2.内  容
 2.1 グループ意思決定支援の手順
 グループ意思決定支援の手順は図1に示すように評価構造の作成支援,代替案評価支援,参加者間の合意形成支援の3つの手順から構成される。以下,計算機支援を行なう立場からそれぞれの方針と手順について述べる。なお,本節で提案する手順は,グループによる代替案の選択を目的とした意思決定問題を対象とし,代替案の選択要因が複数個あり,かつそれぞれの要因に対する重み付けを数値化できるものとする。

 2.1.1 評価構造の作成支援
 まず意思決定の当事者である参加者全員が以下の作業手順をふむ必要がある3)
 ・解の候補となる代替案の抽出
 ・代替案選択のための評価項目の抽出
 ・評価項目の構造化
ここで,解の候補となる代替案の抽出,および代替案の決定を左右する要因を評価項目として抽出する作業は,ブレインストーミングを主体として行う。
 また評価項目の構造化は,評価項目間の関係付けを明確にし,それらを視覚的に理解しやすい木構造で表すことで,参加者全員の意思決定問題に対する共通認識を形成することを目的とする。
 本研究では,一つの方法としてKJ法4)的な図解操作による評価項目の構造化を行い,その実際の計算機支援にはKJ法的概念と操作を特徴とする自動描画システムD-ABDUCTOR5)を利用した。

 2.1.2 代替案評価支援
 一般に評価構造を構成する評価項目は,尺度がそれぞれ異なり,かつ主観的特性を持つ場合が多い。評価項目間の比較,あるいはある評価項目から見た代替案の比較は,代替案評価に基づく意思決定支援において重要なプロセスであり,これらの作業は主に意思決定者の価値判断に基づいて判断される。したがって,代替案評価プロセスの計算機支援では,評価構造に対する参加者の価値判断を定量的に取り扱う必要がある。
 そこで主観的評価法の一つであるAHP(Analytic Hierarchy Process)6),7)を利用した。AHPは,(1)一対比較法により評価項目間の重要度の定量化が容易,(2)異なる尺度を持つ評価項目間の主観的評価が容易,(3)主観的評価による判断の矛盾を発見し修正する機能を有する,などの特徴を持つ。この手法は定量的な分析では扱いきれない類の意思決定問題において意思決定者の主観や経験に基づいて評価項目あるいは代替案の重要度を数量化することができる。
 また評価項目間の価値判断に意見の違いが存在する場合,この調整のためには評価項目間の価値のトレードオフを明示する必要がある8)。しかし,一般に評価項目はそれぞれ異なる尺度を持つことから,そのままではトレードオフの分析が困難である。AHPでは,異なる尺度を持つ評価項目間の価値を,重要度という同一の尺度で明示的に取り扱うことができる。
 以上の理由から,意思決定者の価値判断をAHP評価から得られる重要度を用いて表す。最終的な代替案の評価点は,評価項目間の重要度と個々の評価項目から見た代替案の重要度の重み付け加算により求めることができる。なお,AHP評価により得られる重要度が,意思決定者本来の価値判断と相違する場合は,重要度の修正が必要となる。この場合,感度分析の利用が実用的であり,AHPにおける重要度の感度係数(重要度を一対比較値で偏微分した値)9)を参考にして,意思決定者の価値判断に沿った重要度に修正する。

 2.1.3 参加者間の合意形成支援
 グループ意思決定における合意形成プロセスを重視するため,先に述べた参加者の価値判断情報の共有に着目した合意形成支援の手順を提案する。
(1)意見の競合部分の抽出:参加者全員の価値判断情報からお互いの相違点を見つけ出し,これを重要度の違いとして抽出する。
(2)要求提示:参加者全員で意見の競合部分の評価項目を協議の上決定し,その評価項目から見た相手(複数)の代替案の重要度に対して自分の要求を提示する。同様に相手からも自分に対する要求を受け取る。
(3)トレードオフ分析:この要求をもとにお互いが歩み寄る結果となる一対比較の変更候補を探索し,双方に変更候補リストの一覧を提示する。お互いが各々の変更候補リストから妥協可能な候補を選び一対比較の変更を試みる。必要であれば,同様に別の一対比較の変更候補についても一対比較を変更し,最も納得の得られた変更結果を互いに提示し合う。
(4)合意形成判断:合意点に到達したか判断する。判断の基礎情報として,各参加者の価値判断基準の重要度,および代替案の重要度のベクトル間距離から算出される非合意度および妥協度を用いる。また合意形成の判断基準には,代替案評価の最大のものが全員一致した段階,あるいは代替案評価の全ての順位が全員一致した段階をとる。
 合意が得られない場合,再び上記の(2)〜(4)の手順を繰り返す。合意に到達あるいは妥協が得られず決裂した場合は,別の意見の競合を生じている評価項目に移行して(2)〜(4)の手順を続行する。さらに場合によっては評価構造の修正に遡る。以上の手順を口頭による説得あるいは交渉の手続きと連携して繰り返す。

