸長
lp :補助ノズル取り付けピッチ
Pm :メインノズル圧力
Ps0 :補助ノズル圧力
図1 変形おさ補助ノズル方式のエアジェットルームのよこ入れ機構とよこ糸運動モデル

また,仮定として,よこ糸はメインノズルの軸中心上を一次元的に運動するものとし,重力,回転力の影響,およびよこ糸の飛走にしたがい糸の姿勢が次第に変化することによる瞬間中心周りの遠心力の影響は無視している。
式(1)右辺に示される糸に作用する力は,空気速度とよこ糸の速度との相対速度によって関係付けられ,それぞれ次式で表される。
(2)
(3)
(4)
ここで,Cfは糸の空気抗力係数,Dはよこ糸の直径,rは空気密度(20℃のとき1.205kg/m3),Uaはメインノズル加速管内噴流速度,Ubはよこ糸飛走路での噴流速度,Lはメインノズル先端からよこ糸先端までの長さ,およびaは糸と貯留ドラムとの接触角度である。また,式(4)は,よこ糸が貯留ドラムから引き出される時の力としてAdanur1)により導かれている。
式(1)に式(2)から(4)を代入し積分することにより,よこ糸の速度を数値計算することが可能となる。

 2.2 空気抗力係数
糸の空気抗力係数は,式(2)と(3)において使用され,よこ糸を空気で挿入するときの重要な因子であるとともにそのよこ糸のよこ入れ性を表す指標と考えられる。また,糸の種類によって空気抗力係数は,異なることが研究者により明らかにされている2)〜4)。
式(2)からよこ糸の速度V=0とすると,糸の空気抗力係数は,次式で与えられる。
(5)
また,糸の空気抗力係数Cfは,次式の糸直径を代表長さとするレイノルズ数Redの指数関数として整理することができる。
(6)
(7)
ここで,Kは比例定数,nは指数,nは空気の動粘性係数(20℃のとき15.12×10-6m2/s)である。
 2.3 よこ糸飛走路の噴流速度
従来の研究5)はエアガイド方式のエアジェットルームを対象としているため,式(3)におけるよこ糸飛走路での噴流速度を一定として取り扱っている。しかしながら,変形おさ補助ノズル方式のエアジェットルームでは一定の噴流速度として取り扱うことができないので,補助ノズルからの噴流速度が軸対称噴流の速度分布に従うと仮定して,よこ糸飛走路の噴流速度を求めると次式で与えられる。
(8)
ここで,US0は補助ノズル出口噴流速度,dSは補助ノズル出口直径,S1は噴流軸座標,およびrはよこ糸飛走点から噴流軸までの距離である。
式(8)におけるS1とrは補助ノズルの取り付け角度および補助ノズル噴流の噴射角度から計算することができる。

表1 よこ入れ条件
N 織機回転数 7.22 s-1
Pm メインノズル圧力 147-294 kPa, 49kPa毎
tj メイン噴射時間 30.3-51.4 ms, 1.9ms毎
Pj 常時圧力 49, 98 kPa
Psub 補助ノズル圧力 98-343 kPa, 49kPa毎
補助ノズル噴射1グループ 86-166°
2グループ 111-181°
3グループ 140-210°
4グループ 169-239°
5グループ 198-359°
ピンタイミング 76-198°



図2 よこ入れ時の張力とフィーラ信号

表2 供試糸の物性値
No. 繊度[tex] フィラメント数 等価直径[mm] 弾性率[GPa]
1 8.7 48 89.5 1.441
2 8.1 72 86.2 3.610
3 16.5 48 123.2 4.939
4 16.5 96 123.2 3.041
5 21.7 48 141.3 2.766
6 21.7 72 141.3 4.373
7 33.2 72 175.0 4.413
8 33.9 96 176.8 4.178


3.実験装置および方法
よこ入れ実験は,加速管長さ200mmと出口直径3.9mmのメインノズル,出口直径1.5mmの補助ノズルが80mmの取り付けピッチで25本(5本1グループで同時噴射),板厚0.26mm,おさ密度28Dents/cm,おさ幅1.9mのおさが装着されているベンチテスト機を用いて行った。また,おさ端にはよこ糸のおさ端への到達を感知するフィーラが取り付けてある。本ベンチテスト機は,たて糸は装着されておらず,おさが静止した状態でよこ入れを行う。
よこ糸貯留装置とメインノズルの間に3点式の張力計(IRO製 Yarn Tension Meter)を,メインノズルの空気入り口部に圧力計(豊田工機製 PMS-5-10H)を取り付け,よこ入れ時の張力とメインノズルの圧力を測定した。よこ入れ条件は,表1に示すように補助ノズルの噴射時間と噴射タイミングを一定として,メインノズルの設定圧力,メインノズルの噴射時間,メインノズル常時圧力,および補助ノズルの設定圧力を変更して実験を行った。
また,ベンチテスト機からのトリガー信号により,織機クランク回転角度およびよこ糸挿入速度を計測した。図2は計測されたよこ入れ時の張力とフィーラ信号であり,横軸はトリガー信号の立ち上がりを織機クランク回転角度の0°として回転角度への換算を行った。図2からよこ糸のおさ端への到達を示すフィーラ信号の立ち上がり角度とよこ入れ張力のピークの立ち上がり角度が一致しているので,張力のピークの立ち上がり角度をよこ糸のおさ端への到達タイミングとした。よこ糸の挿入速度Vyは,織機回転数をNとして次式で計算した。
(9)
ここで,LRはメインノズル先端からフィーラ位置までの距離=1.895m,N=7.22s-1であり,図2に示したようにqsはよこ糸の飛走開始角度,qeはよこ糸の織端への到達角度である。
実験に用いたよこ糸は,8.1texから33.9texまでのポリエステル加工糸8種類であり,その見掛け繊度とフィラメント数は,表2のとおりである。

