4 ポリエステル織物表面加工技術の研究
 4.1 目的
 ポリエステルは強度が強く,加工がしやすいことから,我々の生活の中に広く浸透し,衣料分野においては,ウォッシュアンドウエア性等からワイシャツ等に広く用いられている。しかし,疎水性の特性により,人間の皮膚等の生体にはなじみにく,この点を改良するために,種々の加工法が検討されている。そのひとつの方法として,天然高分子で,生体適合性,生分解性といった特性を持ち,親水性を示すキトサン(蟹やエビの甲羅などに含まれる)のコーティング加工について検討されているが,その加工に関する研究1)は十分とは言えない。
 本研究では,ポリエステル織物の表面にキトサンをコーティングし,熱処理を行ったときの織物の物理的特性と化学的組成について検討を行った。

 4.2 実験条件
 原材料として,3種類のポリエステル織物を用いた。これらの織物の表面で,ポリエステルとキトサン間の架橋を促進させるためにアルカリ減量加工を行った。その後,キトサンのコーティング量(1.5〜116%),架橋剤の種類(リンゴ酸,アジピン酸),処理条件(熱処理の有無)を変えてコーティング試料を作製した。

 4.3 物性測定結果
 試料の引張り特性は,表2に示すようにキトサンをコーティングすることで強度,伸度ともに増加した。この結果は,コーティングしたことにより,ポリエステル繊維表面上のキトサンフィルムが補強剤の役割を果たし,さらに熱処理により架橋が促進されたために物性が増加したものと考えられる。

 表3には,試料を恒温恒湿室に一定時間置いたときの重量変化から求めた水分率の測定結果を示す。だだし,ポリエステルの公定水分率は,0.42%である。結果から,キトサンをコーティングすることにより水分率が増すことが確認できた。また,キトサンコーティング試料の水分率は,キトサンコーティング量,架橋剤によって異った。今回は2種類の架橋剤を用いたが,架橋反応の強いアジピン酸処理試料の方が低い水分率を示した。このことは,キトサン中のアミノ基で架橋反応が起こると同時に,水を保持ための親水基の役割を果たしているため,水分率が低下したものと推察される。

 コーティングしたキトサンの固着率を確認するために,洗濯試験を行った。表4に示す試験結果から,洗濯試験後のキトサンは各試料で約5割以上の残留があり,熱処理により固着率が増加することが確認された。これは,架橋が熱処理により促進し固着率が増加したものと考えられる。

 4.4 化学分析結果
 フーリエ変換型赤外分光光度計を用いて,それぞれの試料の赤外吸収スペクトルを計測し,キトサンのコーティング量,架橋剤,熱処理による変化を測定した。測定結果については,今後検討する予定である。
 また,試料におけるキトサン中の自由アミノ基を測定するために,アルカリ滴定法を用いた。しかし,キトサンフィルム溶解用塩酸溶液にキトサンフィルムが充分に溶解しなかったため,詳細なデータが得られなかった。

 4.5 表面観察結果
 走査型電子顕微鏡を用いて,コーティングした試料の表面状態を観察した。キトサンのコーティングの量が低いときは,フィラメント1本1本が分かれた状態にあるが,コーティング量が12%以上になるとフィラメント間がキトサンフィルムで接着される。さらにキトサンコーティング量が多くなると,図2に見られるようにたて糸とよこ糸でできる空間もキトサンフィルムで覆われた。

図2 表面の電子顕微鏡写真

5.結  言
 今回,イタリア・シルク研究所コモ研究所とRATII社の訪問で,コモ地区における絹織物の精練・染色技術について調査した。RATII社では,染色加工工程とデザイン作製においてコンピュータ化が進んでおり,絹織物製造の効率化が図られていた。
 また,シルク研究所コモ研究所において,ポリエステル織物へキトサンをコーティングする研究を行い,主な内容を下記に示す。
1)コーティングしたキトサンが織物表面でフィルム状になり,引張り特性での補強剤の役割を果たし,強度,伸度が増加した。
2)キトサンをコーティングすることで,ポリエステルの水分率が増加した。また,その水分率はコーティング量,架橋剤によって異なった。
3)コーティングしたキトサンの固着率を確認するために,洗濯試験を行った。この結果,洗濯後も50%以上の固着率が確認された。また,熱処理することにより架橋が促進され,固着率も増加した。
 今後はこの国際交流の経験を生かし,石川県内の繊維産業の技術支援に努めたい。

謝  辞
 本研究交流を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いたシルク研究所コモ研究所のコロンナ博士に謝意を表します。また,本研究交流のイタリア滞在間にお世話になったジェトロ・ミラノ事務所の臼井晴基氏に感謝します。

参考文献
1) 松川,繊維学会誌,Vol.10,No.4,p.444-449(1992)



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