技術ふれあい '99発表会要旨集
パルスレーザによる材料プロセッシング技術の研究
機械電子部 ○米沢保人 南川俊治


1.目的
 レーザのパルス幅が短く(<数10 ns)、ピークパワが大きな(>TW/m2)光を材料に照射すると,アブレーションと呼ばれる特有の現象が発生する。この現象を利用して,薄膜堆積や材料加工,表面クリーニング等の材料プロセッシング技術の研究が行われ,従来技術では困難な材料の高融点多成分材料の薄膜化や難機械加工材料の加工が可能になりつつある。しかし,薄膜堆積における液的状粒子の生成や,図1のようなレーザ照射密度が大きい場合の表面性状の荒れ等応用上の課題がある。一方,これらの課題の形成メカニズムは明らかではなく,応用拡大のためにはこれらを明らかにすることは重要である。本研究では,パルスレーザアブレーションの熱的作用に注目し,温度分布シミュレーションを行うことで,そのメカニズムを調べることを目的とした。
2.内容
2.1 シミュレーション方法
 深さ方向への一次元温度分布シミュレーションを,差分法により行った。
 差分法では,表面から深さ方向(z) を十分小さいz=2 nmの要素に分割し,要素のレーザ光吸収による温度上昇や,隣接する要素との温度差による熱の伝導を十分小さい時間t=0.02ps毎に逐次計算した。シミュレーションでは以下のことを仮定した。
(1)吸収されたレーザ光は瞬時に熱に変換される。
(2)熱の拡散は一次元の熱伝導方程式に従う。
(3)表面からの熱の放射は無視する。
(4)融点に達した表面は,蒸気圧に比例し,温度の平方根に反比例した速度で蒸発する。
 シミュレーションの精度向上のため,温度依存性の大きなパラメータである熱伝導度及び蒸気圧は,データから実験式を求め用いた。また,熱特性パラメータのデータ量が豊富なSiをモデル材料とした。

(a) 未照射 (b) 照射後(40kJ/m2)
図1 表面性状の変化

2.2 温度分布シミュレーション結果及び考察
 図2にレーザ照射密度が40 kJ/m2の場合の深さ方向温度プロファイルの2 ns毎の変化を示した。横軸は深さを表し,左側が材料表面方向である。表面でプロットが無い部分は,材料表面が蒸発することにより消失し,表面が後退していることを表している。
 表面温度が高い場合には,最表面では,内部に比べわずかに温度が下がっている。これは,蒸発により表面で気化熱が奪われたためであると考えられる。これらの温度に相当する蒸気圧は,材料の表面を抑える力と内部圧力との差を表すと考えられ,照射密度が 40 kJ/m2の場合には,最大で10 MPaもの圧力差が生じることがわかった。以上から,材料表面の液相の挙動やこれに関連して働く力として以下のものが考えられる。
(1)内部と表面との圧力差を支えるための液相の粘性や表面張力。
(2)レーザ光の不均一に起因する内部圧力差解消のため面内方向の外側に向かう力。
(3)リコイル圧(表面の蒸気圧)の面内方向の不均一のため,周囲が押し出される力。
 図3にこれらの力の模式図を示す。(1)の表面張力に関しては,曲率半径の計算から,ある時間で表面張力が破綻することが分かり,爆発等の現象が起こりうると考えられる。(2)と(3)の力は,レーザ光照射領域の中心から外側に向かって働く力で,外側にある物質を押し出すことになる。この力は,上述の通りレーザフルエンスが40 kJ/m2の場合には最大で約10 MPaという大きな力を生じる。これらの考察から,(1),(2),(3)のいずれの効果でも,ある程度大きなフルエンス照射による表面性状の変化や液的状粒子生成が説明され得ることがわかった。しかし,(1)に対して(2),(3)の液相物質の移動方向が逆であることから,これらが競合することが考えられ,実際の挙動はさらに複雑であることが予想される。

図2 温度プロファイルの時間変化の例 図3 レーザアブレーションにより材料表面に働く力の模式図

3.結果
 パルスレーザ光を材料表面に照射した際の,温度プロファイルの変化を差分法によりシミュレーションした。その結果,PLAにより起こる材料表面の表面性状の変化や液的状粒子の生成が説明できることが示された。また、この結果を利用して、応用の際にはレーザビームの均一化等により表面性状変化の抑制を図りたい。


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