 2.2 システムの構成
 本システムは,UNIXワークステーションのXウィンドウ・システム上で開発を行なった。LAN環境下の複数のワークステーションによる同期同室型のグループ利用を前提とする。図2にシステム構成を示す。
本システムの特徴は以下のようにまとめられる。
(1)グラフィック・ユーザインタフェースを用いたWYSIWIS(What You See Is What I See)10)画面をベースに参加者全員の価値判断情報をマルチウインドウ形式で表示する対話型意思決定支援グループウェアである。
(2)参加者それぞれの価値判断を定量的に表し,それらをグループで共有することで,調整すべき意見の競合部分の抽出を容易にする。
(3)感度分析の手法を用いたトレードオフ分析15)により,意見の競合の解消に向けた妥協点の探索および交渉プロセスを支援し,合意形成への収束度を高める。
(4)合意形成のプロセスを重視し,グループの合意度および各参加者の妥協の度合を逐次提示すると共に,それらの履歴を蓄積,参照することで,各参加者の意思決定ポジションの変遷を把握可能とする。


図2  システムの構成

 2.3 利用例
 以下にシステムの利用例を,2.1節で述べたグループ意思決定支援手順に沿って,画面例を用いて説明する。例題には,各都道府県の行政課題である「住みやすさ」11)について,参加者間で候補に挙がった都道府県に合意のとれた順位付けを行なうテーマを用いた。

(1) 評価構造の作成

 参加者全員で評価構造を構成する評価項目と代替案を検討し,D-ABDUCTORを用いて評価構造を作成する。作成したデータは本システムに直接読み込まれる。

(2) 価値判断情報の算出
 参加者の価値判断情報は,視覚的に把握しやすいように図3(a)のような木構造の形でウインドウ画面上に表示される。ここで評価項目は木構造のノード部分に配置され,AHPにより算出された評価項目の重要度がノードの左下部分に表示される。また任意のノードをマウスでクリックすることにより,図3(b)のウインドウが開き,そのノードに直属する評価項目間の重要度と,そのノードから見た場合の代替案の評価値がそれぞれ数値と共にグラフで表示される。このマルチウインドウ表示により,全体評価と任意のノードにおける部分評価を併行して分析が行なえる。また図3(b)の一対比較ボタンを選択することでAHPに基づく一対比較を行なう(図3(c))。価値判断情報の表示において中核となる作業は,重要度の算出に用いるこの一対比較作業であり,この作業負荷を軽減し,操作性および実用性を高めるための工夫も実装している。

(3) 価値判断情報の共有
 算出された価値判断情報は共有されており,参加者は任意の他の参加者の現時点での価値判断情報を,同様のウインドウ画面を開いて図3(f)のように表示させることができる。図3(f)において,画面中央後ろのウインドウは自分の価値判断情報,左下および右下のウインドウは他の参加者の価値判断情報を表示している。「住みやすさ」に関する三者の価値判断情報の詳細ウインドウからもわかるように,参加者それぞれの価値判断はまったく異なっている。

(4) 意見の競合部分の抽出
 参加者は,価値判断情報の共有画面を通して他の参加者との価値判断の違いを把握し,評価項目の重要度のレベルで意見の競合部分を抽出する。この時に参加者間の価値判断の重要度のベクトル間距離から意見競合の強弱関係を把握することができる。

(5) 合意形成段階の要求提示
 意見の競合解消に向けて相手毎に相手の代替案の重要度に対して「下げる」「どちらでもよい」「上げる」の相対的な要求値(−1.0〜1.0の範囲)をスケールダイアログボックスから指定する。

