圧電セラミックスによるトランスの開発
化学食品部
機械電子部
北川賀津一・中村静夫
筒口善央
  1. 目的
     強誘電性・圧電性セラミックスは優れた誘電性、圧電性、複屈折、非線形性を示す機能性部品として、センサや通信機器部品などに多く用いられている。圧電トランスは高電圧を入力して高い振動レベルでセラミックスを振動させ、電圧の昇圧を行う素子で、超音波モーターやアクチュエーターと並んでハイパワー用途の圧電セラミックスと呼ばれている。既存のコイルを用いた巻線トランスと比べて漏れ磁束による雑音が少ない、変換効率が高いという特性を活かして、圧電トランスは、ノート型パソコンの液晶ディスプレイのバックライト電源などに使用されている1)
     従来、圧電トランスは機械的強度に乏しく、また共振の鋭さQmが1000以上と高く、負荷インピーダンスの変化や、周囲温度の変化、圧電トランスの長さと厚みや素子のばらつきで共振周波数が変動しやすいので制御が難しく実用化が進んでいなかった。しかし、近年のセラミックス材料や回路の制御方法が進歩した結果、新規用途例が増えている。このような圧電セラミックスは研究例が増えている2),3)が、その材料特性の解析は必ずしも確立されたとは言えない。そこで本研究では、圧電トランスの材料特性、電気特性及び機械特性の評価検討を行った。

