技術ふれあい '99発表会要旨集
漆塗膜の変色防止技術応用製品の開発
製品科学部 ○市川太刀雄 志甫雅人 江頭俊郎 梶井紀孝
輪島漆器商工業協同組合


1.目的
 黒塗りの漆器製品は,熱水により塗膜表面が灰褐色に変色するため,産地では緊急にその対策が求められている。そこで,当試験場が開発した変色防止技術(カーボンブラック添加漆)とそれを製品に応用するデザイン技術(コンピュータグラフィックシステム)とを使い,輪島の漆器製造企業と共同で試作研究を行った。

2.内容
2.1 漆器製品の変色事例
(1)黒塗り椀は,霞がかかったような緑みの灰色に変色していたが,つやの減少は無かった。塗膜表面を刃物で極僅か掻き取ると黒い塗膜が露出した。これは使用回数の少ない段階で塗膜表面の極薄い層のゴム質が熱水で溶出したと考えられる。
(2)黒塗り茶托の図1は,塗膜表面が大きく割れ,ゴム質が溶出した穴が数多く見られ,つやの減少や変色が激しかった。これは,長年にわたり使用したので塗膜表面が荒れ,ゴム質の溶出が奥深くまで進行したと考えられる。

図1 変色した黒塗り茶托の塗膜 表面SEM


2.2 実験項目
 下記の項目について検討した。
(1)大型製漆機による製漆
(2)カーボンブラック添加漆の耐熱水性、耐光性の評価
(3)カーボンブラック添加漆を使った漆器製品の試作
2.3 漆器製品試作の経過
 8月下旬漆器試作品目と形状デザイン決定→9月中旬企業へ制作委託→12月上旬加飾デザイン決定→2月中旬製品仕上がり
2.4 製品試作
 試作品の品種及び寸法,点数
・座卓 A:W908×L 908×H330mm 1台
・座卓 B:W908×L1210×H330mm 1台
・吸い物椀:φ120×H103mm 10客
・汁椀:φ120×H70mm 30客
・丸盆 A:φ157×H18mm 15枚
・丸盆 B:φ303×H18mm 15枚
・テーブル:φ900×H720mm 1台
・多用椀 A:φ140×H105mm 6客
・多用椀 B:φ140×H105mm 6客

図2 カーボンブラック添加漆塗膜の熱水試験による色差変化

2.5 大型製漆機による製漆
(1)黒つや漆
 大型製漆機に生漆14s(安康7sと嵐コウ7s)とウルシオール6s,油脂2sを入れ,着色剤として適量の鉄黒とカーボンブラック600g(予めカーボンブラックにアルコール3リットルを入れ混練)を加え,くろめ(撹拌と水分除去操作)を行った。また,水分調整のため,くろめ返し(水分除去や光沢の増加を目的に再度製漆する)を行った。
 生漆を精製漆にするとゴム質の量は,推定約7.5〜10wt%含まれることになる。今回,製漆した黒つや漆は,ウルシオールを30wt%加えたことで,ゴム質の量を4.74wt%と少なくすることができた。また,つや剤の添加量は,10.79wt%と少ないため,ウルシオール分の割合が多くJIS規格1級品(62.8wt%以上)相当であった。
 乾燥性は,嵐コウ産生漆の乾燥時間が240分と非常に乾燥が悪いことに加えて不乾燥のウルシオールを加えたことで,精製漆の乾燥が275分と悪くなった。
 輪島産地で好まれる塗膜のつやは,底つやと言った光沢の少ない漆で,製漆時に光沢を付与するなやし工程は行わなかった。また,産地ではつや剤を加えることを嫌うので,つや剤の添加を極力少なくした。
(2)黒ろいろ漆
 大型製漆機に生漆20s(城口産14sと日本産6s)を入れ,着色剤として適量の鉄黒とカーボンブラック600g(予めカーボンブラックにアルコール3リットルを入れ混練)を加え,くろめ(撹拌と水分除去操作)を行った。
 黒ろいろ漆は,城口産生漆にゴム質が少ないとされる日本産生漆を加え製漆したが,日本産生漆のゴム質の量が7.19wt%と予想以上に多かったため,精製漆のゴム質を少なくすることができなかった。
 精製漆の粘度は,作業性の仕上がりに大きな影響を及ぼすため,適正な粘性(3000〜6000mPa・s)が必要になる。今回,くろめ返しをした黒つや漆の粘度が7987mPa・sと高く,黒ろいろ漆は3934mPa・sと良好であった。
 カーボンブラックを加えると,塗布後の刷毛直りや作業性が問題になると考えられたが,製品には刷毛筋が無く,塗膜表面の仕上がりも良好で,作業性の聞き取り調査においても,何ら問題が無いことが分かった。
2.6 変色試験
(1)熱水試験
 促進熱水試験機(田中科学機器製特注)を使い,熱水面(φ60mm)に漆塗りしたフェノール樹脂積層板を当て,温度86〜90℃で150〜170時間熱水試験を行った。
 図2にカーボンブラック添加漆塗膜の促進熱水試験による色差の測定結果を示す。
 カーボンブラック添加黒つや漆塗膜の色差変化は、170時間で色差ΔE5.16と最大の変色を示したが,その変色は,無添加(なやし時間無し、油脂5部添加)の色差ΔE13.91(150時間後)より少なく,長時間熱水試験を行っても変色の進行を押さえることができた。また,カーボンブラック添加黒ろいろ漆塗膜は,150時時後で色差ΔE1.74と無添加塗膜の1/5以下で,変色防止効果が確認できた。


