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 生体計測技術を応用した情報端末機のユニバーサルデザイン
 電子情報部 ○田川有河 高橋哲郎 前川満良
 県リハビリテーションセンター 北野義明 寺田佳世

1.目 的
高度情報化社会の進展に伴い情報機器の普及が進んでいるが,官公庁や病院,鉄道などに設置されている公共情報端末機(以下,端末機)は,不特定多数の利用を目的としているにもかかわらず,高齢者や障害者にとって必ずしも使いやすい形態とは言えない。そこで本研究では,端末機の操作環境に最も影響を受けやすい肢体不自由者の操作能力特性について,より客観的かつ定量的に分析し,誰もが利用しやすい端末機の設計指標を導出したので,その内容を報告する。

2.内 容
2.1 操作性評価のための事前調査
端末機の設計指標を求めるには,障害者の操作能力特性を把握することが必要である。そこで,県内で製造販売されている端末機を想定した実験装置を製作し,肢体不自由者の操作能力特性について調査を行った。

(図1 実験装置)

2.1.1 調査方法
実験装置は,天板が無段階昇降する机をベースに,0〜90度まで15度刻みで角度が調整できる操作面(縦800mm×横1,000mm)と,0〜300mmまで引き出せるカウンタを取り付けたものである(図1)。被験者は,上肢運動能力や姿勢保持能力の異なる9名で,端末機の擬似操作を行ってもらい,以下の4項目について調査した。
(1)被験者の操作能力特性 :上肢運動能力および姿勢保持能力を作業療法士らが分析
(2)操作面の高さと角度 :被験者の主観による操作最適高さと最適角度を計測
(3)カウンタ奥行き :操作に必要となるカウンタ奥行き寸法を計測
(4)蹴込みの奥行きと高さ :下肢進入距離と高さ(車いす肘掛け高)を計測
2.1.2 調査結果
(1)操作環境:被験者が操作できる筐体寸法は,操作面下端高さは725〜775mm,操作面角度45〜60度,カウンタ奥行き100〜150mmで,蹴込みの奥行きは操作面下端から500mm以上,高さは700mm以上である。
(2)操作能力:到達範囲は身体能力による差があり,立位群,安定座位群,不安定座位群(体位変換の可能群,困難群,不可群)の順で小さくなる傾向がある。
(3)環境影響度:立位群の操作能力は,操作環境による影響が少ない。安定座位群は車いす進入のための蹴込み寸法に影響され,不安定座位群は蹴込み寸法に加えて体幹を支持するためのカウンタの有無により大きく影響される。

(図2 実験環境と二次元動作)

2.2 二次元動作計測による操作性実験
事前調査により,操作環境に影響を受けやすいのは車いす利用者であることと,操作に必要な基本条件が示された。本実験では,さらに車いす利用者の到達許容範囲を二次元動作計測により求めることとした。
2.2.1 実験方法
実験装置は,(図2)の通りに設定した。到達範囲の計測に使用した二次元動作解析装置は,(株)松浦電弘社製の特注品で,動作を行う被験者の身体各部位に取り付けられたカラーマーカの移動位置を二次元座標値として検出する。被験者は上肢運動能力と姿勢保持能力の異なる20名の肢体不自由者である。

(図3 各群の最小到達範囲と共通の到達許容)

2.2.2 実験結果

(表2 被験者の能力)

実験の結果,事前調査と同様に体幹機能と到達範囲に相関が認められたため,被験者を(表2)のように分類し,各群で到達範囲が最も小さい被験者の軌跡を(図3)のh・n・rに,それらの軌跡を重ね合わせたものをxに示す。実線は右手,破線は左手の軌跡を示す。
2.2.3 考察
(1) 安定座位群の到達範囲は,健常者の座位姿勢時とほぼ同等である。また,不安定座位群で体位変換が可能または困難な場合,上肢で体幹を支持して前傾姿勢をとるため,奥行き125mm程度のカウンタが必要である。ただし,両群ともに体幹支持のために十分な前傾姿勢がとれず,到達範囲は制限される。また体位変換不可群の上肢運動はカウンタ上の水平移動のみで,操作面に到達することができなかった。
(2)(図3)-xの網がけ部分は,操作面に到達できた各群の最小到達範囲の共通部分である。すなわち,この部分が肢体不自由者の大半が操作できる範囲と考えられる。
2.3 筋電計測による操作性評価実験
二次元動作計測により到達許容範囲を求めたが,使いやすい設計を行うためには,「到達できる」から「到達しやすい」へと範囲を絞る必要があることから,本実験では筋電計測により筋負担が少なく到達できる位置を求めることとした。ただし,肢体不自由者は麻痺を伴うことが多く筋電計測が困難なため,被験者は健常者(25〜46歳の健常男性8名)が擬似的に車いす利用者となって実験を行った。
2.3.1 実験方法

