技術ふれあい '99発表会要旨集
高強度球状黒鉛鋳鉄の疲労強度特性 |
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1.目的
球状黒鉛鋳鉄は,鋼に近い引張強さと伸びを有するため,鋳鋼品に代わり構造部材に広く利用されている。しかしながら,高強度な材質(FCD500以上)では,構造部材に要求される疲労強度特性にバラツキを生じることから,軽量および高強度が要求される機械構造材への利用では敬遠される傾向にある。これは,機械構造用鋼の場合,引張強さと疲労限度の間に比例関係が成立し,耐久比(疲労限度と引張強さの比)は常に一定値をとるのに対して,基地組織の調整により高強度化を図った球状黒鉛鋳鉄では,耐久比が一定値とならず疲労強度設計が難しいためと考えられる。それゆえ,球状黒鉛鋳鉄を構造用材料として使用するためには,疲労強度特性に及ぼす黒鉛や基地組織の影響を把握しておくことが重要であり,本研究では,強度レベルの異なる球状黒鉛鋳鉄を用い,その疲労強度特性について検討したので報告する。
2.内容
2.1 実験方法
実験に使用した球状黒鉛鋳鉄材は,県内銑鉄鋳物工場においてFCD400〜FCD700相当の材質をサンプリングし,Yブロック形状に鋳込んで使用した。また,基地組織の調整のため,FCD700の材質についてはYブロック下部を切断し,直径20mmの丸棒に荒加工後,表1に示すような熱処理を施した。機械試験においては,熱処理ひずみを避けるため,熱処理後に図1に示すような引張試験片(a)と回転曲げ疲労試験片(b)に加工し,それぞれの実験に供した。なお,回転曲げ試験では,回転数
3600回転/minの小野式試験機を用い,室温下で行った。
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表1 熱処理条件
試料 |
熱処理 |
組織 |
FCD700 |
Non.(鋳放し) |
パーライト+フェライト |
焼きならし |
900℃×1h−ファン空冷 |
パーライト |
焼入・焼戻 |
900℃1h×−水焼入−550℃×1.5h−水冷 |
焼戻マルテンサイト |
オーステンパ |
900℃×1h−385℃×3h−空冷 |
ベイニティクフェライト |
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図1 引張(a)と疲労(b)試験片 |
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2.2 疲労強度に及ぼす基地組織種の影響
熱処理により基地組織を調整した球状黒鉛鋳鉄の機械的性質を表2に示す。FCD700素材が,焼きならしにより,引張強さが843N/mm2に向上した。また,焼入・焼戻を行うと,引張強さが986N/mm2まで上昇する反面,伸びは素材の半分程度に低下した。一方,オーステンパしたものでは,引張強さ964N/mm2,伸び8%と引張強さ,伸びともに素材レベルを大きく上回っていた。
表2 試料の機械的性質
試料 |
引張強さ
N/mm2 |
伸び
% |
硬さ
HRC |
基地硬さ
HV |
疲労限
N/mm2 |
FCD700 |
708 |
5 |
20 |
240 |
282 |
焼きならし |
843 |
4.5 |
27 |
310 |
305 |
焼入・焼戻 |
986 |
2.5 |
36 |
490 |
279 |
オーステンパ |
964 |
8 |
33 |
390 |
354 |
図2に基地組織を調整した球状黒鉛鋳鉄の疲労試験結果を示す。疲労限度付近で基地組織の違いによる相違が明確に現れている。つまり,パーライト組織である焼きならし材では,強度アップに応じた疲労限度の向上が見られる。一方,焼入・焼戻材では,引張強さが最も高いにも関わらず,疲労限度は素材のFCD700と同レベルであり,単純に引張強さに比例するものではないことが示唆される。また,オーステンパ材では,最も高い疲労限度を示したが,焼入材と同様にパーライト地と比べてバラツキが大きかった。
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図2 各種球状黒鉛鋳鉄の疲労強度 |
2.3 疲労強度に及ぼすオーステンパ時間の影響
高い疲労限度を示したオーステンパ材では,基地組織中に数十%もの残留オーステナイトが存在する。この組織は外部応力が加えられると変態しやすい不安定な組織であるが,オーステンパ(恒温変態)の進行に伴い,安定化する性質を持つ。図3はオーステンパ時間に伴う残留オーステナイト量の変化を示している。600min(10h)までは,オーステンパ時間の増加に伴って,オーステナイト量は僅かに減少するが,その後,ベイナイト変態により急速に減少し,1500min(25h)経過後にはゼロとなっていた。なお,オーステンパ球状黒鉛鋳鉄の高い引張強さと伸びは,基地組織中に多量に含まれるオーステナイトの効果によるため,一般的には残留オーステナイト量の変化が少ない
0.5h〜 3hの間でオーステンパして使用されることが多く,引張強さや伸び等の静的な強度試験では,顕著な差は現れていない。
