技術ふれあい '99発表会要旨集
漆器の分析技術の開発 |
|
 |
|
|
 |
1.目的
漆器はもともと木に漆を塗ったものであったが,現在ではプラスチックに漆に似た合成塗料を塗った近代漆器が大きな位置づけを占めている。また最近では,中国から輸入され,国内で加工販売される漆器もある。これらの漆器の特色を明らかにし,さらには漆器の製造過程で生じる欠陥の原因究明,クレーム対策のためにも漆器の分析技術が重要となる。そこで,種々の機器を使用して漆器の素材,製造工程,使用する材料などを判定することを目的に研究を行った。
2.内容
漆液は主成分のウルシオールの他に水分,ゴム質,含窒素物(糖タンパク質)などから構成されている。漆は天然物であるため産地や採取した時期によって組成が異なる。我々はこれまでに入手した漆液の成分組成を分析し,その粘度や乾燥時間などを測定して,データベース化を行ってきた。それを基礎として漆器の分析評価技術について検討した。
2.1 赤外データベースを用いた物質の判定
漆器に使用される素地,下地,顔料,塗料などの赤外吸収スペクトルを測定し,赤外データベースを構築した。データベースを用いて,目的とする試料の赤外スペクトルに近いものを検索した。検索結果から最も近いスペクトルを選び出して重ねて表示し,どの程度一致するかによって物質の判定を行った。
2.2 塗膜の評価
試料の断面をファイバーマイクロスコープで観察し,各層の膜厚を測定する。各層を少量削り取り,赤外吸収スペクトルによって物質が何であるかを判定した。
レーザー顕微鏡を用いて塗膜の表面形状を観察すると共に,2次元表面粗さを測定し,高さのヒストグラムとして表面粗さの分布状態を数値化した。
2.3 無機物の判定
X線分析顕微鏡を用いて,試料に含まれる元素(例えば,無機物を含む顔料や添加剤など)の判定を行った。
3.結果
3.1 赤外データベースを用いた物質の判定例
1999年 3月現在までの測定データの中から厳選した 348件をデータベースに登録した。このシステムを利用すれば,解釈も検索もコンピュータによって迅速に行うことができる。赤外吸収スペクトル(赤外線の吸収位置と吸収強度のパターン)が一致すれば,同一物質であると判定できる。赤外データベースを利用して物質を同定した例を示す。
試料1:塗膜試料の赤外吸収スペクトルの検索結果を図1に示す。検索結果はピークと解釈結果を基に赤外データベースの検索を行い,試料1は漆であると判定された。図2では試料1と検索結果の吸収はほぼ一致している。スペクトルを詳細に検討することによって漆の硬化の程度やつや剤の有無の判定も可能である。
 |
 |
| 図1 赤外吸収スペクトルの検索結果 |
図2 試料1(図中下線)と検索データ(図中上線)
の赤外吸収スペクトル |
3.2 塗膜の評価例
ファイバーマイクロスコープによる塗膜の断面を観察した例を示す。
試料2:図3にある漆器の断面の画像を示す。塗膜は2層で,赤外分析の結果と照合すると上塗りは黒漆,中塗りは朱漆で,下地は地の粉に近いものと推定された。
漆器の熱水による変色は,ゴム質が溶出して塗膜に穴が生じるためであることが明らかになっている。試料3(変色する前)と試料4(熱水によって変色させた塗膜)のレーザー顕微鏡による表面粗さの分布を図4に示す。試料3は穴があいたため試料4と比較してヒストグラムで低いところの部分が増えているのがわかる。このように変色による塗膜表面の変化を定量的に評価することが可能になった。
 |
| 図3 試料2の断面図 |
 |
| 図4 試料3(左)と試料4(右)の高さ分布 |
3.3 X線による無機物の判定
赤外分析では,有機物は判定可能であるが,無機物については限られてくる。そこで,蛍光X線による無機分析が必要となる。X線分析顕微鏡を用いて試料5(地の粉)の分析を行った例を示す。試料の測定データ(図5)より,地の粉に含まれる元素とその割合を知ることが可能になった。
 |
| 図5 試料5のスペクトルデータ |