技術ふれあい '99発表会要旨集
工業試験場における文書決裁支援システムの構築 |
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1.目的
県等の官公庁における文書決裁とは,機関の意思決定を,文書を用いて行う業務を言う。そのために使用される文書を起案文といい,起案文を作成することを起案と言う。起案文は,下位の役職者から上位役職者へ順次承認を受け,最終責任者の決裁を受けた後,公文書として施行される。従来,このワークフローには,規定の帳票が用いられ,承認は押印によって行われていた。しかし,年々増加する業務を速やかに処理することは困難になりつつあり,また,文書保管スペースの確保等多くの問題が生じている。最近,ワークフローシステムは企業において導入,使用され始めているが,官公庁においては,以下の問題等で導入が遅れている。
(1)官公庁のワークフローは,会計伝票処理や報告書の回覧だけではなく,機関としての意思決定を行う業務を含み,詳細に業務の進捗方法が定められていて,考慮すべき事項が多い。
(2)官公庁の多くの業務は,他機関との文書の往復により処理されるため,日常扱う文書量が非常に多い。
そこで,これらの問題点を解決し,他の都道府県機関に先駆けて,文書決裁を支援するシステムを構築した1)。現在,本システムを実際の業務に適用し,評価を進めており,その結果を報告する。
2.内容
2.1 システムの概略
本システムは,図1に示す機能を有しており,構築するにあたっては,従来の帳票を用いる方法を忠実に実現した。これは,県における業務の進捗方法に準拠させるためと,実際の業務でユーザに受け入れやすくするためである。さらに,本システムは,上述の問題点を解決した上で,業務の効率化(承認期間の短縮,情報の周知)を図るため,以下の機能と特徴を有している。
(1)業務の進捗方法に準拠するための主な機能
県で定められている,業務の進捗方法によると,承認者が文書内容の修正や承認ルート(最終決裁者までの全承認者とその順序)の変更を行うことを可能としなければならない。この2つの機能は,起案作成者と承認者が連携して,文書を多面的に検討し,適切な文書を作成するために必要とされる機能である。従来の市販化されていたワークフローシステムでは,承認者により承認ルートの変更や文書内容の修正を行うことができるものは少なかった。
また,承認ルートを簡単に設定するために,本システムは人事データベースの機能を有している。人事情報は異動によって変更が生じ,結果として承認ルート上の承認者や起案作成者が異動する可能性もある。本システムは,異動が生じても速やかな対応が可能となるように,前任者から後任者への文書引継機能を有している。
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図1 起案の流れと機能の概略 |
(2)膨大な文書に対応するための機能
過去の文書を解析した結果,類似性のある業務や,契約の更改等毎年同じような処理を必要とする文書があり,その場合には過去の文書を参照することにより作業効率を向上することができる。そこで,本システムでは,起案作成者,件名,分類記号等で過去の文書を検索する機能を付加した。これにより文書量を意識せず,工業試験場全体で文書を共有化できるので,効率的な業務支援が可能と考えた。さらに,検索結果の内容を新規に作成する文書に複写し,再利用する機能を設けた。
(3)業務の効率化のための機能
承認期間短縮と情報周知のため,一斉方式という承認方式を取り入れた。一斉方式とは,複数の承認者へ起案文を同時に配布し,承認を得る方式である。一斉方式は,起案文の内容の可否判断を行わず,起案文から業務に関する情報を得る承認者への情報伝達が目的である。従来の逐次承認方式とこの一斉方式を組み合わせることにより,承認時間が短縮でき,また,広く関係者に情報を周知させることができると考えた。
2.2 運用と評価
本システムは,平成10年12月から運用を開始した。この運用開始から3週間経過後に,69名のユーザに対してアンケート調査2)を実施し,53名からの有効回答を得た。これは,本システムがどの程度ユーザに受け入れられているかを調べ,ユーザが不満に思う機能を改良するために実施した。
表1 アンケート調査の評価項目
評価項目 |
項目の説明 |
詳細項目数 |
機能性 |
システムに業務を行うための機能が十分か |
4 |
操作性 |
作成や修正の操作性が十分か |
3 |
明瞭性 |
画面の見やすさや覚え易さは十分か |
3 |
信頼性 |
システムの欠陥の有無や安全性は十分か |
4 |
効果期待性 |
どのような効果が期待できるか |
2 |
ユーザの評価は表1に示すように5項目とし,「大変満足」から「大変不満」までの7段階の配点法により評価点を算出した。なお,各項目には,2〜4の詳細項目を設けた。さらに,ユーザには,重要度に応じた各評価項目の順位付を行ってもらい,順位法により順位点を算出し,これに前述の評価点を乗じた総合評価点を算出した3)。図2にその結果を示す。
アンケート結果から,本システム導入による業務改善への期待が大きいことがわかった。さらに,操作性には満足できるが,画面はやや見にくいようであった。これは,クライアントがノート型パソコンのため,画面の大きさや文字サイズが小さいためと推測される。また,信頼性の評価が低いのは文書内容の保護や,システム自身の安全性についての不安が原因と推測される。そこで,文書内容を暗号化する機能を付加し,安全性の向上を図った。これにより,外部の第三者が不正にアクセスした場合でも,内容が漏洩する危険性は低減した。また,この暗号化機能により,内部職員へも秘密扱いされる起案文書を取り扱うことも可能になった。
さらに,システム導入による事務処理の効率化を,1日当たりの承認者数を用いて評価した。これは,承認を行った全職員(以下,全承認者という)を最終決裁までに要した日数(休日を除く)で除した指数である。帳票を用いて処理していた平成8年度と9年度の平均値及び本システムを利用した平成10年12月から平成11年6月までの平均値を比較した。平成8年度の3.17人/日,9年度の3.32人/日に比較して,本システムを利用した場合は,2.33人/日(12月〜3月の平均),2.96人/日(4月〜6月)と,それぞれ減少となった。この原因は,システムへの不慣れだけでは説明できず,今後の検討課題としたい。なお,4月以降は,月別1日当たり承認者数は漸増の傾向を示している。
また,全承認者数は,本システム利用後,1件の起案で平均17.7人となり,これは,平成8年度比25.5%(14.1人),9年度比18.0%(15.0人)の増加が認められ,一斉方式の有効性が確認できた。今後,事務効率化と情報の周知,共有化にも効果が上がるものと期待している。
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図2 アンケート結果によるユーザの評価 |
3.結果
工業試験場において,以下のような特徴を有した文書決裁を支援するワークフローシステムを構築した。
(1)県における業務の進捗方法に準拠したシステムを構築し,運用を行った。
(2)膨大な文書量に対応するため文書検索機能や再利用のための機能を実装した。
さらに,実業務に適用しながら,本システムの評価を行った結果,以下がわかった。
(1)ユーザへのアンケート調査からは,期待性が高く,安全性への危惧が判明し,暗号化機能を付加した。
(2)効率性では,1日当たりの承認者数は,平成8年度,9年度を下回ったが,全承認者数の増加が認められた。
今後は,以下について調査と検討を行い、システムの完成度を上げていきたい。
(1)1日当たりの承認者数の追加調査を行う。
(2)本システムを適用できない文書決裁業務の分析と対応方法について検討を加える。
参考文献
1)林克明,上田芳弘,加藤直孝:イントラネット対応文書決裁システムの構築,平成10年度電気関係学会北陸支部連合大会(1998)
2)力利則,藤野喜一:情報システムの顧客満足度計測モデルと計測手法についての研究,情報処理学会論文誌(1997)
3)木下栄蔵:わかりやすい意思決定入門,啓学出版(1992)