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 試着室のユニバーサルデザイン開発
  製品科学部 ○高橋哲郎 前川満良
  石川県リハビリテーションセンター  寺田佳世 北野義明

1.目 的
近年,高齢者や障害者に配慮した製品・住環境の設計指針(一部法案)が相次いで打ち出されるようになってきた。このため,平成12年度から,工業試験場とリハビリテーションセンターとの共同研究により,誰もが安全で快適に利用できるユニバーサルデザイン製品の開発研究を行っている。
 その研究の中で,大手建材メーカーからの依頼によって,より多くの人が利用できる試着室「ユニバーサル・フィッティング・ルーム(以下,UFR)」の研究開発を行ったので,その内容を紹介する。

2.内 容
2.1 現状調査
(1)障害者の人数と外出状況
平成8年度の総理府調査1)によると,全国の18歳以上の身体障害者数は約293万人と推定され,平成3年度の調査に比べて7.8%増加している。また、過去1年間の外出状況をみると,全体の86.2%が外出しており,その頻度は,「ほぼ毎日」(38.0%)が最も多く,次に「週2〜3回」(21.0%),「月2〜3回」(16.3%)の順で,外出目的のうち「買い物・散歩」が57.8%(複数回答)を占めている。
現在,街並みや建築物のバリアフリー化が進んでいるため,障害者の買い物の機会はさらに増え,UFRの必要性も益々高まることが予測される。
(2)試着室の利用状況と課題
我々が衣服を購入するとき,当たり前のように売り場の試着室でサイズやデザインを確認している。ところが,自由に買い物ができるにもかかわらず,試着ができずに困っている高齢者や障害者は実に多いと推測される。これは,現在の試着室が,健康な成人男女の身体寸法および更衣動作空間2)をもとに設計されているからである。
最近,ようやく大手の百貨店やスーパーでも,試着室のあり方を見直す傾向にあるが,利用者のアンケート調査(メーカー調査)によると,以下に示すとおり,まだまだ課題が多いようである。
@手すりや椅子の配置が悪い場合は利用できず,床をはって更衣しなくてはならない。
A段差やスペース不足によって,車いすやバギー車,介助者などが入室できない。
B足を伸ばした長座位や全身を伸ばした臥位姿勢で更衣する場合,小さな椅子があっても役に立たない。(幼児の更衣を含む)
2.2 UFRの条件設定と評価モデルの製作
 平成8年度より,工業試験場とリハビリテーションセンターの連携で,高齢者・障害者の在宅自立生活支援を行っている。支援内容には,福祉用具の適合に併せて必ずといってよいほど住宅改修が含まれ,図1に示すようなトイレ,浴室,脱衣場といった更衣動作環境を設計することが多い。
そこで,これらの蓄積された住宅改修データ3,4)をもとに障害者の更衣動作を分析し,前述の課題を踏まえながら,UFRの条件設定および評価用モデルの製作を行った。
(1)更衣動作の分析
更衣動作は,試着室および更衣台への移動,移乗動作と直接的な更衣動作の総合で成り立っている。障害者の移動パターンには,独歩,手すりや杖を利用した歩行,車いすによる移動があり,移乗パターンには,一旦立ち上がって乗り移る立位移乗,車いすから水平に乗り移る座位移乗がある。また,更衣姿勢のパターンには,立位,床に足をつけた端座位,足を伸ばした長座位,全身を伸ばした臥位といった基本姿勢があり,それぞれに衣服を脱ぎ着する体位変換動作が加わる。さらに,これらの諸動作に介助が必要となるケースもある。
したがって,障害者の更衣動作は,それぞれの身体能力によってこれらの諸動作の組み合わせが異なり,さまざまな更衣動作パターンが出現することになる。しかし,各諸動作を個別に見ていくと,その内容にそれほど差異がないことを見出せたので,更衣動作全体を表1のように体系化することができた。
(2)UFRの条件設定(基本設計)

表1 更衣動作の体系表

更衣動作の体系表をもとに,住宅改修データや関連マニュアル5,6),人間工学データ集7)などから,諸動作ごとに必要となる寸法や諸条件を導き出し,UFRの基本設計を行った。

