イオン促進蒸着法による超硬質膜の創製とその評価
機械電子部
製品科学部
舟田義則
粟津薫・笠森正人
  1. 目的
     ダイヤモンド状炭素膜といわれる非晶質の超硬質膜は、その優れた機械的特性などから様々な分野での利用が期待されている。しかし、工具や金型に利用する場合には被コーティング部材との密着性が弱いために、その用途拡大には密着性の改善が課題となっている。
     本研究では、イオン促進蒸着法を利用して高い密着性を有する超硬質のカーボン膜を創製するとともに、得られたカーボン膜の膜質、硬さや密着性の評価法を検討した。

  2. 内容
    図12.1 実験方法
     イオン促進蒸着法は、膜の創製過程にイオンビームの照射を行う方法で、本研究では電子ビーム蒸着法によるカーボン膜のコーティング過程に適用した。すなわち図1に示すように焼結黒鉛を原料として基板上にカーボン膜を創製し、同時にアルゴンガスや窒素ガス等をイオン化し、加速して膜表面から注入する方法で、このときのイオン注入条件を表1に示す。この方法で創製したカーボン膜の膜質は、ラマン分光分析法により、また機械的特性は超微小硬度計による硬さ試験およびスクラッチ試験による密着強度で評価した。
表1 イオン注入条件
注入イオン種 アルゴンイオン、窒素イオン
加速電圧 20kV、30kV、40kV
イオン電流密度 2.1mA/cm2、21.0mA/cm2
雰囲気圧力 5.0×10-5 Torr
    図22.2 カーボン膜の膜質の評価
     図2は、窒素イオンおよびアルゴンイオンを照射しながら創製したカーボン膜のラマンスペクトルを測定し、波形分離によりグラファイト成分と非晶質(アモルファス)成分の割合を求め、イオンの加速電圧との関係を調べた結果である。イオン促進蒸着法で創製したカーボン膜は、電子ビーム蒸着法で創製したカーボン膜に比べて、膜中に占めるアモルファス成分の割合が大きくなっている。また、アルゴンイオンよりも窒素イオンを用いた方がその効果は顕著である。
     これらの結果から、カーボン膜の創製中にイオン照射を行うことによって、その膜構造がよりアモルファス化することが明らかになった。
    2.3 カーボン膜の硬さの評価
     試験荷重を極めて小さくできる超微小硬度計(島津製作所製DUH-50)を用いて創製したカーボン膜の硬さ評価を行った。図3は、圧子の押込み深さから求めた動的硬さ(DH)と膜創製に利用したイオン種との関係を示している。イオン促進蒸着法で創製したカーボン膜の動的硬さは、電子ビーム蒸着法で創製した膜より硬くなっているが、イオン種による差はほとんどみられない。これより、イオン照射を行うことでカーボン膜の硬さが増加することがわかるが、このときの膜厚は0.1mmで極めて薄く、押し込み荷重を小さくして測定しても得られた硬さ値は、下地母材の硬さに依存した値になっていると予想される。
     そこで、超微小硬度計から得られる圧子押し込み特性を解析して硬さ定数を定義し、下地母材の硬さに依存しない膜本来の硬さの評価法を検討した。図4は、図3で用いたカーボン膜に対して導入した硬さ定数で評価した結果を示す。通常の硬さ測定では違いがなかったカーボン膜も、照射するイオンの違いにより硬さに差が現れ、窒素イオンを用いたカーボン膜の硬さはアルゴンイオンの場合よりも大きくなることが明らかになった。この硬さの上昇は膜中のアモルファス成分の増加によるものと推測される。
図3図4
    2.4 カーボン膜の密着性の評価
     コーティング膜の密着性は、通常、スクラッチ試験により行われ、膜が剥離する際の臨界剥離荷重の比較によって評価される。しかし、臨界剥離荷重は、膜の摩擦特性や膜厚、試験条件によって異なり、膜の密着性そのものを示す値ではない。本研究では、スクラッチ試験中の膜の様子を可視化することによって直接、膜の剥離挙動を観察し、また、試験中に発生する超音波信号(AE信号)を検出し、定量解析することによって膜の密着強度を評価する方法を提案した。図5は、ガラス基板上にイオン促進蒸着法で下地を形成し、そのときのイオン電流密度を変えて創製したカーボン膜の密着強度を求めた結果である。試験結果は、スクラッチ試験の荷重を変えてもほとんど同じ値を示している。また、電子ビーム蒸着法で創製したカーボン膜の密着強度は、3〜4MPaであるが、イオン照射を行うと著しく増加し、イオン電流密度が2.1mA/cm2で10MPaに、21mA/cm2で40MPaに増加する。このことから、カーボン膜の創製時のイオン照射量を増加させることで、より密着性の高いカーボン膜が得られやすいことが明らかになった。
図5
  1. 結果
     イオン促進蒸着法により超硬質のカーボン膜の創製とその評価法を検討した結果、以下のことが明らかになった。
    1)カーボン膜の創製と同時にイオン照射することにより膜質はよりアモルファス化する。
    2)カーボン膜の硬さは、アルゴンイオンよりも窒素イオン照射で硬くなる。
    3)イオン照射の電流密度の増加により、カーボン膜の密着強度は増加する。

     
    参考文献
    1)Y. Funada et. al:Diamond-like carbon thin films formation by ion beam assisted deposition, Surf. Coat. Tech., 66(1994)514.
    2)舟田 他:圧子押し込み特性の解析による超硬質薄膜の硬さ評価, 精密工学会誌, 61, 9 (1995) 1234.
    3)舟田 他:スクラッチ過程の可視化による超硬質膜の剥離挙動解析, 先端加工, 15 (1996) 71.


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