 図3にカーボンブラック添加漆塗膜の促進熱水試験による色味の測定結果を示す。
 カーボンブラック無添加の黒つや漆は,熱水試験160時間後の色相(ab)の変化は少ないが明度(L)の変化が大きく,塗膜が灰色に変色した。しかし,カーボンブラック添加黒つや漆塗膜の熱水試験170時間後の色味は,緑みの黒色に変化したが,明度の変化が小さいので,視覚的な変化は少なかった。
 市販のカーボンブラック無添加黒ろいろ漆塗膜は,熱水試験が進むにつれ赤色,赤橙色,黄褐色に色相が変化し,色味が大きく変化した。しかし,カーボンブラック添加黒ろいろ漆塗膜の色相の変化は非常に小さく、褐色を保持することができた。

図3 カーボンブラック添加漆塗膜の熱水試験による色味変化


(2)耐光性試験
 サンシャインウェザーメーターを使い,160時間(積算放射照度:144.7MJ/m2)漆塗膜に照射した。
 図4にカーボンブラック添加漆塗膜の耐光性試験による光沢残存率を示す。
 カーボンブラック添加黒つや漆塗膜の試験前の光沢度は50.5%で、漆塗膜の光沢としては少ないが,輪島産地に求められる底つやが有り良好であった。しかし,紫外線に対する強さは,製漆でなやしを行わなかったため,光沢が急激に低下し,照射時間160時間で,光沢残存率が64.3%と塗膜表面が白くなった。また,黒ろいろ塗膜は塗膜を研磨するため,カーボンブラックが塗膜表面近くに露出しているので,少ない照射時間(80時間)で漆が分解され,急激に光沢(光沢残存率:21.1%)が失われた。

図4 カーボンブラック添加漆塗膜の耐光性試験による光沢変化


2.7 デザイン手法
 三次元CG/CADシステムを使い,試作品の形状デザインを行った。
 加飾のデザインには,当試験場で編纂した「CGを利用した伝統工芸文様事例集」の中から文様を選定し吸物椀,お盆の塗立て塗装面に,能登ヒバ文様を沈金加工で加飾し,従来の輪島塗らしさを椀,盆,座卓で示すことができた。また,多用椀はモダンな椀形状に合わせてよりモダンさを強調するため,ろいろ仕上げ(鏡面)と漆絵による半艶のコントラストによる微妙な黒百合文様を施した。
 三次元CG画像で仕上がりの検討をすることによって,微妙な文様の表情を捉えることが可能となり,文様のデザイン検討時間が短縮できた。
2.8 試作品について
 図5,図6に試作した漆器と開発に用いたCG画像を示す。

図5 能登ヒバ文様吸物椀 図6 試作多用椀(左)と三次元CG画像(右)

2.9 成果の普及
 成果の普及を図るため,次の展示会に試作品を出品した。
(1)第32回全国漆器展
平成10年2月21日〜2月23日 東京ドーム
(2)漆器の新製品展
平成10年3月27日〜5月20日 石川県伝統産業工芸館
(3) 第33回全国漆器展
平成11年2月20日〜2月22日 東京ドーム

図7 第33回全国漆器展での展示


3.結果
(1)大型製漆機によるカーボンブラック添加精製漆の製造技術を漆器業界へ技術移転することができた。
(2)大型製漆機で精製した漆の熱水変色防止効果が実証された。
(3)椀,盆,座卓など,多種の試作を漆器産地と共同で試作したことにより,産地内企業へ効果的に変色防止技術が普及できた。
(4)三次元CGを用いることによって,合理的に漆器のデザイン開発が行えた。
(5)第32,33回全国漆器展,石川県伝統工芸館に出展し,好評を得た。


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