磁性スラリーによる硬ぜい性材料の精密研磨
機械電子部 坂谷勝明・廣崎憲一
- 目的
情報機器や精密機器が高性能化、小型化するに伴って、それに搭載されている電子・光学部品の加工精度に対する要求が一段と厳しくなってきている。電磁気的・光学的機能を有する機能性素子は、一般に硬ぜい性材料である場合が多い。硬ぜい性材料部品の研磨法の1つに、磁性流体を利用した研磨法がある1)-4)。この研磨法は、磁性流体が磁気に感応する性質と普通の流体と同じ流動性を合わせもつことを利用して、制御可能でファインな流体研磨を実現しようとするものである。
本研究では、磁性流体に砥粒を懸濁した磁性スラリーを用いることにより、加工物の移し変えをしないで粗加工から最終仕上げ加工までを同一の加工機械上で行う研磨法の開発を目的としている。ここでは、加工物側磁石の強度をポリシャ側磁石の強度と同程度にし、ポリシャ側磁石を可動式にした研磨装置を設計・製作し、シリコンウエハの研磨実験を行った結果について述べる。
- 内容
2.1 加工原理および実験方法
本加工法は、磁性流体を利用した比重差選別法に着想を得て開発したものである。磁性流体中に砥粒を混入した磁性スラリーを容器に入れ、その下部に取り付けた電磁石のコイルに電流を流すと、磁性流体は電磁石に引きつけられて、見かけの比重が増加することになる。このため、磁性流体中に懸濁している砥粒に力が作用して浮き上がる。この電磁石を円盤状の強力な永久磁石に置き換え、それを黄銅製の回転工具(ポリシャ)内に組み込んで加工工具を形成する。所定量の磁性スラリーをポリシャ外周面に吸着させると、スラリーは重力の作用を受けるが磁石の吸引力が強いため流れ落ちることはない。また、磁性流体中の砥粒は磁性流体の粘性や表面張力によって流体内部に保持されるため、ポリシャが回転すると、砥粒は磁性流体とともに回転して、砥石の砥粒のように加工面に作用する。
図1に、新しく開発した磁場可変型磁気研磨装置の概略図を示す。装置は、2つの回転軸から構成されている。上側の軸1の先端には外径96mmの黄銅製のポリシャ2が固定されている。ポリシャの内部には、ネオジ(Nd-Fe-B) 製のリング状永久磁石(表面磁束密度0.35T)3が組み込まれ、回転軸に沿って移動可能な構造となっている。ポリシャの両側にはアクリル製のガイド4が取り付けられ、磁性スラリー5が常にポリシャの外周面に吸着するようになっている。下側の回転軸6の先端には、加工試料7を固定するための試料台8が取り付けられている。回転軸は中空のパイプ状で、内部には移動可能なマンガン・アルミニウム(Mn-Al) 製の円筒形永久磁石9が組み込まれている。この磁石を中心軸に沿って動かすことにより、磁場の強さを制御できる。永久磁石の位置と加工点付近の磁束密度の関係を図2に示す。回転軸はスライドテーブル上に固定され、ポリシャと加工物との間のすきま(クリアランス)は、マイクロメータヘッドを用いてスライドテーブルを動かして調整する。
磁性スラリーは、研磨の研究によく使用される水ベースとケロシンベースの磁性流体(タイホー工業製、フェリコロイド W-40、HC-50)にアルミナ砥粒(粒径 0.06、0.3, 1, 3μm)を混入したものである。1回の研磨毎に 5mlのスラリーをポリシャ外周に吸着させた。加工試料は、ポリシ加工された厚さ0.6mm のシリコン単結晶ウエハから20mm角の試験片を切り出して作製した。研磨実験は、加工物試料の回転中心から半径 2.5mmの位置で、円形の溝加工を行った。加工条件を表1に示す。加工した溝の断面形状と表面粗さ測定には触針式表面粗さ計を用いた。
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表1 加工条件
加 工 物 |
Siウエハ(100)
20mm×20mm×0.6mm
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砥 粒 粒径 濃度 |
Al2O3
0.06、0.3、1、3μm
1、2vol%
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磁性流体 |
W-40:水ベース
HC-50:ケロシンベース
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クリアランス |
10μm |
研磨時間 |
30min |
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Nd-Fe-B:φ76×φ42×6
