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−ウェルフェアテクノハウス石川の建設−
1.目的
高齢化社会が急速に進む中、通商産業省工業技術院では、医療福祉機器研究開発推進事業の一環として、高齢者や障害者が安全で快適に暮らせる住環境や福祉用具の総合研究施設「ウェルフェアテクノハウス(以下、テクノハウス)」の建設を各地で進めている。
石川県では、工業試験場とリハビリテーションセンターとの連携によってテクノハウス石川を設計し、平成10年7月、リハビリテーションセンターに隣接して竣工した。本報告では、高齢者や障害者の動作能力を体系的に整理することで得られた設計指針と完成させたテクノハウス石川の施設概要について紹介する。
2.内容
2.1 対象者と住宅環境の設定
高齢者や障害者に対応した住宅環境を考える場合、数ある障害ごとに個別対応が必要と思われがちである。しかし、これまでに蓄積した在宅生活技術支援のデータを分析した結果、障害別ではなく動作能力別の対応が重要であるということが分かり、その動作能力は大きく[1]立位移乗・移動タイプ(高齢者の症例に多い脳血管障害やパーキンソン症等)、[2]座位移乗・移動タイプ(交通事故や落下事故による脊髄損傷や軽度頸椎損傷等)、[3]介助移乗・移動タイプ(重度頸椎損傷等)という三つのタイプに区分されることが分かった。
このことから、テクノハウスを設計する場合、立位移乗・移動タイプに対する環境設定が整えば、身体機能が衰えた高齢者への対応ができ、さらに、座位や介助で移乗・移動するタイプに対する環境を付加することで、ほとんどの障害に対応できると考えた。図1ならびに表1は、在宅生活で特に重要となる移乗、移動、食事、排泄、入浴動作に関して、それぞれのタイプに必要となる住宅環境の基本条件の整理を試みたものである。
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| 図1 移乗・移動タイプ別に対応した住宅環境の基本条件(テクノハウス石川資料編より) |
表1 高齢者・障害者の動作能力と住宅設計条件(テクノハウス石川資料編より)
| [1]立位移乗・移動タイプ | [2]座位移乗・移動タイプ | [3]介助移乗・移動タイプ | ||
| 起 居 ・ 移 乗 動 作 |
動 作 能 力 |
・麻痺のない側への起き上がりや利き足を軸にした立ち座り,移乗などが自立的に行える。 | ・ベッドの柵や背上げ機能があれば,寝返りや起き上がりは自立的に行える。 ・車いすへの移乗は,ベッドと車いすの座面が同じ高さで,隙間なく横付けできれば,座位で自立移乗ができる。 |
・寝返り,起き上がり,移乗動作は,すべて介助となり,座位姿勢も困難である。 |
| 設 計 条 件 |
・体勢が不安定なため,ベッドは下肢が床に着地する高さが必要で,ベッド柵や硬めのマットレスがあるとよい。 ・床材は滑りにくいフローリングや硬めのカーペットを選ぶ。 |
・体勢が著しく不安定なため,硬めのマットレスが必要となる。 ・床材は,車いすに移乗するときにタイヤが滑らないものを選ぶ。 |
・介助用に床走行リフトや天井走行リフトを利用することが多いので,部屋の間取りやスペースを十分考慮する。 ・天井走行リフトの場合は,レールと機器設備の位置関係が重要となる。 | |
| 移 動 動 作 |
動 作 能 力 |
・麻痺側に短下肢装具を装着した杖や手すりによる歩行が可能だが,歩行が不安定な場合や屋外移動には,回転半径の小さい車いすを利用する。 | ・移動は,室内外ともに車いすで自走が可能で,屋外は運転補助具付自動車の利用も可能である。 | ・室内移動は,介助用車いす,各種リフトなどで介助移動を行うか,チンコントロール(顎での操舵)などを利用して電動車いすで自走する。 |
| 設 計 条 件 |
・フロア面の段差をなくし,動線と手すりの位置関係を十分考慮する必要がある。 | ・通路幅の確保やフロア面に段差や勾配のないことが原則である。 | ・いずれの場合も移乗にはリフトが必要になり,障害や体型に応じた吊具の選定が重要となる。 | |
| 食 事 動 作 |
動 作 能 力 |