(6) 他者の要求を参考にした価値判断の重要度修正
 相手からの要求値を受け取ると,式(1)の算出結果をもとに相手の要求に基づく一対比較の修正候補の一覧表示画面(図3(d))が表示される。これを参考にして自分の価値判断の重要度を修正する。例えば,図3(d)の一覧リストの最上位に表示されている評価項目「生命」に関する「安全」と「健康」の一対比較は,「安全」よりも「健康」をより重視することで相手側の要求に沿う結果となることを意味している。リストの上位の一対比較を修正対象とするほど相手側の要求を強く受け入れる結果となる。
 本方法の特徴は,相手の代替案の重要度に対して要求を与えることで,評価構造全体にわたり一対比較のレベルで他者との意見の違いの強弱関係を把握することができる。さらに他者との歩み寄りの効果の高い一対比較の変更候補を絞り込むことが可能となる。したがって,一対比較という判断の容易なレベルでトレードオフ分析が行なえ,かつ複雑な評価構造であるほど(一対比較の組合せが多いほど)効果的な分析が行える。

(7) 合意形成の判断
 合意形成判断の確認画面例を図3(e)に示す。画面の上下に任意の相手との意見調整の前後における代替案の評価値,および相手との非合意度と妥協度が表示される。またグループの非合意度の推移および妥協度の推移を図3(g)のように表示させて,グループにおける自分のポジションの変遷を把握できる。

図3 システム画面例

 2.4 システムの評価と考察


図4 実験風景

 グループ意思決定支援システムにおける合意形成のプロセスは,参加者の個性や信念に大きく依存するため一律に取り扱いにくく,定量的なシステム評価が困難である。そこで,日常的にウィンドウシステムを使用している被験者14人に本システムを利用してもらい,利用後にシステムの評価に関するアンケートを実施して総合的に分析することにした。またトレードオフ分析支援,合意形成の判断支援および合意形成プロセスの履歴蓄積からなる合意形成支援機能の有効性を評価するために,これらの機能の使用の有無による対照実験(実験1:使用,実験2:未使用)も併せて行なった。 実験環境は学内のコラボレーションルーム(仕様:対面会議式机,埋め込み型ワークステーション・ディスプレイ,70インチプロジェクタ)を用いた。図4に実験風景を示す。



        

表1 アンケート項目
レベル 評価項目
機能レベル (1)価値判断の視覚化機能
(2)価値判断の共有化機能
(3)重要度の算出機能
(4)重要度修正時の感度分析機能
(5)合意形成プロセスでの
  トレードオフ分析機能
操作レベル (6)操作性
(7)ウインドウ表示内容の分かりやすさ
思考レベル (8)自己の価値判断の表現のしやすさ
(9)自己の価値判断の表現の的確さ
(10)他者との価値判断の違いの把握
(11)重要度の修正判断の容易さ
(12)グループにおける自分の
  ポジションの把握
(13)多数決/平均値法に比べた満足度
  (14)総合評価

表2 実験1の結果
  実験A 実験B 実験C
参加者数(人)
所要時間(分)
合意判断回数
最終合意状態
3  
95  
3  
順位一致
3  
153  
6  
順位一致
3  
84  
4  
順位一致

表3 実験2の結果
  実験D 実験E
参加者数(人)
所要時間(分)
合意判断回数
最終合意状態
3  
220  
7  
二者順位一致
2  
100  
9  
順位一致

 アンケートの内容としては,機能レベル,操作レベル,思考レベルの3種類の評価および総合評価の計14項目を設け,それぞれ5段階評価(5:満足,4:やや満足,3:普通,2:やや不満,1:不満)とその理由および利用効果と使用感に関するコメントを記入する様式とした。表1に評価項目を記す。

 また実験に用いたテーマは,2.3節の利用例で示した都道府県の住みやすさのランキングで合意を得ることを対象とした。今回の実験では,図3(a)の評価構造における価値判断の違いのみが代替案評価に明確に反映されるように,評価項目からみた都道府県の重要度には,個人の一対比較による主観評価の代わりに客観的な統計データ11),12)から算出した重要度を用いた。 参加者にはこの統計データをもとに議論を進めてもらった。なお,統計値自体が比較的分散が小さいため,代替案の重要度の分散も小さくなっている。
実験1および実験2の結果をそれぞれ表2,表3に示す。