図4は疲労強度に及ぼすオーステンパ時間の影響を調べたものである。両者の引張強さはほぼ等しいが,オーステンパ時間3hの試料では0.5hのものよりも2割ほど高い疲労限度を示した。これは繰り返し応力の作用する金属疲労の場合,オーステナイト組織の安定性が疲労強度に及ぼす影響が大きいため,長時間オーステンパした方が良好な結果となったものと考えられる。
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図3 オーステンパに伴う残留オーステナイト量の変化 |
図4 疲労強度のオ ーステンパ時間依存性 |
2.4 疲労強度に及ぼす基地硬さの影響
JISにおけるオーステンパ球状黒鉛鋳鉄 品では,引張強さが900〜1400N/mm2の間で規格化されているが,構造部材用途向けとしては,900,1000,1200N/mm2の3種類が指定されている。図5は
315〜385℃の範囲で2hオーステンパした球状黒鉛鋳鉄の引張強さと基地硬さ,および疲労限度の関係を示したものである。ここで基地硬さの測定では,マイクロビッカース硬度計を用いて,黒鉛の影響のない鉄基地部分を測定した平均値である。図からわかるように,引張硬さの上昇とともに直線的に増加ている。一方,疲労限度は基地硬さHV350までは増加するものの,それ以上の硬さでは急激に低下した。一般にネジのような応力集中源を持つ鋼材の疲労強度では,基地硬さがHV400を超えると切り欠き感受性が著しく敏感になるため,急激に低下することが知られている。また,基地中に強度のほとんどない黒鉛を多量に含む鋳鉄では,図6に示すように内部に空孔を含んだ材料と見なすことができる。このような材料が均一な引張応力σを受けるとき,空孔の周囲には応力集中を生じ,材料が硬いほど切り欠きに敏感になるので最大応力は3σまで高められ,き裂の発生は容易になることになる。
また,この時の硬さと疲労強度の関係を図示すると図7のようになる。つまり,硬さの上昇に伴って疲労強度が増加する。一方で,上述した応力集中により,ある硬さレベルを超えると急激に疲労強度の低下が起こるため,結局トータルで見た材料の疲労強度は最大値を持つことになり,焼き入れ等により鋳鉄の基地硬さをいたずらに高めても疲労強度は向上しないことになる。
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図5 基地硬さと引張強さ,疲労限度の関係 |
図6 空孔周囲の応力分布 |
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図7 疲労強度と基地硬さの関係 |
2.5 疲労強度に及ぼす残留オーステナイトの影響
図8は,曲げ応力292N/mm2で105回疲労試験した後,平行部の外周面から中心方向へ硬さ分布を測定した結果である。パーライト地の焼きならし材では硬さの変化は見られず,ほぼ一定の値を示しているが,325℃で3hオーステンパした試料(残留オーステナイト34%)では,外周面か0.2mmまでの範囲で硬さ値の上昇が見られる。残留オーステナイトを含まない325℃で25hオ
ーステンパした試料では硬さ上昇が僅かであることから,硬さ値上昇の原因は,オーステナイトの加工硬化や応力誘起マルテンサイトの生成によるものと推測される。なお,325℃で25hオ
ーステンパ材の疲労限度は,焼きならし材と同レベルであった。試料表面の硬化き裂発生の抑制や微小き裂の停留に対し有益であり,残留オーステナイトの存在が高強度球状黒鉛鋳鉄の疲労強度向上に大きく寄与していると考られる。
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図8 試験片外周面からの硬さ分布 |
2.6 球状黒鉛鋳鉄の疲労限度
図9はFCD400からFCAD1200(オーステンパ球状黒鉛鋳鉄)までの疲労限度と引張強さ,基地組織の関係をまとめたものである。フェライト組織(FCD400〜450)の材質では,鋼とほぼ等しい耐久比を持つが,高強度なパーライト組織(FCD500〜800)では,引張強さの増加に伴い耐久比(線図の傾き)が小さくなる。また,熱処理により強度改善を行う場合,焼戻マルテンサイト組織では,焼きならし材よりも疲労限度が低下するが,オーステンパにより上部ベイニティクフェライト組織に調整すれば,疲労限度は飛躍的に向上する。ただし,下部ベイニティクフェライト組織への調整では,疲労限度は低下する。
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図9 疲労限度と引張強さ,基地組織の関係 |
3.結果
高強度球状黒鉛鋳鉄について,基地組織が疲労強度に及ぼす影響について検討したところ,以下の結果が得られた。
[1]FCD700材に対する熱処理の内,焼きならしやオーステンパは,疲労強度向上に有効であるが,焼入・焼戻処理は疲労強度改善につながらなかった。
[2]疲労強度にオーステンパ処理時間依存性が見られ,3hオーステンパしたものは0.5hの短時間処理品より2割程度高い疲労限度を示した。
[3]熱処理により基地硬さの上昇と共に引張強さは増加する。一方,疲労限度はHV350をピークにし,それ以上の硬さでは切り欠き感受性が敏感になるため急激に低下した。