・食事は,麻痺のない上肢で自立的に行える。 | ・上肢に麻痺がある場合は,各種食事用自助具を用いて食事を行う。 | ・介助または各種食事用自助具を用いて食事を行う。 |
| 設 計 条 件 |
・椅子は,立ち座りがしやすく長時間の姿勢保持ができるものを選ぶ。 ・テーブルは,椅子の肘掛け等が緩衝せず,足が深く入るものが必要である。 |
・テーブルは,車いすのアームレストやフットレストが緩衝せず,足が深く入るものが必要である。 | ・テーブルは,介助型車いすや電動車いすのアームレストやフットレストが緩衝せず,足が深く入るものが必要である。 | |
| 排 泄 動 作 |
動 作 能 力 |
・歩行の場合は,便器の正面に立ち,利き手でL型手すりにつかまり,利き足を軸に回転して便器に移乗する。 ・車いすの場合は,便器の側面から歩行の場合と同じ要領で移乗する。 |
・排尿は,車いすを便器に対面させ,自己導尿(自分で陰部にカテーテルを差し込み排尿する方法)を行う。 ・排便は,車いすを便器に横付けるか移乗台を用いて座位移乗し,座薬利用や肛門刺激による長時間動作となる。 |
・すべての動作に介助が必要となり,排尿は介助導尿方式,排便はオマルやポータブルトイレを利用することが多い。 ・介助用トイレチェアーや各種リフトなどを利用してトイレで行う場合もある。 |
| 設 計 条 件 |
・便器は,移乗しやすい高さを考慮し,後始末のしやすい洗浄乾燥機能付きのものを選ぶ。 ・L型手すり,洗浄リモコン,ペーパーホルダー緊急通報装置などは,便器に腰掛けた状態で麻痺のない側の適切な位置に設置する。 |
・車いす移動に必要なスペースや便器に接近しやすい配置を考慮する。 ・便器は,車いすの座面高と揃え,疼痛や褥そうを防止するソフト便座,姿勢保持具や手すりも必要になる。 ・周辺機器は立位タイプの場合に準ずるが,手洗器や排泄器具の棚や台も必要となる。 |
・介助移動機器に必要なスペースを考慮する。 ・便器は,立位タイプの場合にほぼ準ずる。 | |
| 入 浴 動 作 |
動 作 能 力 |
・腰掛けて脱衣を行い,手すり歩行で浴槽の縁に一旦腰掛けて入浴する。 ・立位や歩行が著しく不安定な場合は,シャワーキャリーを利用して入浴する。 |
・脱衣は,ベッドまたは脱衣台の上で行い,車椅子の座面と脱衣台,洗い台,浴槽縁の高さが揃っていれば,座位移動で自立的に入浴できる。 |
・すべての動作に介助が必要となり,脱衣はベッド上で行い,介助用シャワーチェアや各種リフトで移動して入浴を行う。 |
| 設 計 条 件 |
・手すりは,麻痺のない側の脱衣場,洗い場,浴槽縁間に連続的に設置する。 ・浴槽は,麻痺のない側に腰掛け台があり,入浴姿勢が安定する形状(和洋折衷型)を選ぶ。 ・水栓具は,レバー式カランや注水ボタン付シャワーコックを選び,適正配置する。 |
・脱衣台,洗い台などの材質は臀部を傷つけないことが条件。 ・身体を洗う場合に,姿勢保持具や上腕で身体を支える手すりが必要となる。 ・浴槽は,立位タイプの場合に準ずる。 ・水栓具は,立位タイプの場合に準ずるが,洗い台で操作しやすい位置に配置する。 |
・浴槽は,立位タイプの場合と同様に,姿勢を保持できる和洋折衷型を選ぶ。 ・シャワーチェアーは,姿勢保持ができる座角度調節付きのものを選び,臀部筋肉が減退しているため,シートはソフトな素材が要求される。 | |
2.2 設備概要
テクノハウス石川の設備概要について、在宅生活で特に重要となる起居・移乗、移動、食事、排泄、入浴動作環境を中心に説明する。各移乗・移動タイプに関係する項目については、[立]立位移乗・移動対応、[座]座位移乗・移動対応、[介]介助移乗・移動対応、[共]共通対応と付記する。
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| 図2 各種障害に対応した寝室 | 図3 玄関の埋込式段差解消機 | 図4 ダイニングセット |
(1)起居、移乗、移動環境(寝室、和室、通路等)
[1]ベッド:[共]動作能力に合わせて調整できる4モーター式ベッドを採用、[介]重度四肢麻痺者が和室、特殊トイレ、特殊浴室へ移動するための天井走行式リフトを設置、[介]ベッドや空調、照明、電話、テレビ、カーテン、窓、雨戸、玄関扉等を自立操作できる環境制御機器を整備(図2)