図1 更衣動作環境の設計

図2 ユニバーサルタイプの基本設計

図3 簡易タイプの基本設計

図2は,利用対象範囲が最も広い多いユニバーサルタイプ。図3は,店舗スペースなどの関係で縮小を余儀なくされた場合の簡易タイプの基本設計である。後者は,長座位や臥位による更衣はできないが,これまでの試着室に比べて対象範囲をかなり広く設定した。
(3)評価用モデルの製作
更衣動作の分析結果および試着室の基本設計をメーカーに提示し,実際の障害者による検証を勧めたところ理解が得られ,2タイプの評価用モデルを製作することとなった。
2.3 機能評価
(1)被験者による評価テスト
被験者には,疾患として多い脳卒中による右片麻痺2名,左片麻痺2名,脊髄損傷その他の疾患による対麻痺3名,頸髄損傷による四肢麻痺1名,頭部外傷による四肢麻痺1名,脳性麻痺1名,計10名の協力を得た。
評価項目は,移動,移乗,更衣の達成度および姿勢の状態,各動作を行うときに必要となる空間寸法および更衣台,手すり,鏡などの寸法,形状,配置などとし,それぞれの評価用モデルについてヒアリングを交えながら検証した。また,検証中に動作や姿勢に不具合が生じた場合は,寸法や位置の調整、部品の交換などを行い,各被験者にとっての最適値を求めるよう心がけた。その様子を図4・5に示す。
(2)評価結果
評価テストの結果,ユニバーサルタイプのモデルでは,被験者全員が更衣動作を達成できた。中には,これまで介助で座位更衣を行っていた人が,長座位ができることによって,一人で更衣ができることも確認された。簡易タイプのモデルでも,目的とした対象者全員が更衣動作を達成できた。座位姿勢が不安定な人で試着をあきらめていた人が,更衣台の両袖あるいは両側の手すりを利用して座位姿勢を保つことで,更衣動作が自立したケースもあった。また,双方のモデルに共通して,介助による更衣動作も円滑に行えることが確認された。

表2 UFRの設計条件
図4 ユニバーサルタイプの検証

課題としては,左右の片麻痺者が共用できる手すりの位置や更衣台のカット形状,当初の基本設計で見いだせなかった鏡のサイズや配置,床の材質,カーテンの仕様など,いくつかの改善箇所が確認された。これらの改善箇所ならびに被験者に共通する必要条件をまとめたものが表2である。

図5 簡易タイプの検証

図6 ユニバーサルタイプの試作品

図7 簡易タイプの試作品

2.4 製品設計と商品化
 評価結果をもとに企業側で詳細設計を行い,ユニバーサルタイプ(図6)と簡易タイプ(図7)の試作品を完成した。
障害者の更衣動作分析をはじめ,検証結果および一連の開発過程を説明用の資料とビデオにまとめ,施主である大手スーパーにプレゼンテーションを行ったところ,十分な理解が得られ,
ユニバーサルタイプの受注が決まった。
現在,開発のフォローアップとして,納品先(三重県と愛知県の大手スーパー)でアンケート調査を実施している。アンケートの対象は,健常者と障害者を分け隔てることなく,また,中間ユーザーである店員の意見も徴収している。

3.結 果
 今回の開発では,障害者や障害に精通する医療専門職との共同作業により,更衣動作そのものを体系化することができ,更衣の諸動作に適した設計条件を導き出すことで,誰もが利用しやすい試着室を開発することができた。そして,ここで得られた設計条件は,公共施設における更衣室などの設計指標にもなり得ると考える。
最後に,地域には多様な身体能力の人々が共存する。また,たとえ現在は健康な人でも病気や怪我などで不慮の障害を受けることがあり,さらに加齢というプロセスを必ずたどる。今後とも,人間の身体特性を究明し,より適正なユニバーサルデザイン製品の開発に貢献したいと考えている。

謝  辞
この開発の遂行にあたり,検証にご協力,ご助言をいただきました被験者の皆様に深く感謝申し上げます。

参考文献
1)総理府編:障害者白書,大蔵省印刷局(1999)
2)社団法人日本建築学会編:建築設計資料集成3単位空間T,丸善株式会社(1992)
3)石川県バリアフリー推進工房編:テクニカルエイド事例集,石川県(1998)
4)石川県バリアフリー推進工房編:ほっとあんしんの家の考え方,石川県 (1999)
5)市川洌著:福祉用具アセスメント・マニュアル,財団法人テクノエイド協会(1996)
6)建設省住宅局編:長寿社会対応住宅設計指針マニュアル, 高齢者住宅財団(1996)
7)林善男監修:日本人の人体計測データ,社団法人人間生活工学研究センター(1997)


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