4.実験結果および考察
 4.1 空気抗力係数
メインノズルを用いて,糸の一端を固定した状態で空気抗力を計測して,計算した空気抗力係数Cfの結果を,レイノルズ数を横軸として図3に示す。図中に示す実線は,Gould3)が行った両端支持条件下でのモノフィラメントの実験結果である。図から空気抗力係数のレイノルズ数に対する変化は,繊度には依存せず,3つのグループに分かれている。特にフィラメント数96本の糸16.5texと33.9texが,実験した中では一番大きな空気抗力係数となった。また,得られた空気抗力係数は,Gouldの結果よりもかなり大きな値を示している。この理由としては,ポリエステル加工糸は糸の構造から空気との接触面積が多いことと,実験条件が片端支持であるので,主として自由端の振動や曲率を持つことにより,空気抗力係数が大きくなったものと考えられる。


図3 空気抗力係数
また,これまでの糸の空気抗力係数を求める実験は,空気流の安定性から吸い込み流を用いており,レイノルズ数としては,あまり大きな値での実験が行われていない。しかし,本実験では,エアジェットルームに用いられるメインノズルを用いた噴き出し流であり,乱流中での実験であるにも関わらず,レイノルズ数の増加による空気抗力係数の変化に関しては,Gouldの結果と同じ傾向がある。
このことは,空気抗力係数を求めるための本実験装置および実験方法が,妥当であったことを示していると考えられる。
Gouldによれば式(6)における比例定数Kは糸のしまり具合等を表し,指数nは表面の滑らかさを表すと考えられている。実験に用いたポリエステル加工糸のnの値は,繊度およびフィラメント数によらず-0.76であった。また,ポリエステル加工糸は,荷重の変化に対する直径変化が直線的ではなく,荷重の指数関数的に減少する。この荷重に対する直径変化が,式(6)における比例定数Kの値に大きく影響し,3グループ分かれたものと考えられるがその有意性については明確ではなく,今後の検討課題である。

 4.2 よこ糸挿入速度
 4.2.1 メインノズル圧力の影響


図4 メインノズル圧力の影響
メインノズルに設定する圧力には,よこ糸挿入時に作用する圧力とよこ糸が停止しているときによこ糸の緩みを解消して初動を補助する常時圧力の2種類がある。図4に4種類の糸でメインノズル噴射時間39.9ms,常時圧力98kPa,補助ノズル圧力196kPaのときのメインノズル圧力とよこ糸挿入速度との関係を示す。実験した圧力範囲では,よこ糸の挿入速度は,糸種によらずメインノズル圧力に比例して増加している。また,このときの増加割合も糸種によらずほぼ一定である。糸の繊度による違いは,繊度の小さい糸の方が,同じメインノズル圧力で大きなよこ糸挿入速度となる傾向にあるが,21.7tex/72fの糸と33.9tex/96fの糸ではほぼ同じよこ糸挿入速度である。これは,図3に見られるように,21.7tex/72fの糸と33.9tex/96fの糸との空気抗力係数の違いが大きく影響した結果であると考えられる。
 4.2.2 補助ノズル圧力の影響
図5に3種類の糸について補助ノズル圧力とよこ糸挿入速度の関係を示す。21.7tex/72fと33.9tex/96fの糸は,補助ノズル圧力に比例してよこ糸挿入速度が増加している。16.5tex/96fの糸は,補助ノズル圧力が294kPaまではよこ糸挿入速度は補助ノズル圧力に比例して増加しているが,それ以上の圧力では増加が見られない。いずれの糸のおいても,補助ノズル圧力に対するよこ糸挿入速度の増加割合は,メインノズルの圧力や噴射時間に対する増加割合よりも小さくなっている。これは,メインノズルでは,高速空気がよこ糸を包み込むように流れているのに対して,変形おさのよこ糸通路内では,補助ノズルからの噴流速度がよこ糸の飛走方向とある角度を持って外部から流れ込んでいるため,補助ノズル圧力の増加に対するよこ糸挿入速度の増加が,メインノズル圧力を増加したときに比べて,小さいと考えられる。