[2]和室:[立][座]立ち座りや車いす移乗の最適値を求めるための床昇降機構(垂直可動域0〜550mm)を導入、[介]寝室とつなぐ天井走行リフトを設置
[3]通路:[共]通路は車いすや床走行リフト等に必要な幅員を確保、[立][座]床は歩行時や車いす移乗時に滑りにくい木質およびコルクのフローリングを採用、[立]手すりは高さ800mmを基準に必要箇所に設置し、その他は手すり下地を敷設
[4]開口部:[共]建具やサッシは車いす利用者や上肢障害者が扱いやすい引き戸(有効開口幅900mm)と引き手を採用
[5]段差:[共]屋内の段差は玄関と車庫の上がりかまちを除いて解消し、各上がりかまちには埋込・据置式段差解消機を設置(図3)、車庫と1・2階に停止する通り抜け式ホームエレベーターを設置
(2)食事環境
[1]ダイニングセット:[共]立ち座りのしやすさを確認できる椅子(4種)や各種車いすに対応した手動昇降式テーブルを整備(図4)
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| 図5 一般トイレ | 図6 特殊トイレ | 図7 一般浴室 |
(3)排泄環境
[1]一般トイレ:[立][座]便器は暖房・洗浄・便座開閉装置付きで移乗を妨げないないものを採用し、L型および回転手すり、手洗器、周辺機器等は便器に座った状態で扱いやすい位置に設置(図5)
[2]特殊トイレ:[共]排泄動作の最適条件を求めるた めの電動昇降式便器(垂直可動域400〜550mm)、電動昇降式移乗台(垂直可動域0〜550mm)、電動昇降式身障者用便器(垂直可動域340〜600mm)を設置し、それぞれの便器に水平垂直可動式手すりを設置、[介]寝室とつなぐ天井走行式リフトを設置(図6)
(4)入浴環境
[1]一般浴室:[立][座]開口部は3枚引き戸を採用し、 左右いずれの片麻痺者でも試せるように手すりや水栓具等は左右両壁に設置、[立][座]浴槽は左右に腰掛けステージと蹴込みがある和洋折衷型(内寸:長さ1050mm、幅610mm、深さ550mm)のものを特注、[立]手すりは脱衣場から浴槽の縁まで連続して設置(図7)
[2]特殊浴室:[共]入浴環境の最適値を求めるための電動昇降式浴槽と3つに分割した電動昇降式洗い場(垂直可動域0〜550mm)を設置(図8)、脱衣台は便器側方の移乗台を兼用、[介]寝室とつなぐ天井走行式リフトを設置
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| 図8 特殊浴室の昇降装置 | 図9 研究スペース |
(5)その他の特徴的な設備
[1]研究スペース:[共]2階には住宅改造や福祉用具の適合を検証するための各種設備(空間を自由なサイズに設定できる移動間仕切り壁、ベッドや浴槽の移乗用リフト、車いすで段差・通路・開口幅を評価する装置等)を設置(図9)
[2]天井裏観察フロア:[共]1階と2階の天井裏に動作観察用の渡り通路を設置、1階はキッチン、寝室、浴室、トイレ、特殊浴室・トイレ等の天井に観察窓を設置、2階は全域が観察できるようにワイヤーネットの天井を設置
[3]その他:[共]動作環境の最適値を求めるための電動昇降式キッチンおよび洗面台、階段状の花壇等を設置、国内外の先端的福祉用具および視聴覚障害にも対応した電化製品や装置等を数多く整備
3.結果
ウェルフェアテクノハウス石川の建設によって、以下の結果が得られた。
(1)高齢者や障害者の動作能力を体系的に整理することで、数ある障害を大きく三つのタイプに分類することができ、高齢者から重度障害者までに対応する明確な住宅設計指針を導くことができた。
(2)高齢者や障害者個々の身体特性に応じた住環境や福祉用具の実証評価機能を充実したことで、石川県における当該分野の総合実験施設として位置づけることができた。
(3)竣工後1年間の利用実績は、住宅設計相談をはじめ福祉用具の適合および開発支援など240件を越え、今後のさらなる研究促進に期待を集めている。
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