Mn-Al:φ12×14
ポリシャ回転速度 |
116rpm |
加工試料回転速度 |
70rpm |
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2.2 実験結果及び考察
図3、4に、加工試料側の磁石の位置を変化させた場合の研磨溝深さの測定結果を示す。研磨溝深さの値は、水ベース磁性流体の場合磁石が加工物側に近いほど大きくなり、逆にケロシンベース磁性流体の場合は加工物から遠いほど大きくなっている。この要因として、永久磁石の磁場によって生じる磁性流体内の砥粒分布の影響が考えられる。ケロシンベース磁性流体の場合は砥粒と磁性流体の分離が起こりにくいため、永久磁石が近づくと砥粒が加工点付近に集中して加工量が増加すると考えられる。これに対して、水ベース磁性流体の場合、砥粒と磁性流体が分離しやすく、砥粒は磁場強度の弱いところに集中するため、永久磁石が近づくと加工点から排除されて加工量が減少し、この傾向は砥粒濃度が高いほど大くなると考えられる。

次に、ポリシャ側磁石をポリシャ厚さ方向にずらした場合の影響について述べる。図5は水ベース磁性流体を用い、試料側磁石の位置を変えた場合の実験結果である。図はほぼ左右対称の形になっており、磁石位置移動による磁場強度の変化を受けているが、その変化量は加工物側磁石の場合に比べ小さいことがわかる。また、加工物側永久磁石が加工物から遠いほどポリシャ側永久磁石の影響が大きく、水ベースの磁性流体に比べ、ケロシンベースの磁性流体の方が研磨深さが大きくなっている。
また、試料側磁石の位置が 0、1、2mmと離れるにつれて、溝深さが次第に増加することがわかる。これは、試料側磁石が遠ざかると、加工試料表面付近の磁場が弱まり、砥粒は磁場の弱い所に排除されるので、加工物面に集まる作用砥粒数が多くなったためと考えられる。
次に、ケロシンベースの磁性流体についても水ベースの場合と同様の実験を行った。実験結果を図6に示す。ケロシンベースの研磨溝深さの変化様態は、水ベースと同様の様態を示すことがわかる。しかし、研磨溝深さの値はケロシンベースの方が水ベースよりもかなり大きい。これは、砥粒の各磁性流体に対する親和性が影響しているものと考えられる。
図7に砥粒径と研磨溝深さの関係を示す。砥粒径が 0.3μm 以上になると急に研磨溝深さが増大することがわかる。増大の程度はケロシンベースの方が著しく大きい。これは次の理由によるものと思われる。砥粒径が大きくなると、ポリシャの回転に伴って生じる砥粒の運動エネルギが大きくなり、研磨作用のエネルギも増加して、研磨溝深さが大きくなったものと考えられる。
図8に、砥粒径と表面粗さの関係を示す。砥粒径が増すにつれて表面粗さが次第に増大する様子がわかる。ケロシンベースと水では表面粗さに大きな違いは見られない。これは、砥粒が同一の大きさであると、溶媒の磁性流体がどのような種類であっても、研磨を営む砥粒の作用領域は同じであり、ただ砥粒を保持する状態が流体によって違うだけであると考えられる。表面粗さに大きな違いが見られなかったのはこれが原因と考えられる。

- 結果
磁性流体中に非磁性砥粒を懸濁させた磁性スラリーを用いて、硬ぜい性材料の研磨を行うため、新たに磁場可変型研磨装置を試作し、シリコンウエハの平面研磨実験を行った。その結果、以下のような結論が得られた。
1)本研磨法では、加工点付近の磁場強度や磁場勾配を変えることにより、研磨能率を制御することが可能である。
2)ケロシンベースと水ベースの磁性流体では、研磨能率に対する磁場強度変化の影響の受け方が異なる。
3)研磨能率は使用する砥粒径が大きいほど高く、また、砥粒径が小さいほど良好な表面粗さが得られる。
参考文献
1)黒部利次:FFF加工、光技術コンタクト、32, 2 (1994) 115.
2)T. Kurobe, O. Imanaka:Magnetic Field-Assisted Fine Finishing, Prec. Eng., 6, 3 (1984) 119.
3)黒部利次、示野和弘、今中治:磁性流体利用の作用砥粒数制御研磨、精密工学会誌、54, 8 (1988) 1525.
4)坂谷勝明、黒部利次、鈴木繁成、広崎憲一:磁性流体を利用したGLP(Grinding-Like Polishing)の研究(FFF)、精密工学会誌、61, 11(1995) 1555.
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