図5 補助ノズル圧力の影響
エアジェットルームでの製織は,いかによこ糸を安定させて飛走させるかが重要であり,よこ糸挿入速度の標準偏差が小さくなるように,メインノズル圧力,噴射時間,および補助ノズル圧力を調整する必要がある。
織機回転数の増加に対するよこ糸挿入速度の向上には,メインノズルの設定圧力または噴射時間を増加させれば良く,安定したよこ入れを行うには,補助ノズル圧力を調整することによって可能となると考える。

 4.3 数値計算結果


図6 メインノズル圧力の影響
図6は,メインノズル圧力とよこ糸挿入速度との関係を式(1)を用いて数値計算した結果とともに示す。数値計算にはルンゲ・クッタ法を用いた。実験条件は,16.5tex/96fの糸,メインノズル噴射時間39.9ms,常時圧力49kPa,補助ノズル圧力196kPaの場合である。計算結果と実験値とを比較すると,計算結果のほうが実験値よりも少し大きいよこ糸挿入速度となっているが,メインノズル圧力とよこ糸挿入速度がほぼ比例関係にあることを良く表しており,計算値と実験値は,定性的にも定量的にも一致していると考えられる。
図7に,実験条件として16.5tex/96fの糸,メインノズル圧力196kPa,常時圧力49kPa,補助ノズル圧力196kPaのときにメインノズル噴射時間を30.3ms〜51.4msまで変化させた場合のよこ糸挿入速度を計算結果とともに示す。
噴射時間に対するよこ糸挿入速度は,噴射時間が42msを超えるとあまり増加しないが,それまでは,メインノズル圧力と同様に直線的な増加傾向を示している。噴射時間が42msを超えたときによこ糸挿入速度があまり増加しない理由は,噴射終了時には既によこ糸先端が端に到達しており,貯留装置から糸が引き出されるのを防ぐためのピンにより糸が押さえられるためによこ糸挿入速度が増加しないものと考えられる。また,計算結果と実験結果とは良く一致していることがわかる。
したがって,式(1)に糸の空気抗力係数を与えることにより,よこ糸挿入速度のシミュレーションが可能である。また,よこ糸の運動を解析する上で,よこ糸の運動方向をメインノズルの中心軸上と仮定して数値計算を行ったが,定性的・定量的にもよこ糸挿入速度の計算値と実験値は一致しており,よこ糸の飛走位置が,よこ糸挿入速度の平均値に与える影響は少ないと考えられる。

図7 メインノズル噴射時間の影響


5.結  言
変形おさ補助ノズル方式のエアジェットルームを対象として,ベンチテスト機でポリエステル加工糸のよこ入れ性を評価する方法とその製織条件との関連性について調べた結果,以下のことが明らかとなった。
(1) エアジェットルームのメインノズルを用いた噴出流で実験を行ったが,空気抗力係数を求める実験としては妥当であり,糸のよこ入れ性を評価する方法として用いることが可能であると考えられる。
(2) 実験したポリエステル加工糸の中では96フィラメントの16.5texと33.9texの糸の空気抗力係数が一番大きく,よこ入れ性が良いと判断できる。
(3) 織機回転数の増加に対するよこ糸挿入速度の向上には,メインノズルの設定圧力または噴射時間を増加させれば良く,安定したよこ入れを行うには,補助ノズル圧力の調整が必要である。
(4) 16.5tex/96fのよこ糸挿入速度の数値計算結果と実験値とは良く一致し,理論計算可能であることが明らかとなった。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた金沢大学工学部教授岡島厚氏ならびに金沢大学工学部教授新宅救徳氏に感謝します。

参考文献
1) S. Adanur and M. H. Mohamed: Analysis of Yarn Motion in Single-nozzle Air-jet Filling Insertion Part I: Theoretical Models for Yarn Motion, J. Textile Institute, Vol.83, No.1, p.45 (1992)
2) 樋口健治,笠原要亮: 糸の空気力学的性質, 繊維機械学会誌, Vol.15, T335 (1962)
3) J. Gould and F. S. Smith: Air-Drag on Synthetic-Fiber Textile Monofilaments and Yarns in Axial Flow at Speeds of up to 100 meters per second, J. Textile Institute, Vol.71, No.1, p.38 (1980)
4) 八田潔,喜成年泰,新宅救徳,岩木信男: スパンデックス糸の空気抗力に及ぼす糸断面形状の影響, 繊維機械学会誌, Vol.50, T216 (1997)
5) 宇野稔: 補助気流を併用したエアジェットルームの研究(第1報)緯糸運動方程式の導入, 繊維機械学会誌, Vol.25, No.3, T47 (1972)



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