繊維の構造解析技術の高度化
繊維部 木水貢・山本孝

 織物欠点の原因を明らかにするために,物性測定や顕微鏡観察などの解析が行なわれているが,最近の繊維素材の発展、例えば複合化などに伴い,より正確な解析方法が望まれている。本研究では,織物の欠点をより明確に解析する方法を確立するために,繊維の熱特性測定について,新しい解析法,測定法を検討した。具体的には,熱応力測定において,応力曲線の微分解析を行いその変位について求め,その量と温度の張力や熱による影響について考察を行った。さらに,示差走査熱量(DSC)測定においては,測定中の収縮を抑制する定長固定法について考察した。
 その結果,
(1)熱応力試験においては,熱応力の最大変位量及びその温度によって,張力の影響について検討できた。
(2)DSC試験においては,定長固定法を用いることによって,従来の粉末法よりも張力の影響をより明確に検討できた。
キーワード:熱特性,熱応力測定,微分解析,示差走査熱量測定

  1. 緒言

     織物に発生する欠点の多くは,各工程での熱や張力の変動が染色加工後の濃淡として発現し,たて筋やよこ筋となって発生する。この発生原因を明らかにするために,一般的には正常部分と欠点発生部分の繊維を,引張試験機,熱応力測定機,走査型電子顕微鏡,熱分析システム等の機器を用いて物性や形状を比較検討を行っている。しかし,近年の新合繊織物に発生する欠点の中には,これらの解析を行っても,解析困難なものが多く発生している。
     我々は前記の装置を用い,より多くの情報を得るために,従来の方法とは異なる測定法や解析法について検討を行った。本報では,ポリエステル繊維に張力を加えたときの熱特性変化を中心に報告する。

  2. 解析及び測定法

    2.1 熱応力測定

      図1 熱応力曲線とその微分曲線
    [図1 熱応力曲線とその微分曲線]  熱応力測定は,織物欠点解析を行う上で最もポピューラーな物性測定法であり,繊維が過去に受けた熱や張力の履歴などの推定に用いられている1)。この測定法は,一定長の繊維を加熱したときの収縮応力の変化を観察するもので,図1にレギュラーポリエステル糸(75D/36F)の測定例を示す。実線が熱応力の測定曲線である。欠点解析においては,最大応力とその温度について,正常部分と欠点部分の比較を行う。
     また,経験上張力が変化すると応力の立ち上がりの角度やその温度に差が出ることが確認されているが,客観的に判断するための数値化が行われていない。そこで,我々はこの点に着目し,熱応力測定値を微分し得られた曲線(図1の破線)より,最大変位量と最大変位温度を評価する解析方法を試みた。

    2.2 示差走査熱量(DSC)測定
     この試験は,繊維及び高分子材料に一定の速度で熱を加えたとき,構造変化に伴う熱量の入出力について測定する。繊維等を形成する高分子材料の内部の分子構造は,一般に結晶領域と非晶領域から形成されると考えられている(図2)。その高分子材料の示差走査熱量(以下DSCと略す)測定のモデルを図3に示す。このDSC曲線より,その材料のガラス転移,再結晶化,融解,酸化及び熱分解等の現象が判り,それぞれの値はその材料の分子構造に反映する。特に織物欠点解析においては,再結晶化温度,再結晶化熱量,融解熱量及び融解温度を中心に,内部構造を推測する上で重要な因子となる。

    図2 高分子材料の内部構造モデル2)
    図3 高分子材料のDSC曲線例

     従来のDSC測定では,図4の上に示すように,繊維試料などは1mm以下に細かく切断してから,直径約1cmのアルミの皿中に測定試料を封印して測定を行う。このとき,試料はフリーな状態にあるため,昇温測定の際熱による収縮が発生すると想像される。そのため,測定前の真の内部構造を推定できるかは疑問である。特に,熱に対して敏感に反応する新合繊などの糸の場合は,この影響が大きいと考えられる。そこで,我々はこの点を改善するために,繊維試料を約3mm角のアルミ板に巻き付け,これをアルミの皿中に封印し,その試料をDSC測定した。この方法は,定長固定法3)と呼ばれ,測定中の試料収縮を抑え,繊維の形態を保った状況で測定できる。この測定方法については,過去にナイロン糸を用いて検討された例がある3)
     図5に,張力を加えたナイロン糸のDSC測定曲線を示す。粉末法と定長固定法を比較すると,粉末法では再結晶化熱量が融解熱量を上回り,その構造を解析し難い。定長固定法では,再結晶化熱量が融解熱量より小さくなり,構造変化の解析が可能となる。

    図4 DSC測定の試料調製方法
    図5 ナイロン糸のDSC測定曲線

  3. 実験

    3.1 試料作製
     原試料として,レギュラーのポリエステル繊維8.3 Tex(75D)/36F・セミダル糸(三菱レイヨン)を使用した。この繊維を,簡易延伸装置を用いて,0〜約0.3N/Tex(0〜約3gf/d)の張力を加えて巻き取り,張力試料とした。さらに,上記の試料を75℃,90%RHの恒温槽内に1時間放置したものを張力・熱処理試料とした。
     上記のように作製した2種類の試料を用いて,各測定を行った。

    3.2 熱応力測定
     熱応力測定はカネボウエンジニアリング(株)の熱応力測定システム(MODEL KE-2S)を用いて,昇温速度約2.0℃/secで,室温から約260℃まで昇温し,そのときの収縮応力を測定した。

    3.3 DSC測定
     理学電気(株)の示差走査熱量計(DSC8240D)を用いて,昇温速度20℃/minで,室温から300℃の温度範囲で測定した。


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