両表中における合意判断回数は,図3(e)での合意判断回数を示す。対照実験の結果からは,合意形成支援機能を使用した場合のほうが合意に達するまでの収束が早まる傾向が見られた。 またアンケートの回答が得られた12人の集計結果であるが,機能レベルでは,評価点4および3に評価が集まった。しかし(1)価値判断の視覚化機能,(3)重要度の算出機能,(5)合意形成プロセスでのトレードオフ分析機能では,ばらつきが見られた。これらの原因として,(1)と(3)については価値判断情報が重要度のグラフで視覚化されるのでわかりやすいが,自分の感覚とズレを生じる場合がある。(5)についてはシステムに使い慣れていないので,機能を十分に使いこなせなかった点が挙げられた。
 操作レベルでは,平均的な評価が得られたが,他人の情報参照などでウィンドウが複数生成されるため,ウィンドウの配置管理機能の必要性や,操作順序のガイド機能の充実などの改善点が指摘された。
 次に思考レベルでは,(10)自分と他者との価値判断の違いの把握のしやすさ,(11)重要度の修正判断時における一対比較の変更候補表示の有用性,(12)グループにおける自分のポジションの把握について特に高い評価が得られた。この理由として,全員の価値判断情報をグラフで同時に見ることで,「話合いをするまでもなく他者との価値観の違いが明確に理解できた」,「相手の要求に妥協する場合に自分の重要度の修正がスムーズに行なえた」,「相手の望む要求が評価項目間の一対比較のレベルで具体的に把握できた」,「過去と現在の重要度,非合意度および妥協度の変遷がグラフ表示されるので分かりやすい」などのコメントが挙げられた。
 このほか,システムの利用効果および使用感について,被験者から下記のコメントが得られた。
・従来の会議形式では,他者に話し合いで要求を出す場合,個人のコミュニケーション能力の差が大きく影響するが,システムを併用することで,その影響があまり感じられなかった。
・全員の価値判断情報を視覚的に随時共有しながら話し合いができ,ただ口頭だけで話し合うよりも根拠のある説得が行なえた。
・合意形成支援機能の反復使用により,当初のばらついた参加者同士の価値判断が収束に向かい,デルファイ法的な支援効果が期待できる。
 しかし,従来法と比べた場合の合意結果に対する各参加者の満足度については,アンケート結果からは意見が分かれた表1の評価項目(13)。
すなわち,到達した合意結果が本人の意思に沿う場合は,満足感が高められたが,反面,合意結果が本人の意思と反する場合は,やはり不満が残る傾向が見られた。この理由は,合意度や妥協度のほかグループにおける自分の位置が数値情報として明示されたためと考えられる。あるいは従来の会議形式に見られるようにこれらの情報が不明瞭なまま意思決定が行われる場合に比べ,合意形成プロセスが明確化されているためと考えられる。今回の実験結果の範囲では,説得した側の満足度を高める効果を期待できることがわかった。 なお,定量化された価値判断情報がどの程度自己の感覚を適切に表現し,かつ表現しやすいかについては個人差が生じた(表1の評価項目(8)(9))。この理由はAHPにより得られる重要度が比率尺度であることに起因するものと考えられ,より意思決定者の感覚に合った重要度算出法13)の適用や,一対比較を言葉で表現する際の修飾語に,意思決定者の感覚に矛盾しないような数値を割り当てる工夫14)によって改善が期待できる。

 2.5 システムの新規性
 本システムは,代替案の選択を目的とする意思決定問題において,参加者全員の価値判断情報を共有化し,それらの違いを重要度ベクトルを用いて定量的に評価し,さらに感度分析を利用して重要度ベクトルの調整を図ることで,合意形成支援を行なう点に特徴がある。
 本システムの新規性は,以下の3点にまとめられる。
(1) 意思決定問題の要因の構造化,意思決定問題に対する参加者の価値判断情報の共有化および合意形成の3つの連携したステップを体系的にシステム化した点。
(2) グループの共通認識の形成を促進するために各参加者の価値判断情報の共有化に焦点を当て,システムへの実装に際し,重要度ベクトルを用いて価値判断情報の定量化および客観的表現に工夫を施した点。
(3) 意見の競合解消および妥協点の探索を目的に感度分析を利用した合意形成支援方法を新しく提案し,システム化した点。


* トップページ
* 研究報告もくじ
* 前のページ
* 次のページ