3.結果及び考察
 3.1 全窒素
 イワシイシルの生成過程における全窒素の経時変化を図1に示す。全窒素は,仕込み後6〜7カ月まで経時的に増加し,その後2.2g/100mlでほぼ平衡状態となった。この全窒素の値は市販されているイワシイシルとほぼ同程度であった1)

 3.2 遊離アミノ酸
 イワシイシルの生成過程において明らかに増加が認められたタンパク質構成遊離アミノ酸の経時変化を図2に示す。この結果から明らかなように,遊離アミノ酸は仕込み後7〜8カ月まで経時的に増加し,その後ほぼ平衡状態となる傾向を示した。図2より得られた遊離アミノ酸の見掛けの生成速度は,Ala>Glu≧Lys>Leu>Gly>Val>Asp≧Ser≧Thr≧Ile>Pro≧Phe≧Met>Asn>Tyr>Trp>Cysの順となり,このことはイワシイシル中のタンパク質分解酵素の性質に密接に関与していることが示唆された。また,HisとArgは図2のそれとは異なった変動を示した。すなわち,Hisは最初から1.6mmol/100mlと比較的多量に存在し,その後の増加速度もわずかであり,Argは2カ月までは0.2から1.0mmol/100mlと経時的に増加したがその後減少し,6カ月以降は痕跡となった。
 その他,非タンパク性アミノ酸では,Tauは初期段階から約3mmol/100ml存在し,イワシイシル生成過程を通し顕著な変動は認められなかった。従ってイワシイシル中に含まれるTauは,イワシ中からそのまま移行したものと考えられる。また,Citは最初5〜6カ月まで0から4mmol/100mlと経時的増加し,その後ほぼ平衡状態となった。Ornは初期段階で0から0.2mmol/ 100mlとわずかに増加した後ほとんど変動しなかった。

 これらのことから,イワシイシルの生成過程においてアミノ酸の遊離化は仕込み後7〜8カ月で完了しているものと推定され,また種々のアミノ酸の変動からイワシイシルへ何らかの微生物が弱いながらも関与していることが示唆された。
 なお,試醸したイワシイシルと市販イワシイシル1)とのアミノ酸組成の比較を行ったところ,Argを除き濃度の差は見られるものの,いずれもほぼ同様のアミノ酸組成パターンを示していた。


 3.3 ペプチド構成アミノ酸
 仕込み後10カ月経過時点でのイワシイシル中の遊離アミノ酸,低分子ペプチド(分子量5000以下),高分子ペプチド(分子量5000以上)のアミノ酸を図3に示す。ここで,ペプチド構成アミノ酸は前報に従って測定した1)。つまり,メンブランフィルターでろ過したものと,限外ろ過ユニットにより得られた分子量 5000以下の画分をそれぞれ6Nの塩酸で110℃,24時間の加水分解後アミノ酸測定を行い,遊離アミノ酸との差から求めた。低分子ペプチドの構成アミノ酸はAsp,Glu,Gly,Ala,Val,Cys,Lys,His,Arg,Proなどで,大部分はGlu,Gly,Asp,Proであった。一方,高分子ペプチドの構成アミノ酸はこれらの他にThr,Ser,Met,Leu,Pheなどであった。また,高分子ペプチドの構成アミノ酸量が少ないことから,イワシイシ ル中に存在するペプチドの大部分は,Glu,Gly,Asp, Proなどのアミノ酸を主要構成成分とする低分子ペプチドであると考えられる。
 次に,イワシイシル生成過程における低分子ペプチドの構成アミノ酸の経時変化を図4に示す。Ala,Lys は仕込み後7カ月まで経時的に減少し,低分子ペプチドを構成するアミノ酸中にはほとんど存在しなくなった。この他Ser,Thr,Val,Ile,Leu,Met,Pheなども同様な傾向を示した。一方,Glu,Glyは仕込み後7カ月以降もほぼ一定の値を保ち,低分子ペプチドを構成するアミノ酸として存在した。この他Asp,Proも同様な傾向を示した。また,Cysは量的に少ないが初期段階から一定の値を示した。
 これらのことからイワシイシル生成過程において,イワシの自己消化酵素により魚肉のタンパク質が加水分解されて,遊離アミノ酸及びペプチドが生成されてくる。しかし,Glu,Gly,Asp,Proなどを主要構成成分とする低分子のペプチドが仕込み後7カ月以降も相当量存在したことから,このペプチドは自己消化酵素によるアミノ酸の遊離化の作用を受けにくいものと考えられる。グルタミン酸を含むGlu-Glu,Glu-Asp,Glu-Glu-Serなどのペプチドは旨味系ペプチドとして知られ28),更に塩味を温和化し29),苦味をマスキングする効果があると言われている30)。イワシイシル中にもこれらのペプチドが多く含まれていることが推定され,イワシイシルの呈味性に大きく関与しているものと考えられる。

 3.4 有機酸
 イワシイシルの生成過程における有機酸の経時変化を図5に示す。この結果から明らかなように,イワシイシル中の有機酸の大部分を占める乳酸は初期段階から相当量存在し,経時的な変化はなくほぼ一定の値を示した。またピログルタミン酸は経時的に増加してい く傾向が見られた。酢酸,コハク酸,リンゴ酸,ピルビン酸は量的に少なく,初期段階からほぼ一定の値を示した。
 イワシイシルに含まれる乳酸量がほぼ一定であったことから,この乳酸は,イワシの筋肉中のグリコーゲンが解糖経路によって分解され,魚肉組織中に蓄積された乳酸に由来し,イワシイシルに移行したものと考えられる。従って,イワシイシルはその生成過程において,乳酸菌の作用をほとんど受けないものと推定される。また,ピログルタミン酸は,イワシイシル生成過程中に遊離したグルタミン酸が温度,pHなどの影響を受けてその一部が環化して生成したものと考えられる。
 更に,阿部ら22),藤井ら9)10)13)14)はショッツル中にプロピオン酸,n-酪酸などが相当量含まれていることを報告しており,これらの有機酸は腐敗菌の作用により生成したものとしている10)。今回我々が行ったイワシイシルの生成過程において,プロピオン酸,n-酪酸などの有機酸が検出されなかったことから, Halobacterium,Streptococcus,Bacillusなどのいわゆる腐敗菌の作用を受けていないものと判断できる。
 なお,試醸したイワシイシルと市販イワシイシル1)との有機酸組成の比較を行ったところ,試醸したイワシイシルは市販品とほぼ同様の有機酸組成パターンを示した。従って,現在市販されているイワシイシルもその生成過程において,乳酸菌の作用をほとんど受けていないものと推定される。

 3.5 核酸関連物質
 イワシイシルの生成過程における核酸関連物質の経時変化を図6に示す。仕込み後2週間でイノシン-5'-一リン酸(IMP)が,6カ月でイノシン(HxR)が消失し,ヒポキサンチン(Hx)は5カ月まで経時的に増加しそれ以降は定常状態となった。キサンチン(Xan)は4〜5カ月まで経時的に増加し,その後定常状態となり,グアニン(Gua)は4カ月まで経時的に増加後減少し,7カ月以降一定の値となった。
 従って,イワシイシル中の核酸関連物質は,仕込み後2週間でIMP→HxRの分解反応が進行し,その後HxR→Hx→Xan,Gua→Xanの分解反応の進行により6カ月以降はHx,Xan,Guaの3成分になったものと考えられる。


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