  2. 内容
    2.1 実験方法
     実験方法を表1に示す。セラミックス原料には、マンガンを微量添加し、スプレードライヤー処理を行った市販のチタン酸ジルコン酸(以後PZTと略す)を使用した。原料粉末はプレス法にて円柱状に加圧成形し、マグネシア坩堝に入れてジルコン酸鉛の鉛過剰雰囲気で、1240℃近辺で電気炉にて焼成した。なお降温時に1040℃で焼き鈍し(アニーリング)を行った。
     焼結体は所定の形状に切り出した後、銀電極を750℃で焼き付けた。その後、電極の両端に直流電界を印加し分極処理を行った。分極後のサンプルは短絡した状態で、4時間150℃の恒温槽でエージングを行った。圧電トランスも上記と同様の方法で作成した。
     圧電特性はインピーダンスアナライザーで測定した。機械的強度は日本工業規格(JIS R1601)に準じて4点曲げ試験機で測定した。結晶構造はX線回折装置で、焼結体の表面微構造は走査型電子顕微鏡(SEM)で測定した。
表1 実験方法
セラミックス原料 チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)
焼成条件 1240℃(焼結)、1040℃*5時間(焼き鈍し)
電極焼き付け 銀ペースト、750℃*10分
分極条件 直流電界、3kV/mm*30分
圧電特性評価 インピーダンスアナライザー(HP-4192A)
材料特性評価 4点曲げ強度試験装置
粉末X線回折パターン測定装置
走査型電子顕微鏡装置(SEM)
    2.2 圧電トランスの構造
     圧電トランスは、図1に示す標準ローゼン型圧電トランスを採用した。黒い部分が銀電極で、各々の矢印の方向が分極方向を示す。圧電トランスの1次側電極に2次側機械的振動の共振周波数に合わせた十数ボルトの電圧を入力すると、電気エネルギーが圧電効果によって縦振動エネルギーに変換される。同時に2次側電極間では横振動が生じるが、2次側の振動に比べて1次側の振動は小さい。2次側の機械的振動エネルギーはさらに圧電効果によって電気エネルギーに変換され、無負荷で千数百ボルトの高電圧が出力される。
     上記現象は、圧電基本式によって説明されている。圧電トランスの圧電基本式から、導かれる無負荷の場合の圧電トランスの昇圧比は図2のように表される。圧電トランスに必要な特性は次のように表される。
    (1)電気機械結合係数(k31、k33)と機械的品質係数(Qm)がともに大きいこと。
    (2)高い振動数で使用するので機械的強度が高いこと。
    (3)素子の発熱による性能劣化が少ないこと。
図1図2
    2.3  圧電体の評価
    1)圧電特性
     圧電特性の測定は、日本電子工業会の標準規格「圧電セラミック振動子の電気的試験方法」に準じて、インピーダンスアナライザー(HP-4192A)の共振−反共振周波数から測定した。電気機械結合係数(k31)は矩形状(長さ12mm×幅3mm×厚さ1mm)振動子の長辺方向伸び振動から測定した。
     焼成温度を1220℃から1300℃の範囲で圧電特性を調べた。1220℃焼成の試料では不安定でk31とQmの値はかなり低い。1240℃以上で圧電特性値は安定した値を示したが、1300℃ではk31が低下した。焼結体密度は1220℃が最も高く、1240℃が次に高くなった。1260℃以上では焼結体密度は若干低い値で一定となった。よって焼成温度は1240℃で行うこととした。
     焼き鈍し(アニーリング)はQmに影響を及ぼした。その結果を図3に示す。1240℃でセラミックスを焼成した後、1040℃で焼き鈍し(アニーリング)を行わない場合は、Qmの値は700程度で圧電トランスに使用するには低い値であり、しかもその値が測定毎に異なることが多く安定しなかった。アニーリングを行うと、Qmは1400近い値を示し圧電トランスに必要といわれる値に近くなった。
     次に、焼成時間を変えた実験を行った。図4に示すようにQmは焼成時間によらずほぼ一定の値を示したが、k31は1240℃での保持時間が10時間になると低下した。
図3図4
    図52)機械的強度
     焼成時間を1,3,5,10時間と変えた試験片の4点曲げ強度を測定した。図5に示すように、4点曲げ強度は、焼成時間とともに大きくなり、圧電特性値に見られた10時間焼成による機械的強度の低下は見られない。圧電トランスが作動時の最大応力は約120kgf/cm2であるので、本材料は強度的に問題は無いことがわかる。
     焼結体をアルミナ砥粒で研磨し、熱エッチングした表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察すると、10時間焼成では幾分粒成長がみられる傾向もあるが、焼結体の粒径は焼成時間によらずほぼ一定であった。曲げ試験後の破断面を電子顕微鏡で調べると、焼成時間が1時間と3時間では粒内破壊が、焼成時間が5時間と10時間では粒界破壊が進行していた。
    3)圧電トランスの温度上昇
    圧電トランスのように高電力を入力して機械的振動を起こすハイパワー用途に圧電セラミックスを使用する場合は、素子が非線形的に発熱し性能劣化(特にQmで顕著)や素子の破壊を引き起こすことが問題となる4)
     そこで、圧電セラミックスを全長:32.4mm、幅:8.4mm、厚さ:2.5mmに切り出し、電極焼付け、分極処理を行ったものを恒温槽に入れ、所定の温度に保持した後、その圧電特性の変化を調べた。図6に示すように、約5℃〜50℃の範囲において,k31の値はほぼ一定値を示すが、Qmの値は素子の温度上昇とともに1800から900まで大幅に低下する。圧電セラミックスの温度上昇は圧電トランスのQm値の性能低下を起こす。
     次に2W用の圧電トランスを試作した。入力電圧を10Vから165Vまで変化させて共振周波数93.7〜93.5kHzを印加すると、λ/2モードで振動が観測され、2次側電圧は1320〜1260Vが得られた。各入力電圧での1次電極付近:1、振動の節:2、2次側電極付近:3の3点の表面温度を10分後に測定した結果を図7に示す。入力電圧が10V〜90Vでは2次側電極部及びそのリード線が最も発熱を示す。130V以上では最も発熱しているのは圧電トランスを固定している部分に変わる。上記入力電圧範囲での表面温度上昇は17℃から最大34℃であった。
図6図7
  1. 結果
     圧電トランス及び圧電セラミックスを試作評価し、以下の結果が得られた。
    1)焼成時間が10時間以上になると電気機械結合係数(k31)の値の低下がみられた。
    2)焼鈍(アニーリング)処理を行うと、機械的品質係数(Qm)の値が、700から1400へと増加した。
    3)焼成時間が5時間及び10時間で、機械的強度が高くなった。
    4)圧電トランスに10V〜165Vの電圧を入力したときの温度上昇は17℃〜34℃であった。
     なお、本研究は、石川トライアルセンターの研究開発事業のもとで行われた。

     
    謝辞
     本研究を遂行するにあたり、ニッコー株式会社に多くのご助言を頂きました。ここに感謝の意を表します。

     
    参考文献
    1)日経エレクトロニクス,147-57,1994
    2)内野研二,圧電/電歪アクチュエータ,森北出版,1986
    3)一ノ瀬昇,圧電セラミックス新技術,オーム社,1991
    4)T.Yamamoto and F.Mizuno:Jpn.J.Appl.Phys.34,2627-31,1995


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