(図4 実験方法)
(図5 位置(-200,200)への動作時筋電データ)

二次元動作計測と同じ実験装置を利用し,(図4)に示す条件で椅子を設置した。この環境下で,被験者が操作面に設けた20箇所の目標位置(図4)に右手を伸ばす際の筋電計測を行った(計測筋9箇所:図5)。また,動作中のビデオ撮影を行うとともに,被験者に目標位置ごとの「届きにくさ」を5段階で主観的に評価してもらい,記録した。
2.3.2 筋電データと筋負担指標
筋電データの一例を(図5)に示す。これをもとに筋負担評価として,式(1)に示す%MVCを求め,目標位置ごとの筋負担レベルを統計的に比較する解析を行った。但し,(-400,600),(-200,600),(-400,400)は複数の被験者が届かなかったため分析していない。
2.3.3 実験結果
目標位置ごとの筋負担レベルと届きにくさ評価の統計解析を行った結果を強度分布として(図6)に示す。図では色が濃いほど筋負担レベルや届きにくさのレベルが大きいことを表している。
また,ビデオ画像から肩や肘の関節角度を求めた結果,動作に伴う筋活動について,(1)高さ400mm以上では,肩を屈曲することによる三角筋前部の活動,(2)体幹中心から左側では,腕の内転による大胸筋の活動,(3)高さ0mmで体幹中心から右側では,腕を後ろに引くことによる三角筋後部の活動,腕を右側に張り出すことによる三角筋中部の活動,肘屈曲による上腕二頭筋の活動,手関節背屈による長短橈側手根伸筋の活動が高まると推定した。

(図6 筋負担レベル・届きにくさレベル分布)

2.3.4 考察
(1)筋負担レベル分布と動作解析から推測される筋活動とを比較した結果,姿勢の変化に伴う筋活動を筋負担レベルが妥当に評価できていることを確認した。
(2)筋負担レベル分布(図6)から,最も筋負担の少ない位置は,高さが200mmで水平方向は被験者の体幹中心から右200mmまでの間であると考えられる。
(3)届きにくさレベル分布(図6右下)でレベルの低い範囲,つまり届きやすい範囲は(2)の筋負担が少ない範囲と一致しているものの,その範囲が広い。これにより主観的な「届きにくさ」評価に比べて筋負担評価の方が位置ごとの違いを詳細にとらえている可能性があると考えられる。

3.結 果
本研究では,二次元動作計測や筋電計測等の客観的評価手法によって,肢体不自由者の操作能力特性を把握し,より多くの人が利用しやすい端末機の設計指標を求めた。以下にその結果をまとめる。
(1)端末機の操作環境に影響を受けやすいのは,上肢障害に加えて体幹障害のある車いす利用者であることが確認された。
(2)端末機には,車いすが進入できる高さ700mm×幅700mm×奥行き500mm程度の下肢空間と,上肢で体幹を支持できる奥行き125mm程度のカウンタが必要不可欠であることが確認された。
(3)二次元動作計測実験によって,右上肢の到達許容範囲(体幹中心から左100mm,右300mm以内,高さ200mm程度以内)が示唆された。
(4)筋電計測実験によって,右上肢の最も筋負担が少なく到達しやすい範囲(体幹中心から右200mm以内,高さ200mm程度)が示唆された。
 本研究を遂行するにあたり,被験者としてご協力を頂いた皆様に心から深く感謝します。



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